堕天
時は少々遡る。
福士玲に連れられた黒月浩輝と日元奏太は建物に入り、エレベーターによって地下に向かっていた。
(何だ? このいかにも怪しい場所は。禁忌獣に襲われそうだったから助けたってレベルじゃない。元々、目的があって俺とコイツをこんなところに連れてきたのか? それに、あの大中小トリオの誰かが言ってた「こんなの聞いてない」という言葉が気になる)
浩輝がそんなことを考えていると、やがてエレベーターは停止する。エレベーターの扉が開くと、福士は外に出る。彼女に倣って浩輝と奏太も出る。
「ようこそ! ここは我々ファントムの基地『ゴエティア』よ」
「……」
福士の言葉を聞いても二人は特に何も言わない。日元は隣にいる浩輝の方を見る。それを受けて浩輝は目をそらす。福士は笑いながら言う。
「そっちの黒月浩輝君は我々とは関係無いわ。少なくとも、君が黒月君にあった時点ではね」
「それで、あなたは何故僕達をここに連れてきたんです?」
浩輝は疑問を投げ掛ける。
「確かに君はあの時点では我々とは無関係だった。でも私は君にファントムの一員になって欲しいの」
「……まるで、コイツは元々関係者だったみたいな言い方ですね。それはともかく、どうして僕がテロリストなんかにならなくちゃいけないんです?」
「そうね、確かに日元奏太君は我々の関係者よ」
「えっ!?」
福士の言葉に奏太は驚く。彼には身に覚えの無いことであった。
「取り敢えず最初から話すわ。私はここの副司令をしている高橋翠。一部では福士玲って名乗ってる事もあるけどそれは偽名よ」
(そもそもコイツは本当にファントムなのか? テロリストって言うよりは科学者っぽい雰囲気がある。テロリストに科学者がいることは別に不思議でもないが、そんな奴が副司令をやるものなのか?)
浩輝がその様に考えていると、福士改め高橋はそれを見透かした様に言う。
「私、いや私達はここで、とある兵器の開発や研究をしているわ。というより、それこそが私達ファントムの目的よ」
「それで、あなた達はその兵器とやらで何をするつもりなんですか?」
浩輝は思わず質問する。しかし高橋はそれには答えずに言う。
「そうね、じゃあその兵器を見せてあげるわ。ついてきて」
高橋は近くにあった扉を開き、中に入る。浩輝と奏太も続く。そこは広大な工場のような部屋だった。作業服を着た数名の男達は忙しそうに作業をしていたが、高橋の姿を見つけると、軽く頭を下げる。しかし浩輝はそんな物には興味を示さない。
彼の目を引き付けたのは3体の巨人であった。それらはいずれも黒く、1体は天使の様な姿をしていて、1体は鳥を思わせる様な巨大な翼を持ち、1体は重厚な鎧に身を包んでいる。
(これは……ロボットか? 無骨な雰囲気がある米軍の『レオン』や自衛隊の『霧雨』に比べると、ずいぶん派手というか芸術品みたいだ。そもそもこんなものを造る金はどこから来てる? それより、こんないかにも機密事項っぽい物を俺みたいなただの中学生に見せる? )
内心で考える浩輝の隣では奏太もその存在に圧倒されていた。そんな彼らの元に、白衣を来た初老の男性が近づく。
「僕が造った巨大人型兵器『ウィルシオン』だよ。あのゴツいのが、『ウィルシオン三号機・ザガン』。鳥みたいなのが『ウィルシオン四号機・ハルファス』。そして、天使みたいなのが『ウィルシオン五号機・クロセル』さ」
「うわっ!」
突然現れたその男に奏太は驚く。高橋は呆れたように言う。
「霧山博士、いきなり現れないでください。まずは自己紹介を……」
霧山と呼ばれた男は少しも気にした様子もなく話し始める。
「ははは、それもそうだねぇ。僕はここの責任者を務めている霧山隆介さ。黒月浩輝君、日元奏太君。僕は君たちを待っていたよ」
それを聞いて浩輝と奏太は軽く頭を下げる。霧山は続ける。
「単刀直入に言うと、君達にはウィルシオンのパイロットになって欲しいんだ」
そう言った霧山の顔には少年のような笑みがあった。
霧山の言葉を聞いて浩輝は考える。
(確かに俺は禁忌獣をブッ殺したいと思ってる。そして、その為の手段がここにある。だが、簡単に承諾して良いのか?)
浩輝が考えていると、その隣にいた奏太が戸惑いの声を洩らす。
「そんな……、何で僕が乗るんですか?」
その問いに答えたのは高橋だった。彼女はニヤリと笑いながら言う。
「簡単に言うと、このウィルシオンに乗るためにはとある資格が必要で、その資格を君達は持っているからよ」
「資格?」
浩輝は呟く。
「ええ。ウィルシオンを動かすには大量の『imaginary virus』、略して『IV』という粒子状の物質が必要なの。ところで、『imaginary virus』はどういう意味かわかるかしら?」
「えっと……」
「imaginaryは『架空の』でvirusは……『ウイルス』でしたか? 架空のウイルス?」
高橋の問いに奏太は考え込む。そして浩輝は迷いながらも答える。
「正解よ。『IV』は架空のウイルス。この言葉に、二人とも心当たりはあるかしら?」
「……」
さらに質問をする高橋。しかし今度は浩輝も答えられずに黙る。奏太も同様である。高橋は二人にヒントを出す。
「そうね、小学生がするイジメとしては割とポピュラーじゃないかしら。本人としてはイジメと言うより本能的な行動なんでしょうけど」
その言葉を聞いて、浩輝は小学生の頃のとある出来事を思い出す。しかし、彼にとってそれは屈辱の記憶であり、口にする事は憚られた。それを知ってか知らずか、奏太が答える。
「えっと……、僕は小学生の時、クラスメートの女子に『日元菌』とか言われてたんですけど、もしかして……」
「御名答。つまり『IV』とは君にとっての『日元菌』よ。厳密には菌とウイルスは別のものなんだけど、まあ気にしないで。『IV』は他人から「気持ち悪い」、「恐ろしい」等のマイナスな感情を向けられた時に、その人から発生する物質なの。私はそれに『架空のウイルス』と名付けた。そして、君達は沢山の『IV』を持っている。だからこそ、君達には『ウィルシオン』に乗って、禁忌獣と戦って欲しいの」
奏太の答えに高橋は満足そうに頷き、そして説明する。それを聞いて浩輝は口を開く。
「なんだか、俄には信じがたい事ばかりですね。まあ、あなたが言っていることが正しかったとして、僕達はただの中学生です。いきなりこんなロボットに乗って戦えとか言われても、まともに動かせるとは思えませんし、そもそも、このロボットは禁忌獣相手に役に立つかも疑問です」
「ハッハッハッハッ。言ってくれるね」
浩輝の言葉に笑ったのは霧山である。彼は続ける。
「まあ、君が疑うのも無理はない。ウィルシオンは国にすら秘密にして造ったからね。少なくとも自衛隊の『霧雨』の100倍は役に立つハズさ」
「その根拠は何でしょうか?」
「何故なら、『霧雨』の原型である米軍の『レオン』は僕が20年前に考えた機体だからね。『霧雨』も所詮『レオン』に毛が生えた程度の性能さ。一方、『ウィルシオン』は僕と高橋博士の技術を合わせた最新の機体だ。「多くの『IV』を持つ、限られた人間にしか動かせない」という点を除けば、あらゆる点で『霧雨』を上回る」
霧山の話を聞いて、浩輝は驚きつつも疑問を口にする。
「確かに、その話が本当ならウィルシオンとやらはかなりの性能を持っているのでしょうね。ですが、先程も言った通り、僕達はただの中学生です。いきなりあんなものを動かせと言われても困ります」
「まったく……、これだからガキはめんどくさいんだよ」
浩輝の言葉に、先程まで穏やかな表情を見せていた霧山がその表情を消す。彼は続ける。
「動かせるとか動かせないとかはどうでも良いんだよ。僕達は君の両親の事を知っている」
「何!?」
霧山の言葉に浩輝は驚く。
「君は禁忌獣を倒したいと思っている。そして僕達は君に戦う為の力を与える。これの何が問題なんだい?」
「それは……」
浩輝は考える。
(俺は禁忌獣をブッ殺したいと思っている。だが同時に、俺はアイツらに恐怖の感情を抱いている。そして、こんな胡散臭い奴らに戦えとか言われてる)
浩輝はふと三体の巨人、ウィルシオンがある方を見る。その中の、黒い天使の姿が目に入った。機械の天使は、自分を試しているように、彼は感じた。浩輝の様子を見て、高橋はニコニコと笑っている。奏太は不安げな顔をしている。そして霧山は浩輝を見つめている。
(何だって良い。コイツらが俺を利用しようと言うのなら、俺もコイツらを利用する。そして俺は、アイツらを……、禁忌獣を滅ぼす)
「良いでしょう。僕はあなた達の言う通り、ウィルシオンとやらに乗ります」
浩輝の言葉を聞いて、霧山は満足そうに頷く。
「分かってくれて嬉しいよ。さて、次は君だが……」
「……」
そう言って、霧山は奏太の方を見る。奏太は俯く。その様子を見て浩輝は言う。
「僕は全ての禁忌獣を自分の手で殺したいと思っています。誰にも邪魔はさせません」
「残念ながら、そう言うワケにもいかないわ。日元君の場合は君と違ってスポンサーの……」
「まあ良いじゃないか高橋博士。今回は彼1人だけにやって貰おう。じゃあ、黒月浩輝君、着いてきたまえ」
浩輝の言葉に高橋は何かを言おうとするが、それは霧山によって阻まれる。霧山は近くにあった扉を開き、浩輝を連れて行く。その様子を見て、奏太は胸を撫で下ろす。
(よく分からないけど、どうやらアレに乗らなくて良くなったみたいだ。それにしても……結局僕は、この組織と何の関係があるのかな……)
奏太はふと、高橋の方に目を向ける。すると、彼女は口を開く。
「君の事については、また後で話すわ。とは言え、今外に出すわけには行かないから、しばらくはここにいてもらう事になるけど」
「……」
☆
扉から出た浩輝達は目の前にあった階段を上り、小さな部屋に入る。浩輝を部屋に招いた霧山は、近くにあった段ボール箱から透明のビニール袋を取り出す。中には布のようなものが入っているのが浩輝にも確認できた。霧山はそれを浩輝に渡す。
「それは君のパイロットスーツさ。もしかしたらサイズが合っていないかもしれないが、今回は我慢してくれたまえ。さて、君が乗ることが出来るウィルシオンは、防御に秀でた『三号機・ザガン』、スピードに秀でた『四号機・ハルファス』、そして攻撃に秀でた『五号機・クロセル』の三機だ。どれに乗りたいかという希望は有るかい?」
「希望……」
霧山に問われ、浩輝は三体の巨人の姿を思い浮かべる。そして、その中の一つである黒い天使の、自分を試すような目を思い出す。
「僕は……俺は、あの天使に乗りたいです」
「つまり『クロセル』だね。何か理由は有るのかい?」
「アイツが俺を呼んでいる。何となく、そんな気がしたんです」
「へぇ、何となくね。まあ良い、『クロセル』は君の物だ。じゃあすぐに乗って貰おう。そのパイロットスーツはコクピットの中で着替えてくれたまえ。」
そう言って霧山は部屋にあった扉を開ける。そこには、浩輝達が先程までいた格納庫であった。浩輝は少し前に自分がいた場所を見付ける。そこには高橋と奏太の姿があった。そして……。
「クロセルにはそこから乗り込むことが出来るよ」
霧山が言うと、『クロセル』の胸部にある半球状の部分が左右に割れる。中には複雑な機械がところ狭しと存在していた。浩輝はコクピットに入る。
「取り合えず、そこにあるヘルメットを被ってくれるかな?」
そこにあったヘルメットからは幾つもの長いケーブルが出ていて、それらはコクピット内の機械と繋がっていた。浩輝はヘルメットを被る。その様子を確認した霧山は新たな指示を出す。
「じゃあ、次はクロセルを起動しよう。まずはそこに有るレバーを引いてコクピットのハッチを閉めてくれ」
(……これか?)
浩輝は足元に有るレバーを手前に引く。すると、クロセルの胸部の半球状のハッチは閉じる。それを確認した霧山は言う。
「じゃあ、次は正面に有るボタンを押してくれ」
パイロットスーツに着替え終えた浩輝は、パーソナルコンピュータの電源ボタンに有るような記号が描いてあるボタンを押す。彼の正面にあったモニターに『Virusion Ⅴ Crocell』という文字列が表示される。しかしそこで、彼は異変を感じる。
(何だ? 頭の中に何かが響いてくる様な……)
「――君? 聞いているのかい、黒月君?」
我を忘れていた浩輝は、コクピット内の通信機から聴こえる霧山の声によって覚醒する。
「すみません、何か起動した瞬間に頭に違和感があって……」
「あー、それはちょっとした教育って奴さ」
(教育?)
霧山の言っていることを浩輝は理解できない。
「今、そのヘルメットを通じてウィルシオンの操縦方法を君の頭にインプットした。君は今すぐにでもウィルシオンを動かすことが出来る」
(マジかよ、気味が悪いな。だが……)
霧山の言葉に浩輝は一瞬だけ気味悪がる。自分の頭の中に得体の知れない知識があるのを彼は感じる。
(すぐにアイツらを殺せるのなら何だって良い。俺の目的を果たすことが出来るのなら、例え人間を止めるような事になっても構わない)
しかし彼は違和感をまだ覚えている。
(コレの操縦方法以外にも、他の何かが頭の中に入ってきてる気がする。まるで誰かに……いや、これは……)
浩輝に一つの予感がよぎった。彼はすぐに『ウィルシオン五号機・クロセル』をジャンプさせる。彼の体を並大抵でない重力が襲う。
「くっ……」
浩輝はスラスターと翼を器用に動かし、クロセルを飛び上がらせる。クロセルは格納庫、そしてゴエティアの天井を突き破り、空高く舞い上がる。その様子を見て、霧山は呟く。
「あーあ、行くなら行くって言ってくれたら良いのに」
「嬉しそうですね、霧山博士」
そう言ったのは高橋。彼女は奏太と共に霧山の近くに来ていた。彼女の指摘通り、霧山はどこか満足げな、そしてこれから起きることを楽しみにしているような顔をしていた。一方で、高橋も彼と同じ様な表情を見せている。そんな彼らを見て奏太は思う。
(この人達は狂っている! ただの中学生である僕達を連れてきて、あんなロボットに乗せて、バケモノと戦わせるなんて! こんな人達の近くにいたらこっちまでおかしくなりそうだよ……)
しかし、外は危険な状態となっている以上、ここを出るわけには行かない。それを分かっている彼は悔しさに唇を噛む。
浩輝は黒い天使、もとい堕天使『クロセル』を操り、本能に従って標的を目指す。