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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
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新友

 翌朝。浩輝は高校に登校していた。徒歩で高校まで行けるのは便利だなと思いながら、彼は玄関で靴を履き替える。上履きに画鋲が入れられていないのは久しぶりだなと考えながら教室に入る。集合時間までまだ三十分あるにも関わらず、既に半分程度の生徒が教室にいた。しかし、自分の席に着いている者はほとんどいない。三、四人ずつ集まって和気あいあいと会話がされている。


(昨日が入学式で今日は二日目だぞ。何故既に皆仲良く……いや、コイツらはみんな同じ中学出身。そうに決まっている)


 そんなことを考えながら、浩輝は自分の席につく。そして、特にすることもない為、机に伏す。


(ああ……面倒臭い)


 まだ授業が始まっていないとは思えない感情を浩輝は持つ。彼がしばらくぼんやりとしていると、後ろから声をかけるものがいた。


「あの……具合とか大丈夫ですか?」


 浩輝は首を上げ、眠たげな眼で声の主を見る。髪は三つ編みで眼鏡をかけている少女だった。入学式の後のホームルームで学級委員に立候補していたのを浩輝は覚えている。名前は覚えていないが。


「ああ……はい、大丈夫です」

「そ、そうですか……」


 浩輝がどこか投げ遣りに答えると、少女は申し訳なさそうにその場を去る。するとそこに、新たな声がかけられる。


「ちょっと、委員長が心配して言ってくれてるのにその言い方は無いんじゃないの?」


 その人物を浩輝は見る。どこか勝ち気そうなショートカットの少女だった。


(出たー、合唱祭の時に『ちょっと男子、ちゃんと歌ってよ!』とか言っちゃうタイプ。高校には合唱祭は無いらしいから関係無いか)


 浩輝が内心でそんなことを考えていると、ショートカットの少女は彼をジロリと睨む。


「ねぇ、謝りなさいよ!」

「……すみませんでした」

「あたしじゃない、委員長に!」


 ボソボソと謝る浩輝に、ショートカットは怒鳴る。浩輝は三つ編みの少女を見て再度謝る。


「……すみませんでした」

「い、いえ、大丈夫ですから! 気にしないで下さい」


 謝られた三つ編みは何故か慌てる。気にしないでと言われた浩輝は遠慮なく顔を机に戻す。ショートカットはなにか言いたげな顔をするが、三つ編みがそれを取りなす。


「よおー、周りに美少女が二人もいんのに興味ナシかい。ホモかよお前」


 新たな声がかけられたか、浩輝は顔を伏せたままでいる。すると、彼の頭が強引に持ち上げられた。彼の目の前には茶髪の軽薄そうな少年がいた。ちなみに彼らの通う常空第一高校は指定の制服が存在するが、私服も認められており、加えて髪を染めても問題はない。しかし、学校が始まって二日目の現在はほとんどの者が制服を着ており、髪も黒い。


「違いますよ」

「オイオイ、オレ達はクラスメイトなんだから敬語はナシで行こうぜ、えっと……」


 茶髪の少年は明るく言うが言葉を詰まらせる。浩輝は自分の名前を覚えていないのだろうと思ったが、責めるつもりはない。自分も茶髪の名前など覚えていないからだ。面倒なので、取り合えず名乗って会話を断ち切ろうとしたところで、美少女と言われて照れていた三つ編みが口を開く。


「黒月浩輝さん、ですよね?」


 浩輝は思わず目を見開く。彼は昨日のホームルームでの自己紹介の時に「常空中学校出身の黒月浩輝です。趣味は読書です。よろしくお願いします」という無難な台詞だけを言ったので、自分の事を覚えている者がいたことに驚いた。名前を聞いた茶髪は言う。


「ああそうだ、浩輝だったな。とにかく、オレとお前はダチだ。仲良くしようぜ」

「ああ。えっと……」


 浩輝も取り合えず答えようとするが、相手の名前を知らない。すると三つ編みが待ってましたと言わんばかりに言う。


「そちらは白井翔真しらいしょうまさんです」

「おう」


 名前を言われた翔真は嬉しそうに答える。


「白井、これから……」

「白井じゃなくて翔真って呼べよ、浩輝」

「分かった、翔真。これからよろしく」

「おう、よろしくな」


 浩輝は翔真を馴れ馴れしいと思いつつも最低限の挨拶をする。すると、翔真は彼に握手を求めた。浩輝はその手を取る。


「ああ、絵になりますね。体育会系イケメンと文化系イケメンのツーショットは……じゅるり」

「委員長、アンタ……」


 浩輝と翔真の握手を見て、三つ編みの少女はヨダレを垂らす。ショートカットの少女はそれに引く。


「おっと、これは失礼。ですが言わせて頂きます。私は『委員長』ではなく青山色葉あおやまいろはという名前ですよ、赤塚凪沙あかつかなぎささん」

「あたしの名前も覚えてたのね」

「はい、皆さんの自己紹介はきちんと聞いていましたから」


 色葉の言葉に、浩輝は違和感を持つ。しかし、その違和感の正体を知ることは出来なかった。


「さてと、これも何かの縁だ。アドレス、交換しようぜ」

「はい!」


 その場を仕切り始めた翔真に、色葉は賛成する。そしてお互いのスマートフォンを取りだし、メールアドレスの交換をする。だが、浩輝と凪沙は動こうとしない。浩輝は押し付けがましくてうるさい女子が嫌いだし、凪沙も根暗で大人しい男子を嫌っている。水と油のような二人に、翔真は呆れながら言う。


「なあ、まともに相手の事を知らねーのに毛嫌いすんのはよくねーぜ? 」


 翔真の言葉に、凪沙は不本意そうな表情でスマートフォンを取り出す。


「じゃ、アンタも出しなさい」

「分かりました」


 浩輝は凪沙に従い、アドレス交換をする。そして浩輝、翔真、色葉、凪沙の四人はそれぞれの連絡先を手に入れた。やがて、彼らの担任である新任教師の倉島飛鳥くらしまあすかが教室に入ってきた。彼女は生徒達に自分の席につくよう促し、出欠を取り始めた。


(これは予想外の展開だな。それにしてもさっきの、確か……青山の言葉が気になる。『皆さんの自己紹介は聞いていました』……)


 そこで、自分の名前を呼ばれたことに気付いた浩輝は返事をする。そして、思考を再開する。


(普通に考えれば『クラスメイトの皆の自己紹介を聞いていました』という意味だろう。だが、一人一人に割り当てられた時間は短い。それにも関わらず、あの場にいた俺、白井、赤塚の名前を当てて見せた。記憶力が凄いと言われたら返す言葉は無いが、怪しい。最初から俺達に狙いを定めていた可能性がある。そして、青山、白井、赤塚。この三人がレーベか福音軍か、それとも俺の知らない別の組織だかに所属していて……いや、考えすぎか……?)


 やがて倉島飛鳥は出欠を取り終える。そして、今後の授業のオリエンテーションのために生徒達を体育館に連れて行く。体育館で学校の方針や部活動の紹介などを聞きながら浩輝は考える。


(あの三人について、詳しく調べる必要がある。後で高橋さんに聞いてみるか。それと、ルーシーにも話さなくちゃな)


 この高校の第三学年に在籍する藤宮彼海の事を思い出しながら、浩輝は壇上の生徒会長の話を聞くのだった。

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