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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
5章 もうひとつの復讐
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墓参

 常空市内、某所。ここにはとある人物の墓がある。


「……」


 その人物の名は森崎修治。世界の脅威と戦う組織、福音軍のパイロットだ。巧みな操縦技術と強い正義感により、福音軍の者からは尊敬されている。しかし、彼が戦っていた敵が規格外の強さだった事もあり、その活躍は芳しくなく、世間からは冷たい声がかけられていた。


「……」


 そんな彼が乗っていた飛行機が、突如何者かによって墜落。その後、彼を見たものはいない。故に死体も発見されていない。この墓は空っぽだ。この墓が出来てから一年以上が経った。


「……」


 その空っぽの墓の目の前に、一人の少年が立っていた。黒月浩輝。秘密結社ファントムの戦闘員として、修治を苦しめ続けた。一方で、何事にも屈しない彼を尊敬し、敬意を抱いていた。


(俺に、ここにいる資格が有るのかは知らないが……)


 そんなことを考えながら、浩輝は持参した花を刺し、墓石に水をかけ、黙祷して手を合わせる。自己満足なのは彼も分かっている。だが、それでも、ここに来たいと思っていた。黙祷を終え、浩輝はその場から立ち去ろうとする。そこで、声をかけられる。


「何であなたがここにいるの?」


 声の主は森崎百合花。修治の娘で、修治と共に福音軍として戦っていた。かつて明るかった少女の面影は無く、冷たい視線を浩輝に向けていた。


「……」


 しかし浩輝はそれを無視して、歩き続ける。すると、百合花はその右肩を押さえ付ける。

 

「待ってよ」


 その声に浩輝は歩みを止める。


「どっちですか? 俺にここにいて欲しいのか、それとも消えて欲しいのか」

「あなたなんか大嫌いよ! あなた達ファントムがいたからお父さんが!」


 質問の答えになっていないと思いながらも浩輝はシニカルに笑いながら口を開く。


「森崎准将を殺したのは、俺達じゃありませんよ」


 次の瞬間、浩輝の頬には百合花の掌があった。甲高い音が鳴る。


「あなたみたいなのが、気安くお父さんの名前を呼ばないで!」

「これは失礼」

 

 大して反省すること無く、頬を手でさすりながら浩輝は頭を下げる。当時中佐だった修治は、二階級特進し、准将となった。


「本当に大ッ嫌い! そうやって人の事をバカにして!」


 百合花は激昂する。


「すみません。とにかく俺は帰ります。明日から高校生活が始まるので、楽しみにしているんですよ。あなたは、どうするんでしたっけ?」


 修治が消息を断って以降、百合花は復讐を誓い、ひたすらパイロットとしての腕を磨き続けた。故に中学校には通っていなかったのだが、福音軍の権力によって、中卒の資格を手に入れた。その後も変わらずに、鍛錬だけを続ける予定だ。


「あなたには関係ない」

「そうですか」


 浩輝は肩をすくめる。ちなみに、百合花の今後については浩輝も把握している。浩輝は再び立ち去ろうとするが、振り返り、口を開く。


「一つだけ教えておきましょう。森崎准将は福音軍の上層部に不信感を持っていたそうです」

「えっ?」


 百合花の上げた声を無視して、浩輝は墓地を出ていった。自宅のアパートを目指して歩きながら、彼はおもむろにスマートフォンをポケットから取り出す。


「もしもし、高橋さん」

「なぁに? 浩輝君」


 浩輝は彼の上司である高橋翠に電話を掛けた。


「今日、森崎さんは来ないと聞いていたのですが」

「もしかして来てたの? ゴメンね。勘違いしてたわ」

 からからと高橋は笑う。


「まあ、良いですよ……それと、一年前の森崎准将の事件ですが」

「うん」

「准将は上司からの命令で、怪しい本部を調査する様に言われた。そしてその道中で彼は落とされた。普通に考えれば、福音軍の上層部の陰謀によって准将は消されたのだと思うでしょう。ですが、実際には上層部でも、上層部を裏で操るあなたでもなく、あのケーニヒと名乗る男が飛行機を落とした」

「そうね」

「結果的に、福音軍日本支部の一部の人間は上層部への疑いを強めた。その上で、理不尽に准将が消されたことによって、すっかり腰が引けてしまった。その結果、上層部の犬になった」


 浩輝は言う。高橋は彼の意図がわからない。


「何が言いたいのかしら?」

「僕の敵は、僕の敵は両親を殺した存在です。その中には、直接殺した禁忌獣の他に、禁忌獣が地球まで逃げてくるという原因を作った、惑星・ヴァルハラの人間も含まれます。つまり、あなた達です」

「それで?」

「まあ、今の僕にはあなたをどうすることも出来ません。僕達は互いに利用しあう関係です。僕はあなたを利用しますし、あなたに従います」

「うん」

「ですが、いつまでもそこでニヤニヤ笑っていられると思わないでください、とだけ言っておきます」

「そう、楽しみにしてるわ」

「では、さようなら」


 それだけ言い残し、浩輝は電話を切る。スマートフォンをポケットにしまい、彼は呟く。


「言われた通りにしましたよ、ケーニヒさん」


 すると、彼の背中に声がかけられる。


「感謝する、黒月浩輝君」


 浩輝の背後には一人の老人、ケーニヒがいた。浩輝は振り向かずに言う。


「僕にとって高橋――リードが敵なのは変わりませんから。もっとも、それはあなたにも同じことが言えますがね」

「ほう、こわいこわい」


 ケーニヒは笑う。


「ですが、しばらくはあなたに従いますよ。『例のアレ』、完成を楽しみにしています」


 それだけ言い捨て、浩輝はその場を去る。その背中を見送りながら、ケーニヒは内心で呟く。


(私も楽しみにしている。君と百合花君の今後をな)


 ケーニヒもその場から去る。その顔には笑顔が浮かんでいた。



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