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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
4章 騒乱の休息
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失態

 熱海の旅館。日元奏太は楽園を夢見ていた。倉島大和の言う楽園は、彼にとっての楽園とは違う物だった。こっそりと風呂を出て旅館の浴衣に着替えた彼は、どうすれば良いのかを考えておらず、取り合えずロビーに行った。するとそこには、コーヒー牛乳を飲みながら、森崎百合花がソファで休んでいた。彼女は奏太を見付けるなり、声をかける。


「あっ、日元君。お父さん達は?」

「えっ、あっ、まだお風呂に入ってます」


 突然声をかけられた奏太は、やましい事を考えていた事もあって狼狽えた。気まずい思いをしながら、彼は百合花から少し距離をとってソファに座る。


「……」

「……」


 彼らは何を話す事もなく座っていた。奏太が百合花の顔を見ると、彼女は浮かない表情をしているように、彼には思えた。彼の内心に気付いた百合花は、照れる様に笑いながら、話を切り出す。


「えっと、日元君。今日は楽しかった?」


 予想外の質問に、奏太は少し驚く。


「は、はい、楽しかったです」

「そう、私も楽しかった。家族でちょっと遠くに出掛けるのも久し振りだったし、セント君や大和さんも一緒だったし。でも、日元君達も一緒だったらもっと楽しかったのになー」

「えっと、ぼ、僕も残念です」


 百合花の天使のような笑顔に、奏太は思わず舞い上がる。


「また、一緒にどこかに行ける機会があったら良いね」

「そう、ですね」


 百合花ははにかみ、それに奏太は答える。しかしそこで、今度は彼の方から話題を切り出す。


「その、えっと……」

「何? 日元君」


 たどたどしく言う奏太に、百合花は首を傾ける。


「僕は、どうすれば良いんでしょうか?」

「えっ……?」


 彼の問いの意味が分からず、百合花は聞く。


「僕には何の取り柄も無いんです。勉強も、運動も、それ以外の事も……何をやっても上手く行かなくて。でも、そんな僕にたった一つだけ、やれる事が有ったんです。ウィルシオンで戦うっていう事が」

「それって、どういう……」


 思わぬところで出てきた言葉に、百合花は耳を疑う。奏太は勘違いしていた。セントや倉島が自分の事について知っているのなら、彼女も知っているのだと思っていたのだ。百合花の態度に気付く事なく、奏太は続ける。


「僕はあの時初めて、自分が認められたのを感じたんです。ザガンに乗って、沢山の敵を倒して……ああ、僕にもやれる事が有ったんだなって」

「何を……言ってるの?」


 百合花は震える。彼女は目の前の少年に恐怖を覚えていた。そして、奏太は、彼女の異変に気付かぬまま、言葉を紡ぐ。


「ねぇ、森崎さん。僕はどうすれば良いんですかね……。僕にはアレに乗ることしか取り柄が無い。でも、僕はあの時恐い思いをした。僕は……僕は……」


 怯えながらも百合花は気付く。目の前の少年も自分と同じ様に怯えているのだと。彼が何に乗って、何をしたのかは百合花には分からないが、今なら引き返せると。そして彼女なりに、奏太にアドバイスをしようと考える。するとそこに、藤宮彼海が近付いてきた。彼女は、百合花の困惑するような表情を見て、質問する。


「ねぇ、奏太君。百合花様に何を言ったの?」


 無表情な彼海の質問に、百合花も奏太も黙る。奏太は、自分の失言に今更ながら気付き、百合花としても奏太の秘密は簡単に口に出来る物ではない。だからこそ百合花は言った。


「別に何も無いのよ。心配しないで良いわ。ルーシーさん」


 その言葉から、彼海は百合花が何かを隠している事を悟った。本来なら百合花の秘密を詮索などしたくは無いが、彼女が何を知ったかによっては、対処しないといけない。そう考えた彼海はカマをかける。


「……ファントム」


 百合花は目を見開く。そして、奏太と彼海の顔を交互に見る。


「……なるほど。奏太君、あなたの事についてどこまで言ったの?」


 百合花の反応を見た彼海は、表情を変えずに聞く。奏太は戸惑いながら答える。


「えっと……僕がウィルシオンに乗り続けるかどうか迷っているという事だけ……です」

「……本当なのね? 例えば、私が世間では『ガルーダ』と呼ばれていることも言っていないのね?」

「は、はい」


 彼海は百合花を見ながら確認する。百合花の表情には動揺の色があった。


「ど、どういう事なの? ルーシーさんがファントムだなんて、しかもガルーダだったなんて……。何かの間違いじゃ……」

「……残念ながら本当よ。私はあなたが『セラフィオン零型・ウリエル』と言うロボットに乗って戦っているのも、セント君が本当はどこから来たのかも知っている」

「そんな……!」

「……そして、私がこんなことを話しているのにも理由が有るの。今あなたが知ったことは全て、誰にも言わないで欲しい」


 そう告げる彼海の顔は真顔だった。百合花はそれを不気味に思いながら反論する。


「い、いや。私は言うわ! あなた達の目的が何だか知らないけれど、私はファントムを許さない!」

「うふふっ、流石は私が愛するお方。勇敢ね。でもね、私はそれ以上にゲファレナー様を崇拝しているの。あのお方の邪魔になる物は全て私が排除する。もしもあなたが私達の秘密を誰かに話したら、私はセント君の事を世界に公開するわ。彼が宇宙人で、禁忌獣は彼が地球に連れてきたと」

「そんな……セント君はそんなこと!」

「……事実がどうであろうと関係無い。とにかく、余計なことはしない方が身の為よ……いや、セント君の為よ」


 彼海はあくまで冷たく言う。その目に狂喜を百合花は見た。そして、彼女にはある予感が浮かぶ。確証は無いが尋ねる。


「もしかして……黒月君もファントムなの?」


 その言葉に、今度は彼海が目を見開いた。


「……参考までに、そう考えた理由は?」

「何となく、ルーシーさんと黒月君の間に特別な関係が有る気がしたのよ。ただの友達とは違う何かが」

「……そう。とにかく、セント君の為にも協力して」


 動揺からすぐに立ち直った彼海が言うと、件のセントや浩輝、そして倉島と修治がロビーに来た。


「ルーシー、姉さんは?」

「……まだ入ってる」


 そう答えた彼海の表情を見て、何か気掛かりな事が有る様に浩輝は思った。しかし、あえて追求しない。


「百合花ちゃん、何だか疲れてない?」

「気のせいよ。むしろお風呂に入って元気ハツラツなんだから!」


 セントの気遣いに、百合花は笑顔で、心配は無用だという態度を示す。だが、強がっているのはセントからしてみれば一目瞭然だった。


「本当?」

「うん、本当よ。何にも心配するような事なんて無いわ」


 釈然としないセントは追求を続ける。しかし百合花はそれを受け流す。やがて黒月遥、森崎花梨、藤宮花子といった面々もロビーに来て、彼らは各々の部屋へと解散する事になった。セントは当然ながら、倉島、奏太と同じ部屋に入ろうとするが、その前に花梨に呼び止められ、耳打ちされる。その内容に、セントは驚愕するも、花梨は聞く耳も持たずに去って行く。


「おーいセント、何言われたんだ?」

「な、何も言われてないよ!」


 倉島の質問にセントは誤魔化す。そして部屋の扉を閉め、彼は奏太に話し掛ける。


「ねぇ、奏太。さっき百合花ちゃんやルーシーさんと何を話してたの?」


 奏太はそれにビクリと震える。


「……」

「あの時、百合花ちゃんに何があったかを聞いているんだよ」


 何も言わない奏太に、セントは語気を強めた。それを倉島はなだめる。


「まあまあ、少しは冷静になれ」

「でも…………」


 セントは納得がいかない。


「なあ、奏太。俺は別にお前が何も言いたくねえのならそれでも良い。だがな、俺は女を悲しませる奴は何があっても許さねぇぞ。男女差別だと言われようが、これが俺のポリシーだ」


 倉島の口調は穏やかだが、そこには強い意志があった。最初は黙っておこうと思っていた奏太だが、彼の雰囲気に蹴落とされ、ロビーでの会話について話す。


「そっか、ついに百合花ちゃんも知っちまったか。そんで、なんでお前は百合花ちゃんに自分の事をバラしちゃったのよ」


 倉島の感想に、奏太は恥ずかしがりながら答える。


「えっと、その……。なんとなく、森崎先輩に相談したい。そう思ったんです。何故かはわからないんですけど……、浩輝さんやルーシーさんよりも」

「ああ、まあ確かにそうだろうけどな。お前バカすぎだろ。お前が言った事全部本当なんだろうな?」

「ほ、本当ですよ」


 呆れる倉島に、奏太はどもりながら言う。


「まあ、そういう事にしとくか。セント、お前はどう思う?」

「うん。奏太は多分嘘なんかつけそうに無いし、本当なんじゃないかな。ねえ奏太。百合花ちゃんは君たちとの戦いで傷ついて、その傷を癒すために僕たちはここに来たんだ。それなのに君は、百合花ちゃんを更に傷つけた。許さないよ、僕は絶対に。君も、浩輝も、ルーシーさんも。僕は絶対に許さない!」


 セントは拳を握りしめながら、それを振り上げる。だが、その手を倉島が押さえる。


「セント、今はやめておけ。お前が百合花ちゃんを思ってコイツを殴ってケガでもさせたら、それこそ百合花ちゃんが傷つく」

「……そうだね」


 説得され、セントは手を開く。倉島はその手を離す。


「まあ、今は平和に行こうぜ。平和が一番だ。奏太だって悪気があったわけじゃないんだろ?」

「……」


 この場に居辛くなった奏太は、部屋を出て行った。


「あちゃー、まあ仕方ねぇか。このアウェーな状態じゃ」

「大和、僕も言い過ぎたかな」


 倉島の言葉に、セントは申し訳なく思いながら言う。


「しゃーねーよ。お前は百合花ちゃんの為に必死だったんだ」

「でも、奏太の話が本当なら、彼も色々と悩んでいるんだ。僕も相談に乗ることくらい出来たかもしれないのに」


 自分を責めるセントの頭を、倉島はコツンと叩く。


「いっ……」

「バーカ。お前は百合花ちゃんだけ心配してりゃ良いんだよ」


 倉島は笑う。セントはそれに励まされたように言う。


「そう……だね」


 ほぼ本能的に部屋を出た奏太はどこに行けば良いのか分からず、部屋の前の廊下を行ったり来たりしていた。すると、一つの扉が開く。その奥には浩輝と遥がいた。


「奏太。何をしている?」

「え、いや……何でもありません」


 浩輝の訝しげな視線から奏太は目を逸らす。


「もしかして、お前の部屋にいられないような事情でも有るのか?」

「…………はい」


 図星だった奏太はそれを認めた。


「そうか。なら俺達の部屋に来るか? 構わないよね、姉さん」

「うん。遠慮しなくていいわよ。奏太君」

「えっと、じゃあ、よろしくお願いします」


 奏太は浩輝の提案を受け入れる。


「ああ。それで、何があったんだ?」

「えっと、まあ……」


 奏太は遥の顔を気まずげに見る。その視線に気づいた浩輝は言う。


「ちょっと姉さん。悪いんだけど少しどこかに行ってて欲しいんだ。男同士の話って奴がしたいんだよ」


 遥は不満を顔に表しながらいう。


「えー。まあいいわ」

「ゴメンね」

「いいのよ」


 申し訳なさそうに言う浩輝に、遥は笑いながら退室する。それを確認した浩輝は顔を真顔に戻し、奏太に聞く。


「さあ、話してもらおうか。さっきのロビーでの件についてな」




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