安楽
突然の来客にイズミ・ドレイパーは不快感も露に言う。
「何だ? 仲間殺しのチャイニーズが何をしにここに来た?」
対する関滄波は言う。
「俺の知った事じゃねえよ。そういう命令が出たからここに来ただけだ」
赤い忍者と青い龍人。二つの鋼の巨人が対峙する。そこにケーニヒがカラカラと笑いながら口をはさむ。
「さあ、貴重な福音軍の三大最新鋭機のうち二機がここに揃っている。それだけの戦力があれば、大体の敵は倒せるんじゃないかな」
「……」
しかしなお隊長は悩む。滄波がかなりの腕のパイロットだという事は聞いているが、同時に人間としてかなり問題があるという事も聞いている。つまり、彼の事を信用することが出来ない。いつまでも決断を下すことが出来ない隊長に対して業を煮やしたのか、霧雨のパイロットの一人が口を開く。
「隊長、行きましょう。ここで帰ったら、ここで散った仲間達に顔向けできません」
「しかしだな……」
口を開いたのは、先ほどイズミと協力してレオンを倒した女性パイロットだった。その言葉を聞いても悩む隊長に、女は続ける。
「ケーニヒとやらが言った通り、ドレイパー大尉のゼピュロスと関中尉の青龍さえ有れば、大抵の敵には負けません。そして、仮に関中尉が異常行動をとったとしても、ドレイパー大尉が何とかしてくれるはずです。ですよね?」
彼女の言葉は他力本願でしか無かったが、しかしそれだけ、二つの機体が強力であるとも言える。
「言ってくれるな。俺はこんな奴にどうにかされる事はねぇ。だがな、無意味に戦うつもりもねぇよ」
「フン、よく言うよ。アンタもチャイニーズも。しゃーないな。アタシに任せろ」
滄波とイズミが言う。隊長はその言葉に頼もしさを感じた。
「分かった。我々は今から潜入作戦を開始する」
「了解」
覚悟を決めた隊長の命令に、二人の霧雨のパイロットは応じ、階段を下りる。
「よく分からないが、敵はいるんだろうな?」
「知るか。余計な事はすんなよ」
「ああ、多分しないさ」
滄波をイズミは不信に思いつつも、階段を下りた。滄波もそれに続く。
☆
一方、熱海市にいる黒月浩輝達一行は、昼食をとり終え、各自自由行動という事になっていた。藤宮花子は一人でどこかに行き、森崎百合花は両親及びセント、倉島大和と、そして浩輝は黒月遥、藤宮彼海、日元奏太と行動することになった。浩輝達は現在、ショッピングモールに来ている。現在、浩輝は尿意を訴えてトイレに行っていた。彼は個室に入り、スマートフォンを取り出す。
「もしもし、中原さんですか?」
浩輝が電話を掛けた相手は、ファントムの人間である中原春哉だった。バスの中で中原を見つけた浩輝は彼に電話を掛けるタイミングを見計らっていた。
「やあ、熱海旅行は楽しんでいるかい? 黒月君」
中原はファントムの中では比較的、浩輝と仲が良い人物である。あくまで、比較的だが。
「ええ、お陰様で。そちらは今、何をなさっていますか?」
「僕は、というか僕達は今和菓子屋さんにいるよ。いやあ、僕達は楽しんでいるよ。社員旅行みたいな感じでね」
「そうですか。ところで、僕達や中原さん達がここに来た理由などは分かりますか?」
「うーん。僕達はただ、楽しんで来いって言われただけだからね」
「信用出来ませんね」
「まあ、難しい事は考えずに楽しめば良いんじゃないかな。せっかくの旅行なんだしね」
中原の声は呑気だ。浩輝は怪しいと思いつつも、質問を続ける。
「ところで、ファントムとは別の組織の人間もここに来ているようですが」
「やっぱり君も気づいてたか。うん、彼らは僕達を今も監視しているみたいだね。今のところは、それ以上の事はしていない様だけど」
「そうですか。ありがとうございます。では、また後で連絡するかも知れません」
「うん。構わないよ。ところで、他に話したい人はいるかい?」
「いえ、大丈夫です。では、切ります」
「じゃあ、またね」
浩輝は電話を切り、ポケットにしまい、待たせている遥達の所に向かう。
☆
時は少しだけさかのぼる。浩輝がトイレに向かったのを確認した遥が口を開く。
「ねぇ、ルーシーちゃん。さっきのお話の続きをしましょう? 君とこーくんの関係について」
その言葉に彼海は目を見開く。奏太も少し戸惑う。
「……それは二人きりの時にするという約束だったはずですが」
「でも、奏太君なら、聞いても問題ないんじゃないかしら?」
彼海は目を細める。
「……もしかして、浩輝君からすでに聞いているのですか?」
「だったら、このタイミングで聞かないわよ。こーくんは私に何も言ってない。でも、実は私は『ある組織』に所属していてね、ファントムのガルーダやベヒモス、そしてゲファレナーの正体なんかも知っちゃってるのよ」
声を潜めて言う遥に、彼海と奏太は警戒して表情を固くする。それに遥は苦笑する。
「ふふっ、そんなに固くならないでよ。とにかく、私が聞きたいことは一つ。あなた達はこーくんの味方でいてくれる? 危険なことをしているあの子の力になってくれる?」
そういう遥の表情は真剣だった。彼女の思いを、彼海と奏太は感じる。
「……はい、私は浩輝君の信者ですから」
「浩輝さんは僕に道を示してくれました。あの人の為に僕に出来ることがあれば、何だってします」
二人は遥に思いを告げる。遥はそれに安心したような表情を見せる。
「安心したわ。さ、そろそろこーくんも帰ってくるわ。今の話はこーくんには黙っててね」
そう言って遥は、走ってくる浩輝に手を振って迎えに行く。それを見て彼海は小さく呟く。
「……流石、浩輝君のお姉さんね」
「そう、ですね……」
彼海と奏太はただ、戦慄していた。
「ゴメンね、姉さん。すまない、ルーシー、奏太。遅くなったかな」
「ううん、大して待ってないわ。さあ、行きましょ」
申し訳なさそうに謝る浩輝に、遥は笑って返す。そして彼らの熱海散策は始まった。
☆
やがて日も暮れ、浩輝達は再び旅館に集合した。各々が買った菓子等を交換し、その後彼らは夕食を食べながら、会話に花を咲かせていた。
「へー、その和菓子屋さん、私達も行けばよかったかなー」
「はい、色々あって見てるだけでも楽しめましたよー」
和菓子屋の話題が出てきて、浩輝は先程の中原との会話を思い出す。しかし特に気にすることなく、黙々と食事を続ける。すると、彼の隣にいたセントが話しかける。
「浩輝、今日は楽しかったかい?」
浩輝はセントの意図が分からず警戒しつつも、何も答えないのは怪しまれると思い、正直に答える。
「ああ、楽しかった」
「そっか、それなら良かった」
邪気の無い笑顔を浮かべて言うセント。浩輝はやはり、彼の意図が分からない。すると、セントは言葉を続ける。
「いやあ、別に大した質問じゃないよ。僕達も無事に、平和に楽しんできたからね」
その言葉に、浩輝は彼の意図を察する。セントは浩輝達が何か、百合花に害を与えないかをずっと警戒していた。しかし、実際には何も起きず、百合花が楽しい時間を過ごせたのを見て、浩輝を疑っていた事を申し訳無いと思っているのだ。その上で浩輝は言う。
「今後、何が有るかは分からないけどな」
「……ッ!」
ニヤリと笑って言う浩輝に、セントは表情に警戒の色を浮かばせる。
「冗談だ。ところでこの刺身は食べたか? なかなか旨いぞ」
今度は声を出して浩輝は笑った。セントはそれを怪しいと思いつつも、彼に勧められた刺身を口にした。彼の言う通り、それは美味であるとセントは思った。
☆
食事を終えた浩輝達は風呂に入っていた。ただし、昼間入った露天風呂ではなく、室内の大浴場である。修治は現在サウナを利用していて、この男湯の湯船には浩輝、セント、倉島、奏太の四人が浸かっている。彼らは全員、互いの正体を把握している。厳密に言えば奏太という存在の根本的な部分は倉島達は把握していないが、とにかく、ここにいる四人がそれなりの立場である事は、彼らの共通認識である。
「さあ、邪魔者はいなくなった……って言うつもりは無いんだが、そろそろ話してくれねぇか? お前らがここにいる理由ってのをよ」
倉島はこの場にいる全員に聞こえるように、しかし声をひそめて言った。万が一、壁の向こう側にいる女性陣に聞かれない為なのだと浩輝は考えた。
「残念ながら、少なくとも僕は詳しいことは聞いていないんですよ。高橋さん……つまりリードに旅行にでも行ってきたら? とか言われてチケットも渡されて、いざ駅のバス乗り場に行ったら大和さん達やルーシーや奏太に会った……という訳でして」
「ふーん、まあ、とりあえず信じるとするか。じゃあ、他のファントムのヤツらは何をしてるか把握してるか?」
本当の事を正直に言った浩輝に、倉島は質問を重ねる。
「僕も連中の一人に電話で聞いてみたんですが、彼らも目的は把握していないそうです。本当かは知りませんが」
「最後の言葉はお前自身にも返すぜ」
皮肉げに倉島が言う。
「まあ、そうでしょうね。一応聞きますが、あなた達がここに来た経緯は?」
「修治さんが上官に言われたんだよ。百合花ちゃんを熱海に連れてけってな。俺とセントにも行くように言われた。つまり、命令みたいなもんだ」
浩輝の問いにはまたも倉島が答えた。
「はあ、それはいかにも何かが有りそうですね」
福音軍の陰の実力者でもあるリードが命令したんだろうなと浩輝は予想しながら、適当に相槌を打つ。
「何もねーよ、と言いたい所だがな。確かに何かが有りそうだと思ってんだよな。つーか俺は福音軍っつー組織に疑惑を抱いている」
「確かに。胡散臭い名前ですしね」
倉島の言葉に浩輝が口をはさむ。しかしセントは驚く。
「どういう事? 大和」
「勘違いすんな。俺は准将も修治さんも尊敬している。俺が怪しんでんのはその上だ」
「上?」
「今思うと、不可解な命令ばっか出されてたとは思わないか? 勝てないと分かっているゲファレナーや禁忌獣相手に霧雨やらレオンを出撃させたりな」
「それは……」
「ウィルシオンのパイロットってのは嫌われなければならない。だから、その為の分かりやすい手段として、軍の量産機相手に無双して、その映像を世界中に流し、ファントムの悪名を広めた。そうだろ? 浩輝」
倉島の眼は鋭い。浩輝はそれにニヤリと笑う。
「さあ、どうでしょうか」
「トボけんなよ? 俺が言いたい事は、福音軍の裏にはファントムがいるんじゃねーかって事だ」
倉島は口調を少し強める。だが、浩輝も彼がそう言う事は薄々察していたので、特に驚かない。
「もしそんなことが有ったら大変ですね。ファントムに対抗できる唯一の組織が、ファントムの思い通りに動いているだなんて。人類に救いは無いんですか?」
「本当にムカつく奴だなテメエは。そんなんだから友達の一人もいねえんだよ」
「失礼な事を言いますね。ルーシーも奏太も僕の大切な……って」
浩輝は気づく。いつの間にか奏太はその場から消えていた。
「いつの間に……」
「ハッ、友達だと思ってんのはお前だけなんじゃねーのか?」
「うるさいですね。そもそも僕はここに体を休めに来たんです。放っておいてください」
浩輝は倉島達の所から離れ、湯船の隅の方に移動する。そして考える。
(高橋が俺達ウィルシオンパイロット、そしてセント達福音軍のエースパイロットをここに集めた理由。高橋はケーニヒとやらに強い敵愾心を抱いている。つまり、アイツの目的はケーニヒに会って何かをする事である可能性が高い。そして、恐らく、今日俺達を監視していたのはケーニヒの組織の人間だ。あくまで勘だが。要するに、ケーニヒは俺達に戦力を割いている。これが奴らのうち、どれくらいの割合なのかは分からない。だが、決して少ない人数ではない。敵の戦力が減っているこの機会に、アイツは敵に何かをしようとしているのだろうか)
そこで浩輝は思考を止める。せっかくの風呂なのに疲れてしまっては意味がない。とりあえず彼はボーっとすることにした。




