叱咤
イズミ・ドレイパーとゼピュロスの活躍は世界各地の福音軍基地の者達が観ていた。その中の一つ、上海にある中国支部も例外ではない。技術士官、黄秀麗少佐は興奮したように言う。
「これは見事ねぇ、ホレボレしちゃうっ」
黄はふと右を見る。そこには無表情に画面を見つめる関滄波中尉がいた。秀麗の声を聞いても特に反応を示すことは無い。
「まったくもう! アンタもアタシの『青龍』に乗ればアレくらいの事は出来るはずなのにいつまでボンヤリしてるのよ!」
「……うるさい」
滄波はボソボソと呟く。彼は以前、黒月浩輝のクロセルによる幻覚攻撃によって精神をボロボロに打ち砕かれた。それに至る経緯で彼は仲間を数人殺している為、本来なら何かしらの罰を受けるはずなのだが、彼の事を高く評価している秀麗の鶴の一声によって、常に黄が監視をするという名目で、とりあえず許されているという事になっている。秀麗は『青龍』の開発者であり、中国支部の代表である黄剛秀准将の子でもある。
「そうよ、ちょっと今からアンタも銀海島に行って戦っちゃいなさいよ。ちょっと改良した青龍の戦闘データも取っておきたいし」
「勝手にそんなところに行っていい訳が無い」
「そんなの、お父様に頼めばどうにでもなるわ」
「……」
あっさりと言う秀麗に、滄波は呆れて頭を押さえる。
「ねぇ、滄波ちゃん。やっぱりゲファレナーは怖い?」
「うるさい。お前には関係ない」
「本ッ当に無愛想ねーアンタ。まあ、そんなアンタの為に色々と頑張ったんだけどねー。例えば、例の幻覚攻撃への対策とか」
「そんなものは無い! アイツには絶対勝てない! アイツは……アイツは最強なんだ! 対策なんて関係ない!」
秀麗の言葉に、滄波は突然声を荒げる。その身を震わせながら。そんな滄波を秀麗は強く抱き締める。
「むぐっ」
「大丈夫よ。あなたはあんなのには負けないわ。アタシが負けさせない」
「離せ!」
秀麗の言葉を無視して、滄波は力任せに黄を体から引き離す。黄の体が地面を転がる。
「もう、乱暴ねぇ」
「うるさい! 俺に気安く触れるなオッサン!」
野太い声で非難する秀麗に、滄波は怒鳴り付ける。
「オッサンなんかじゃないわ! 私はまだ28の乙女よ!」
「うるせえ。とにかくだ、俺は二度とあんなものに乗って戦うのはゴメンだ」
「そうなのぉ? でもね、あなたのポテンシャルはかなりのモノよ」
「そんなのは知らない。俺は軍をやめる。こんな俺を助けてくれたアンタには感謝してるが、俺は……ごふっ」
突如、滄波の体が吹き飛ぶ。秀麗の大きな拳が彼の顔面に突き刺さっていた。
「甘ったれたこと言ってんじゃねえ! テメエ言ってたよな? 自分が世界で最強だとか何とか。なら、一度負けたくらいでウジウジしてんな! テメエが最強だってことを証明してみろ!」
いつもの女言葉をやめ、秀麗は怒鳴る。そこには鬼のような形相が有り、滄波は圧倒される。
「ああ、分かったよ! 乗ってやるよ、青龍に!」
「そう、それで良いのよ。じゃあ今すぐ準備して」
滄波はパイロットスーツに着替えるべく更衣室を目指した。
☆
「ハァ……ハァ……。さあ、お前が最後の一機だ。そろそろ、何か話す気になったんじゃないか?」
銀海島。激しい戦闘の末、最終的に九機のレオンを福音軍は撃墜した。その内七機はイズミ・ドレイパーが倒したが、後の二機は別の者が撃墜した。一方で福音軍側の被害は二人だ。八機の霧雨は一機のレオンを囲み、隊長が告げる。別に敵のパイロットは残りの一人だけという訳では無いが、それでも戦闘可能なのは自分一人だけという事実はかなりの精神攻撃となり、簡単に口を割る。その確信が隊長にはあった。しかし、一向に何かを言う様子はない。それを怪訝に思いつつも、八機の霧雨は徐々に距離を詰めて行く。
「分からないのか? この人数を相手にして、お前に勝つ術は無い。お前達はファントムなのか? お前達の目的は何なんだ?」
しかし、レオンのパイロットは何も答えない。霧雨部隊は苛立つように距離を更に詰める。そして突然、レオンが爆発した。
「全員、全力で退避しろ!」
隊長の命令を聞くまでもなく霧雨は後ろに全力で逃げる。離れていたゼピュロスも逃げる。すると、ゼピュロスの逃げた先にあった、撃墜されているレオンが爆発した。
「チッ、せっかく生かしてやった命じゃねーか」
ゼピュロスは咄嗟に跳躍し、周りに何もない所に着地する。少し余裕が出来たイズミが味方の様子を見ると、そこには地獄絵図が広がっていた。敵の自爆による爆風に巻き込まれた者、何とか…逃げたと思ったら別の機体の自爆に巻き込まれた者など様々だった。最終的に立っている霧雨は三機だけだった。
「クソ……クソォォォォッ!」
数少ない生き残りとなった隊長が、仲間の機体の残骸を見て絶叫する。彼らが絶望にうちひしがれていると、何処かからか声が聞こえる。
「ほう。これだけの数が生き残れるとは、流石はファントムや禁忌獣と度々戦っている日本支部といった所かな」
その声は老人の男のものだった。イズミはその声色に、この状況を楽しんでいる様な印象を受け、怒りを覚える。
「そういうテメエは何なんだよ! コソコソしてねぇで出てきやがれ!」
「まあ、落ち着きたまえ。私の事はケーニヒ、と言えば分かるかな?」
イズミもケーニヒという者が日本で福音軍がファントムと戦っていた際に突然現れたと聞いている。しかし、それ以上の事は知らない。
「知るか! 良いからさっさと出てこい!」
「はっはっは、残念ながら私はそこにはいないのでね。だが、君達へのプレゼントをそこに置いてある」
「プレゼント……?」
イズミは怪訝そうに呟く。すると、指を鳴らしたような音がその場に響くと共に、地面の一部が大きな音を立ててスライドする。そこには地下へ続く階段があった。ゼピュロスや霧雨でも入れるような、大きな階段だ。
「さあ、私からのプレゼントはその中にある」
ケーニヒが言う。しかし、イズミは怪しむ。そして、隊長も同様だ。
「これを見て、罠だと疑わない方が難しいと思うが」
「それもそうだな。だが、ここを調べる事が君達の任務では無いのかな?」
「……」
ケーニヒの面白がる様な声に、隊長は考え込む。イズミも、どうするべきか悩み、何も言えない。
「まあ、別に君達がどうしようと構わないよ。後日戦力を整えた上でここに改めて来ても良い。君達の自由にしたまえ」
ケーニヒの挑発的な言葉が続く。それが隊長を焦らす。
(どうする……。奴の言うプレゼントとは一体何なんだ? そもそも、プレゼントなんてものが本当に有るのか? ケーニヒは本当にここにいないのか? だが、調べてみる価値は有るのでは無いか? しかし、それは今すぐ調べなくちゃいけない事なのか?)
隊長は葛藤する。相手がファントムだとしても、そうでないとしても、手強い敵である事には代わりない。
(落ち着け……。こんな時、森崎中佐ならどうする? 俺は今、あの人の代わりに決断しなければいけない)
「まあ、悩むだけ悩めば良いさ。そうだね。今、君達の所に援軍が向かっているそうだ。それは君達にとってかなりの力になるだろう」
ケーニヒが言い終えると同時に、銀海島に何かが落ちる音がする。
「急いで来たが、もう終わって無いか?」
それは中国が開発した龍を思わせる人型兵器、青龍だった。その背中には翼が付いている。そのパイロット、関滄波が疑問を口にする。それに、黄秀麗が意味深に答える。
「いいえ、今から始まるのよ」




