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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
4章 騒乱の休息
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苦戦

 今回の作戦は本州から少し東にある、銀海島ぎんかいじまという小さな島に向かうことが目的である。それに伴い、イズミ達人型兵器部隊はそれぞれの機体に搭乗したまま、飛行機に乗り、巨大なパラシュートによって降下するという事になっている。現在は特製のベルトによって、機体を固定する作業が行われており、生まれ変わった相棒のコクピットの中で、イズミ・ドレイパーは作業の終了を待っている。


「ったく、バカンスにしては趣味が悪いぜ。敵の基地がある島なんてさ」

「まあ、良いじゃない。この作戦が終わったら、二人でスシでも食べにに行きましょ?」

「賛成だけど、そのフレーズは言っちゃ駄目な奴だ」


 オペレーションルームに移動したレイラとそんなやり取りをしているうちに、作業は終了した。やがて飛行機は離陸準備が始まる。ベルトで固定されているとは言え、ゼピュロスのコクピットの揺れはかなりのもので、イズミは不快感を覚える。


「こりゃあひでーな。ゲロ袋は何枚使うんだか」

「イズミ、下品よ。エチケット袋と言って」

「んなのどっちでもいーじゃねーか、あー気持ちわりー」


 イズミが愚痴を言う間に、飛行機は離陸する。イズミはエチケット袋を一枚消費することになった。飛行機は敵の攻撃を受けることなく、無事に目標地点である銀海島の上空にたどり着いた。パラシュートを装備した霧雨が次々と降下していく。やがてイズミの番が来る。


「大尉、お気を付けて」

「りょーかい。イズミ・ドレイパー、ゼピュロス。降下しまーす」


 飛行機に搭乗している福音軍の男の声に、イズミは気の抜けた返事をしながら降下する。最初はパラシュートによってゆっくりと降下していたが、地上付近に近付いたとき、パラシュートを切り離し、無事に着地した。


「ふぅ、もうこんなのはゴメンだぜ。コイツ自身が飛べるようになれば良いんだがな」


 相変わらず、イズミは愚痴を言う。今回の作戦において、ゼピュロスには坂口才磨が開発中の飛行ユニットを装備することも検討されていたが、アクシデントが起きる可能性を考慮した結果、飛行ユニットを装備する件については、今回は見送られた。イズミ達人型兵器部隊は周囲を見回す。そこは豊かな自然が広がっているだけで、変わった物は見付からない。


「あーあ、本当にこんな所にファントムなんかいんのか?」

「無駄口を叩いてる暇が有ったらしっかり探せ」

「はーい」


 今回、森崎修治の代わりに隊長を務める男が英語でイズミをたしなめる。イズミはそれに生返事をし、取り合えず周りを見てみる。やはり、怪しいものは見付からない。


「つーか、ファントムもマヌケじゃねーだろ。ここに奴らがいたとしたら、今頃出迎えが……」


 イズミが更に愚痴を言っていると、遠くの方から大きな音が聞こえた。


「何だ?」

「連絡します。たった今、そちらに多数の熱源反応が突然確認されました。警戒を」


 レイラの声が、銀海島にいる全ての福音軍の者に届く。するとたちまち、複数の人影が現れた。それらはかなりの速度で、イズミ達の元に近づいて行く。


「総員、戦闘配置につけ」

「了解」


 隊長が命令を出し、隊員は戦闘に備える。無論、イズミもそれに従う。すると、彼らの所に人影がたどり着いた。それは世界で最も普及している人型兵器、『レオン』だった。イズミの乗る『ゼピュロス』はおろか、他の者が乗る『霧雨』にも性能は劣る。十機のレオンは福音軍を囲む様に並ぶ。


「侵入者を発見。ただ今より排除する」


 レオンのパイロットの一人が言い、レオンは一斉にマシンガンを構える。


「待て。我々は福音軍の者だ。貴様達はファントムか?」


 隊長は慌てるように問い掛ける。しかし、その問いに対する答えは、言葉ではなく、弾丸の雨だった。隊長機の胸部にいくつかの弾痕が出来る。


「隊長ぉぉぉぉ!」

「構うな! 気を引き閉めろ! 戦闘開始だ」


 隊長が指示を出す。それに答えるように、福音軍の霧雨部隊は戦闘行為に入る。


「相手は我々の物よりも性能の劣る機体に乗っている。まずは無力化して、口を割らせるぞ。だが、油断はするな!」

「了解」


 隊長の言葉に一同は応じる。


「さあ、見せてもらうぜウィンド……いや、ゼピュロス! 生まれ変わったアンタの力をな!」


 イズミは意気揚々と呟く。そして肉食獣のような笑みを浮かべる。彼女が操る真紅の装束をまとった忍者――ゼピュロスは地上を駆ける。そして、一機のレオンに勢い良く飛び掛かる。ゼピュロスの機体性能は霧雨のそれを遥かに凌駕する。ましてや、霧雨に劣るレオンなど、ゼピュロスの前には塵芥に等しい。イズミはそう確信していた。ゼピュロスは背中から忍者刀を抜き取り、レオンに斬りかかる。


「はあっ!」


 叫びと共に忍者刀は降り下ろされる。その瞬間、レオンはイズミが想像していなかった速さで後ろに下がる。イズミは驚きの声を上げたくなる衝動を抑えながら、追撃する。しかし今度は、敵が腰から取り出した剣で受け止められる。


「ならっ!」


 ゼピュロスは忍者刀を投げ捨て、右腰からマシンガン『シュリケン』を取り出し、すぐさま撃つ。敵が怯んだ一瞬をついてマシンガンも投げ捨て、前に飛び込む。そして、殴る。敵機がバランスを崩して後ろに倒れる隙をついて左手にクナイを握り、突き刺そうとするが、ゼピュロスの後ろから別の敵機が近付くのを察知し、勢い良く上に跳ぶ。敵機のマシンガンの弾丸は空を切る。その間に元々イズミと戦っていた機体は起き上がるが、ゼピュロスはそこに跳び蹴りを食らわせる。それはレオンの右肩に直撃し、その衝撃でレオンの脚が折れる。


「いっちょあがりぃ!」


 イズミはすぐに、先程マシンガンを撃ってきた機体に向かう。その機体は一機の霧雨と交戦していた。本来なら機体性能は上であるはずの霧雨を圧倒している。それに違和感を覚えつつも気にせず、先程の機体に刺し損ねた左手のクナイを突き刺す。クナイは敵機の胸部に刺さり、一瞬動きが止まる。その隙に霧雨が日本刀で左腕を斬り落とす。そしてゼピュロスは右手で敵を殴る。その衝撃で倒れた敵に霧雨が右脚を斬る。ゼピュロスは敵のマシンガンを奪う。


「へぇ、やるわね。本当に忍者みたい」

「フン」


 霧雨に乗る女性パイロットの賛辞の声に小さく返し、イズミは別の機体に向かって行く。


「クッ、強い……!」


 イズミは善戦しているが、他の福音軍のパイロットはレオン相手に苦戦を強いられていた。そのパイロットの一人は、敵の手強さに声を漏らす。現在、敵は二機撃破して残り八機。一方で福音軍側は現時点では撃破はされていない。しかし、福音軍には自分達が優位に立っているなどとは考えられなかった。


「この性能……ただのレオンじゃない!」


 敵のレオンは、彼らが知るレオンとは桁違いの出力だった。その速度も力も、霧雨を凌駕していた。


「こんな機体を……ファントムは量産してるって言うのか!?」


 彼は日本刀で敵機に斬りかかる。敵はそれを剣で受け止め、反撃する。霧雨は右脇腹あたりに傷を負う。霧雨は後方に跳ぶが、敵は剣でその胸を突く。


「ぐううっ……」


  彼は、敵が容赦なく自分を殺そうとしている事を感じる。そして、自分が死ぬことを悟る。周りを見ると、味方の機体が二体、立て続けに撃破されたのが見えた。あの爆発では生きてはいられない事を信じざるを得なかった。戦友の名前を内心で呟きながら絶望する。


「こんな時、森崎中佐さえいてくれたら……」


 彼はこの場にいない尊敬する上官の顔を思い浮かべながら目を閉じる。しかし、何時まで経ってもとどめは来ない。彼が目を開けると、真紅の忍者がマシンガンで自分が戦っていた機体を撃っていた。敵機は両腕をクロスして弾丸を受け止めている。


「邪魔すんだったらどっか行ってろ。役立たずのゴミが」


 イズミはそんなことを言いながら、残弾数がゼロになったマシンガンを捨て、敵機に突進する。敵パイロットは気絶したのか、その機体は動かなくなった。それを確認したゼピュロスはすぐにその場を離れる。先程の放棄した忍者刀とマシンガンを回収する。そして、二機がかりで一機の霧雨を攻めているレオンの所に向かって行く。それを見ながらパイロットは呟く。


「そうだ、俺はまだまだ負けられない! 仲間の仇は俺が討つ!」


 パイロットは闘志を燃やし、苦戦している仲間のもとへ救援に行く。

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