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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
4章 騒乱の休息
47/75

信用

「うーん、最高ッ!」


 お湯に浸かった藤宮花子が気分の良さそうに声を上げる。


「はぁ、極楽極楽ぅ」

「景色も良いですね。温泉に入りながら富士山も見れるなんて最高!」


 森崎花梨と黒月遥もそれぞれ声を漏らす。日頃の疲れが取れた感覚に落ち着く。


「ああ……本当に素晴らしい光景です……百合花さ……」

「ねぇ、ルーシーちゃん。ちょっと聞きたいんだけど」


 興奮する彼海を遮る様に、遥が彼海に話し掛ける。彼海はそれに気分を害した様子もなく答える。


「……何ですか? 遥さん」

「ルーシーちゃんって、こーくんとどういう関係なの?」

「えっ……」


 当然と言えば当然の問いに、彼海は一瞬言葉に詰まる。彼女がふと周りを見ると、他の面々も興味の有りそうな顔をしていた。


「こーくんって、ちょっと人間不信な所が有るのよね。私とか以外にはほとんど心を開かないの。そんなこーくんが、年上の女の子であるあなたと、タメ口で話すなんて、何が有ったのかなーなんて思ってね」


 その言葉に花子が動揺する。彼女は高校一年生の時に妊娠し、高校を中退し、女手一つで彼海を育ててきたという過去が有る。もしも彼海が妊娠でもしたのなら、花子は浩輝を許さない。


「……対した関係では有りません。私が愛しているのは百合花様です」

「百合花さんとの事は聞いていないわ。私は、こーくんとの事を聞いてるの」

「……浩輝君とは……ただの友達です。本当に、それだけです」


 彼海は困惑しながら答える。しかし、詳しいことは何も言わない。言えるはずが無い。自分と浩輝が、世界に仇なす悪の秘密結社、ファントムの戦闘員で有る事など。彼海はなんとかボロを出さないように話す。そんな彼女の耳元で、遥はボソリと呟く。


「ここで言えないような関係なのなら、また後で、二人っきりで話しましょ?」


 彼海は戦慄する。目の前の女性は、油断のならない人間であると、彼女は確信した。すると遥は、暗くなりかけた彼海の胸を鷲掴みにする。


「ひゃあ!?」

「うふふっ、私より大きいおっぱいなんて許せないわねぇ……このー」

「や、やめてください! 百合花様にも揉まれたこと無いのにぃ!」


 珍しく悲鳴を上げながら悶える彼海。遥の胸も標準よりはかなり大きいと言えるのだが、彼海のそれは、更に大きかった。


「わ、私は、そんなことしないわよおおおお!」


 そこで胸の小さな百合花が顔を赤らめて全力で叫ぶ。美女が美少女の胸を揉むという光景は、女である百合花から見ても扇情的だった。そんな彼女の隣には、いつの間にか花子がいた。


「ゆーりんっ、気分はどう?」

「えっ、あ、気持ち良いです」

「そっか」


 花子の人懐っこい笑みに、自然と百合花も笑顔になる。


「あのさ、ゆーりん。ウチのバカがキモい事言って迷惑かけてっかも知れねーけどさ、アイツもアイツで、アンタのこと応援してるんだぜ? そして、アタシも」


 百合花は一瞬、パイロットとしての自分が応援されているのかと思ったが、すぐに表の、アイドルとしての自分を応援してくれているという事に思い至った。


「その、ありがとうございます」

「いーんだよ。最近アンタが活動してねーって事でアタシもアイツも心配してんのよ。ま、アンタの業界っつー奴は色々と大変だって事も分かるから、仕方ねーって思うんだけどさ、アタシはアンタが活動再開すんの待ってるぜ」

「……」

「アタシだけじゃない。ウチのルーシーだけでもない、世界中でアンタを応援してた奴がアンタを待ってる。アンタはそれだけの人達に元気とかそーゆーのを与えてたんだよ。ま、アタシが偉そうに言う事じゃ無いけどな」


 花子は恥ずかしさに小さく笑う。すると、百合花の目から一筋の涙が流れ落ちる。


「花子さん……」

「おいおい、こんな事で泣くな」


 花子は少し狼狽する。するとそこに花梨が近付いてくる。


「花子さん。私からも言わせて下さい。ありがとうございます」

「いやいや、大したことはしてねーよ」

「でも、百合花は色々あって、ずっと落ち込んでたんです。この子は優しくて、傷付き易くて、そんなこの子に私は何もしてやれませんでした。本当に、ありがとうございました」


 花梨は深々と頭を下げ、百合花もそれを真似るように頭を下げる。それを見ているのが気まずくなってきた花子は視線をそらすと、自分の娘は今も胸を揉まれ、喘いでいた。花子は恥ずかしさを誤魔化す様に、百合花の小さな胸に手を伸ばし、揉みしだく。この湯に、二つの喘ぎ声が木霊する。



 ☆



(む、向こうでは何が起きているんだ……?)


 男湯で森崎修治、セントと共に安らいでいた黒月浩輝は内心で疑問を持つ。混浴風呂から聞こえる官能的な喘ぎ声は彼らの元にも届いていた。


「ど、どうしたんだい、浩輝? そんなに顔を赤くして」

「お前に言われたく無い!」


 浩輝とセント。純情な二人の少年は揃って顔を赤らめていた。


(コイツって年齢はかなり行ってるハズなんだけどな)


 セントは中学生、下手すれば小学生だと思われるような姿だが、地球人の年齢に換算すれば、100歳以上である。勿論、修治よりも年上だ。そんな修治はと言うと……。


「まったく、良い富士だな」


 彼はそんな喘ぎ声など聞こえていないがの如く、雄大にそびえる富士山に感動していた。彼の肉体は40代とは思えないほど引き締まっていた。それでいて全身の筋肉は凄まじい。浩輝も男として、彼のような肉体に憧れる。


「ん、どうした? 浩輝君」

「い、いや、なんでも無いです」


 浩輝は思わず、まじまじと右にいる修治の身体を見ていたが、目をそらす。彼は特に同性愛者に対する偏見は無いが、彼自身は同性愛者ではない。取り合えず浩輝は富士山を眺める。見事なものだと浩輝は思った。


「それにしても、倉島と奏太君は何をしているんだかな。せっかくの温泉だと言うのに」

「さあ、どこかでバカな事をしているんじゃ無いですか?」


 修治の疑問に、浩輝は適当に答える。ちなみに、彼は倉島が露天風呂に来ないと言った時点で、彼が良からぬ事を企んでいると考えた。そして、遥を守るべく混浴に入ることを勧めた。最初は遥も渋っていたが、浩輝も一緒に入ると言ったら、それに応じた。浩輝は遥さえ守れればそれで良かったのだ。しかし、浩輝の考えを察した遥は他の女性陣も守る様に言った。その結果、女性陣全員が混浴を利用する事になった。遥としては浩輝と一緒に入りたいという気持ちも有ったが、百合花の気持ちを考えた結果、それは諦めた。


「まったく、最低だよ二人とも……」


 セントは呆れたように呟く。それに答えるように修治が呟く。


「なあ、セント。百合花は今、心に傷を負っているんだ。浩輝君も、それは分かるよな? 百合花はずっと学校を休んでいたんだから」

「はい」


 相槌を打った浩輝をセントが一瞬だけ睨む。倉島はそれには気づかずに続ける。


「そして倉島は俺の知る限り、人の気持ち、特に女の気持ちは分かる男だ。そんな奴が百合花を傷付けるようなことをするとは思えないんだよ」

「確かに……」


 セントは納得したように呟く。しかし浩輝は納得できない。彼にとっての倉島大和とは、ただの変態野郎である。


「それじゃあ、何をしているというんですか。わざわざこのタイミングでどこかに行ってるなんて怪しすぎます」

「さあな。だが、アイツはのぞきなんてする様な男じゃない」

「では、もしものぞきをしようとしていたら?」

「そうだな……。もしそうだとしたら、俺は福音軍をやめる」

「はぁ!?」


 修治の宣言に思わず浩輝は驚きの声を上げる。


(このオッサン、もしかして酔ってる?)


 修治は酒など一滴も飲んでいない。しかし浩輝には修治が正気とは思えなかった。セントが思い出したように呟く。


「でも大和は楽園シャングリ・ラに行くとか言ってたんですよ」


 修治の顔が引きつった。

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