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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
4章 騒乱の休息
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偶然

 黒月浩輝と姉の黒月遥は熱海に向かうバスに乗る為、最寄の駅へと歩いていた。隣でキャリーケースを引きずる浩輝を見ながら遥が口を開く。


「それにしても親切な人がいるものね。福引で当たったチケットを譲ってくれるだなんて」

「そ、そうだね。はははは……」


 実際にチケットを貰った経緯は少しだけ違うため、浩輝は少し顔を引きつらせながら相槌を打つ。その表情に遥は言及しない。やがて彼らは駅のバス乗り場に到着する。他にバスを待っている人物はいないようだった。


「こーくん、ここよね?」

「うん。そのはずだけど」


 そんな会話をしながら二人が立っていると、浩輝たちと同じく熱海に行くであろう家族らしき集団が来た。


(なぜコイツらが……)


 そこにいたのは森崎百合花とその両親である森崎修治と森崎花梨、彼らの家に居候している宇宙人、セントと、彼らとは別に住んでいるはずの倉島大和がいた。浩輝はすぐに彼らから目を逸らす。浩輝は彼らとの間に少なからず因縁がある。


「あら、大和さんじゃないですか。お久しぶりです」


 浩輝の内心を知ってか知らずか、遥は倉島に声をかける。その声に気付いた倉島は小さく手をあげる。


「おう、遥ちゃん、浩輝。久しぶりだな」

「お、おはようございます」


 倉島の言葉に、浩輝は気まずげに挨拶をする。ふとその右を浩輝がみると、セントがあからさまに警戒の表情を浮かべていた。そしてその更に右を見ると、浮かない顔をした百合花がいた。セントが口を開く。


「おはよう、浩輝。旅行?」

「ま、まあな。ちょっと熱海に」

「へえ、偶然だね。僕達も熱海に行くんだ」

「そ、そうか。奇遇だな」


 浩輝と話して、セントの表情はより一層疑わしいものになった。しかし浩輝は何も企んでいないため、彼を疑うことは無意味である。


(あの女……何を考えている?)


 浩輝が彼らをここに行くように言った張本人に疑問の言葉を内心で言う。すると浩輝とセントの会話を聞いていた花梨が口を開く。


「あら、セント君、大和君。知り合いなの?」

「はい、僕と百合花ちゃんのクラスメイトです」

「俺は以前、家に泊めてもらった事が有るんです」


 セントと倉島が口々に言う。仕方ないと思いつつも笑顔を浮かべて浩輝は言う。


「黒月浩輝です。もり……百合花さんとコールリッジ君にはお世話になっています。こちらは……」

「姉の黒月遥です。弟がお世話になっております。本日はよろしくお願いします」


 浩輝に続き遥も自己紹介する。すると花梨はにこやかにほほ笑み、挨拶をする。


「ええ、よろしくね。私は森崎花梨。百合花の母親です。こっちは多分お二人ともご存知かもでしょうけど森崎修治。私の夫です」

「どうも、今日はよろしく。遥さん、浩輝君」


 花梨に促され、修治は挨拶する。彼が福音軍のエースである事は世界的に有名であり、多くの者に尊敬されている。なお、最近ではファントム相手に苦戦を強いられており、一部の者からはバッシングを受けている。ちなみに、同じく福音軍に所属する倉島やセントについては世間に公表されていない。同じく福音軍の一員である百合花も、アイドルとしては世間的に有名になっているが、それ以上の事は報道されていない。ただ、現在は百合花のアイドルとしての活動は休業状態である。


「よろしくお願いします」


 遥は森崎夫妻に言い、頭を下げる。浩輝もそれに倣う。しかし彼の内心は穏やかでは無かった。


(うん。すごく気まずい。セントと倉島大和は俺の事を知っている。森崎父娘おやこは俺の事は知らないはずだが、すっごくクズいことしちゃってるから目を合わせられない。姉さんがいるとは言え、疎外感が半端じゃない)


 浩輝のソワソワと落ち着かない様子を見て、修治は彼を人見知りなのだと判断する。


(姉弟水入らずで楽しもうと思ってたら知り合いと出くわして気まずい、ってとこか? だとしたら悪いことしたな。だが、俺達としても何故か熱海以外の選択肢は用意されてないみたいだしな……)


 そこで修治は疑問を口にする。


「そういえば君たちは2人で旅行かい? ご両親は一緒じゃないのか?」


 その言葉に浩輝と遥の表情が一瞬凍りつくが、すぐに戻る。そして遥は言う。


「ええ、チケットは2人分ですので。本当なら父と母に行って貰おうと思ったのですが、姉弟で行ってきなと言われたのでこうなりました」

「チケット?」

「弟が親切な方に譲られたんですよ。福引の景品だそうです」

「へぇ、そんなのもあるのか。俺達は軍のお偉いさんからのプレゼントって事で行くことになったんだがな」


 遥は森崎夫妻と会話を続け、やがて倉島もそれに加わる。浩輝がぼんやりとそれを眺めていると、彼らの元に新たな2つの人影が現れる。


「……あれ、浩輝君?」


 人影は藤宮彼海とその母の藤宮花子だった。思わぬ人物の登場に浩輝は内心で頭を抱える。


「ルーシー、まさかお前も熱海か……?」

「……うん、そうだけど」


 浩輝と彼海は同時に察する。目の前の相手も高橋に行くように言われたのだと。彼らを見るセントの表情が更に険しくなる。


「こーくん、知り合い?」


 彼海の事を知らない(という事になっている)遥が質問する。


「う、うん。ちょっとね……」

「藤宮彼海ルーシーです。浩輝君のお姉さまですか?」

「ええ、そうよ。私は黒月遥。ところで、ルーシーさんって……少し珍しい名前ね」


 口を濁す浩輝を彼海がフォローする。すると遥が感想を言う。


「はい。母がつけてくれた名前です。彼氏とか彼女の彼に海でルーシーと読みます」

「へぇ、良い名前ね。さしずめ海の彼方に行っても活躍して欲しい……っていう願いが込められてるのかしら」

「はい。そんなところです」


 そんな会話を聞いて花子はわずかに動揺する。実際に目の前で他人に名前の意味を分かって貰えたのは初めてだったからだ。しかしそこには、嬉しさもあった。


「へえ、すぐに分かるなんてすごいじゃん」


 花子の余りの初対面の相手にするにしては失礼な態度に浩輝は顔を一瞬しかめるが、すぐに表情を戻す。高校生でありながら(胸以外は)中学生のような容姿である彼海を高校一年生のときに産んだ花子は、現在32歳にも拘らず、20代前半のような容姿である。また、一見真面目な学生らしい彼海とは対照的に、花子は髪を茶色に染めていて、軽薄な印象を浩輝に与えた。そしてその話し方が、より一層軽薄な印象を強めた。そんな母親の態度に彼海は慌てる。


「すみません。ウチの母はあまり礼儀を知らないので」

「あー、悪い悪い」


 花子は全く悪びれた様子もなく頭をかく。彼海はそれに呆れる。そこにセントが加わる。


「久しぶり、ルーシーさん」

「……あら、セント君もいたの? ……って」


 彼海の視線はセントの隣にいる少女――百合花に移る。


「百合花様あああああああああああああああ!」


 彼海は叫びと共に百合花に向かって走り、抱きつく。


「きゃあ!」

「ああ、百合花様……相変わらず神々しいお姿です。ああ、愛くるしい。さあ、私たちの愛を確かめ合いましょう」

「確かめ合わないわよおおおおお!」


 彼海は百合花の身体のあちこちを撫で回す。その光景はその場にいた全員の注目を集めていたが、彼海はそんなものを気にしない。しかし流石に百合花が可愛そうに思えてきたため、浩輝は彼海を羽交い絞めにする。


「まあ落ち着け、ルーシー」

「待って浩輝君、今私の中に溢れるリビドーは抑えきれないの!」

「俺達は今から一泊二日の熱海旅行に行くんだ。これが何を意味するかは分かるな?」

「……ッ!」


 浩輝の意図を読み取り、彼海は満足したように大人しくなる。しかし、同じく浩輝が言いたいことを察した百合花は顔を青ざめさせる。


「ちょっと待って黒月君! それじゃあ私、今夜大変なことになっちゃうんじゃ……」

「うふっ、うふふふふふふ」


 彼海は妖しく笑う。百合花は身を震わせる。浩輝は意地の悪い笑みを見せながら口を開く。


「まあ、ルーシーは女子ですし、特に問題は無いのでは?」

「そういう問題じゃないわよ! 私はノーマルよ!」

「それは世界中の同性愛者を敵に回す発言ですよ。彼らだって真剣に恋をしているんです」

「そ、それは……」


 百合花は口ごもる。浩輝は流石にやり過ぎたと思い、笑みを柔和に変える。


「冗談ですよ。本気にしないで下さい」

「じょ、冗談?」


 その言葉に百合花は軽く驚く。


(黒月君って冗談とか言うんだ……。なんだか意外。でも、それより……)


 百合花は思い出す。浩輝は年上である彼海を呼び捨てで呼び、しかもタメ口で話している。百合花自身を含め、同年代の女子に対しては敬語で話すはずの浩輝がそうしているのは、百合花に違和感を覚えさせた。


(黒月君とルーシーさん。どんな関係なのかしら……?)


 百合花が考えていると、彼らの他にも大勢の人間がバス待場に来た。浩輝はそこから見知った顔を見つけ、内心で頭を抱える。


「あー! 浩輝さん、それにルーシーさんじゃないですか!」


 日元奏太がそこにいた。


「奏太、もしかしてお前も熱海か?」

「そうですよ。高橋さんにチケットを貰って、お父さんと一緒に行ってきたら? って言われたんです。でも、お父さんは忙しくて行けなくて、一人で行くことになったんです」

「まあ、大企業の社長だし色々と忙しいんだろうな」


 浩輝は言いながら周囲を見渡すと、奏太の他にも見知った顔が幾つかあった。彼らはファントムのスタッフであった。浩輝は彼らに声をかけるか否か迷ったが、姉に怪しまれる可能性も考え、やめる。タイミングを見計って話を聞くことに決めた。


 彼らが各々の相手と会話をしながら待っていると、やがてバスが来た。浩輝達は荷物をトランクに積み込み、バスに乗った。

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