資格
セントと共に福音軍の人間によって自宅に送られた森崎百合花は自室のベッドの上で自分を責めていた。ちなみに、彼女の父親の森崎修治は今もまだ基地にいる。
(私は結局中途半端だったんだ……。口だけは一丁前の癖に、実際はボロボロに負けた。しかも、殺したくないなんて考えてた癖に、あの時は必死だったとは言え、ゲファレナーを殺そうとしてた……。結果的には殺さなかった、と言うか殺せなかったけど、もしかしたら殺してたかも知れない)
百合花は溜め息をつく。
(私、本当にダメ人間。能力も無い癖にでしゃばって、結局結果も出せないで、私に価値なんて有るの? サイラさんも救えなかったこの私に!)
自分が何も出来なかったと百合花は後悔する。もう少し上手くやれば、救えるものがあったのではないか。そう思うと、やりきれない気持ちになる。彼女が途方にくれていると、部屋の扉がノックされる。
「あの、百合花ちゃん、今大丈夫かな?」
扉の向こうにいるのはセントだった。しかし百合花は何も言わない。心配してくれている彼に悪いとは思うが、今は口を開く事さえ億劫だった。セントは更に言う。
「……言いたい事が有ったら、遠慮しないで僕にぶつけてくれて良いんだよ。今回百合花ちゃんが味わった苦しみは、僕なんかには分からないくらい壮絶なものだったと思う。今回の事で百合花ちゃんを責める人は一杯いると思う。でもね、僕は、いや、僕だけじゃなくて中佐も花梨さんも大和も春川さんも、百合花ちゃんの味方だよ。これだけは忘れないで欲しいな」
「……セント、君」
懸命に自分を励ますセントに、百合花はつい甘える。扉の向こうから、セントは問う。
「何かな、百合花ちゃん」
「私……自分が恥ずかしい。無能な癖に軍の最新鋭機に乗って、なのに何も出来なくて。私、福音軍をやめた方がいいのかな……?」
百合花の声は涙で上ずっていた。セントが部屋に入るべきかどうか迷っていると、いつの間にか百合花の母親である森崎花梨が彼の後ろにいた。
「セント君、部屋に入ってあげて?」
「は、はい。百合花ちゃん、部屋に入って良いかな?」
花梨に言われて、セントは聞いてみる。すると小さく「うん」という声が彼に届く。セントは花梨の顔を見ると、彼女は頷く。セントは扉を開く。
「入るよ……」
セントが見た百合花は、この世の全てに絶望している様な表情をしていた。目は充血していた。
「うう……セント君……」
百合花の余りに辛そうな表情に堪えきれず、セントは彼女をそっと抱き締める。それを見た花梨はそっと扉を閉じる。
「僕はもし百合花ちゃんが辛いなら、福音軍を止めても良いと思うんだ。中佐も分かってくれるだろうし、上にも説得してくれると思う」
「……」
「でもね、百合花ちゃん。君は多くの人を助けたくて戦う事を決めたんだよね。もし僕たちがまたファントムと戦う時が来たとして、それをただ見てるだけしか出来ないとしたら、百合花ちゃんは後悔すると思う」
それは、故郷の惑星で長い間戦士として戦ってきたセントの厳しい言葉だった。彼の外見は地球人だと中学生程度だが、実年齢は百歳を超えている。それを百合花は改めて思い出しながら声を荒げる。
「じゃあ、私はどうすれば良いのよ!」
「やめたければやめれば良いと思うよ。あんな兵器に乗って戦うなんて、中途半端な覚悟じゃ出来ない。もしかしたら死んじゃうかも知れないどころか、仲間を殺す事になってしまうかもしれない」
「……」
セントの表情は真剣そのものだった。彼は戦う事の厳しさを知っている。だからこそ、甘い事は言わない。その表情を見て百合花は思わず息を飲む。
「百合花ちゃん。戦うって言うのは辛い事だよ。でも、それでも君に守りたい物が有り、茨の道を行く覚悟が有るのなら、僕は歓迎する」
「私は……」
彼の言葉を聞いてもなお、百合花は迷っていた。今回の戦闘で彼女が受けた痛みはそれほどに大きい。セントは内心で告げる。
(浩輝、百合花ちゃんにこんな思いをさせた君を僕は許さないよ)
セントには何時でも彼の正体を世間に公表することが出来る。しかし、それと同時に彼は同じ様にセントの正体を世間に公表出来る。その場合、セントは人々から敵意を向けられる事になる。セント自身にとってそれは対した事では無いのだが、今彼の目の前で泣いている少女が心を痛める事はセントにも容易に想像がつく。故に、浩輝の事は秘密にせざるを得ない。だからこそ、彼はもどかしさを感じる。それでも彼は心の中だけで宣言する。
(いつまでも調子に乗っていられると思わない事だよ。浩輝)
☆
福音軍基地日本支部のとある部屋。森崎修治は怒りを覚えていた。娘の百合花の心に傷を負わせたゲファレナーこと黒月浩輝を許す訳にはいかない。
「クソッ!」
何度目か分からない毒づき。壁を殴った修治の拳から鮮血が飛び散る。それでも彼の気は晴れない。修治は更に壁を殴ろうとする。
「そこまでです。中佐」
彼の手を抑えたのは倉島大和。彼は部屋から響く音を聴いて部屋に入った。修治は解放されようと暴れようとも一瞬考えたが、自分の情けなさに気付き、大人しくする。
「済まない、中尉。恥ずかしい所を見せてしまったな」
「仕方ないですよ。俺だって、もし同じ状況だったら冷静ではいられません」
「そう……か」
倉島は気を使うような笑みを見せる。そんな部下を見て修治は上官として失格だなと思う。
「なあ、中尉」
「何すか。中佐」
口を開いた修治に、倉島は怪訝そうに聞く。
「お前はゲファレナーをどんな奴だと思う?」
その問いがいつか投げ掛けられる事を倉島は想定していた。彼はゲファレナーが浩輝である事を知っているが、浩輝の必死の説得に覚悟を見た倉島はゲファレナーの正体を明かさない事を決めている。だが、尊敬する上官に何も言わない訳にも行かないため、最初に浩輝と戦った時の印象を言う。
「そうっすね……。俺的には大人ぶって背伸びしてる子供、っていう感じがしましたね。何というか、自分が悪の組織の一員って事に酔ってるような印象を受けました」
「成程な。俺も似たような事を思った。人を無意識に見下してる嫌な奴。ダチなんかいなくて、いつも一人でいるような奴だ」
その評価が的を射ていた事に、倉島は内心で苦笑する。それを誤魔化すように質問する。
「それで中佐、もしゲファレナーが本当にガキだったとして、どうするんすか?」
「そうだな。俺の知る限り奴は人を殺してはいない。しかし、もしかしたらそれよりタチの悪い事をしてる。そして、その罪は重い。だが、やり直せるはずだ。ファントムの外道に洗脳されて、無理矢理あんなことをさせられてる可能性だって有るんだ。マシな大人に、正しい事を教えて貰いたい。俺みたいなろくでなしには出来ないがな」
修治の言葉に宿る熱意に、倉島は全身が火傷するような錯覚を覚える。
「中佐は俺の知る限り、誰よりも正しい人ですよ。ろくでなしなんかじゃ有りません」
「くだらん世辞はやめろ。俺はただの無能だ」
倉島は決して世辞など言っていないのだが、修治は自分を過小評価する。
「決してお世辞なんかじゃ……」
「まあいい。本当にガキかどうかも分からないんだ。余計な考えは迷いを生む。今の百合花……いや、森崎少尉の様にな」
修治の表情には苦いものがあった。
「よく考えたら中学生で悪の組織とかいう存在と戦うって異常ですよね。彼女が自分で選んだ選択肢とは言っても。俺が最初にウィルシオンに乗ったのは二十歳ですし」
倉島の過去は修治もある程度把握している。
「ああ、そうだな。だが、アイツは自分から戦う事を選んだんだ。本来なら中途半端に戦うのをやめるというのは許されないんだが……」
「中佐個人としては、出来ればやめさせたい、と」
「ああ。父親として、俺はアイツを守る義務がある。軍の中佐としては失格だがな」
自嘲気味に修治は言う。そんな彼に倉島は何を言うべきか迷う。
「本当に、俺はどうすれば良いんだろうな……」
修治の独り言が、殺風景な部屋に響いた。
☆
「盗み聞きは関心しませんね。春川曹長」
修治と倉島の会話を部屋の外から聞いていた春川瑠奈こと黒月遥は、突然かけられた声に振り向く。
「あなたもお聞きになられていたのでは? 笹原中尉」
「ふふっ、まあね」
遥に声をかけたのは笹原真理だった。彼女は福音軍の技術部に所属し、技術部のリーダーである坂口才磨の助手をしている。そして彼女は別の肩書きも持っていた。
「中尉、帰りましょうか。ボスの所に。表の仕事も、しなくてはなりませんし」
「ええ、ファントムに潜入しているメンバーも合流するそうよ」
いつの間にか、彼女達の傍には数人の人間がいた。彼らも、遥達と同じ組織に所属する人間である。彼らは頷き、何処かへと歩いていった。




