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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
3章 運命の子
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嫌悪

「それで、お前はこれからどうするんだ?」


 父親の死体を見ながら今も狂ったように笑っている日元奏太に、黒月浩輝が話しかける。奏太の右手の剣は、いつの間にか消えていた。


「ハハハハ、ハハハハハハハ、ハァ、ハァ……。どうするってどういう事です?」

「お前は今後どうするんだ? 普通の中学生に戻るか。それとも、ここに残ってウィルシオンに乗り続けるか」

「……」


 浩輝の問いに奏太は考え込む。そこに藤宮彼海が口をはさむ。


「……私はウィルシオンのパイロットとして、そして友達として浩輝君の隣で戦いたいからここにいる。あなたにはファントムにいる理由はある? ウィルシオンに乗って、福音軍と戦って、更に罪を重ねる覚悟はある?」

「覚悟……」

「……奏太君は誰かの言うままに生きてきた。あなたは自分の意志で何かを決めた事は有る? ウィルシオンに乗ったのも、あの人を殺したのも、結局は誰かに言われて決めた事。後者は私も促したから偉そうに言える立場じゃないかも知れないけれど、あなたは基本的に、誰かに言われてその通りにしただけ」

「……」


 彼海の表情は真剣だった。表情を奏太は思わず引き込まれる。彼海の表情は可愛らしかった。恥ずかしくなった奏太は思わず目線を下げる。そこには巨大な双丘があった。


(でかい……)


 内心で感想を持つ奏太。浩輝は彼の視線に気づいたが、特に触れないことにした。彼海は奏太の視線にも気づかず、熱心に語り続ける。


「……あなたは自分が何の取り柄も無いと思っている。勉強も運動も……何をやっても上手くいかず、自分に諦めを持っている。もしかしたら本当にその通りかも知れない。でも、何かできる事があるかも知れない。あなたは何をしたい?」


 彼海の問いに、ぼんやりとしていた奏太は答えない。彼海は表情も変えずに確認する。


「……聞いてる?」

「は、はい」

「……じゃあ私の質問に答えて」

「え、えーと……」


 口ごもる奏太に彼海はため息をつく。


「……仕方ないわね。あなたは何をしたいの? と私は聞いた」

「僕は……」


 奏太はやはり答えられない。


「……そう簡単に思いつくものでは無いのは分かる。でも、あなたは選ばなくてはいけない。自分の道を自分自身の手で」

「……」

「……まあ良いわ。浩輝君は何かいう事は有る?」

「そうだな、言いたいことは大体ルーシーが言ってくれたからな。だが一つだけ言っておく。奏太、俺はお前の味方だ。いや、友達だ。何かあれば力になる」


 彼海に話を振られて、浩輝は告げた。


「浩輝さん……」

「……私もよ、奏太君」

「ルーシーさんも……」

「まあ、ゆっくりで良い。どうせお前は中一だ。進路を決める余裕もまだまだある」

「そうですね。頑張って自分がやりたいことを探していきたいと思います。二人とも、ありがとうございいました」


 奏太は頭を下げる。そこに霧山が加わる。


「日元君。君は黒月君や藤宮君よりもIV値が高い。何しろウィルシオンに乗るために作られたのだからね。君には誰にも負けない才能が有る。僕は君の父親とは違って強制はしないけどね」

「僕の……才能」


 奏太は右手に嵌めていたグローブを外し、その手を見る。自分の父親を殺した、死神の手。破壊兵器に乗り、善良な正義の味方を殺した、悪魔の手。奏太は自分が犯した罪を改めて思い出す。そして、体を震わせる。


(僕は……人を殺した。自分の強さを見せつけるのを楽しんで、躊躇なく……。僕に、生きる資格なんて有るのかな……?)


 奏太はただ、自己嫌悪した。そんな彼の背後から、クローン奏助が抱き締める。


「大丈夫だよ、奏太。私はお前の父親だ。あんな酷い男とは違って、私はお前の自由を尊重する。お前が苦しむのなら私もそれを背負う」

「おとう、さん……」

「ああ。今日は取り合えず帰ろう。私と一緒に」

「う、うん!」


 奏太は頷き、左手に嵌めていたグローブも外し、それを浩輝に渡す。


「浩輝さん、これ、ありがとうございました」

「ああ」


 奏太が浩輝に返したグローブ。それは自分のIVを物質化させ、形作る機能を持っている。クロセルを開発する過程で作られたそれは、先程浩輝が釧路から帰還した際に受け取った物である。奏太は自分の父親と同じ姿の男に嫌悪することも無く、嬉しそうにその背中を追った。クローン奏助は振り替える。


「それでは皆さん。本日の所は帰らせて頂きます」

「うん。君の事は頼りにしているよ」


 霧山の言葉に、クローン奏助は頭を下げ、奏太を連れて外に出て行く。それを見送った後、高橋が言う。


「それじゃあ浩輝君、ルーシーさん。あなた達も帰りましょう。私が送るわ」


 浩輝と彼海は頷き、彼女の後ろについて行き、自動車の後部座席に乗り込む。運転席に座った高橋は後ろを振り返って言う。


「それじゃあ、まずはルーシーさん家ね」

「……よろしくお願いします」


 自動車は発進する。しばらく車内は沈黙が支配していたが、思い出したように高橋が口を開く。


「そう言えば浩輝君。あなたはどうして、奏太君に日元奏助を殺させたの?」

「あの男が気に入らなかったからですよ。そして日元奏太には自由に生きて欲しいとも思ったからです」

「へぇ、でもあなたって基本的に他人に興味を示さないわよね」

「僕だってれっきとした人間ですよ。人工的に作られて無理矢理成長させられた日元奏太は寿命が多くは無いでしょう。そんな彼に、最期くらい自由に生きる権利を与えたいと思っただけです」


 浩輝の言葉に高橋は笑う。浩輝は不快げに顔をしかめる。


「何か?」

「うふふっ、いや、浩輝君が知らないのも仕方無いんだけどね、実は彼、まだまだ生きられるのよ」

「どういう事です?」

「実はあの子を作る上で、私の遺伝子を使っているのよ。地球人の約10倍の寿命を持つヴァルハラ人である私のね。確かにあの子の寿命はかなり減っているし、純粋なヴァルハラ人という訳では無いから寿命はせいぜい100年というところかしら。地球の基準だとあの子は長生き出来るわ」


 衝撃の事実に浩輝と彼海は驚愕する。


「つまり、彼は地球人と宇宙人のハーフという事ですか?」

「そうなるわね。そして、遺伝子的には私はあの子の母親と言えるわ。あの子には秘密だけどね」

「……ではあなたは自分の息子と……」


 軽蔑するように彼海が問う。ベッドの上で重なる奏太と高橋の映像は彼女の記憶にも新しい。


「そうよ。軽蔑する?」

「……当然です」

「まあ、仕方無いわね。でも私もね、あの子に好きなことをさせたかったのよ」

「……百歩譲ってそれは良いとしましょう。その映像を浩輝君と私に見せたのは何故?」

「あなたが浩輝君の部屋にいたからあなたも観ることになっただけよ。私は浩輝君だけに見せるつもりだった。浩輝君がムラムラしちゃうのを期待したんだけどね……」「……」


 彼海は何も言わず、ただ非難の眼差しを向ける。そこで浩輝が口を開く。


「今の話、何処までが本当ですか?」


 その言葉に高橋は面白そうに口を歪める。


「あら、全部本当よ?」

「そうでしょうか? 僕の予想が正しければ、あなたは僕達から軽蔑されるため、つまりあなたのIVを増やす為にしているのだと思うのですが」


 高橋は笑う。


「うふふふふっ、流石ね」

「あなたは強い。それはさっきの解体を見れば何となく分かります。そんなあなたが力を必要としているのなら、それはあなたがとある強敵と戦う事を視野に入れているからだと思います。そして、僕は今日、圧倒的な強さを持つ存在に出会いました。つまり、あなたは……」

「そうね、正確に言えば、私はあのケーニヒがここにいることは知らなかったわ。でもね、この地球にファントムに匹敵するレベルの組織がいる可能性が見つかった。私はそれに備えてたのよ」


 高橋の言葉を浩輝は鵜呑みにしない。しかし、全くの出鱈目では無いのだろうと考えた。


「そうですか。ならばいずれ、僕達はケーニヒと戦うのでしょうか?」

「私にはあの男が何を考えているのか分からないわ。戦うかも知れないし、戦わないかも知れない。だけど、私はいつかあの男を殺すわ」


 その表情には冷たい怒りが浮かんでいた。バックミラーに写るそれから浩輝は目をそらす。やがて自動車は彼海の住むアパートに到着する。


「あら、車が無いって事はあなたのお母さんは居ないのかしら? 仕事に行ってるハズは無いから何処かの避難所にいるのかしらね」

「……それなら良いのですが。ありがとうございました。さようなら、浩輝君」

「ああ、またな」


 彼海は車外に出ると浩輝に手を降る。浩輝もそれに応じる。彼海が玄関に入るのを確認した後、高橋は自動車を再発進させる。そして口を開く。


「それにしても、あなたはルーシーさんには愛想良いのね。好きなの?」

「彼女はただの友達ですよ。ただ、完全に信用している訳では有りません。本当はあなたに心服していて、僕に近付かせてるという可能性も考えています」

「それをあの子が聞いたら泣くわよ」

「僕は人間不信ですので大目に見てください」

「まあ、人を疑うというのも生きていくのには必要よね。特に、ファントムの一員としてやっていくのなら尚更。でも、その中でも一人は信用出来る人間がいないと心が持たないわ。あなたはそんな存在としてルーシーさんを誘ったんじゃないかしら?」

「そうですね。ファントムの中で最も信用しているのはルーシーです。ですが、完全には信用できない。あなたと同じ組織に所属するというのはそういう事です」

「なるほどね」


 高橋は感心したように頷く。そして質問する。


「ところであなた、自分がファントムとしてしたことについてどう思う?」

「クズだと思います」


 即答だった。


「まあ、当然よね。あなたはまだ直接人を殺していないとは言え、戦った相手にはトラウマを刻み付けて精神的に追い込み、ルーシーさんをこんな組織に勧誘して結果的に人を殺させたり、奏太君に父親を殺させてる。これがクズじゃなかったら何なのかしら」

「人に改めてクズと言われるとなかなか堪えるものが有りますね……。それはともかく、僕は今、自分自身がしたことを軽蔑しているのです。高橋さん、自分で自分に負の感情を抱くことでもIVを増やせるのでしょうか?」


 浩輝の問いに高橋はクスリと笑う。


「うふふっ、そうね、その発想は無かったわ。私にはちょっと分からないわ」

「そうですか……。しかし、仮に自己嫌悪がIVを増やすとしたら僕にとっては良いことですけれど、福音軍のウリエルでしたか。アレのパイロットである森崎百合花が自己嫌悪したら、パイロットとして使い物になりませんよね」



 浩輝は答えを得られなかった事に少しだけガッカリしながら言った。

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