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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
3章 運命の子
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想力

「サイラ、さん……?」


 百合花は戸惑うような、少し喜ぶような声を出す。ずっと倒れていたサイラが、クロセルに踏まれているウリエルの方に走ってくる。


(ずっと休んでいました、もう元気です)

「そんな、嘘でしょ!」


 サイラは今も足を引き摺る様に走っている。体の隅々から血を流しながら懸命に走っている。


(来たか、死に損ない……)

(その方から足を退かしなさい)


 浩輝にサイラは強く告げる。


(ならお前が説得しろ。俺だって無駄に戦うつもりは無い。コイツが歯向かって来たから無力化したまでだ。まだ諦めていないみたいだがな)

(そしてあなたはあの子達を恐怖に縛り付けて奴隷にするのですね)

(だが、命は保証する。悪くないと思わないか?)

(信用できませんね。あの子達もそのロボットの動力部にでも使うつもりなのでしょう?)

(知っていたか。まあそれは良い。お前は何をするんだ? 俺を殺してソイツらと一緒に帰るか?)

(私は確かにあなたが憎い。ですが、殺しはしません。彼女を解放し、撤退してください)

(断る。と言ったら?)

(仕方有りません。力付くで……!)

(だが、忘れていないか? 俺の下にはお前達の希望とやらがいる。いつでも殺せるぞ)

(……この、外道が)

(急に言葉が汚くなったな。とにかく、これ以上無駄な戦いはやめようじゃないか。新たな悲劇が生まれることになるぞ)


 浩輝の言葉にサイラは黙り、考える。しかしその思考は浩輝に筒抜けである。


(そうだな。ならばお前が俺の奴隷になれば良い。今お前以外の禁忌獣には手を出さない。これでも最大限の譲歩のつもりだ。お前ならあの巨体も一匹で運べるだろう)


 浩輝の提案にサイラは、現在停止しているザガンを見る。その巨体は今も圧倒的だったが、サイラなら運べなくもない。


(分かりました。その提案に乗りましょう。本当にあの子達には手を出さないのですね)

(ああ、今回はな)

(仕方ないですね。私は無力だった。でも、守りたいものを守ることは出来た。全てを守ることは叶いませんでしたが、どうしようも無いですね)

「そんなの、間違ってる!」


 仕方無く了承したサイラに、百合花が怒鳴る。


(しかし、今皆を救うにはこれしか……)

「何をするのか知らないけれど、多分それじゃあなたが救われないじゃない! 私は皆を守る」


 浩輝は面倒臭げに溜め息をつく。


(私に踏まれて無様に寝ているあなたに何を言う資格が有りますか。いい加減分を弁えなさい。私は直ぐにでもあなたを殺せるのですよ)


 それだけ百合花に伝え、クロセルは剣でウリエルの腹を浅く刺す。


「うう……。うる……さい! あなたなんか、あなたなんかああああああ!」


 百合花は目の前の相手への恐怖と闘いながら、必死にウリエルを起き上がらせようとする。


「無駄です」


 浩輝は呟き、クロセルは光の粒、IVでウリエルを覆い、固める。まるで氷付けにするように。そしてクロセルはその場から少し後退する。


(やめてください! 百合花さん。私達は負けたのです。逆らったら、死んでしまいます)


 百合花の行動に驚いたサイラは必死に彼女を止める。しかし、百合花は諦めない。彼女は感じる。ここにいる修治達、福音軍の生き残りが自分を信じている事を。


「負ける……もんかああああああ!」


 百合花の叫びと共にウリエルを覆っていたIVは霧散する。満身創痍のウリエルは立ち上がる。


「何!?」


 浩輝は思わず声を上げて驚く。あれだけの量のIVが一瞬で無くなるなど考えられなかった。彼がウリエルを見ると、クロセルが斬り落とした右腕が合った場所に、赤い光が腕のように放出されている。


(そうか……アレはAIV。IVと互いに打ち消し合う性質を持っている。この状況で急激に奴のAIV保有量が上がったか……)


 浩輝は目の前の出来事について分析する。なお、当然ながらこれに驚いていたのは彼だけでは無い。


「凄い! 凄いよ百合花ちゃん! 今の君なら浩輝にだって勝てるかも知れない」

「ああ、まだ希望はある!」


 セントと倉島は目の前の奇跡に希望を見出だす。


「これが……ウリエルの本当の力!」


 百合花はウリエルの右腕を動かす様にレバーを操作すると、右腕の光は彼女の思い通りに動く。そして思い出す。AIVは人の正の感情を受ければ受けるほど増加する物質であるという事を。そして叫ぶ。


「福音軍の皆も禁忌獣の皆も聞いて! 私に力を貸して欲しいの! 私を信じてくれればそれが私の力になる! お願い、私にアイツを倒す為の力を!」


 その声はこの場にいる全ての者に届いていた。


「うん、僕は信じるよ」

「おお、百合花ちゃん。俺の代わりにアイツをブッ飛ばしてくれ」

「百合花……頼んだぞ」


 セント、倉島、修治は各の言葉を紡ぐ。


(――ユリカチャン、オネガイ)

(――サイラサンヲ、タスケテ……)


 禁忌獣達も百合花に想いを託す。


(感じる……皆の想い。力がみなぎって行く……!)

(百合花さん……。私の力は全てを滅ぼしてしまう。それ故に私がここで戦う訳には行きません。お願いします……あの子達を、助けてください)


 百合花にサイラの声が届く。そこには役に立てない悔しさが有った。託すしか出来ないというもどかしさが有った。


「任せて、サイラさん、皆! 必ず皆を救うわ!」


 一方で勿論浩輝も黙って立っているだけではない。ウリエルの右腕がかなりの速度で肥大していくのを目にして、空に上がり、距離を取る。


(本当なら撤退したいが……日元を置いてく訳には行かないし、何より収穫がゼロで帰るなど俺のプライドが許さない。まずはあの攻撃をやり過ごす)

(ほう、そんなに上手く行くかね?)


 浩輝の脳内に声が届く。


(ケーニヒさん、ですか)

(あの腕はかなりの範囲を射程に収めている。そしてそれを自由に動かせる。君に避けられるかね?)

(それはどういう……)


 浩輝の疑問にケーニヒは答えない。浩輝は察する。


(ならばもう一度幻覚を……。あの攻撃を食らうわけには行かない……! アレは恐らく、IVによって防御力を高めているクロセルの装甲を無効化する……)


 浩輝はクロセルのエンプーサシステムを起動し、百合花にもう一度幻覚を見せ、戦意を奪おうとする。しかし、彼の手が震える。


(クソ……止まれ!)


 エンプーサシステムには目標に幻覚を見せる前に、その幻覚が操縦者自身の脳内に流れ込むという欠陥が有る。この短時間で幾度も恐ろしい幻覚を見てきた浩輝の本能は、その幻覚を見ることを拒んでいる。


(クッ……動けぇ! 動け俺の右腕! このままだと俺は……!)


 そして百合花はウリエルの右腕を前に伸ばす。


「ゲファレナー、私はあなたを絶対に許さない! あなたがいたから、皆が苦しんだ! あなたさえ、あなたさえいなければ! そんな皆の想いを受けてみて!」


 百合花は咆哮する。ウリエルの右腕の赤い光は大きなビームとなる。


「はああああああああああ!」


 百合花の叫びと共に赤いビームはクロセルを包み込む。その際にウリエルの右肩が崩壊したが、百合花は気にしない。やがてエネルギーは付き、ウリエルはビームを止め、反動でウリエルは後ろに倒れる。それと同時にクロセルが落下し、土煙が舞い上がる。それを見て修治は呟く。


「やったか?」


 やがてクロセルを包んでいた土煙は晴れる。そこには胸の辺りが少し凹んでいるクロセルの姿が有った。


「なんで……」


 渾身の一撃を放った百合花は絶望に呟く。


「フフフ、ハハハハハハハ! なかなか危ないところでしたよ。ですが、無理だった様ですねぇ!」


 浩輝は笑う。彼は百合花の攻撃を避けるのではなく防御することに専念した。この場所において、浩輝はケーニヒ以外の、禁忌獣を含めた全ての者から敵意、或いは恐怖を抱かれている。それによって発生した膨大なIVでクロセルは厚い盾を作り、ウリエルの攻撃を受け止めた。IVはAIVと互いに打ち消し合う性質を持っている。ウリエルが放つAIVの量はクロセルのIVに敵わなかったのだ。


「いやあ、あなたの攻撃で少し傷を負ってしまいましたよ。もう一度食らったら、私は死んでしまっていたかも知れません」


 その台詞とは裏腹に、浩輝の言葉には余裕の色が有った。実際には浩輝も内心では冷や汗をかいていたのだが、今は余裕を見せることが重要だと考え、それを演じている。また、百合花は浩輝の言葉に、自分が人を殺していたかも知れないという事実を思い出す。


(私は、ゲファレナーが怖かった……。それで必死でアイツを倒そうと、いや、こ、殺そうとしてた……。私は、人殺しになろうとしてた……)


 その思考は浩輝の脳内に流れている。百合花の恐怖と自責の感情を感じ取る。このまま百合花に精神攻撃をしても良いと思ったが、疲れていたのですぐに帰る事にした。


(サイラ、分かっているな?)

(……はい)


 浩輝の問い掛けに、サイラは不満げに答える。そして、一足先に撤退した浩輝を追うように、奏太が乗るザガンを押して行った。それを他の禁忌獣が止めようとするが、サイラがそれをたしなめる。


「うう……。ごめんなさい、サイラさん。禁忌獣の皆……」


 泣きながら百合花は精一杯の謝罪の言葉を紡ぐ。百合花の脳内には禁忌獣達の励ますような言葉が流れてきた。しかし、彼らも悔しさに泣いているのが百合花にも分かった。


「……全軍、撤退する」


 修治の声が百合花の耳に届いた。彼女が周りを見てみると、人型兵器回収用のトレイラーが数台来ていた。トレイラーはウリエルや『霧雨』を載せ、基地へと帰っていった。禁忌獣達も海へと戻る。その光景を見てケーニヒは楽しそうに呟く。


「はっはっは。二人とも凄かったな。流石、私が見込んだだけある。今回こそ浩輝君が勝った様だが、もし次が有ればどうなるか。ただ、百合花君は心を折られたようだが……」


 ケーニヒは笑みを浮かべ、彼が乗るディアロスは何処かへと去っていった。

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