暴雨
「森崎中佐、そちらには更に謎の機体が近付いています」
「何だと?」
基地にいる部下からの新たな報告に、森崎修治は頭を抱える。その旨は他の兵士にも伝えられた。とは言え、現時点で戦闘可能なのは修治以外にはセント、倉島、百合花のみであったが。そしてセントが驚きの声を上げる。
「そんな……嘘だ!」
「知っている機体か? コールリッジ少尉」
修治が聞く。セントは声を震わせながら答える。
「し、知っています……。しかし、そんなハズは…………」
「少尉?」
修治は訝しむ。
「すみません。あの機体は『惑星・ヴァルハラ』の『ディアロス』と言います。そしてそのパイロットは僕の星で最強の戦士と呼ばれていた人物です。しかし、彼は百年以上前に亡くなっているハズなんです。ましてや、地球にいたなんて…………!」
セントの言葉から相手はただ者ではない事を知り、修治は気を引き締める。するとディアロスは地上に降下する。
「やあやあ、皆さん。この戦いを止めに来ましたよ」
その声は物腰の柔らかい老人の様な印象を聞く者に与えた。戦場にいたほとんどの者が警戒をしながらも動きを止めていた。しかし一人だけ、止まらない者が存在していた。
「お前も、僕の敵だああああああ!」
奏太は叫び、ザガンはハンマーを振り上げ、ディアロスへと突進する。
「軽いな」
ディアロスのパイロットは呟き、ディアロスの腰からはレイピアを取り出す。自分に向かって振り下ろされるハンマーを、レイピアを突き刺す事で制止させる。
「何で!?」
百合花は思わず声を上げる。数々の機体を葬っていたハンマーを細い剣で止めた事に、驚愕せざるを得なかった。ディアロスはそれを無視し、レイピアをザガンの胸に突き刺す。そこはコクピットだった。
「そんな、馬鹿な!」
ザガンのパイロットの顔が剥き出しになる。そしてその眼前にはレイピアの刃先が有り、奏太は顔面蒼白になり、気絶した。驚愕の声を上げた浩輝はすぐにザガンの元へと降下する。
「君も、私とやるのかね?」
ディアロスのパイロットは問う。
「いいえ、私とあなたとの間に絶望的なまでの差が存在する事は分かります。ただし、彼は回収させて頂きます。よろしいでしょうか?」
「良いだろう。ただ、その機体でそれを回収出来るのかね?」
浩輝の問いにディアロスのパイロットは了承しつつも、疑問を口にする。
「ええ、私の友達が来るはずですので。彼らが来るまで待たせて頂きます。あなたの意図は分かりかねますが、これ以上戦闘を続けるつもりは有りません」
「友達か……。良いだろう。福音軍の諸君も、ここは私に免じて退いてくれるかな?」
その言葉に修治は理不尽さを覚えるが、無駄に怒らせる意味も無いと判断し、了承すると共に質問を投げ掛ける。
「分かりました。しかし、貴方は何者ですか?」
「私が何者か。それを君達に教える理由は有るのかね?」
「我々には人類を守る上で、人類を脅かす可能性の有る者について知っておく義務がある」
「そうだねー、別に私は君達をどうこうするつもりは無いんだけどね。私としてはそこの彼とお嬢さんに少しばかり興味が有ってね、このままだとお嬢さんも危ないじゃないかなーと思って助けに来ただけなんだよね」
ディアロスは空中のクロセルと地上のウリエルを指差す。
「私、とゲファレナー……?」
百合花は呟きながら空を見上げる。悠々と宙に浮くクロセルがそこにいた。しかし、幻覚の影響でその姿を見ると身体が震える。百合花は視線をディアロスに戻す。
「おや、来たようだね」
ディアロスのパイロットは呟く。すると海からは沢山の禁忌獣が現れた。その数、40体。そして百合花は感じる。
(苦しんでる……! この子たちはゲファレナーに怯えている)
百合花は悠然と宙に浮くクロセルを睨む。そして叫ぶ。
「ゲファレナー、あの子たちを解放してあげて!」
しかし浩輝は無視をして、禁忌獣に告げる。
(ようやく来たか。では命令だ、そこにいる俺の仲間を今から指示する場所まで運べ)
禁忌獣達は呆然としている。そこに倒れているサイラの姿を見たからだ。
(問題無い。死んではいないさ。コイツらは元凶だ。殺さず、悠久の苦しみを与え続ける。そしてお前たちは元凶共を苦しめる為に使う道具だ。お前たちが苦しんでいるのを見れば心優しいサイラさんは心を痛めるからな。お前たちを積極的に殺すつもりは無いが、絶対に殺さない訳でもない。折角だから覚えておけ。さあ、やれ)
浩輝は淡々と告げる。禁忌獣達はそれに従う。
「待って!」
そこで叫んだのは百合花だった。
「何ですか?」
「なんでそんな酷い事が出来るの!? あんな幻を見せて、無理やり従わせて! この子たちがあなたに何をしたって言うの!?」
浩輝はその問いに声を荒げたくなったが、なんとか抑える。そして、百合花の叫びによって動きを止めた禁忌獣に告げる。
(何をしている。さっさとやれ)
その言葉に禁忌獣達は体を震わせ、再びザガンを運ぶ作業に移る。それを阻むようにウリエルが仁王立ちになる。
「させない!」
その姿に浩輝は外に聞こえないように舌打ちする。そして百合花に言う。
「何をしているのですか。あなたに私の友達がすることを止める権利が有るのですか?」
「何が友達よ! あなたが無理矢理させているんでしょ!?」
百合花は怒りの声を浩輝にぶつける。浩輝はやれやれと溜め息をつく。
「まったく……、あなた達は撤退するのでは無いのですか?」
浩輝はクロセルの首をディアロスに向けて言う。ディアロスのパイロットは答える。
「そうだね。私はそう頼んだはずだよ。これ以上君達が戦う理由も無いしね」
その言葉に百合花は声を荒げる。
「そんなこと知らないわ! 目の前で苦しんでいるこの子達を見捨てることなんて出来ない!」
その言葉に禁忌獣達が希望を持つのを感じた浩輝は誰にも聞こえないように舌打ちする。そしてディアロスのパイロットに聞く。
「成程。どうやら戦わざるを得ないようですね。構いませんか?」
「そうだね。ならば私は君達の戦いを見届けるとしよう」
「了解しました」
「それと諸君。とりあえず私の事はケーニヒとでも呼んでくれたまえ」
ケーニヒの言葉を無視するように浩輝は戦闘態勢に入る。クロセルの頭上に光の輪が現れ、そこから出る光の粒子ははいくつもの小さな塊を作る。
「幻想の豪雨」
浩輝は呟く。無数の光の粒子の塊は激しい雨の様に地面に叩き付けられる。
「きゃああああああ!」
百合花は悲鳴を上げる。
「エネルギーは無限にあります。私が負の感情を受けている限り!」
浩輝は現在、福音軍の面々や禁忌獣からかなりの敵意や恐怖の感情を受けている。IVは負の感情を向けてくる対象が近くに存在するほど増加する為、浩輝の現在のIV保有量は多い。
「そうやって高い所から偉そうに見下ろして! 正々堂々と戦ってよ!」
百合花は吼える。しかし浩輝がその通りにする筈も無い。
「くっ」
光の塊の雨はウリエルの近くにいた修治の機体も襲う。その装甲には次々と穴が開く。修治はクロセルに攻撃するが、マシンガンでは上空のクロセルに届かない。やがて修治の機体の天井に穴が開き、上から修治の姿が露になる。
「お父さん!?」
「安心してください。こちらも殺さないように手加減しているんですよ」
思わず金切り声を上げる百合花を浩輝は言う。浩輝はふと疑問を持つ。
(そういえば何故敵の機体は飛行機能を持っていない? 北海道で戦った機体といい、これといい。敵はこちらの機体を下に新型を開発した。それならば飛行機能はあってもいいはずだ)
しかしそれは聞いても答えは返って来ないと判断し、思考を止める。
(まあいい。森崎父に当たらないように……っと)
浩輝はウリエルだけを狙って光の塊の雨を降らせる。そして一つ一つの塊の大きさを少し大きくする。
「ううっ……」
百合花は呻く。しかしウリエルには表面にへこみが発生するものの、機体のダメージは致命的ではない。
(やはり効果は薄いか。やはり直接剣で戦わないと攻撃力が足りんか。ならば先に他の敵を……)
そこまで考えた浩輝は不意に小さな衝撃を感じる。
(倉島大和……!)
倉島の機体のライフルがクロセルを狙い撃つ。機体の損傷はないものの、かなりの高度にいるクロセルを正確に狙撃した倉島の腕は驚異的だという感想を浩輝は持つ。
(まずは、お前からだ)
クロセルは倉島機へと近づく。倉島機は逃げるが、スピードが違う。クロセルはすぐに追いつく。
(さあ、俺の雨を食らえ)
クロセルは『幻想の豪雨』を倉島機に目掛けて降らせる。しかし倉島はよける。倉島はライフルで撃つ隙を伺うが、回避に専念しているた為上手く攻撃のチャンスを見つけられない。倉島は舌打ちする。
「大和、僕が隙を作る」
倉島の元にセントから通信が入る。
「何をするつもりだ?」
「良いから任せてよ。百合花ちゃんも手伝って」
「う、うん」
セントの言葉に百合花と倉島は怪訝に思う。しかし、彼の言葉を信じる。ウリエルは倉島機の元に近付く。その装甲は厚い為、簡単にやられることは無い。しかし、上から硬いものが天井を叩くという現象は不安感を煽らせる。そして何より、百合花は今もクロセルに対する恐怖が有る。
「でも……負けない!」
百合花は歯を食い縛る。一方で浩輝は逃げる倉島機を追いかける。しかし、倉島は上手く逃げる。
(ずっとこれを続けるのも不毛か。ならば)
クロセルの光の輪は小さな球体では無く、やや大きいナイフを形成する。狙うはウリエル。
「ううっ」
百合花は後ろに回避する。
(そう動くのは分かっていた)
百合花の動きを読んでいた浩輝はクロセルに無数のナイフの中に一本だけ作った両手剣『幻想の氷刃』を握らせ、降下する。
「百合花ちゃん!」
クロセルの動きに気付いたセントは声を上げる。百合花は咄嗟に右に方向転換するものの、クロセルも同じ様に方向を変える。
「無駄です」
浩輝は呟き、クロセルの剣はウリエルの首を跳ねる。
「きゃああああ!」
百合花は悲鳴を上げる。その間にも浩輝は攻撃を続ける。『ヴァルキュリヤシステム』によって百合花の思考を読んでいる浩輝はいとも容易くウリエルを転倒させ、その腹部にクロセルの右足を乗せる。その光景は、今朝高橋が浩輝を怒らせた時に似ていた。
「はい、勝負は着きました。御両人とも、機体を降りて下さい。危害は加えません」
浩輝はセントと倉島に告げる。二人は機体を停止させようとするが、そこで百合花が叫ぶ。
「待って! 私の事は良いからこの人を……きゃあ!」
しかし百合花の言葉は中断する。クロセルがウリエルの右腕を斬り落としたからだ。
「余計な事はしないで下さい。死んでしまいますよ」
浩輝は警告する。倉島とセントは怒りを覚えるが、百合花を助けるにはそれしかないと判断し、両腕を上げながら機体から降りる。
「賢明な御判断です……おや?」
浩輝が見つけたものは……。




