必死
百合花もウリエルのコクピットの中でサイラの声を聞いていた。しかし、浩輝はヴァルキュリヤシステムによってサイラのみに声を言葉を届かせているので、どんな会話なのか把握することが出来ない。だが、目の前の巨大な禁忌獣が恐怖にも負けず、頑張っていることは分かった。痛みにも耐えて、必死で誰かに言葉を聞かせているのが分かった。ただ怯えているだけの自分が惨めに感じた。
(でも、怖い……。あの人は恐ろしい……)
百合花の手の震えが止まらない。
(あなたなら大丈夫ですよ)
「えっ?」
突然自分にかけられた声に、百合花は思わず間抜けな声を出す。
(驚かせてしまって申し訳ありません。ですが私はもう長くありません)
「それってどういう……?」
百合花は思わず疑問を声に出す。しかしサイラはそれには答えない。
(私はここで沢山の罪を犯してしまいました。あなた達地球人も私達の事を恐れ、憎悪の対象とするでしょう。本当に勝手な事を言う事になり心苦しいのですが、それでも私達は、地球人の皆さんと分かり合いたいと思っています。そしてあなたは、その希望になれる。そう思います)
「そんな! 私はそんな立派な存在じゃない。ただの……弱い人間よ」
(いいえ、あなたは優しい人です。その優しさは強さです……)
百合花は戸惑う。しかし今更、相手の声が弱々しい事に気付く。
(おや、バレてしまいましたか……。気にすることはありません。ただ私はこれだけあなたに伝えたかった……。百合花さん、お願いします。私達……の希望に…………)
「サイラさん!?」
突然、百合花の脳内から声が消える。彼女は周りを見渡すが、ウリエルは転倒しているため周りの状況が把握できない。だからウリエルを起き上がらせる。サイラとの会話のおかげか、落ち着いて操作できた。百合花は改めて周囲を見渡す。そこには全身から血を流して倒れる巨大な禁忌獣と、それをハンマーで叩き続けるザガンの姿があった。そしてその様子を天空から見下ろしているクロセルがいた。
「やめてよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
百合花は叫ぶ。ウリエルは『熾天使の剣』を構え、ザガンに振り下ろす。しかしザガンには傷一つつかない。奏太は鬱陶しげに言う。
「うるさい。邪魔をするな」
「やめて! サイラさんはもう……」
「サイラさん? 何のことだ」
奏太は首を捻る。そんな彼に浩輝が言う。
「その禁忌獣の事ですよ。それは既に死んでいるので、死屍にハンマーを打つのは止めて欲しいのでしょう」
「何で急にそんなしゃべり方……」
「さあ、何の事だか。とにかく、あなたはその禁忌獣を殺せたようです。あの方もあなたを認めてくれるでしょう。帰りますか?」
浩輝の提案に奏太は答えず、ただハンマーをウリエルに叩きつける。
「まだ足りない……、まだ足りないんだよおおおお!」
「うっ……」
衝撃に百合花は呻く。しかし、ウリエルは倒れない。
(さて、俺がやる事も無いか……、とりあえず残りの『霧雨』を片付けておくか)
浩輝はやる気の無さそうにクロセルに剣を構えさせる。
(残りは5体か……。よくここまで頑張ったものだ)
浩輝は素直に賞賛する。この厳しい戦場を性能の低い『霧雨』で生き抜く事は容易では無い。クロセルは氷の刃を構え、最も近くにいた『霧雨』に振り下ろす。
「安心してください。命までは奪いません」
「うわあああああああああああ!」
『霧雨』の両腕を斬り落とす。そして、ケーキを切り分けるように上からそっと剣を振り下ろす。
「なるほど、この辺りですか」
手ごたえが急に消えたのを確認し、クロセルは剣を引く。そして剣を横に振る。すると敵機のコクピットにいるパイロットの姿が露になった。怯えた顔でクロセルを見ている。
「恐らくパイロットとしての腕はあなたの方が格段に優れているのでしょうね。ですが……」
クロセルは敵機を蹴り転がす。
「この私の敵ではありません」
「テメエ! 何でこんな事を!」
クロセルの背中にコツンと何かが当たる。それは倉島が乗る機体が持つライフルの銃弾だった。
「何故か? あなたなら分かるでしょう。私がファントムで有る為に必要だからです」
「だからって……」
「ところでどうでしたか? サイラさんはお亡くなりになってしまいました。巨大な禁忌獣は強いと伺っていたので、あっさり逝ってしまって拍子抜けです」
「テメエエエエエエエエエ!」
「ふふっ」
クロセルは加速し、倉島機へと突っ込む。しかしそこにハンドガンの銃弾が飛ぶ。セントが乗る『霧雨』の物だった。
「許さない。よくもサイラさんにあんなことをさせたな!」
「ほう、生きていましたか宇宙人さん。あなたが私に勝てるとでも?」
「勝てるとか勝てないとかじゃない! 僕は君を許さない!」
「今更それを言いますか」
「僕は甘かった……。こうなる事は目に見えてたのに!」
「仕方無いですね」
浩輝はセント機の腕を斬り落とそうとする。しかし、セント機のレイピアはそれを受け止める。
「全く、どんな腕ですか。質量は圧倒的にこちらの方が上ですのに」
「僕は君が生まれる前から何度も修羅場を越えてきた! 君みたいな素人の攻撃で僕を倒せると思うな」
「おーっと、俺を忘れて貰っちゃ困るぜ」
クロセルの脚に倉島機のライフル弾が当たる。
(鬱陶しい)
浩輝は内心で愚痴を言う。そしてクロセルはジグザグに動き、銃弾をかわしながら空高く舞い上がる。
(相手の攻撃でクロセルに致命傷を与えるのは困難だが、不可能とは限らない。ならば……)
浩輝はザガンと戦うウリエルを援護する一機の『霧雨』に眼をつける。必死にハンドガンでザガンを撃つものの、効果はないように見える。しかしそれでも戦場に残る敵パイロットに浩輝は敬意を払う。敬意は払うが、利用できるものは利用するのが黒月浩輝という人間である。
(優秀で勇敢な戦士よ、残念であったな)
剣を構え、狙いを定めて降下する。
「中村、上から来るぞ!」
「くっ、了解」
クロセルが部下に目掛けて落ちてくるのをいち早く発見した修治は注意を促す。中村と呼ばれた男はすんでのところで回避する。
「そうそう上手くは行きませんか。……ですが!」
浩輝は中村機の両腕を破壊し、そのコクピット部分に右手で持った剣を当てる。左手ではガッチリと敵機を固定している。敵機は必死にもがくが、逃げられない。
「クソッ、放せ!」
「福音軍の皆さん、彼がどうなっても……」
「邪魔だ!」
福音軍に告げようとする浩輝のクロセルを狙ってザガンの砲弾が飛ぶ。その前にいた中村機は大破する。
「何をするのですか!」
「うるさい! いい加減に邪魔なんだよ!」
この状況でも敬語で抗議する浩輝に奏太は不満をぶつける。
「余所見、してると!」
ザガンの背後から百合花のウリエルが斬りかかる。しかし、依然として傷一つ付かない。
「無駄だ! 僕のザガンにはどんな攻撃も通用しない!」
「まだまだー!」
百合花は叫ぶ。そしてウリエルはそれに答えるように攻める。それを空高く飛び上がりながら見ていた浩輝は内心で呟く。
(さて、本当にどうしようか。セントや倉島や森崎父は馬鹿に出来ない、というか別に倒す必要も無いし、森崎娘に手を出したら日元がうるさいし……)
浩輝が下を見ると、セント機と倉島機がこちらに注意を払っているのが見えた。
(仕方無い、ここは撤退するか)
それだけ考えてから彼は気付く。この場に見知らぬ何かが近付いて来ている事に。
(何だ……?)
それは全身が黒く、どこか生物的な雰囲気があるロボットだった。クロセルがいる位置と同程度の高さを飛びながら、近付いて来ている。
(ルシファーか? いや、少し違うような……)
しかし、その問いには答える者はいない。浩輝は仕方無くゴエティアに通信を送る。
「えーっとすみません。ルシファー、というかシーファでしたっけ? アレに似た機体が近付いて来ている様なのですが」
シーファは『ウィルシオン零号機・ルシファー』の本来名称である。それを思い出しながら浩輝は聞く。すると、それに答えたのは高橋だった。
「ええ。確認しているわ。アレは汎用機であるシーファを、とある人物の為に改造を加えた機体『ディアロス』よ」
淡々と答える高橋だが、その声音には怒りの色が滲んでいるのを浩輝は感じた。
「それは……どういう事ですか? ここにいる『ヴァルハラ』の人間はあなたとセントだけなのでは?」
「それはこっちが知りたいわよ!」
「……」
おずおずと尋ねた浩輝だが、突如激しくなった高橋の口調に口ごもる。それを察した高橋は言う。
「あ、ゴメンね。とにかく、アレに乗っているのが私の知る人物だったら、あなたに勝ち目は無いわ。でも、クロセルの速度なら問題なく逃げられるはずよ。とにかく逃げて」
「分かりました……。ですが日元はどうします? ザガンは遅いですし、そもそも今の彼は好戦的です。まあ、ザガンの装甲なら心配は要らないと思いますが」
「そうね……万が一の時は何とかして奏太君だけでも回収して」
「了解しました」
浩輝は通信を切る。そして内心で呟く。
(何者かは知らないが、恐らくは高橋の過去を知っている人物。興味は有る)
その後浩輝は倒れているサイラを見て呟く。
(何時まで寝ているつもりだ?)
しかしそれに答える声は無い。まだ体力の回復に努めて眠っているのだろうと浩輝は結論した。




