対話
「で、これはどういう状況よ」
倉島は呟く。詳細不明の機体、ザガンと、彼が先日戦ったファントムのゲファレナーこと、クロセルが突然戦い出した。クロセルは氷のように透き通った剣で攻めているものの、決定打には至らない。しかしその剣は刃こぼれすること無く、常に完全な状態を保っている。一方でザガンのハンマーによる攻撃は動作が遅く、クロセルは軽々とそれを回避する。
「アイツ、前に俺とやり合った時よりも良い動きしてるな。それはともかく、百合花ちゃんはどうしたら良いんだ?」
百合花は今も何かに恐怖するように叫んでいる。セントや修治が声をかけているものの、それに答える事はない。残りの禁忌獣は何をする事もなく、ただ、固まっている。ここにいる人間のほとんどの意識がゲファレナーと謎の機体の戦いに向いているからだと倉島は予想する。
「森崎中佐、何をすれば良いのでしょう」
倉島は修治に聞いてみる。修治は困ったように答える。
「そうだな。下手に禁忌獣を刺激する訳にもいかない。森崎少尉が気を取り戻したら良いんだがな」
「ゲファレナーを倒せば何とかなるんですかね……」
「その可能性は有る。だが、『霧雨』では難しい。アレに勝てる可能性が有るのも森崎少尉だけだ」
「そうっすね……」
倉島は改めてウリエルを見る。百合花の叫びは悲痛だった。
「ホント、何が起きてんだ?」
☆
森崎百合花が目覚めた瞬間、彼女は自分の姿が禁忌獣になっている事に気付いた。彼女はそれに絶望するも、目の前の光景を見てそんなものは吹き飛ぶ。目の前ではファントムの黒い天使が他の禁忌獣を次々と殺している。禁忌獣が一体死ぬ度に、自分の兄弟や友人がいなくなるような感覚を百合花は覚えた。
「やめて!」
百合花は叫ぶ。しかしその行為に意味は無い。ゲファレナーは殺戮をやめない。仲間の断末魔を聞きながら死の恐怖を感じた百合花は必死で走って逃げる。
「こっちだ!」
誰かの声が聞こえる。それは禁忌獣だった。彼が示す方向に百合花は向かう。他の禁忌獣も同様にそこに向かう。しかし、ゲファレナーは翼を広げ、百合花達の行き先に先回りする。そして、先程百合花達を呼んだ禁忌獣が殺される。
「やめて、やめてよおおおおお!」
百合花の叫びも虚しく、禁忌獣の死体は山を作って行く。中には勇敢に立ち向かって行く者もいたが、全く歯が立たない。やがて、百合花以外の禁忌獣は全て死んだ。ゲファレナーは百合花を見る。その顔は微笑んでいるように百合花には見えた。
「い、いや……来ないで!」
百合花は震えながらも必死で逃げる。後ろからはゆっくりと追いかける。自分を怖がらせるために遊んでいる事に気付き、歯噛みする。最初は離れていたが、ゲファレナーは徐々に距離を詰めてくる。10メートル、5メートル、2メートル、そして、1メートル。
「来ないで、来ないで来ないで来ないで……来ないで!」
しかし、その言葉は届くこと無く、ゲファレナーの剣で自分の体が上半身と下半身に斬り分けられたのを百合花は感じた。そして、彼女の意識は闇に落ちる。
☆
百合花は再び眼を覚ます。目の前には先程戦っていた巨大なロボットと、先程自分を殺した黒い天使が戦っていた。
「あああああああ! いやあああああああ!」
百合花は叫ぶ。ウリエルは転倒する。百合花は必死に起き上がらせようとするが、上手く動かせない。ウリエルの操作方法は脳内に直接入れられているにも関わらず、どうすれば良いのか、百合花にはわからなかった。
「百合花ちゃん、大丈夫? 百合花ちゃん!」
「少尉、応答しろ」
誰かの声を百合花は聞く。しかし、その言葉の意味を理解できない。言葉の意味が入ってこない。ただがむしゃらにウリエルの操作レバーをカチャカチャと動かしていたが、思い通りに動かせない。百合花はただ絶叫する。涙も渇れ、失禁もしていた。しかし彼女はそんな事にも気づかない。彼女の心は絶望に支配されていた。
☆
「一体どうすれば良いんだよ!」
『霧雨』のパイロットの一人が叫ぶ。それを聞きながら修治は考える。
(禁忌獣にゲファレナーに謎の機体。それに唯一対抗できる百合花は苦しんでいる。この状況、本当にどうすれば……)
しかし彼が悩んでも、この状況を打破する方法が思い付かない。そこに基地から絶望的な報告が届く。
「報告します。そちらに新たな禁忌獣が来ます!」
「何を言っている?」
「禁忌獣が……デカい禁忌獣が来るんですよ!」
「何だと!?」
予想外の報告に修治は驚く。いや、修治以外の者も驚き、絶望する。彼らが今まで見てきた禁忌獣は8年前チオデ島で確認されたものに比べて小さいということは知っていた。しかし、それが今ここに現れるなど、誰も想像していなかった。彼らの耳にかなりの音量の咆哮が届く。修治は思わず耳を押さえ、咆哮が聞こえた方を見る。そこには報告通り、巨大な禁忌獣の姿があった。彼らが今まで見てきた禁忌獣は30メートル程の全長だったが、今回現れた禁忌獣の全長は100メートル程だった。
「こんなもの、どうしろと言うんだ!」
修治は思わず怒鳴る。
☆
「来たか」
巨大な禁忌獣の姿を発見した浩輝は呟く。彼は脳内に声が響くのを感じた。
(私はサイラと申します。私の愛する家族をこのような目に合わせたのは貴方ですか?)
それを聞いて浩輝は憎々しげな表情を作る。
(何の事だかな。俺からも質問する。8年前、チオデ島にいた人間を皆殺しにしたのはお前か?)
(はい。本当に申し訳無いと思っています。私達の罪は許される事では有りません。しかし、あなたがなさっている事を許すつもりは有りません)
浩輝は奏太と戦い、会話しながら一つの疑問を持つ。
(ところで、何故お前は今攻撃をしない? ここにいる人間は誰もがお前を恐怖していると思うが)
(私はここにいる子供達に比べると、あなた達がIVと呼ぶ物質の保有可能量は多いです。それに、ここにいる人たちからは恐怖の感情は感じません。目の前の状況その物に絶望しているため、私には感情を向けていないのだと思われます。今ここで私に負の感情を抱いているのはあなただけです)
(それはどうかな?)
浩輝はニヤリと笑う。そして、自分が今支配している禁忌獣に命令を送る。
(お前達、サイラに悪意を向けろ。恐怖の感情をアイツに抱け。逆らえば殺す)
浩輝は奏太から離れるため、空へと飛び上がる。
「お前、逃げるのか!?」
「そのつもりはない。ただ、俺なんかよりも強い敵が現れた。どうする? アイツを倒せばお前の父親はお前を認めるぞ」
「そうだな。アイツは僕が殺す。邪魔はするなよ!」
奏太はザガンのキャノンをサイラに向ける。
(――イヤダ)
(――ボクハ、サイラサンヲ、キライタクナイ)
(――ワタシモ)
浩輝の脳内には、禁忌獣の声が届く。浩輝に恐怖は抱いていても、大切な家族に悪意を向けるなどと言うことは彼らには出来なかった。
(あなた、何ということを!)
ザガンの砲弾を受け、腹部に痛みを感じながら、サイラは怒りの感情を浩輝にぶつける。
(俺がお前に聞こえないように話しても、お前がザコ共の思考を読めば筒抜けなんだな。不便なものだ)
(ふざけたことを! ……うっ)
ザガンの攻撃によって脚に痛みを覚えるサイラの怒りの声を無視して、浩輝は禁忌獣に言い放つ。
(どうした? 出来ないのなら俺が殺すぞ。あのデカブツを)
浩輝はクロセルの剣をサイラに向けて突っ込む。狙うは頭部。
「さあ、苦しめ!」
サイラは回避しようとする。しかし、ザガンの攻撃による脚の痛みのせいで体が思うように動かず、避けられない。クロセルの剣はサイラの右目を貫く。
「グギャアアアアアア!」
あまりの激痛に、サイラは声を上げる。
(お前達が俺の言うことを聞かなかったせいでこいつは右目を失ってしまったぞ。さあ、どうする?)
浩輝は禁忌獣達に告げる。そこには悪魔のような微笑みがあった。自分達が尊敬する存在を傷つけられていくのが見ていられず、禁忌獣達はやむを得ずサイラに悪意を向ける。
(や、やめ……)
サイラが言うが、無駄である。サイラは必死に手で口を押さえ、歯を食い縛る。しかし、口から出てくるエネルギーの塊は止められず、押さえていた両手と歯が吹き飛ぶ。エネルギーの塊は街と共に禁忌獣を吹き飛ばす。
(まだだ。まだ続けろ)
苦しむ禁忌獣達に、浩輝はなおも言う。結果、彼らはサイラの攻撃によって次々と死んでいき、全滅した。
「フハハハハハ! アハハハハハハ! 素晴らしい! 素晴らしいじゃないか!」
浩輝は笑いが押さえられない。自分の親を殺した存在の一つが今、苦しんでいる。
「邪魔をするなと言っただろ! こいつは僕が殺すんだよ!」
勝手に禁忌獣に攻撃した浩輝に怒りながら、奏太はハンマーを手に取り…渾身の力を込めて、サイラのすねを叩く。サイラは崩れ落ちる。
「ガアアアアアアア!」
しかし奏太は休まない。巨大なハンマーを執拗に振り続ける。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!」
そして浩輝は語りかける。
(さあ、どうだ? 自分自身の手で親しい者を葬る気分は!)
(こ、の……外道が!)
(敬語はどうした? さっきまで使ってたじゃないか)
(黙れ! 貴様などに私達の気持ちが分かるか!? こんな姿に生まれ、罪の無い人達を勝手に殺してしまうなんてふざけた機能を持って生まれてしまった私達の気持ちが! 故郷を追われ、宇宙を彷徨う事になった私達の気持ちが! やっとたどり着いた星でも人を傷つけてしまう私達の気持ちが!!)
(やかましい。脳内で怒鳴るな)
サイラの魂の叫びは浩輝に頭痛をもたらす。浩輝は聞く。
(それで、心優しいお前は何をしにここに来た? 俺を殺すのか?)
(私は何者かに呼ばれてここに来ました。私と友達になろう、そんな言葉を聞きました)
(馬鹿か? 俺なら確実に罠だと思うが。現に罠だった訳だが)
(では、私を呼んだのは貴方ですか?)
(俺ではないが、恐らくは俺が所属する組織の者が呼んだ)
(そうですか。取り合えず信じましょう。とにかく私は友達が欲しかった。私の姿を見ても怖がること無く、仲良くしてくれる友達が)
(お前達とわかり合えると言っていた人間を二人ほど知っているが。ここにもいるはずだ。今生きているかは知らんが)
サイラが禁忌獣に向けた攻撃に巻き込まれ、数体の『霧雨』が破壊された。セントや倉島、修治を含めた精鋭数人は上手く回避し、生き残っている。しかしそれはサイラの知る由もない。
(セントと大和ですね……)
(まあそれは良い。お前は今からどうする? 救うべき仲間はお前自身が殺した。お前を呼ぶ声は罠だった。そして今は満身創痍。もう救いようが無いな。俺としては殺さずに苦しめ続けたいんだがな、アイツはお前を殺したいらしい)
奏太のザガンは今もハンマーを振り回し続けている。サイラの全身からは黒い液体が流れている。浩輝は血液だと判断する。
(そうですね。私の命も長くは無いでしょう。ですが、新たな希望を生み出す事が出来る。ここにはもう一人、私の声を聞いている人物がいる)
浩輝は今も倒れたままのウリエルを見た。




