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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
3章 運命の子
33/75

期待

 時は少々遡る。


 福音軍基地日本支部。禁忌獣及びファントムに備えて、福音軍の戦闘員は出撃の準備をしていた。既にアメリカと北海道での戦いの様子については彼らの元にも届いている。


「本部はかなりの犠牲を出しつつも、何とかガルーダを撤退させたらしい。その後、ウィンドのパイロットは禁忌獣を説得し、彼らも撤退させたそうだ」


 そう報告する森崎修治の報告を、森崎百合花、セント、倉島大和、そして春川瑠奈として福音軍に潜入している黒月遥をはじめとした、福音軍日本支部の面々は聞いていた。


「へぇー、やりますね。そのパイロットはどんな人なんすか?」


 そう声を漏らすのは倉島だ。彼は禁忌獣と分かり合えると信じている。だからこそ、倉島の報告に嬉しく思う。

 そんな彼の問いに修治は答える。


「ウィンドのパイロットはイズミ・ドレイパー大尉18歳。日本人らしい名前だが、両親は生粋のアメリカ人だそうだ」


(ドレイパー……)


 聞き覚えのある姓を、遥は内心で呟く。遥と浩輝の父親である黒月享はジョージ・ドレイパーというアメリカ人と親友であり、彼には遥の1つ年下の娘がいることを聞いていた。ジョージとその妻、マリアは、享とその妻の沙也佳と一緒に8年前、チオデ島で禁忌獣によって殺されている事は遥も浩輝も知っている。


「次は釧路なんだが……こっちは色々とややこしい」


 修治は少し困ったように言う。そんな彼にセントは怪訝に思う。


「ややこしい……?」

「ああ。まず、関滄波中尉は、本来のパイロットだった人物に代わって青龍に乗ったんだそうだ。関中尉がその人物を殺害したという可能性が高いらしい。そして、青龍に乗った関中尉は味方に次々と攻撃し、かなりの戦闘員が亡くなったそうだ」

「そんな……酷い!」


 百合花は思わず口を押さえる。修治は続ける。


「その後、関中尉は数体の禁忌獣を倒した。しかし突然恐慌状態に陥り、棒立ちになって動かなくなった」

「……?」


 その言葉を聞いた全員が脳裏に疑問符を浮かべた。


「中尉に何があったのかは分からない。その後ファントムのゲファレナーが現れても、静止したままだった。ゲファレナーは青龍を破壊した後、禁忌獣を一体だけ殺してから、すぐにその場を離れた。すると、生き残った禁忌獣は海へと帰っていった」


 その言葉に、ゲファレナーの正体、そして戦う理由を知っているセント、倉島、遥は何らかの精神攻撃によって禁忌獣を屈服させたのだと予想する。しかしそんな事を知る由もない百合花は質問する。


「それじゃあ、ゲファレナーも禁忌獣に撤退するように頼んだのですか?」


 セントも倉島も遥も、ゲファレナーの正体を話すつもりは無い為、何も言わない。百合花の言葉に答えたのは修治だった。


「いや、最初から撤退させるつもりが有るのならそもそも禁忌獣を一体も殺さないだろう。俺は一度だけ奴と戦ったが、アイツは殺すよりも精神的に苦しめる戦い方をする。大方、禁忌獣を殺して見せたところで脅し、無力化させたのだろう」

「ですが、一体だけとは言え禁忌獣を殺したのは意外ですね。殺さずとも無力化は出来そうな気もしますが」


 セントが意外そうに言う。それを聞いて修治は答える。


「さてな、それは本人に聞いてみないと分からない事だ。とにかく、禁忌獣を説得すれば犠牲を出さずに戦いを終わらせられるかも知れないという事だ」


(禁忌獣と分かり合えるかも知れない。それを私が……)


 百合花は不安げに内心で呟く。そんな彼女の頭を倉島は撫でる。


「だいじょーぶだ、百合花ちゃん。禁忌獣だって悪い奴らじゃないんだ。百合花ちゃんなら出来る」

「大和さん……」


 百合花は倉島を見る。整った顔立ちをした彼の笑みに、思わず惹き付けられそうになる。修治が咳払いをすると、百合花は視線を外す。


「まもなく我々は出撃する。各自、配置につけ」


 修治の号令によって、福音軍の面々は自分の乗機に向かう。百合花も『セラフィオン零型・ウリエル』のコクピットに入り、起動する。


「行こう、ウリエル。戦うのではなく、分かり合うために!」


 気合いを入れる様に百合花は乗機に語りかける。そして、予め決められた場所までウリエルを歩かせる。


「あれは……ファントムか?」

「見たことの無い機体だぞ!」


 福音軍の兵士が口々に言う。百合花が二時の方向を見てみると、確かに見覚えの無い機体――ウィルシオン三号機・ザガン――がいた。遠いながらも、他の機体に比べて巨大な印象を受けた。するといきなり、その機体の肩の砲台から砲弾が飛んできた。


「うわあああああ!」


 砲弾は出撃していた『霧雨』を数体吹き飛ばす。たった一つの弾丸は五つの命を奪ったのだ。その中には百合花と親しい者もいた。


「あああああああ!」


 百合花は叫ぶ。ウリエルは『熾天使の剣セラフィム・ブレード』を構え、ザガンの元へと走る。


「少尉、戻れ」


 修治は制止の声をあげるが、百合花はそれを無視する。ザガンの砲台はウリエルに狙いをつける。


「お前は、僕の敵だ」


 ザガンに乗る奏太は呟く。ほぼ自暴自棄になっている彼は自分に襲い掛かろうとしてくる敵の姿に恐怖を覚えない。ただ、敵として処分する。


「僕は……生きるんだ!」


 奏太は引き金を引く。しかし、その瞬間……。


「やれやれ、狙撃は専門じゃねーんだけどな」


 倉島が呟く。彼の乗機は遠距離仕様にカスタマイズしてある『霧雨』である。倉島の『霧雨』はライフルでザガンのキャノンの砲身を狙う。それによる砲身の動きは微々たる物であったが、放たれた砲弾はウリエルとは検討違いの方向に飛んだ。


「うっ」


 奏太は思わず呻く。そしてザガンは背中のハンマー・『錬金鎚アルケミー・ミョルニル』を取り、右手に持つ。


「それなら、これでえええええええ!」


 奏太は咆哮する。ザガンはウリエル目掛けて突進する。すると、いつの間にかウリエルを追い抜いていた『霧雨』が立ち塞がる。


「君はどうやら、前しか見てない様だね!」


 その『霧雨』に乗っていたのはセントだった。彼の機体は操作性を犠牲に出力を向上させた近距離仕様にカスタマイズしてある。操作性が下がっているため、狙撃など精密な動作にはかなりの技量が必要だが、その代わり、スピードが求められる接近戦では鬼神の如く活躍できる。ちなみに、セント機が持っているレイピアは、元々『フィム』が装備していた物である。セント機はそのレイピアでザガンの右手を狙う。ザガンの右手からは『錬金鎚アルケミー・ミョルニル』が落ちる。


「くっ……」

「森崎少尉、今だ!」


 ハンマーを拾おうとするザガンを見ながら、セントは叫ぶ。呼ばれた百合花はウリエルの『熾天使の剣セラフィム・ブレード』を振り上げる。


「許さない、あなたなんか!」


 百合花は叫ぶ。ウリエルは剣を降り下ろす。狙うは敵機の右肩。


「か、堅い!」


 しかし、ザガンの肩のアーマーは堅固だった。以前藤宮彼海のハルファスにダメージを与えたその攻撃は、ザガンに傷一つ付けることが出来なかった。しかし、ザガンの動きは一瞬止まった。


「せめて、ハンマーだけでも……!」


 セントは『錬金鎚アルケミー・ミョルニル』の柄の部分を破壊しようとする。しかし、上手く行かない。


(なんて頑丈なんだ……。僕がフィムに乗ってたとしても壊すのは難しいかも知れない)


 セントは内心で呟く。そうしている間にザガンは自分の武器を軽々と持ち上げる。


(この機体、パワーも凄い……。というか、武器なんか拾わずに普通に殴られたとしてもタダでは済まない。これに乗ってるのが誰なのかは知らないけれど、素人なのは間違いない。だからといって、手を抜くつもりも無いけれど……!)


 セントは改めて気を引き締める。ザガンがハンマーを降り下ろすのをセント機は余裕で避ける。ハンマーを降り上げるザガンをウリエルが妨害する。


「させない!」

「あああああああ!」


 奏太は叫ぶ。全く上手く戦えず、処分される自分の運命を思い描き、頭が狂いそうになる。


「僕は生きるんだよ! 邪魔をするなあああああああ!」


 しかし、そんな事情は福音軍側からしたら知ったことではない。自分からやって来ておいてこんなことを叫ぶ敵に、百合花は頭に疑問符を浮かべる。


「死ぬのが嫌なら、ここから出ていってよ!」

「うるさあああああああい!」


 話が噛み合わない。百合花はセントと二人がかりで敵の動きを止める。


(駄目だこの人……早く何とかしないと……)


 話が通じる気がしない上に、倒すのも難しい。百合花は焦燥感を覚える。すると、味方の声が彼女の耳に届く。


「き、禁忌獣だああああああ!」


 海からは約100体の禁忌獣が現れた。彼らはゆっくりと陸に上がる。セントは全員に通信を送る。


「落ち着いて下さい! 禁忌獣は皆さんの恐怖をエネルギーに変えます」


 福音軍のほとんどの者はセントに対して不信感を抱いている。しかし、今は取り合えずセントの言葉を信じた。


「セント君! 私……」


 百合花はセントに問い掛ける。彼女の言わんとする事を悟ったセントは言う。


「大丈夫だよ。ここからでも彼らに思いは伝わるはずさ」

「……うん」


 百合花は頷く。そして内心で語りかける。


(ごめんなさい。私はあなた達と仲良くなりたいと思っているけれど、今は帰って欲しいの。あなた達がどうしてここに来たのかは分からない。でも、あなた達がここにいたら、悲劇が起きてしまう)


 そう言葉を紡いだ百合花の方向に向かって、禁忌獣達は一斉に口からエネルギーの塊を吐き出した。


「え……」


 百合花はただ、呆然とした。

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