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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
3章 運命の子
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悪夢

 一方その頃、ゴエティアでは黒月浩輝が出撃の準備をしていた。ファントムの代表を務めている霧山隆介は浩輝に話しかける。


「黒月くーん、怒らせちゃったみたいだねぇ。高橋博士の事」

「……」


 高橋翠はIVの研究者という体でファントムに所属していて、浩輝は自分を蹴ったときの高橋の冷たい視線を思い出す。人によってはご褒美かも知れないが、浩輝はマゾヒストではない。霧山はニヤニヤと笑いながら言う。


「以前、ウチのスタッフが怒らせた時なんか凄かったよ? 彼はマゾヒズムに目覚めちゃったみたいだけど君はどうだい?」

「僕は……そんなことは、有りません」


 浩輝は控えめにボソボソと答える。霧山は苦笑する。


「はっはっはっ、怯えることは無いさ。僕は君を怒ることも踏むことも無いよ」

「怯えてなんか……」

「ま、それならそれで良いけどね。それはともかく、君が依頼した新機能『エンプーサシステム』の事なんだけど注意して欲しい事が有るんだ。あくまで、もしかしたらなんだけどね」

「副作用……ですか?」

「ほう? 何となく予想はついているようだね」

「僕が考えた物ですから、その可能性も視野に入れていました」


 意外そうな顔をする霧山に浩輝は言った。


「それもそうだね。それと、今回クロセルには試作型の『ヴァルキュリヤシステム』が搭載されている」

「ヴァルキュリヤ……って確かワルキューレの別の呼び方ですよね」

「うん。北欧神話の戦乙女。ワルキューレとかヴァルキリーとかヴァルキュリヤとか言うアレだね。まあ『ヴァルキュリヤシステム』は『ワルキューレシステム』の上位互換のシステムだよ。思っていることを全て相手に伝えてしまうワルキューレシステムを改良して、伝えたい情報だけを相手に伝えられる様にしたよ」

「なるほど……ありがとうございます」


 浩輝は納得する。『エンプーサシステム』を使う上で『ヴァルキュリヤシステム』の特性は有効である。


「構わないよ。最強のロボットを造るのが僕の目的なんだから。それじゃ、今から釧路に行くんだね。健闘を祈ってるよ」

「ありがとうございます。では、行ってきます」


 浩輝はクロセルに乗り込み、起動する。もう何度目か分からない頭痛に気を止めること無く、浩輝は言う。


「ヴァルキュリヤシステム、起動。 ウィルシオン五号機・クロセル、黒月浩輝、出撃します」


 クロセルを載せたエレベータは上昇し、ゴエティアの屋上に着く。クロセルは背中のスラスターと翼で、目的地に向けて飛翔する。ハルファス程では無いが、かなりのスピードである。


(釧路にいるのは福音軍中国支部の戦力。どんな機体が待っているのかは知らないが、油断は出来ないな)


 浩輝は気を引き締める。冬の北海道に行くに当たってパイロットスーツの上にコートを着てはいるのだが……。


「さ、寒い……」


 浩輝は寒さに身を震わせる。モニターで現在時点を確認すると、まだ福島の上空だった。


(これより北に行くってもはや拷問だぞ……。霧山さんには暖房の導入を頼んでおこう)


 浩輝はそう決意し、北の大地を目指す。



 ☆



 北海道、釧路市。ここには禁忌獣及びファントムに備えて、福音軍中国支部の軍が待機していた……はずだった。

「貴様……こんな事をしてタダで済むと思うなよ?」


 福音軍に所属する『レオン』のパイロットが呟く。彼はこの作戦における隊長である。彼が呟いた対象はは目の前にいる新型機『青龍チンロン』のパイロットである。そのパイロットは答える。


「お前だって知っているんだろ? 青龍は搭乗者が嫌われれば嫌われるほど強くなる。だから、嫌われようとしてんじゃねーか」


 青龍に乗っているのは関滄波グァン・ツァンブォ。福音軍に所属する18歳の青年である。階級は中尉。中国支部では粗暴で有名であり、実力は認められているものの、人間性はあまり良く思われていない。彼の乗る青龍の周りには、彼の味方のはずの『レオン』がところ狭しと倒れていた。これは全て彼によるものだ。ここにいるパイロットの内、半数は死んでいて、生き残った半数の殆どは死の恐怖に怯えている。中には突然暴れだした青龍の姿に恐れをなして、この場から逃亡した者もいる。


「大体、どうしてお前が青龍に乗っている!」


 隊長は叫ぶ。青龍のパイロットは元々滄波ではなく、別の者の予定だった。


「アイツはいきなり死んだ。だから俺が乗ることにした」

「彼を殺したのはお前だろう! なぜそんなことをした!」


 隊長は激昂する。殺された男は福音軍の中ではあまり好かれているとは言えなかったが、真面目にひたすら自分を鍛える彼を、隊長は評価していた。彼を青龍のパイロットに推薦したのも隊長である。そんな隊長に対し、滄波は飄々と言う。


「さてな。だが、これだけは言える。あんな根暗なんかより俺の方が青龍のパイロットとしてふさわしい」


 青龍のパイロット候補の中では滄波がもっとも実力が高かった。しかし、彼には性格に問題があった。それ故に別の者がパイロットになったのだが、滄波が無理矢理パイロットになることは上層部も予想出来なかった。


「ん? 何だ?」


 滄波は突然、脳内に何かが激流のように流れてくる感覚を覚える。


「来たか……!」

「何を、言っている……?」


 滄波の呟きに、隊長は怪訝に思い、問う。滄波は肉食獣のような笑みを浮かべて言う。


「来たんだよ、禁忌獣が! 俺は出迎えに行ってくるぜ」


 滄波は青龍を走らせる。青龍はその名の通り、全身が青く、人型で有りつつもどこか龍のような雰囲気が有る。背中には『冷艶鋸ランイェンジュ』という青龍偃月刀を背負っている。滄波は、今まさに上陸しようとしている黒いトカゲ、禁忌獣の軍団を見つけた。


 滄波は冷艶鋸を両手でぐるんぐるんと振り回してから、構える。そこに禁忌獣がエネルギーの塊を放つ。


「さて、やってみるか」


 青龍は冷艶鋸を長く持ち、迫り来るエネルギーの塊に向かって力の限り振る。すると、エネルギーの塊は霧散する。


「流石に打ち返せねえか。ま、青龍の装甲はあんな攻撃食らっても耐えるそうたが」


 中国の青龍、アメリカのウィンド、そして日本のウリエルにはウィルシオンと同じ様に『理不尽な防壁アウトレージャス・バリア』という装甲が使われている。IVを装甲に流し込む事でかなりの防御力を実現していて、現代兵器でダメージを与えるのは困難である。


「じゃ、次は俺の番だ」


 滄波はニヤリと笑う。青龍は助走をつけてから跳躍し、一体の禁忌獣の眼前に行く。その刹那、冷艶鋸を力の限り降り下ろす。禁忌獣の体は脳天から二つに割れる。そこに二体の禁忌獣がエネルギーの塊を放つ。青龍は跳躍し、更に一体の禁忌獣を屠る。滄波は叫ぶ。


「良く聞けバケモノ共、俺は関滄波。この世界で最強の男だ! 覚えておけ!」


 そうしている間にも、禁忌獣達は青龍に攻撃をやめない。彼らは互いに意思疏通し、良くできた連携によって波状攻撃を仕掛ける。だが、青龍は青龍偃月刀を振り回してそれらの攻撃を全て無効化し、更に二体の禁忌獣を殺す。彼は今、最高に楽しんでいた。彼の目的は、世界に自分の存在を認めさせる事である。その目的に、少しずつ近付いている。それを感じる滄波の感情は高ぶっていた。彼の脳内には、禁忌獣の恐怖の感情が流れて行く。滄波はそれに快楽を感じる。


「お前達は理解した様だな。そうだ、俺は最強だ!」


 滄波は周りを見渡す。周囲の禁忌獣達はあまりの恐怖に固まっていた。そこで彼は脳内に禁忌獣とは別の何かの声が響くのを感じる。彼は気付いた。ここには禁忌獣とは別の、得体の知れない存在が近づいてきていた事に。


(ほう、ようやく気付きましたか)


 滄波の周囲には禁忌獣以外の存在は見当たらない。


「誰だ!? 何処にいやがる!」


 滄波は思わず叫ぶ。


(もっと周りを見てください。世界最強の関滄波さん)

 馬鹿にするような声が脳内に響く。滄波がふと上を見上げると、翼を広げた黒い天使がそこにいた。


(なかなか鈍い方の様ですね。はじめまして、私はファントムのゲファレナー、とでも名乗りましょうか)

「ゲファレナー? ここに何しに来た!」

(声を出す必要は有りませんよ。感じます。関滄波さん。あなたは昔、自分を三国時代の関羽雲長の生まれ変わりだと信じていたそうですね。私の記憶では関羽はただ強いだけではなく知性もある武将だったはずですが……)

「黙れ! 質問に答えろ!」


 忘れ去りたい過去を暴かれて滄波は声を荒げる。ゲファレナー――黒月浩輝は不敵に笑う。


(フフフ、声を出す必要は無いと言っていますのに……まあ、良いでしょう。私がここに来た目的。そうですね……、あなたと遊びに来た、とでも言っておきます)

「遊びに来ただと? 大体そうやって高いところから偉そうに言ってんじゃねえ! 生意気なんだよ!」

(そうですか。ところで問題です。そこにゴミのように動かない禁忌獣がいます。彼らは何故動かないのでしょうか?)


 浩輝はあくまで飄々と振る舞う。


「ふざけるな! 人の事を馬鹿にすることしか出来ない癖に!」

(回答権は放棄するのですね。では、正解はあなた自身に身をもって知って貰いましょう)


 浩輝は内心でそう言い捨て、コクピット内で機械を操作する。そして、相手に聞こえないように呟く。


「エンプーサシステム、起動。仇なす者に断罪を……歯向かうものに絶望を……無限牢獄、永遠の悪夢エターナル・ナイトメア


 その瞬間、クロセルの図上に白い光の輪が出現する。光の輪から光が放出し、まさしく光の速さで青龍に降り注ぐ。


「ぐううっ……うわあああああああああああ!」


 滄波を衝撃が襲う。彼は得体の知れない感覚に陥る。


(ここは……何処だ?)


 彼の意識はどこか、別のところに飛んでいた。彼の周りには何処かで見覚えが有るような風景が広がっていた。しかし、彼は自分が何処にいるのか分からない。ただ、何となく、地面がいつもより遠くに有るように感じた。


(な、何なんだよ……)


 滄波はふと自分の手を見る。そこには見慣れた人間の手では無く、黒かった。黒色人種のような茶色に近い肌ではなく、漆黒だった。自分の身体を見下ろしてみると、全身が漆黒で、ゴツゴツとしていた。衣服は身に付けておらず、黒いのは自分の肌である様に滄波には思えた。そこで彼はある可能性に思い至る。


(俺は、禁忌獣だったのか……?)


 中華人民共和国に生まれた関滄波という人間は存在せず、今までの記憶は全て幻だった。そんな予感が彼を襲う。


(嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ……。俺は関滄波、世界最強の男だ。禁忌獣なんかじゃない! 俺は人間だ!)


 滄波にはただ戸惑う事しか出来ない。周りを良く見てみると自分と同じくらいの大きさの黒いトカゲ。禁忌獣が沢山いた。彼らは一様に、ある一点を目指して歩いている。滄波も、その中の一人、もとい一体だった。


(違う……。俺は、違う……)


 滄波は呆然としながらも歩いている。そんな彼らの行き先に、黒い天使がいた。それの手には突然、氷の様に透き通った剣が出現し、その剣で一体の禁忌獣を一撃で殺す。


「やめろおおおおおおお!」


 滄波は思わず叫ぶ。先程は禁忌獣を次々と殺していたはずの彼だが、彼は自分の兄弟が殺されたような感覚がした。黒い天使は他の禁忌獣も次々と殺す。その天使は無慈悲に笑っているように、滄波には思えた。そして禁忌獣が死ぬ度に自分の友人、兄弟、姉妹、恋人が死んでいくような感覚を覚えていた。


「やめろ……。やめてくれ…………」


 滄波は絶望する。そんな彼に黒い天使が近付く。その剣の切っ先は自分に向けられていた。


「うわあああああああああああ!」


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