格差
ハルファスのコクピットで、目標の座標に近づいたのを確認した彼海は小さく笑う。
(……これが、禁忌獣)
実際に禁忌獣を見るのは初めてだった彼海は、下で広がっている圧倒的な光景に少しだけ圧倒される。一方で唯一奮闘している赤い忍者のような機体を見つける。
(……あれが新型。私を気持ちよくしてくれる?)
彼海は凄惨な笑みを浮かべ、地上へと降下する。感情が高ぶっている彼女は、ハルファスの両手にナイフ・『信者の懐剣』を持たせ、叫ぶ。
「アハハハハハハ! 死ねええええええええええ!」
ハルファスは流星のように地上に降り、一体の禁忌獣を『信者の懐剣』で串刺しにし、機体が地面に衝突しようとした瞬間、少しだけ上昇し、見事に着地する。そんな彼女に怒声が飛ぶ。
「ふざけるなああああ!」
ウィルシオンには音声認識自動翻訳機能がついていて、英語や中国語の様な地球の言語や、惑星・ヴァルハラなど他の惑星で使われている様な言語を、あらかじめ設定してある言語に翻訳することが出来る。彼海はもちろん日本語に設定してある。
声は敵の忍者の様な機体、ウィンドから聞こえた。彼海はそれに目を向けること無く、他の禁忌獣に狙いを定め、ナイフで斬りかかる。かなりのスピードで振られた2本のナイフは、10振りで禁忌獣を撃破した。
「気持ち良くないッ! 全然、気持ち、良くないッ!」
あっさり死んでしまった禁忌獣に、彼海は物足りなさを感じる。しかし着実に、次々と禁忌獣を倒して行く。そんな彼女に、ウィンドが忍者刀で斬りかかる。
「邪魔を……、するなああああ!」
ハルファスはそれを回避する。彼海にとってそれは容易であったが、その攻撃を受けたら無事ではいられない事を直感で気付く。
「あなた、良い!」
彼海は恍惚とした表情で叫ぶ。ハルファスは2本のナイフを振り上げ、ウィンドに振り下ろす。ウィンドは忍者刀で斬り払う。
「アンタがコイツらを殺すな!」
「あなたは私を、気持ち良くしてくれる?」
彼海とイズミ。会話が噛み合わない、いや、噛み合わせる気がない二人は激突する。その様子を観ていたレイラは声を上げる。
「ちょっとイズミ! 先に禁忌獣を対処しなさい! このままじゃ味方の被害が……」
「うるせえ! これ以上アタシの獲物を取られてたまるかよ!」
全ての禁忌獣は自分が殺す。そう考えているイズミは彼海の存在を無視できない。彼海も強敵を見つけ、興奮している。彼女らに対して禁忌獣の攻撃が時おり飛ぶが、二人はそれを華麗に回避する。ただ、米軍及び福音軍本部の戦力が減って行く。イズミは自分で決めたことは最後までやりとげる人間である。それを知っているレイラは、イズミを説得するのは難しいと諦め、溜め息をつく。
「そこまで言うのなら、ちゃんと勝ってよね!」
「レイラが作った機体だぞ、勝つに決まってんだろ」
親友に褒められ、レイラは思わず頬を染める。だが相手は悪名高いファントム。不安は拭えない。
(イズミ……、負けないで)
レイラが見る限り、手数はガルーダの方が圧倒的に多い。ただ、パイロットとしての技量は客観的に見てもイズミの方が上のように思えた。敵の攻撃をウィンドは華麗にいなす。
(イズミは禁忌獣と戦うために誰よりも頑張ってきた。あんなテロリストなんかに負けない)
レイラはただ、親友を信じる。彼女の目線の先にあるモニターには自分の技術の全てを詰め込んだ最高の機体が戦っている。だが、相手の機体性能がかなりのものである事は認めざるを得ない。ウィンドは素早さに特化させた機体だが、敵のスピードはそれを上回っている。また、敵機にはウィンドに付いていない飛行機能が付いている。以前から飛行機能など付いていない『レオン』で訓練してきたイズミには飛行機能など上手く使えないと判断し、付けていないのだが、相手はそれを上手く使いこなしている。
「クッ、チョコマカと……」
イズミは悪態をつく。彼女は忍者刀で斬りかかるも、相手は高く飛び上がって後方に回避する。相手はいつしかナイフを両腰に収納し、両手には散弾銃・『狂気の嵐』が有った。弾丸はかなりのスピードで飛んでくるため、数発被弾する。装甲に小さな穴が数個空く。
「コッチだって飛び道具くらい有る!」
ウィンドは『シュリケン』と名付けられたマシンガンを右腰から取りだし、空中のハルファスを狙って撃つ。ハルファスは更に高く飛翔し、弾丸をかわし、弾丸の雨を降らす。ウィンドは数発被弾する。
「クソッ」
イズミは悪態をつく。ウィンドの損害ももはや無視できないものになっていた。
「イズミ! 無茶はしないで!」
「だからって、シッポ巻いて逃げるわけにもいかねーだろ!」
レイラの悲鳴のような叫びにイズミは反発する。しかしウィンドのダメージはかなりのもので出力も下がっていた。イズミは舌打ちする。弾丸の雨は止んだ。ハルファスは散弾銃をしまい、再びナイフを手に取る。2本のナイフの刃先を揃え、ハルファスは天空から急降下する。
「そんな見え見えの攻撃なんか!」
イズミはハルファスの突撃を回避する。しかしハルファスの刃は後方で禁忌獣相手に何とか生き残っていた『レオン』に直撃する。しかしコクピットは外してある。彼海は2度と人を殺さないと決めている。
「……あまり、気持ち良くない」
「うわあああああああ!」
パイロットの少尉である男は、自分を巻き込んだ年下の大尉を恨むこともできず、ただ目の前に迫った死の恐怖に震えていた。彼海はつまらなそうに残り少ない『レオン』をすべて無力化する。そして、次は禁忌獣を狙う。
「させ……るかッ!」
ウィンドはマシンガンを撃つ。ハルファスは回避する。弾丸は禁忌獣に当たり、たちまち撃破する。
「……いい加減に、邪魔」
彼海の心は既に冷めていた。敵機の性能がなかなかの物である事は認めるが、ハルファスに比べたら大したことは無い。すぐに片付ける事にした。ナイフを両手に、ウィンドへと向かう。かなりのスピードだった。
「ナメんなァ!」
ウィンドは忍者刀を頭上に投げる。両手でそれぞれハルファスの腕を掴む。相手の勢いを活かし、後方に投げる。ハルファスは地面に激突する。落ちてくる忍者刀を掴む。敵機に斬りかかる。ハルファスは回避するも、避けきれず、右翼の先端が破損する。
「うっ……」
彼海は自分が慢心していた事に気付く。敵を圧倒していたと思い、甘く見ていた自分を呪う。遠くから飛んでくる禁忌獣の攻撃を回避しながら彼海は考える。
(……迂闊だった。相手のパイロットの技量はかなりのもの。そして、気迫を感じる。相手は恐らく自分が禁忌獣を殺すことに拘っている。もしかして、浩輝君と同じく……)
彼海は、単純な実力は相手の方が上だと考える。だからこそ、正面から戦っても勝ち目が無いと思った。彼海はハルファスのスピーカーの電源が入っている事を確認する。
「あなたは禁忌獣に誰を殺されたのですか?」
彼海が言ったのはハッタリだ。そしてそれは効果的だった。ウィンドの動きが止まる。彼海はこのタイミングで攻める事も考えたが、まだ様子を見ることに決め、続ける。
「例えば親友、恋人、それとも……家族」
「お前には……関係ない!」
イズミは激昂し、ウィンドはハルファスに斬りかかる。だが、動揺しながらのその一撃は、彼海に簡単に見切ら
れる。忍者刀は弾かれ、遠くへと飛び、落ちる。
「イズミ、落ち着いて!」
レイラが悲鳴を上げる。だがイズミの耳には届かない。ウィンドは素手でハルファスを殴る。しかしハルファスは易々と避け、ウィンドを倒す。倒れた機体に飛び乗り、ナイフでウィンドの両腕を斬り落とす。彼海は宣言する。
「そこで無様に見ていてください。私が禁忌獣を殺していく様を」
「やめろおおおおおおおおおおお!」
イズミの叫びを無視して、彼海はナイフを構える。そして笑みを浮かべる。




