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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
3章 運命の子
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女忍

 彼海のハルファスを見送っている浩輝に、高橋が話しかける。


「出撃まではまだまだよ。随分早起きね」


 その問いに浩輝は楽しげに答える。


「当然です。例の新機能を早く使いたいですからね」

「それにしても、随分悪趣味な事を思い付くのね」

「フフッ、そんなこと有りませんよ。僕はただ、禁忌獣に復讐をしたいだけです」

「悪い顔ね」

「あなたには言われたく有りませんよ」


 浩輝と高橋は揃って黒い笑みを浮かべる。浩輝はふと、高橋に尋ねたかった事を思い出す。


「ところで高橋さん。聞いてみたい事が有るのですが……」


 浩輝は、ある二種類の物を作ることは可能かを尋ねる。それに高橋は答える。


「それはどちらも既に作ってあるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。一つはクロセルを作る過程で試験的に作ったのよ。後で見せて上げる。というか、あげても良いわ」

「ありがとうございます。では遠慮なく」


 浩輝は少しだけ嬉しそうに答える。


「もう一つ……一つって言って良いのかは分からないけど、それはすぐにでも使えるわ。ただ、それを使うということは……」

「使うかどうかは分かりません。ただ、日元奏太を解放するために必要になるかも知れない」

「あら、優しいのね。あなたが他人を助けるだなんて」

「そんなつもりは有りませんよ。ただ、彼が今後厄介な存在になっても困ります」


 浩輝の言葉に、高橋は感心した様に頷く。


「なるほど、気付いているのね」

「もしかしたらそういう可能性が有るかもと思っただけです」

「ふーん」


 高橋は意味ありげに笑う。


「話は戻りますが、それを使うかどうかは日元奏太に決めさせます。彼は自分の意思で何かを決断するべきです」

「あら、彼は自分の意思で私を誘ったのよ」

「とぼけないで下さい。あばずれ宇宙人」


 意地の悪そうに笑う高橋に、浩輝は真顔で告げる。


「随分な言い様ね」

「自分のあんな姿を平気で他人に見せられる様な人ですからね、あなたは。前に話したときにあなたはお金の為に戦っていたとか言っていましたが、故郷でも金の為なら何でもしてたのでしょう? あなたのようなプライドの無い人など……」

「あまり調子に乗りすぎない方が身のためよ」


 淡々と罵倒する浩輝を高橋は黙らせる。その声には殺気を帯びていて、彼女にとって本気で触れられたく無いことなのだと浩輝は悟った。


「失礼しました」


 浩輝にも色々と言い分は有るが、言い争うつもりは無い為、ただ謝罪する。


「まあ良いわ。あなたも奏太君については色々と思うところが有るのよね」

「そんな事は……」

「でも、たかが両親が死んだ程度の事で、自分が世界一不幸だと思っているような子供に偉そうな事言われたく……無いのよね!」

「ぐうっ!」


 高橋は浩輝の腹部を蹴る。浩輝は崩れ落ちる様に倒れ、腹部を押さえてうずくまる。


「今回はこれで許して上げるわ。次に私を怒らせたら……どうしようかしら?」

「うう……」


 高橋は冷たく吐き捨てる。浩輝にはただうずくまるしか出来ない。


「とりあえず、今日は期待しているわ」


 そう言ってその場を離れる高橋の背中を浩輝はただ見ていた。



 ☆



 彼海はハルファスを操り、アメリカ合衆国のサンフランシスコを目指す。目的地の座標はコクピット内のモニターで示されている。ハルファスでの移動にもそろそろ慣れ、吐き気は無い。


(……でも気持ち悪いのは変わらないし、耳も痛い)


 彼海は内心で呟きながら、唾液を飲む。そして下の海を見てみるが、特に変わった物は無い。海は平和だった。


(……アメリカに行くのは私だけ。負けることは許されない)


 もしも彼海が禁忌獣や福音軍に敗北した場合、側に彼女の味方は存在しない。それは彼女にとってプレッシャーと共に、高揚感を与える。


(……敵の新型の性能は未知数。そして、出来れば殺したくない。状況はかなり厳しい。でも何故か、ワクワクする)


 彼海は気付く。自分はやはり、以前の百合花との戦いを楽しんでいた事に。絶望的な状況に、彼女は燃える。


(……この先にいる敵は、私を気持ちよくしてくれる?)


 彼海はハルファスのスピードを上げる。彼女のパイロットスーツは濡れていた。



 ☆



 サンフランシスコの沿岸部。ここでは米軍の戦闘機及び戦車と、福音軍本部の人型兵器『レオン』が待機いた。この『レオン』は改良され、『霧雨』と同レベルまで性能は上がっている。技術提供をした坂口才磨には莫大な報酬が支払われた。それらの姿を見て、一人の少女が呟く。


「まったくさー、こんなにウジャウジャといるけど、頼りになるのかねー?」


 彼女は福音軍の人型新兵器、『ウィンド』のコクピットにいた。彼女の名前はイズミ・ドレイパー。階級は大尉で年齢は18歳。日本人のような名前だが、両親は生粋のアメリカ人である。彼女の父親は日本文化を愛しており、娘に日本人のような名前を付けた。


「ちょっと、他の人に聞かれたらタダじゃ済まないわよ!」


 イズミのもとに別の少女の声が届く。彼女はレイラ・プロバート。イズミと同じく福音軍の大尉であり、年齢は18歳。とある事情により孤児になったイズミが、同じ孤児院で出会った幼なじみである。天才技術者でウィンドの設計者であり、イズミの専属オペレーターでもあ?。


 ウィンドのデザインはイズミの要望により、忍者の様な姿をしている。ただ、その鮮やかな赤い姿はアメリカンコミックに出てくる忍者のように派手だった。


「べっつに良いでしょー、今はレイラしか聞いてないんだし。それに、元々アタシは嫌われてっし」

「だからと言って、軽々しくそういうことを口にするのは……」

「あーもーうるさい。大体、アタシがコレに乗ってるのも嫌われてたお陰だし良いじゃん」


 若くして大尉まで上り詰めたイズミには、米軍でも、その後入る事になった福音軍でも嫉妬され、嫌がらせ等を受けた。イズミはそれを気にすること無く、努力を続けていた。レイラはそんなイズミを尊敬しつつも、心配している。


「大体、イズミが禁忌獣と戦うなんて。私は心配よ」

「レイラ、アタシがここにいる理由、分かってんでしょ?」


 イズミの両親は8年前チオデ島におり、その際に亡くなった。イズミは禁忌獣に報復するため、米軍に入った。それを思いだし、レイラは不安げに言う。


「イズミ、死なないでね?」

「安心しな、レイラ。アタシは死なねえ」

「イズミ……」


 親友の頼もしい言葉に、レイラは頬を染めながら呟く。すると、イズミの脳内に声が響く。ただ、いくつもの声が重なるように聞こえるため、何を言っているのかは分からない。


(――コ……ダネ)

(――キ………………ダ……)

(――……ン…………チ……)


「レイラ、なんか頭ン中に響いてくんだけど?」

「それはワルキューレシステムと言うらしいわ。禁忌獣の心の声を聞くことが出来るっていう話だけど、本当に禁忌獣に心なんて有ったのね……」

「かんけーねー、殺すだけだ」


 イズミがそう宣言すると、警報が彼女の耳に響き、この作戦における隊長の声が届く。


「禁忌獣はすぐ近くまで近付いてきている。気を引き締めろ」

「りょーかい」


 イズミは気だるげに言う。しかしその顔には肉食獣の様な笑みが有った。


「さあ来い、ブッ殺してやる」


 彼女が呟いたのとほぼ同時に、海から黒いトカゲのような生物、禁忌獣が現れる。その数100体。以前黒月浩輝が戦った数の2倍である。


「行け」


 隊長の声と共に米軍及び福音軍は攻撃を開始する。しかしその攻撃は禁忌獣には通じない。禁忌獣が放つエネルギーの塊は戦闘機を次々と撃墜し、戦車を破壊し、『レオン』を倒していく。戦場のどこからも断末魔の声が上がる。


「やっぱ頼りになんなかったじゃねーか」


 イズミは呟く。彼女には人一倍禁忌獣の攻撃が襲う。禁忌獣は恐怖や敵意など、負の感情をエネルギーに変換し、体内でそのエネルギーが飽和したとき、負の感情を向ける物に向かってエネルギーの塊を放つ。人一倍禁忌獣を憎んでいるイズミはウィンドの高度な運動性能によって攻撃をかわす。ウィンドは背中に装備してあった忍者刀のような刀を構え、禁忌獣に斬りかかる。


「はあああああっ!」


 ウィンドは忍者刀を三回振ることで一体の禁忌獣を撃破した。


「ゲファレナーは一振りでコイツらを殺した。でも、アタシだって負けねえ。アタシの獲物を奪ったゲファレナー、アンタもいつか殺す!」


 イズミは全ての禁忌獣を自分の手で殺すことを考えていた。だからこそ、以前50体の禁忌獣を殺したゲファレナー――黒月浩輝をイズミは許さない。


「くそっ!」


 一機の『レオン』が剣を振る。それは禁忌獣の表面に刺さるが、剣はそれ以上動かせなくなる。パイロットは剣を放棄し、その場を離れようとする。しかしそれは叶わず、禁忌獣の攻撃の餌食となる。その背後からウィンドは忍者刀を振り下ろす。今度は殺すのに四回振った。


「チッ、安定しねーな」

「ゴメンねイズミ、改善するわ」

「レイラが謝る事じゃねーよ。アタシがヘタクソなだけだ」


 思わず愚痴を漏らしたイズミにレイラは謝るが、イズミはそれを気にせず次々と禁忌獣を屠る。その戦果を見てレイラは言う。


「やはりウィンドの出力は桁外れね。宇宙人の技術、恐るべし」

「つーか、宇宙人ってマジなん?」

「少なくとも私は『IV』なんてものは聞いたことも無かったし、それをエネルギーに変換するだなんて考えられなかったわ」

「ふーん」


 イズミは興味無さげに呟き、禁忌獣を屠る。禁忌獣は現時点で10体倒している。もちろんこれは全てイズミが倒したものだ。思わずレイラは呟く。


「キリがないわね……」

「だが、コイツはエネルギーが切れるのを気にしねえで良いんだろ?」

「それはそうだけど……」


 レイラはなおも不安げである。そんな親友にイズミが苦笑していると、彼女の近くにいたパイロットが悲鳴を上げる。


「うわあああああああ!」


 思わずイズミは空を見上げる。そこには黒い物体が有った。


(何だ、鳥か? いや、違う)


 イズミが内心で呟いた瞬間、レイラは悲鳴を上げる。


「イズミ、あれはファントムのガルーダよ!」


 しかしレイラの声を聞くまでもなく、イズミはその正体に気付いていた。


「ファントム……、何しに来やがった」

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