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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
3章 運命の子
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混乱

 衝撃的な宣告を受けて奏太は苦悩する。


(嘘だ……。あの時コンビニで高橋さんに言われたじゃないか。冗談だって……)


 そんな奏太の心境を知ってか知らずか、日元奏助は言い捨てる。


「頭も悪い。運動も出来ない。何をやっても上手くいかず、そして何より見た目が醜い。そんな何の取り柄もないお前に唯一出来ることがウィルシオンに乗ることだ。乗ってくれるね?」


 しかし奏太の耳にはその言葉は届かない。その時、藤宮彼海が教師役の男とともにその場に来た。彼海は居心地の悪そうに浩輝に話し掛ける。


「……浩輝君。この状況は?」

「まあ、複雑な状況だな」


 浩輝は困ったような表情を見せながら、知る限りの事を説明する。


「……なるほど」

「さて、もしアイツがこのまま拒み続けたらどうなると思う?」


 浩輝は他の者にも聞こえるように、彼海に質問する。彼海は少し考えてから答える。


「……例えば、ゴミを吸うために作られた掃除機がゴミを吸わなかったら、それを改良した新しい掃除機を開発する。つまり、ウィルシオンに乗るために作られた存在がウィルシオンに乗らなかったら、別のウィルシオンパイロットが作られる。そして、そこの彼は用済みになる」

「そうだな。しかも『人工的に作られた人間』なんて物を作っていたという事が世間に知られたら大変だ。まあ、処分されるだろうな」


 浩輝と彼海の会話を、霧山も、高橋も、橋本も、前田も、その他ファントムのスタッフも顔色を変えずに聞いていた。その様子に浩輝は不快感を覚えるが、目の前の彼海も不快げな顔をしていた事に少しだけ安堵する。奏太は更に絶望的な表情になった。奏助は笑いながら奏太に言う。


「彼らも酷いこと言うなぁ。私はお前を処分するつもりなど無いのに。奏太、お前はこの一年間、私の言う事を聞いてくれていたじゃないか。お前が良い子であることを期待しているよ」

「い、いちねん?」


 奏太は思わず聞いてしまう。


「あー、うっかりしてたよ。奏太、お前は一年前に作られたんだ。その後、薬とかで無理矢理成長させて、中学生くらいの肉体まで成長させた」

「嘘だ! 家には若い頃のお父さんとお母さんと一緒に僕の写った写真があった! それに、小さい頃にピクニックに行った事だって覚えてる!」

「それは前の代のお前だ。お前の前に作られた個体の記憶をお前の脳にインプットしてある」

「そ、んな……」


 奏太は奏助の言っている事が理解できない。ただ、今までの自分が全て否定されたことは感じた。


「頭の悪いお前でも分かっただろう? お前は乗るしか無いんだ。お前を作るのもなかなか大変だったんだぞ? 手間をかけさせないでくれ」

「……」


 ただうなだれている奏太を見て浩輝は思う。


(ここでウィルシオンに乗るのと死ぬの、どっちがマシなんだろうな)

 

 浩輝は、死ぬよりも苦しみ続ける方が辛いという考えのもと、ウィルシオンで戦うときは不殺を目指している。ファントムの一員としてウィルシオンに乗って戦うことになれば、世界を敵に回す事になる。


(まあ、これは本人が決めることだ。他人の俺が決めることではない。だが、質問くらいなら出来る)


 浩輝は奏太に問う。


「日元奏太、お前は死ぬほどウィルシオンに乗りたくないか?」

「……?」


 奏太は浩輝の意図が分からず、ただ浩輝の顔を見る。浩輝は改めて聞く。


「お前は死ぬか、乗るか。どちらを選ぶ?」


 そこで奏助が口を挟む。


「そうだね、奏太。ウィルシオンに乗らないとお前は死んでしまうんだ。さあ、乗ると言いなさい」

「……浩輝君は彼に聞いているのです。あなたは黙って下さい」


 彼海がピシャリと言い放つ。それに奏助は不快げに顔をしかめる。


「生意気な小娘だな。私を誰だと思っているのかね?」


 彼海は妖しげに笑って言う。


「……神には程遠い、ただの小物です」

「フン。知っているぞ、君は罪の無い人間を20人殺してるそうじゃないか。君に私を侮辱する資格が有るのかね?」

「……確かに私は罪を犯しました。そんな私でさえ、あなたのしている事には吐き気を覚えます」

「ルーシー、そこまでにしておけ。相手は世界的な実力者だ」


 ニヤリと笑って自分を非難する奏助の言葉に、冷たい視線を送りながら言い放つ彼海だが、浩輝にたしなめられる。奏助は笑みを浩輝に向ける。


「ほう、長生き出来そうな子供だな。だが、臆病とも言える」

「あなたを敵に回したら、この地球から居場所を失うかもしれませんからね。それに姉を巻き込む訳にはいきません」

「家族を言い訳に利用するか。まあ良い、君の事は嫌いじゃないよ」

「恐縮です」


 そんな会話は、奏太の耳には届かない。奏太はただ迷っていた。浩輝は言う。


「まあ、今すぐ決めなければいけない問題でも無いでしょう? 出撃までにはまだまだ時間がある。そうでしょう?」


 その言葉に高橋が答える。


「ええ、10時間以上後ね」

「それで、僕達はどうすれば良いんですか? 明日は普通に学校が有りますし、姉になんと言い訳すれば?」


 浩輝は本気で困ったように高橋に聞く。


「そうね、友達の家に泊まるとか言っておけばどうにかなるんじゃ無い?」

「……バカにしてます?」

「まあ、私がお姉さんは説得しておくわ」


 浩輝はジトリとした目を高橋に向ける。


「大丈夫ですか?」

「上手くやっておくわ。ルーシーさんは、どう?」

「……母親は夜には仕事に行っているので、上手く誤魔化せると思います。ただ、母親が家を出る前に一度家に戻りたいのですが」


 高橋に聞かれ、彼海は答える。


「ええ、任せておいて」

「それは良いとして……」


 頷いた高橋の言葉を遮る様に浩輝が言う。


「何かしら?」

「ファントムはヒーローになってはいけない。つまり、ただ禁忌獣と戦うだけでは無いんですよね」


 浩輝の言葉に高橋は黒い笑みを浮かべる。


「もちろん。福音軍の方も動かすつもりよ」



 ☆



 福音軍基地日本支部。ここには禁忌獣が来ると聞かされて呼び出された面々が集まっていた。


「やれやれ、やっぱ戦う事になんのか」


 倉島が不満げに呟く。ちなみに彼は現在、福音軍の中尉である。


「仕方ないよ。彼らは人類に被害をもたらした。そんな存在と分かり合えると言われても、納得して貰うのは難しいよ」


 倉島を諫めるのはセント。福音軍にはセント・コールリッジとして所属している。階級は少尉。


「でも、セント君。セラフィオンを使えば禁忌獣と話が出来るって本当……なの?」


 不安げに聞くのは百合花。3ヶ月前の一件により、福音軍には最新兵器『セラフィオン零型・ウリエル』の専属パイロットとして福音軍に加入した。階級はセントと同じく少尉。


「ああ、セラフィオンには禁忌獣の脳を特殊な方法で使用してるからね。アメリカの『ウィンド』や中国の『青龍チンロン』にも同じことが出来るはずだよ」


 百合花の疑問にセントが解説する。3ヶ月前、『ウィルシオン一号機・バティン』と『ウィルシオン二号機・オロバス』の部品はアメリカのニューヨークにある福音軍本部と中国の上海にある支部にそれぞれ送られた。それによって製造されたのが『ウィンド』と『青龍』である。たった3ヶ月で製造されたと聞くと不思議かも知れないが、ウィンドも青龍も設計図自体は以前から作られていた。ただ、エネルギー問題という大きな壁の前に、その二つの機体を造るのは困難だった。だが、IVという未知のエネルギーにより、実現する事が可能となった。ちなみに、サンフランシスコにはウィンドを筆頭とした福音軍本部、釧路には青龍を筆頭とした福音軍中国支部、そして常空市にはウリエルを筆頭とした日本支部が向かう事になった。


「例え分かり合える可能性が有ろうと、禁忌獣は敵です。変な期待を持ってボーッとしてたら周りに被害が出た、なんて事になってはたまりません」


 そう言ったのは、春川瑠奈はるかわるな。数日前、福音軍日本支部に配属された女性である。階級は曹長。現在アイドルとして活躍している百合花のマネージャーをする傍ら、情報収集などの任務を行っている。彼女の本名は黒月遥。普段は黒いロングヘアーである彼女は茶髪のボブショートのウィッグと眼鏡を装着している。


「分かっています。春川さん。皆を守るのが私の使命です」

「森崎少尉。あなたは私より階級は上です。曹長とお呼び下さい。敬語も結構です」

「わ、わかったわ。春川曹長」


 いかにも『仕事の出来る女』といった風貌の遥に言われ、百合花はタメ口になる。すると、倉島が口を挟む。


「お堅いなあ、曹長ちゃんは。話し方くらい自由でいいじゃないの」

「さりげなく私の胸を触ろうとするのはやめてください。セクハラ中尉」

「さ、触ろうとなんかしてねーよ!」


 淡々と言う遥の言葉を倉島は否定する。


「ですが、あなたの野獣の様な双眸は私の胸を凝視していました。ああ、恐ろしい」

「そ、そりゃあ見るだろ。こんなにでかいおっぱいがあったら見ない方が、男としておかしいだろ! なあ、セント」


 開き直った倉島はセントに同意を求める。セントは困ったような表情になる。


「そうなの? セント君」

「いや、そんなことは……」


 百合花に聞かれ、セントはしどろもどろになる。そのセントに遥が助け船を出す。


「コールリッジ少尉はずっと森崎少尉を見ていましたよ。セクハラ中尉の様な下卑た眼ではなく、姫を守るような騎士の様な眼で」

「その呼び方定着かよ!」


 全力で突っ込む倉島。それを無視して百合花はセントを見詰める。セントはその目を受け止める。


「セント君……」

「百合花ちゃん……」


 互いに名前を呼びあい、見詰め合う二人。そんな彼らの耳に咳払いが届く。その主を見た倉島と遥は揃って敬礼し、セントと百合花もそれに遅れて敬礼する。咳払いの主は言う。


「コールリッジ少尉。人の娘を口説いてる暇があったら腕立て伏せでもしていたらどうだ?」

「はっ、いえ、その様なつもりは決して有りません」


 咳払いの主は森崎修治。福音軍の中佐であり、森崎百合花の父親でもある。セントは慌てて弁明する。


「まあいい。現在、周辺住民には避難勧告を出している。我々は今日はここに泊まり、明朝に備える。娘に手を出したら許さないぞ」

「失礼ながら中佐。コールリッジ少尉にはやましい思いは無いかと思われます。ただ純粋に森崎少尉を守ることだけを考えているかと……」


 険しい表情の修治に、遥はセントをかばう発言をする。


「当然だ」

「ねえ、お父さん……」


 なおも険しい表情の修治に、百合花がおずおずと尋ねる。


「何だ? 森崎少尉」

「し、失礼しました森崎中佐。その……」


 百合花は言い辛そうに口ごもる。


「言いたいことがあるならはっきり言え、少尉」

「……分かりました。その、えっと、『霧雨』では禁忌獣には手も足も出なかったと聞きました。えっと、なので、『霧雨』は出撃せず、私だけが禁忌獣と戦えばいいと思うのですが……」


 修治に促され、意を決した百合花は提案をする。


「『霧雨』の出撃は上からの命令だ。少尉のお前が口を出す事では無い」

「でも……」

「それに、禁忌獣だけではなくファントムが出てくる可能性もある。それに対応するために出撃せねばならない」

「ファントムなんて禁忌獣より危険じゃない! それこそ『霧雨』は役立たずよ!」

「もう一度言う。少尉のお前が口を出す事では無い」


 必死に叫ぶ百合花を冷静に嗜める修治。彼にきっぱりと言われ、百合花は沈黙する。


「とにかくだ。俺が言うことは無い。春川曹長」

「何でしょうか」

「少し話がある。ついて来てくれ」

「了解」


 遥は修治に従い、その場を離れる。それを見送りながら、当人たちには聞こえないように倉島が言う。


「なんだ、愛人にするのか?」

「中佐はそんな人じゃないよ」

「冗談だ」


 未だ沈黙を続ける百合花の代わりにセントが突っ込む。倉島はからからと笑う。その後、百合花を気遣うように声をかける。


「なあ、百合花ちゃんよ」

「……」


 百合花は沈黙したままだ。倉島は続ける。


「俺もセントも、そして森崎中佐も、簡単に死にゃーしねえよ。百合花ちゃんは今回の作戦の要だ。それなのに他人の心配なんかしてたらもたないぜ」


 今回は修治の他に倉島、セントを含めた20機の『霧雨』が出撃する。3ヶ月の間に量産に成功したのだ。無論、全部ではない。


「でも……」

「確かに『霧雨』じゃあ禁忌獣になんか敵わねえ。ファントムのゲファレナーやらガルーダなんかもっと強い。でもな、百合花ちゃんの隣には仲間がいる。それだけは覚えてて欲しい」


 百合花は倉島の顔を見詰める。彼の顔は彼女にとって頼もしく感じた。百合花は力強く頷く。


「はい!」

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