宣告
黒月遥と高橋翠の会話から数日後。そんな会話があったことも知らない黒月浩輝は、いつものように騒ぐクラスメート達の声を鬱陶しげに思いながら、ぼんやりと昼休みを教室の自分の席で過ごしていた。彼がこの教室で唯一話す人物であるセントも、クラスメート達の中で楽しそうに話している。根暗で人を見下している浩輝とは違って、彼は人気者なのだ。そして、話題の中心にいるのは森崎百合花。明るく優しい学級委員で、浩輝とは正反対の存在だ。彼女はとある事情からアイドル活動をしていて、その活躍について教室は盛り上がっている。
「百合花ー、昨日のテレビ観たよー!」
「私もー!」
「ありがとう!」
「でもちょっと噛んでたでしょ?」
「アハハ、バレた?」
「ま、そこが百合花の可愛いところだよね。ネットでも評判よ」
「やめてよー、恥ずかしい」
「とにかく、クラスメートとして応援してるよ、ゆーりん」
「もちろん私もよ、ゆーりん」
「ちょっと、その呼び方はやめてー!」
(本当に鬱陶しい。消えろ。黙れ。失せろ)
賑やかな教室で一人内心で毒づく浩輝。百合花がアイドル活動を始めたのは2ヶ月ほど前。そのパイロットが人に好かれれば好かれるほど力を発揮するロボット『セラフィオン』に乗る百合花は、世界中の人から好意を集めるために、国連が管理する彼女が所属する組織、福音軍の意向により、アイドルを始める事になった。なお、彼女がパイロットである事は世間には秘密である。彼女の活躍が世間に広まるにつれて、この学校の者は騒ぎ始め、中には彼女に会おうと遠くから、この中学校まで来るファンもいるほどである。
(まったく、アイツが有名になったのは金と権力を存分に使ったゴリ押しの結果だ。本人は分かっているだろうが)
森崎百合花の活躍を、全ての人間が応援している訳ではない。彼女に嫉妬する同業者は大勢いる上に、インターネット上では「ブス」「ゴリ押し」「音痴」「こんな奴よりも〇〇をもっと出せ」というような書き込みも少なからず存在している。また、百合花の顔を卑猥な画像と合成した、所謂アイドルコラージュ画像もインターネット上では出回っている。福音軍もそう言ったものは規制する努力をしているが、一向に解決しない。
(まあ、そんなクズよりは、コイツらの方がマシか。俺にとっては迷惑だが)
そんな事を浩輝が考えていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。そして、浩輝の隣の席にセントが座りながら、彼に話し掛ける。
「浩輝、今日も不機嫌そうだね」
「そんなつもりは無い。ただ、やる気満々の様だな、森崎さんは」
浩輝は不機嫌そうに応じる。セントはそれに苦笑しながら答える。
「そうだね、たとえふさわしくないと言われても、百合花ちゃんは自分がしたいことをするだけだよ」
「そうか」
浩輝が簡単に答えると、次の授業を担当する教師が教室に入り、やがて授業が始まった。
☆
この日の授業もすべて終わり、浩輝は家路につく。すると、見覚えのある顔を見付ける。日元奏太だった。彼は5人の不良高校生に絡まれている。
「なあ、お前日元電機の御曹司なんだってなあ?」
「悪いんだけどさぁ、ちょっと金くれね?」
(よく絡まれる奴だな……)
彼は以前、今回のように不良に絡まれていた奏太を助けた事がある。その後紆余曲折あって、浩輝は秘密結社『ファントム』に加入することになった。また、浩輝は別の時に、不良に絡まれていた藤宮彼海という少女を助け、結果的にファントムに加入させた。
(今回はスルーしておこう)
浩輝はさりげなく引き返し、遠回りをして帰宅する事を決めた。周りには彼と同じ様に、見なかった振りをしてその場を離れる者が大勢いた。
(5人相手に1人で掛かるのは馬鹿のすること。どうせ瞬殺されるだけだ。それに、俺にアイツを助ける義理など無い)
詳しいことは浩輝も教えられていないが、奏太もファントムに関わっている人間である。だが、それだけである。浩輝がすぐに引き返そうとした瞬間、後ろから声をかけられる。
「おい、何見てんだテメエ」
(いや俺ずっと見てた訳じゃ無いんだけど? 別に邪魔するつもりも無かったんだけど?)
浩輝は察する。この不良もファントムに仕組まれていたという事を。以前、奏太に絡んでいた不良もファントムの高橋翠によって仕組まれたものだった。
(だが、ここは逃げるしか無い。だってアイツら目がヤバイ)
浩輝は学校に向かって全力で走る。彼は体力には自信がある。不良達も罵声を浴びせながら浩輝を追いかけるが、まったく追い付ける気配が無い。しかし浩輝は有る事に気づく。
(これ、俺が不良から必死で逃げてるって状況を学校の奴らに見せ付けてるんだよな……)
浩輝はプライドの高い人間である。故に彼は周りの人間から馬鹿にされる事を何よりも嫌がる。しかし、逃げるのをやめる訳にもいかない。すると、浩輝の近くに一台の自動車が止まる。その自動車の運転席の窓が開く。
「大変そうだな、助けてやんよ」
声の主は橋本誠治。ファントムの一員であるが、現在は教師として浩輝の中学校にいる。助手席には彼と同じ立場である前田朱里が座っていた。浩輝は後部座席に座り、愚痴を言う。
「用があるのなら普通に連れて来て下さいよ」
「わりーな、ちょっとしたストレス発散だ。テメエがアイツらにボコられれば最高だったんだけどな。ちなみにあのガキどもは前田がエロいことしてやるっつったら協力してくれた。チョロかったぜ」
意地の悪そうな笑みを浮かべながら橋本は言う。浩輝は前田に聞く。
「それで、何をするつもり何ですか? 前田先生」
「何もしないわよ!」
前田は赤面しながら怒鳴る。それを無視して浩輝は尋ねる。
「それで、今日は何の用事ですか?」
「まあ待て。先にあのデブガキを回収する。同じ説明を二回するのも面倒だからな」
「分かりました」
奏太に対するデブガキという呼び方に内心で苦笑しながら浩輝は考える。
(日元奏太が必要だと? しばらくアイツをウィルシオンに乗せるつもりは無いという話だったが、今回は何が有る?)
やがて彼らは奏太を見付ける。奏太は橋本の顔を見て、逃げようと思ったが、浩輝と前田に説得されて浩輝の隣の席に座った。奏太の前田に対する何かを期待するような目に浩輝は気づいたが、見なかった事にした。自動車を発進させ、橋本は口を開く。
「それじゃあ、説明する。実は禁忌獣が3ヶ所に集まってくるっつー情報が入った。12時間後にアメリカのサンフランシスコ、14時間後に北海道の釧路、そして16時間後にこの常空市に来るんだそうだ」
ちなみに常空市は関東地方の太平洋に面している市である。
「また常空に来るんですか。何かに操られているんですかね?」
「そこはお前が気にする所じゃねえ。とにかく、お前とデブガキと、DQNレズがそれぞれウィルシオンに乗って対処するそうだ」
浩輝に話の腰を折られて、不機嫌そうに橋本は説明を続ける。そこで奏太が口を挟む。
「ど、どきゅんって何の事ですか?」
「お前、ガルーダって分かるか?」
奏太の質問に、浩輝が質問で返す。
「は、はい。鳥人型のウィルシオンですよね」
「ああ。そのパイロットは藤宮彼海。彼氏とか彼女の「彼」に「海」でルーシーって読む名前なんだが、ネットではそういう名前を「DQNネーム」って言う。一般的には「キラキラネーム」っていう言い方の方が有名だな」
「はい、キラキラネームなら分かります。そうか、あの人、ルーシーって言うのか……。そしてレズって……」
「橋本先生がイライラしてきてるからそろそろ黙るとしようか」
「は、はい」
浩輝に言われて奏太は黙る。そして橋本が口を開く。
「無駄話しやがって。まあいい、担当はレズがサンフランシスコ、シスコンが釧路、そしてデブが常空だそうだ」
「誰がシスコンですか誰が」
「そう言えば何で僕が乗ることになってるんですか!?」
浩輝が自分の呼び名に抗議し、奏太が今更ながらの突っ込みをする。
「うるせえ黙れ。それとお前は突っ込みが遅え。文句はあの宇宙人に言え」
「……宇宙、人?」
奏太はキョトンとする。橋本は頭を左手で掻きむしりながら言う。
「お前は知らねーんだっけか。お前を最初に車で連れてきた高橋翠は宇宙人なんだそうだ」
「ええ、えええええええ!?」
「うるせえ。とにかく文句は高橋翠に言え。もうすぐ着く」
奏太と橋本の会話を聞きながら浩輝は考える。
(ルーシーは別の車で来るんだろうか。今聞いたらうるさがられそうだから黙っておくが)
藤宮彼海が通う常空第一高等学校にもファントムの人間が教師として潜入している。彼海の事は現在、そこの教師役の人間が自動車で送っている。やがて彼らの乗る自動車はファントム基地ゴエティアに到着した。彼らを出迎えたのは例によって高橋翠だった。
「お久しぶりね、奏太君。それに、こんにちは、浩輝君。お姉さんとはコンビニで先日会ったわよ」
突然自分の事をファーストネームで呼ばれ、浩輝は疑問に思うが、今はそんなことはどうでも良いと考える。
「姉には余計なことは言っていませんよね?」
「ええ。ちょっと世間話をしただけよ。弟思いの良いお姉さんね」
「まあ、良いでしょう。それで、今から北海道に行けと?」
「今すぐ行く必要は無いわ。クロセルなら釧路までここから約一時間で行ける。ちなみにハルファスはサンフランシスコまで一時間半で行けるわ」
「それは凄いですが、ずっと操縦してるのは疲れそうですね」
「まあ、ずっと同じ体勢でいなければエコノミークラス症候群にはならないわ。我慢して」
「分かっていますよ。むしろ個人的には一人で全ての禁忌獣を相手にしたい位です。『例の機能』もそろそろ完成しているのでしょう」
「アレは完成しているわ。確かにアレがあれば浩輝君の理想の戦いが出来る。でも、罪の無い一般市民をそれに巻き込むことは出来ないわ。故に三機のウィルシオンを同時に出撃させるの」
「そもそも、都合が良すぎますよね。ここにゴエティアがあって、禁忌獣は前も今回もここに来る。まるで、何かに導かれているかのように。どうせなら全部まとめて導かれれば良いのですが」
「あなたが前に戦ったのは子供の禁忌獣よ。でも、8年前に宇宙からチオデ島に降りてきた禁忌獣の強さは只者じゃない。あなたが簡単に倒せるような存在ではないわ」
「そうですか。では、そう言うことにしておきましょう」
「物わかりの良い子は好きよ」
「僕は胡散臭い宇宙人は嫌いですけどね。そもそも本当に宇宙人なのかすら怪しいですが」
「うふふ」
浩輝と高橋が発するただならぬ雰囲気に奏太は圧倒される。しかし意を決して口を開く。
「あ、あの」
「何かしら?」
高橋は笑顔で応じる。それに安心したように奏太が質問する。
「僕はウィルシオンなんかに乗りたくないです」
「でも、あなたの力が必要なの」
「何で僕なんですか!? 他にもふさわしい人はいるのに!」
「いいえ、あなたより相応しい存在はいないわ。浩輝君、奏太君のIVを計ってくれる?」
浩輝は無言でIVチェッカーを取りだし、奏太のIV保有量を計測する。IVチェッカーの画面には『20463』という数値が表示された。高橋がにっこりと笑って言う。
「これは驚異の数値よ。ウィルシオンに乗る前の浩輝君は約10000、ここにはいないもう一人のパイロットの子は約8500。これもかなりの数値なんだけど、君は格別よ。なぜだかわかるかしら?」
「わ、わかりません」
奏太は横に首を振る。
「IVはその人に好意を向ける人がいれば少なくなるの。浩輝君にはお姉さんがいるし、もう一人のパイロットの子はお母様の愛をいっぱい受けた上に可愛いから、好意を持つ子も多い。でも、君を愛する者はいない!」
「そんな! 僕にだってお父さんやお母さんはいる! それに僕の世話をしてくれたメイドさんだって!」
奏太は取り乱す。彼の脳裏には両親や、彼の家で雇われている者達の顔が思い浮かぶ。すると、彼らがいた部屋の扉が開く。
「やあ、奏太」
扉から現れたのは日元奏助。日元奏太の父親で、世界的大企業、日元電機の社長である。彼はこのゴエティアの責任者である霧山隆介ともに部屋に入る。奏太は歓喜の声を上げる。
「お父さん!」
「奏太、ここの人達は私の友達なんだ。言うことはちゃんと聞いてくれないと困るなぁ」
奏助はやれやれと困ったような表情で言った。奏太はただ沈黙する。そんな自分の息子に奏助は言い捨てる。
「まったく、お前は自分が何のために作られたのか分かっていないようだな」
「……」
奏太は相変わらず何も言えない。奏助は淡々と続ける。
「奏太、お前はウィルシオンに乗るためだけに作られたんだ」
奏太はただ崩れ落ちた。




