挑戦
倉島大和が黒月浩輝のアパートに現れてからから約三ヶ月が経ち、1月中旬の休日。高橋翠は福士玲として、とあるコンビニエンスストアの店員の仕事をしていた。すると店内に、彼女にとって見覚えがある人物が入ってきた。とは言え、直接話したことは無い。彼女がよく知る人物の身内といったところだ。するとその人物はペットボトルの紅茶とサンドイッチ、そして菓子を数個手に取り、レジに来た。
「578円になります」
「はーい。ところで店員さん……」
店員としての仕事を普通にこなした高橋に、客――黒月遥が話し掛ける。
「何でしょう?」
「ちょっとお話を聞いて貰っても良いですか? この辺りでもあなたの事は評判ですからね」
「ええ、構いません」
とある中学校の近くに位置するこのコンビニエンスストアの店員である高橋は、近所でも相談を聞いてくれる優しいお姉さんとして評判である。遥の言葉に高橋は怪訝に思いながらも、了承する。現在、遥以外に客はいない。
「ありがとうございます。実は私には弟がいるのですが、最近、私に隠し事をしているみたいなんです」
「弟さん、ねえ」
高橋は相談モードの時は敬語をやめる。彼女は黒月浩輝の顔を思い出す。高橋は彼の『隠し事』には心当たりがある。
(あの子がマヌケとは思わないけど、ずっと一緒にいたお姉様相手には隠し事も難しいのかしらね)
そんなことを考えながら、高橋は遥の話を待つ。
「弟は以前、とある目標の為に毎日ランニングなどをして、体を鍛えていたんです。その成果はあまり出てないのかあの子の体は華奢で可愛らしかったのですがそれは良いとして、弟はある日を境にそれをやめてしまったんです」
「へぇ、そうなの」
黒月浩輝は以前、自衛隊に入って禁忌獣と戦う為に努力をしていた。しかし、自衛隊とは違う『とある力』を手に入れてからは、ランニングをやめた。現在は巨大人型兵器『ウィルシオン』のパイロットとして、その戦闘演習を高橋や、他のウィルシオンパイロットである藤宮彼海と共に行っている。つまり、目標に向かっての努力は今も続けている。
「ですが、弟は以前よりも疲れているみたいなんです。まるで、何か別の何かを頑張っているみたいで……。私としては弟の事は何があっても応援しようと思うんです。ただ……」
「ただ?」
突然言葉を区切った遥に、高橋は言葉を繰り返す。
「私、思うんです。弟は今、何かとんでもないことに関わっているんじゃないかって。例えば『ファントム』とか」
高橋はその単語が出てくる可能性も考えていた。ただ、どういった経緯でその単語が出たのかは分からない。
「まさか、ところで弟さんは何歳なの?」
「中学2年生の14歳です」
「中学生ねぇ……。そんな子が世界を揺るがすテロリスト組織に関わっているだなんて、なんでそう思ったの?」
「そうですね。ジャーナリストの勘、でしょうか。まだ一年目ですが私もそれなりの修羅場を潜ってきました。分かるんですよ。あの子はとても人に言えないような『何か』を隠している。そして私の勘はこうも告げている。あなたがそれに関わっているとね」
遥の顔は笑ってはいるが、やや鋭いものになる。そして高橋の顔は少しだけ妖しげな笑みを浮かべる。
「なるほど、あなたは優秀なジャーナリストの様ね。黒月遥さん」
「お世辞は結構です。説明して頂けますか? あなたが弟に何をさせているのか」
相手が自分の名前を口にした事を無視して、遥は言う。
「ファントムは秘密結社よ。ただのジャーナリストであるあなたに、詳しいことを話す理由は無いと思うんだけど」
「ならば、私はあなたの組織に入ります」
「あなたのような怪しい人を、私が簡単に仲間にすると思うのかしら?」
「私はあなたの仲間になるつもりは有りません。私は弟の、浩輝の味方です。私は弟を守る為ならなんだってします」
「つまり、元から信用される気は無いと?」
「ええ、ですが私はあなた達の邪魔をするつもりは有りません。弟に不都合な事をしない限り」
「なるほどね。でもちょっと過保護過ぎないかしら? 彼も自分の意思で我々の一員になったのよ?」
「そうですね、あの子が本当に助けを求めているのなら、きっと私を頼ってくれる。そう言う意味ではあの子は私のこの行動を求めていない。むしろ私を守る為に、あなたみたいな胡散臭い人を私と関わらせない様にするでしょうね」
「浩輝君にも言われたわ、私は胡散臭いって。でも、彼の気持ちを知っているのなら、尚更私と関わるべきでは無いのではないかしら」
高橋は苦笑する。遥は続ける。
「そうですね。でも私は昔からわがままな性格でして、弟が嫌だと言うことをやるなんてこともちょくちょく有りました」
「浩輝君も苦労してたんでしょうね」
「でしょうね。ですが私は弟に愛されているという自信が有ります。そして私も弟を愛している」
「美しい姉弟愛ね。もしかしたらただの姉弟の関係では無いんじゃないかしら」
「何を勘違いしているのか分かりませんが、少なくとも私はバージンです」
「あら、残念」
「そしてあなたが勘違いしていることがもう一つ。私はあなたの組織に入りたいとは言いましたが、ファントムに入るとは言っていません。私を福音軍に推薦して頂きたいのです。ミハエルさん」
予想外の名前が出てきて、高橋は驚く。
「……その名前を知っているのなら、わざわざ私に頼まなくても福音軍に入れるんじゃないかしら?」
「私がここに来たのはあなたへの宣戦布告のようなものです」
「あなた、何者なの? 本当にただのジャーナリスト?」
高橋の表情に少しだけ焦りの色が見える。
「いいえ、私はただのブラコンなお姉ちゃんです。では、楽しみにしていますよ」
それだけ言い捨てて、遥は店を出る。その姿を見て、高橋は呟く。
「黒月遥。なかなか面白そうね。彼女について色々調べないと」
高橋は、新しい玩具を見つけた子供のように楽しげな笑みを浮かべる。
☆
コンビニエンスストアの外。寒空の下、遥は白い息を吐きながら鞄からスマートフォンを取り出す。
「もしもし、ボス。リードとは接触しました」
『ご苦労だったな。不気味な女だっただろう』
電話に出たのは高齢の男だった。
「いえ、私の敵ではございません」
『はははっ、それは頼もしいな』
「私は別にあの女が何を考えていようとどうでも良いのです。例え世界を支配しようと思っていたとしても。ただ、弟さえ守れればそれで」
『あの小娘は世界などには興味なんて無いさ。ただ、この世界の人間を見て楽しんでいるだけ。まるで神でも気取っているかの様だ』
「それはあなたも同じなのでは? ボス」
『フフフッ、ハハハハハハハッ!! そうかもな』
「私は禁忌獣を憎んでいます。そして、禁忌獣が地球に来る原因を作ったあなた達の事も」
『分かっているよ』
「ですが、私には力は無い。人からは好かれても嫌われてもいない私には」
『むしろ好かれているし、嫌われてもいるのでは無いかな?』
「どちらでも良いです。私は姉として弟を見守る。それだけです。私はあなたには従いますが、弟に牙を剥くことがあればその時は……」
『安心したまえ。私は無駄に敵を作るような事はしないよ』
「分かっています」
『では、また今度』
電話は切れる。遥はスマートフォンを鞄にしまい、呟く。
「こーくんがお腹を空かせて待ってる。早く帰らないと!」
遥は笑みを浮かべながら、足早に自宅を目指す。




