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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
2章 二人の少女
22/75

屈辱

「ふぅ、気持ちよかったぜ、遥ちゃん」

「お疲れ様でしたー、大和さん」


 シャワーを浴びた倉島は遥に髪を切ってもらっていた。ついでに髭も整えられた。倉島はかなり整った顔立ちをしており、並みの女性なら髭面とのギャップによってドキリとしていただろう。しかし、そこで動じないのが黒月遥の黒月遥たる所以である。


「じゃ、そろそろ晩ご飯にしましょ。こーくん、お腹空いたでしょ」

「まあね」


 遥はコンビニエンスストアで買ってきた弁当を広げる。三人はそれぞれの弁当を選び、食事を始める。すると、浩輝が口を開く。


「ところで、どう言った経緯で倉島さんを連れてくる事に?」


 遥が答える。


「私、戦闘が行われた場所に行って取材してたの。そしたらフラフラと歩く大和さんがいて、どうしたんですかって聞いたらファントムと戦ってたとか言ってて」

「いやー、参ったよ。俺が乗ってた奴は動かなくなったから帰れなくなっちゃってね。どうしたものかと途方に暮れていたら遥ちゃんに話しかけられちゃってねー。俺も立場が立場だし、関わんない方が良いんじゃないかなーなんて思ってたんだけど遥ちゃんに強引に連れてこられちゃったって訳」


 遥の後を倉島が引き継いで話した。浩輝は質問を続ける。


「姉さん、仕事はどうしたの? まさか途中で帰ってきた訳じゃないよね?」

「だーいじょーぶ。その辺はこーくんが心配することじゃ無いわ」

「でも、この人はファントムと戦ってたんだよね。そんな人を匿ったせいで危険な目にあうのは御免だよ」

「こーくんが自分じゃなくて私の事を心配してくれてるのは分かるんだけどね……」


 遥は笑顔のまま浩輝の頬を叩く。


「住む場所が無くて困ってる人を放っておくなんて事は私には出来ないんだよね」

「そう……だね。ごめんなさい、姉さん」

「いいのよ。こーくんが分かってくれれば」


 浩輝は素直に謝る。遥は浩輝の頭を撫でる。それを払い除けながら、浩輝は倉島に聞く。


「ところで倉島さん。あなたはこれまで何処にいたんですか? 言えないような事情が有るのなら言わなくて構いませんが」

「別に構わねーぜ。それと、俺の事は大和って呼んでくれ。えーっと……」

「浩輝です。黒月浩輝」

「そっか、浩輝。じゃあ話すぜ。実は俺はチオデ島に住んでたんだ」


 浩輝と遥が凍り付く。チオデ島は彼らの両親が亡くなった場所である。現在は禁忌獣の巣となっていて、人間が住めるような環境ではないと言われていた。


「どう言うことですか? チオデ島には禁忌獣がいるはずでしょう?」

「そうだな。実は俺が乗ってたウィルシオンっつーロボットは禁忌獣と話が出来るんだ。俺達はわかり合えた。仲良く暮らしてたんだ」


 浩輝にとっては既知の情報だったが、当たり前のようにウィルシオンの名前を出す倉島に呆気に取られる。そんな彼の代わりに遥が質問する。その表情には彼女にとっては珍しく、うっすらとした怒りの色があった。


「へー。でも禁忌獣は沢山の人を殺しましたよね」

「実は禁忌獣には悪意なんて無かったんだ。禁忌獣っつーのは他の生き物からの恐怖とか、敵意とか、そーいう負の感情をエネルギーに変える性質を持ってんのな。そして、そのエネルギーが飽和すると、エネルギーを塊にして、自分に悪意を与える対象に向かって自動的に撃っちゃうのよ。つまり、アイツらだって悪気がある訳じゃねーんだ。俺達は分かりあえんだよ」


 そう熱く語る倉島を、浩輝は冷めた眼で睨む。そんな彼に、遥は何かを問い掛ける目を向ける。浩輝は姉の言いたいことを察し、頷く。遥は口を開く。


「例え悪意が無かったとしても、殺した事には変わらないですよね。先日は私達の街に現れて自衛隊員を殺しましたし、8年前、チオデ島にいた全ての人間を殺した。そこには、当時チオデ島に仕事の都合でいた私達の両親も含まれていた」


 遥の気迫に浩輝は圧される。そして、それ以上に倉島は圧倒されていた。遥は続ける。


「私もこーくんも、絶対に禁忌獣を許さない。たとえどんな理由があったとしても、それだけは変わらない。私はジャーナリストとして、禁忌獣が犯した罪を永遠に人々に伝え続ける。禁忌獣と分かり合える? くだらない。アレらは滅びるべきよ」


 遥の思わぬ一面に倉島は驚く。だが彼は、自分の言ったことを後悔していない。


「遥ちゃん。確かに禁忌獣にはその……、遥ちゃん達のご両親を殺しちまったヤツもいる。でもよー、だからといって禁忌獣全体を恨むのは間違ってるぜ。滅びるべきだなんて言うもんじゃない」

「そうだね、滅びるべきっていうのは間違ってるよね、姉さん」


 浩輝の予想外の言葉に遥は驚く。


「どういうこと? だってこーくんも……」

「大和さんは言ってたよね。禁忌獣と分かり合えるだとか何とか。つまり、アイツらには意思が有るんだ。それならば殺さず、永遠に苦しみを与え続けた方が良いと思わない?」


 シニカルに笑いながら言う浩輝の顔面を倉島は殴り、怒鳴り付ける。


「ふざけんじゃねえ! アイツらだってな、自分の犯した罪を悔やんでんだ! 苦しんでんだ! 確かにお前達がアイツらを許すのは有り得ねえかもな。だからといって、そんなひでー事すんのは間違ってんだよ! テメエみてえな女の腐ったような奴が一番嫌いなんだよ!」


 部屋に甲高い音が鳴り響く。遥が倉島の頬を叩いた音だ。その威力は、先程浩輝を叩いた時よりも大きい。


「禁忌獣程では有りませんが、私は弟を侮辱する人間を許しません。ましてや、殴る人なんて。それに、女の腐ったような、という言葉も差別的ですので嫌いです」


 遥は静かに怒る。居心地が悪くなった倉島は言う。


「おいおい、俺が悪者か? しゃーねー、こっから出てくよ。世話かけたな」

「いえ、さっきも言ったように住む所が無くて困ってる人を放っておくなんて事は私には出来ません。うちにいて下さい」


 遥は倉島を引き止める。


「んなこたぁ言われたって、こう居心地が悪くちゃなぁ……」

「本当にごめんなさい。ほら、こーくんも」

「申し訳有りません」

「まあ、良いけどさ。泊めて貰うのはこっちだし。俺も大人気なかったな。すまない」


 遥と浩輝に謝罪され、倉島も謝る。その後、三人は他愛もない話をしながら夕食を食べた。主に話していたのは遥と倉島で、浩輝は話を聞いている時が多かったが。食事が終わり、遥は浩輝に目配せをし、口を開く。


「それじゃ、こーくん。お風呂入ろうか」

「そうだね」

「待て待て待て待て!」


 突然の遥の提案にあっさりと答えた浩輝に、倉島は突っ込みを入れる。遥と浩輝は不思議そうな顔をしながら声を同時に漏らす。


「えっ?」

「えっ? じゃねーよ!お前達姉弟とは言え男と女だろ!」

「いや、姉弟ってそんなもんじゃ無いですか?」


 戦慄する倉島に、遥はキョトンとしながら言う。


「そんな事は無い。俺には2つ下の妹がいるんだが、アイツは小4の時に俺との風呂を嫌がった!」

「でも私もこーくんも嫌がってませんし、それに、亡くなった父が言ってたんです。これからもずっと、家族みんなでお風呂に入ろうって」

「お、おう……」


 思いの外シリアスな話をされて、倉島は何も言えなくなる。見ようによっては少女のような浩輝と遥の入浴を想像して、思わず和みそうになる倉島だが、やはり男と女が一緒に入浴しているという状況は倉島には耐えられない。


「そんな事情があったなら仕方ねえけどさ、ちょっと浩輝と二人きりで話したいことが有るんだ。遥ちゃんは先に入ってな」

「え? まあ大和さんがそう言うなら……」


 遥は残念そうに風呂場へと向かう。浩輝は口を開く。


「それで、なんなんですか? 人の家族の触れ合いを邪魔してまでしたい話というのは」

「とぼけんなよ、シスコンゲファレナー」

「僕は自分の家族には欲情なんてしませんよ。あなたはどうだか知りませんけどね。とある宇宙人が言っていましたが、あなたは女癖が悪いようですね」


 浩輝と倉島の間にはギスギスとした空気が流れる。


「ところで、いつから気付いてました? 僕がゲファレナーだと」


 浩輝は挑戦的な目を向けながら言う。倉島は不敵に笑って答える。


「戦ってた時から、アレのパイロットは中学生くれえのガキだとは思ってた。テメエの人を見下したような態度で、もしかしたらと思った。そして、殺さずに苦しみを与えるだとかほざいてた時、確信した。俺はあの時チオデ島で『バティン』の中から観てたぜ。お前が最後の禁忌獣を捕らえようとしてたトコ」

「なるほど、意外に冷静ですね。むしろこれで気付かれなくても困りますが」


 浩輝は柔和な笑みを浮かべて軽く拍手をする。


「本当にムカつく奴だな」

「僕としては、あなたにはすぐにここを出ていって欲しいのですが。日元電機とかどうです?」


 ファントムのメンバーは表向きには日元電機の社員という事になっていて、そこには偽名として浩輝の名前も有り、彼も少ないながら報酬を受け取っている。しかもファントムの基地であるゴエティアには寮もついていて。浩輝は倉島にファントムに戻らないのかと聞いている。


「お断りだな。一度辞めた会社なんか居心地が悪い」

「そうですか。では、福音軍なんてどうです? あそこはあなたのような人材を求めています。それに、あなたのお友達もいますし、給料も良いと思いますよ」


 福音軍は本来、勝手に入れるような組織ではなく推薦された人間しか所属できない組織である。しかし、実際に福音軍が倉島を必要としている事は二人とも知っている。


「福音軍ねぇ……。でもなんか胡散臭いよな」

「駄目ですか。それならコンビニのアルバイトでもします?」

「うんにゃ。福音軍にする。この不景気の時代、高校中退で5年間ニートやってたような奴が簡単に就職なんて出来ねえしな。だが、どうやって入れば良いのやら」

「知り合いに紹介するように頼んでみますよ。ただ、僕は彼の連絡先を知らないので、明日学校が終わってからになりますが」

「すまねえな」

「構いませんよ……ただ、あなたが福音軍に入った暁には、お願いしたい事があります」


 飄々としていた浩輝が急に真面目な顔になり、倉島は怪訝に思う。


「あん?」

「僕がファントムである事は黙っていて欲しいのです」


 倉島は馬鹿にする様な笑みを浮かべる。


「何だぁ? 今さら自分の身が可愛いか」

「僕自身の事はどうでもいいのです。ただ、僕の事が世間に広まれば、世間は何の罪も無い姉さんにも牙を向きます。あなただって、何の罪も無い人間が苦しむのを見たくは無いでしょう?」


 しかし倉島は、表情も変えずに言い捨てる。


「お前、それは都合が良すぎんじゃねえか?」

「何ですって?」


 あっさりと引き受けてくれると確信していた浩輝は愕然とする。


「俺は正義のヒーローだ。世界を守るために小さな犠牲が必要なんだったら、それは切り捨てるぜ」

「正義のヒーローなら全てを守るべきでは?」

「悪いが俺もガキじゃねえ。俺に出来っことなんてたかが知れてる事くらい分かってる。全部を守ろうとしたつもりが全部を失っちまうなんてマヌケも良いとこだ。お前は世界の敵だ。俺に偉そうな事言えっと思うな」


 浩輝は内心で歯噛みする。


「でも、姉さんは関係ない!」

「だが遥ちゃんの立場はそうもいかない。それはテメエのせいだ。テメエのケツはテメエが拭け」

「だから姉さんは関係ないだろ!」


 浩輝は叫び倉島を殴る。しかし倉島はそれを左手で受け止める。そして、右手で浩輝の腹部を殴る。浩輝は倒れる。幸い彼らのいる部屋はアパートの一階であった。


「ぐうっ……」

「やっと見れたぜ。ずっと人ン事バカにしながらヘラヘラ笑ってたテメエの本気。だが、俺は甘くはねえぞ。もう一度言う。お前は世界の敵だ」

「ふざ、けるな……」

「おいおい、お前は俺になんか頼みたい事があんだろ?」


 浩輝は察する。倉島が自分に何をさせたいのかを。


「お願い、します……。姉さんは、姉さんだけは……」


 浩輝は腹部を押さえ、床で呻きながら頼む。しかし倉島の態度は変わらない。


「あ? 何ボソボソ言ってんだ? 聞こえねえから態度で示せ」


 浩輝は気付いていた。目の前の男が自分に土下座をさせようとしている事に。だが、彼のプライドはそれを許さない。故に彼は何も出来ず、無様に倒れている。


「そもそもあの女も俺に生意気な口聞いてたよなぁ。あんなガキ、助ける義理なんてねえんだけど」


 浩輝にとって一番の生きる目的は禁忌獣への復讐である。しかし、それ以外のものを切り捨てられるほど、彼は割り切れるほど大人では無い。彼は強く唇を噛み、血が滲む。悔し涙を必死で堪えながら、両腕を前に出し、土下座の体勢になる。


「お願い……します…………。僕の事は……黙っていて……下さい」


 倉島はそれを冷めた目で見ていた。だが、浩輝の覚悟は認めた。


「しゃーねーな。良いぜ、お前の事は黙っておくし、何かあれば遥ちゃんの事は絶対に守る。だが忘れるなよ? お前は世界の敵であり、俺の敵だ。もし戦場で会うことが有れば容赦はしねーぜ」


 普段の浩輝なら憎まれ口の一つでも叩いてただろう。しかし彼はただ、屈辱に打ち拉がれていた。


「まあ気にするな。誰かを守る為に人に頭を下げるなんて大したもんだぜ。見直した」


 倉島の目は、いつの間にか対等の相手を見るものに変わっていた。彼らの年齢は9つほど離れている。しかし倉島は浩輝を、一人の対等な男として認めた。倉島は手を差し出す。


「ほらよ」


 浩輝は呆然とその手を見ていた。しかし、倉島の意図に気づき、躊躇いながらもその手を取る。倉島に引っ張られて浩輝は起き上がる。


「お前にこんな事をさせた俺が憎いか?」

「……」

「お前が選んだのはそういう道だ」

「……」

「それが嫌なら引き返せ」


 倉島は真剣な表情で告げる。浩輝も真剣な表情で返す。


「引き返しません。僕にはやるべき事があります」

「そっか」


 二人は見つめ合う。すると、風呂場の方からガラガラという音が聞こえた。遥が入浴を終えた。倉島の表情がニヤリとした物に変わる。


「残念だったな」

「別に良いですよ。あれは冗談ですから」

「冗談だぁ!?」


 倉島のからかいに浩輝は無表情で返す。やがて寝間着に着替えた遥が部屋に来る。


「もー、こーくん。上がっちゃったわよ」

「ごめんね、姉さん。ちょっと話が盛り上がっちゃって」

「へー、こーくんがお話で盛り上がるなんて珍しいわね。そう言えば、さっき大きな音が聞こえた気がしたんだけど」

「外で不良が喧嘩でもしてたんじゃないかな」

「それは物騒ねー」

「俺はお風呂入ってくるよ」


 遥の追求を浩輝は適当に誤魔化しながら退室する。それを見て倉島は呟く。


「あれ、そう言えばアイツって自分の事「俺」って言うのか?」

「そうですねー。素は「俺」ですね。私は「僕」の方があの子にあってると思うんですけどねー」

「ふーん、素はね……」


 それを聞いて相槌を打ちながら倉島は内心で呟く。


(つまり、さっき俺と話してた時のアイツはまだ本音じゃなかったのか?)



 ☆



 風呂場でシャワーを浴びながら浩輝はぼんやりと考える。


(倉島大和……。この屈辱は忘れない。いつかあの男を絶望させる。その為には奴の弱味を握る必要がある。絶対に殺さない。だが、死んだ方がマシだと思うような屈辱を味わわせてやる。だが、アイツは必ず約束は守る。高橋が言ったような人物像を信じれば、だが)


 浩輝は彼海を含めたファントムの人間を完全には信用していない。倉島が高橋と組んで自分を貶める可能性も視野に入れている。だが、それでも敢えて、信用できる可能性のある人間を福音軍に入れた。


(それにしても面倒な人間だな。しかも禁忌獣クズ共の仲間だと言う。一緒にいて暑苦しい。うるさい。鬱陶しい。さっさと消えれば良いのに)


 浩輝は、彼にしては珍しく、特定の人間に対して本気の敵意を抱いた。

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