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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
2章 二人の少女
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覚悟

 福音軍基地日本支部の会議室。ここには森崎百合花、セント、坂口才磨、そして、この支部の代表である篠原茂しのはらしげる准将をはじめとした幹部が集合していた。なお、幹部の一人である森崎修治はこの場に直接おらず、ニューヨークからオンラインでこの場にいる。修治をアメリカに来るように命じたのは福音軍の影の実力者、ミハエル=クリストファー=ボールドウィンである。なお、修治や篠原を含めたこの場にいる誰もがミハエルの存在は知らない。篠原は口を開く。


「役者は揃った様だ。それでは説明してくれるかな? 坂口大尉」


 篠原の口調は穏やかであるが、その顔は険しい。だが坂口は気にせずに答える。


「いいよー。百合花ちゃんをセラフィオン零型・ウリエルに乗せたのは僕だよ」


 坂口の口調に数人の幹部が激昂しそうになるが、篠原はそれをたしなめ、坂口に質問する。


「それは分かった。では何故彼女なのかな? 森崎中佐の娘とは言え彼女は部外者だ。自衛隊とは違って福音軍は名前と目的以外は秘密組織だ。そんな組織の新型機にどうして民間人を乗せたんだ?」

「セラフィオンのパイロットとして百合花ちゃん以上の適任者はいなかったからだよ」

「探せば福音軍内で他にふさわしい人間はいたのではないか?」

「セラフィオンはパイロットの技術よりも『AIV』が重要だよ。これはコールリッジ少尉も言ってた事だけど」


 突然名前を呼ばれたセントは「確かにその通りです」と言う。坂口は続ける。


「そういった意味では、百合花ちゃん以上の人気者を僕は知らない。それに、20機の『レオン』があっという間に倒されたという状況で迷わず自分も戦う、って言えた人がどれだけいたんだろうね」


 坂口の言葉で会議室は静寂に包まれる。そこで修治が言う。


「もし俺がその場にいたら迷わず戦っていた。そして、俺以外にもそういう奴は存在したはずだ」


 修治の言葉に坂口は笑う。


「何がおかしい!」

「あはははは、森崎中佐、本当にそう言い切れる? ファントムの恐ろしさを誰よりも知っているのは中佐でしょ? もし出撃したとしても足がすくんでまともに戦えなかったんじゃないかな?」

「馬鹿にしないで!」


 百合花が激昂する。しかし修治は分かっていた。自分がファントムを恐れている事を。


「良いんだ百合花。坂口大尉の言う通りだ」

「でも……」


 修治に諭され、百合花は口ごもる。


「良いねえ、勇敢だねえ、百合花ちゃんは。やはり君はセラフィオンのパイロットとしてふさわしいよ。あっさり敵の言うことを聞いて剣を捨てなかったらもっと良かったんだけど」

「……」


 坂口の言葉を聞いて百合花は悔しげな表情になる。


「あーあ、せっかく色々調べるチャンスだったのに」

「調子に乗るなよ若僧」


 心底残念そうな顔をする坂口に、修治は静かに言う。


「え?」

「俺の事は何を言おうと構わない。だが、百合花についてお前が何かを言うのを俺は許さない」

「うん、分かった」


 坂口は頷く。それに修治は不快げな表情を見せ、舌打ちをする。


「まあ、終わった事だ。今更どうにもならん。百合花ちゃんも、気にしなくて良いよ」


 篠原がその場の全員に言い聞かせる。百合花は頭を下げる。次に彼はセントに言う。


「さて、ところでコールリッジ少尉。今回のファントムの目的は分かるか?」


 セントは少し考えてから答える。


「ファントムが所有する機体『ウィルシオン』はパイロットが負の感情を受ければ受けるほど力を発揮します。つまり、福音軍に被害を与える事で、世界中の悪意を集める事が目的だと思います。インターネット上等で工作でもしているのでしょう」

「なるほどな。だが、工作を邪魔するのは難しいだろうな。真っ当な神経をした人間ならファントムを恐怖するか憎むからな。では、ファントムは力を手に入れて何がしたい?」


 篠原の更なる質問にセントは困った表情を見せる。


「恐らくファントムという組織自体には目的は有りません」

「どう言うことかね?」

「単純に『最強のロボット』の開発を目指す者、復讐をする者、世界の破滅を願う者、そして、そんな人達の行動を見届ける者。そういった様々な人達の集まりこそが『ファントム』です」


 セントの言葉に一同は呆気にとられる。ただ一人坂口は「なるほどね……」と呟く。篠原はセントに聞く。


「なぜそんな事を知っているのかね?」


 セントは言い辛げに答える。


「実は僕にはファントムをやめた、……友達がいたんです。ファントムが表舞台に出る前、僕は彼らと一度戦いました。その際に僕は敵パイロットと対話し、彼はファントムを抜けました。僕は彼ととある場所で行動を共にしていたのですが、2週間前、禁忌獣がここに来たと聞いて、僕はあの時、日本に向かったんです。彼とはその後会っていません」


 セントの話を聞いた幹部たちは「信用できるか!」「お前もファントムじゃないのか!」等と口々に言う。篠原はそれを諌める。すると修治が納得したように言う。


「なるほど。ではこの映像のロボットはお前の味方なのか? セント」


 修治はとある動画投稿サイトの動画のURLを送る。篠原はその動画を再生する。そこにはクロセルとバティンの戦闘の様子が映されていた。バティンがボロボロになりながらもクロセルを満身創痍にして撤退させたシーンに対して、視聴者からの賞賛のコメントで溢れていた。セントは驚く。


「そうです! この拳銃を持っているロボットは『ウィルシオン一号機・バティン』。パイロットは倉島大和。僕の仲間です。それで……彼は今はどこにいるんですか?」


 動画はクロセルが撤退していくシーンの後、バティンの姿が映り、動画は終了する。セントの疑問に修治は首を振る。


「すまない。これは福音軍の本部でも確認できなかったらしい。ただ、機体から脱出したことは確かだそうだ。だが、この機体がある座標は分かっている。本部からはこれを回収しろという命令が出た」

「だが森崎。ファントムに先に回収される心配はないのか? 鉢合わせにでもなったら最悪だ」


 篠原は質問する。


「ですが、元帥閣下直々の命令です」

「そうか……なら、やらないわけにはいかないのだな」

「はい」


 福音軍元帥・マシュー=エリントンの名前を出されれば篠原も従わずにはいられない。マシューは世間的には偉大な人物だと言われているが、実際には謎の人物、ミハエル=クリストファー=ボールドウィンの言いなりであることを知る者は福音軍内にはほとんど存在しない。


「ならば明日、その機体及び倉島大和を回収させよう。坂口大尉、作業用ロボットは用意出来るか?」

「うん! いつでも出来るよ」

「頼んだぞ」

「もちろんだよ」


 坂口は自慢気に頷く。篠原は改めて口を開く。


「ならばこの話題も終わりだ。ところでコールリッジ少尉、君が森崎の『霧雨』で出撃し、大破させた件についてだが……」

「はい。罰は受けます」


 セントは表情を引き締める。坂口は自分が責任をとると言っていたが、セントも責任をとるつもりはあった。しかし篠原は笑う。


「はははは、そう畏まらなくて良い。大尉も指摘していたが、あの状況で出撃するという選択を取れた者はほとんどいなかっただろう。そして君は百合花ちゃんを守った。どこに罰を与える理由が有ろうか」

「それは……」


 セントは戸惑う。


「私はただ、君に礼を言いたかっただけだ。もし君がいなかったら、もしかしたら……」

「ですが僕が敵にあっさり動きを封じられたせいで逆に足を引っ張ってしました」

「でも、結果的に百合花ちゃんは助かった。それで良いだろう?」

「ありがとうございます」

「それは私の台詞だよ。どうもありがとう」


 苦笑してから頭を下げる篠原に、会議に参加していた大佐が慌てる。篠原頭を上げて言う。


「中佐。君も礼を言うべきでは無いのかね?」

「そうですね。セント、娘を救ってくれてありがとう」


 モニターの中で修治も頭を下げる。彼が頭を上げたのを確認すると篠原は言う。


「私からの話は以上だ。他に何か言いたい事がある者はいるかね?」


 会議室にいた幹部達が顔を見合わせる。彼らの中にはは何か言いたい事がある者はいなかった。篠原が解散を告げようとした瞬間、百合花が挙手した。


「何かね、百合花ちゃん」

「あの、私は今後も戦うことになるのでしょうか?」


 緊張しながら言う百合花に、修治は声を荒げる。


「そんな訳有るか! お前は今後、ここには出入り禁止だ」

「中佐、落ち着きなさい。……百合花ちゃん、戦う事には覚悟が必要だ。敵を殺す覚悟、そして殺される覚悟がね」

「……」


 穏やかに話す篠原。百合花は彼の話を聞いて考える。


(私は、敵を殺せない。殺したくなんか無い。ファントムだって人間よ。どんなに悪い事をした人でも、殺すなんて言うのは間違っている。でも、それじゃあ戦えない)


 篠原は続ける。


「そして、君には恐らくそんな覚悟は無い。そもそも、我々の中ですら覚悟が無い者は大勢いる。だから、自分を責める必要は無い」


(でも、私は守りたい。あんな悪者のせいで理不尽に苦しむ人達がいるのなら、私はその人達を守りたい!)


 篠原の言葉を聞きながら百合花は考える。彼女の手は震えていた。先程の戦闘の時に戦っていたガルーダ。そして、その後に現れた謎の機体。それらは彼女に恐怖をもたらしている。そんな彼女の手をセントは握る。


「百合花ちゃん、言いたい事が有るなら言うべきだよ」


 セントのまっすぐな目を見て百合花は頷き、篠原に目を向ける。


「私は、みんなを守りたいです。守るためにセラフィオンに乗りたいです」

「ふざけるな! お前にそんなことさせるか!」

「だから中佐は黙ってなさい。まあそれは良いとして、君には覚悟が有るのかい?」


 興奮する修治を黙らせて、篠原は百合花に聞く。


「有りません」


 きっぱりと答える百合花に篠原は呆気に取られる。


「どう言うことかね?」

「私には、人を殺す覚悟なんて有りません。だから私は強くなります! 強くなって、殺さなくても良いようになります!」


 篠原にとって、百合花の言葉は子供の甘い理想だと思った。だが、彼女の真剣なまなざしを見て、彼女の覚悟を感じた。


「やれやれ、どうやら本気の様だね。考えておこう」

「准将、待ってください! 百合花は……」

「では中佐が彼女を止めなさい」


 狼狽した修治は篠原に食って掛かるが篠原にたしなめられる。修治は百合花を止めようと、彼女の顔をモニター越しに見るが、そこにあった真剣な表情を見て彼は諦める。


「そうだな。お前は俺の娘だ。一度決めたら迷わない」

「お父さん……」

「百合花、お前が選んだ道だ。後悔するなよ」

「はい!」


 モニター越しの父娘の会話を見ながらセントは、内心で友人に問い掛ける。


(浩輝、君は言ってたね。百合花ちゃんにはセラフィオンは相応しくないって。君も君なりに百合花ちゃんを守ろうとしてたんだね。彼女を戦わせないために。でも、百合花ちゃんは覚悟を決めた。僕も百合花ちゃんも、いずれ君と戦うだろう。僕も戦うのは嫌いだけど、仕方無いね。君は僕達が止めて見せる!)



 ☆



(さて、セントは勘違いしてくれたかな?)


 自宅のアパートで浩輝は考える。そこには黒い笑みがあった。


(あの女が戦おうが戦わなかろうがどうでもいい。俺の邪魔をするなら潰すがな。ただ、今お前を敵に回すのは面倒だ。下手に怒らせて俺の正体をバラされては困るからな。せいぜい、学校でだけはいい友達でいようじゃないか)


 浩輝の口からは思わず笑い声がこぼれる。しかし、部屋のチャイムの声が聞こえた為、無表情に戻る。


(姉さんかな? 今日もファントム関連の調査で遅くなるのかと思ったんだが……)


 浩輝は玄関のドアの窓から外の様子を見る。そこには浩輝の姉、黒月遥がいた。自分で開ければ良いじゃないかと思いながらも浩輝はドアの鍵を開ける。


「ただいまー、こーくん」

「お帰りなさい、姉さん。で、その人は?」


 遥の後ろには一人の男性がいた。その背が高く、髪と髭がかなり伸びている男性は仙人のような印象を浩輝に与えた。その男性からは悪臭が漂っており、浩輝は顔をしかめる。


「この人は倉島大和さん。ファントムの戦った現場を取材してたら見つけたの! ねーねー聞いて! なんと、この人はロボットに乗ってファントムと戦ってたのよ!」

「おー、君が遥ちゃんの弟かー。よろしくな!」


 予想外の人物の登場に浩輝は驚く。以前高橋達に見せられていた顔とは違っていた為、浩輝は少し混乱するもやがて納得する。浩輝が黙っていると、倉島は怪訝そうに言う。


「何だあ? 弟くん。俺の顔になんかついてるか?」

「……顔どころか全身からの臭いが凄いんですけど。何があったんですか」

「あー、これは話せば長くなるんだが……」

「大和さんは色々あって住むところが無いみたいなの。だからしばらく、うちに住んで貰う事にしたの」


 浩輝は高橋との会話を思い出す。


(そう言えばあの女、よく考えたらコイツがうちに来ること知ってたんじゃないか? 大体、うちの収入源は社会人一年目の姉さんだけだぞ?)


「うちに住んで貰うって……大丈夫なの?」

「心配すんな! 俺もちゃんと自分が住むところは見つけるし金も後で返すから。そんな事よりシャワー貸してくれ。五年くらい浴びてねーんだ」

「そうでした! こーくん、大和さんをお風呂に連れてって上げて。それと大和さん、シャワーの後は約束通り……」

「おう、遥ちゃんのテクニック、楽しみにしてるぜ!」


 何を約束したんだ……、と浩輝は戦慄しながら、姉に言われた通り倉島を風呂場に連れていった。

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