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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
2章 二人の少女
20/75

加勢

 浩輝はボロボロのクロセルでゴエティアに向かう。あまり乗り心地が良いとは言えないそれは浩輝に吐き気をもたらした。その不快感を感じながら、浩輝は彼海について考える。


(それにしても、彼海の豹変はおかしい。確かに元々変な所はあったが、無実の人を容赦無く殺せるのはいくらなんでもおかしい。今回の目的は、世界中から悪意を集めてIVを増やすことだ。そういう意味では殺すというのは良い方法だ)


 浩輝はある可能性に思い至る。


(だが、もしルーシーが恐怖を感じているとしたら? 自分と戦うために現れた20機の『レオン』を見て無我夢中で攻撃してたとしたら? 自分の攻撃を受けても無事だった敵の新型に安堵した結果としてあんな状態になったのだとしたら? ルーシーの精神状態は危ない)


 やがて浩輝はゴエティアに到着した。クロセルを降りるなり、すぐに言う。


「高橋さん、ルシファーを貸してください」

「どうしたの? 藪から棒に」


 高橋は軽く驚く。


「僕がルシファーでルーシーを回収しに行きます。今すぐに」

「なぜあなたが行くの?」

「ルーシーが戦うことになったのは僕のせいだからです。そして今のルーシーをこれ以上戦わせてはいけない」

「それは自己満足じゃねーのか?」


 浩輝の言葉に指摘したのは橋本だった。


「どういう意味ですか?」

「お前、前アイツと電話してた時言われてただろ。確かにお前はアイツをファントムに勧誘したが、アイツが今戦ってんのはアイツ自信が決めた事だ。責任はアイツにある」

「ですが、僕の予想があっていれば彼女は今苦しんでいる。そして、苦しむ信者を救うのは神の役目です。僕にはルーシーにとっての神として、救いを与える義務がある」

「勝手にしろ」


 橋本は興味無さそうに言う。


「まあ良いわ。でもルシファーは霧山博士が作ったウィルシオンに比べて性能は劣るわ」

「戦闘をするつもりはありません。僕がアイツの目の前に現れることが重要なんです」

「まあ、普通に乗って移動するだけなら大丈夫ね。分かったわ」


 高橋は浩輝にキーを渡す。


「いってらっしゃい、神様」

「あなたは僕の信者では無いでしょう?」


 浩輝は憎まれ口を叩きながらもキーを受け取り、『ウィルシオン零号機・ルシファー』に搭乗し、起動する。


「ウィルシオン零号機・ルシファー、黒月浩輝、出撃します」


 浩輝はルシファーを操り、彼海がいる福音軍基地日本支部を目指す。ルシファーのコクピット内のモニターで戦闘の様子を観る。依然として、ハルファスとウリエルは拮抗していた。



 ☆



 ハルファスのコクピットの中で藤宮彼海は高揚していた。自分の全力を受け止めてくれる相手と戦っている今を、彼女は楽しんでいた。


(ああ、これが私が求めていたもの。私がしたかった事は世界を壊すなんて事じゃない。私の全てを受け入れてくれる人、私はそれを求めていた)


 彼海はハルファスの両手の2本のナイフで乱舞する。相手はそれを剣で受け、反撃する。彼海はそれを避ける。


(さっき戦った人達とこの人。何が違うんだろう。何となく、温かい。気持ち良い)


 彼海は奇妙な感情に包まれていた。敵は自分を倒そうと攻めてくる。しかし、その中にある敵意とは違う何かを彼海は感じていた。一方、百合花の方は……


(この人、手強い。でも、何故か強いとは思えない)


 百合花は罪の無い人を殺した目の前の相手を決して許さない。しかし、その相手の事を理解したいとも思っていた。だが、一瞬でも気を抜けば自分も死ぬ。それが分かっている為に、百合花はただ戦う事に専念していた。


「こっのおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 百合花は咆哮する。しかし敵のスピードは相変わらずかなりのもので、攻撃がまともに当らない。


(この人を倒す為に私に足りないものは何?)


 その問いに答える者はもちろんいない。



 ☆



 福音軍技術開発研究所。ここではセント、坂口才磨、笹原真理の三人が戦闘の様子を観ていた。セントは心配そうに言う。


「坂口大尉、他に戦力は無いんですか?」

「森崎中佐の『霧雨』が一機だけ残ってたはずだよ。そして中佐は今、組織の上の方に呼ばれてアメリカにいる」

「僕は『霧雨』で出ます」

「無茶だよ。『霧雨』程度では役に立たない。あの時中佐が健闘してたのは相手が手を抜いてたからって事くらいは君にもわかるよね? そもそも君を出撃させる権利は僕にはない」

「百合花ちゃんの事は出撃させたのに?」

「百合花ちゃんは特別だよ。セラフィオンのパイロットになれる人材は限られてるからね。だから「アレに乗れるのは彼女しかいなかった」という言い訳が使える。でもね、『霧雨』は違う。誰にでも動かせるからこそ、簡単に君を出撃させるわけにはいかない」

「そんな事は関係ありません! 戦力が残っているにも関わらず……」

「この場合において『霧雨』は戦力とは言えないよ」

「でも、この状況を少しでも変えるにはこのまま何もしないのはおかしいですよ! 別にまともに戦うわけじゃない。相手の注意を引き付けることくらいはできる」


 セントは必死に言う。彼は百合花を一人で戦わせているというこの状況を申し訳なく思っていた。彼女の力になってあげたいと思っていた。彼の熱意を受けて、坂口は考える。


「うーん、そうだね。確かにこの状況が続くのはよくないね。少しでも集中が切れたら危ないしね。……分かった、僕が許可を出すよ。責任も僕が取る」

「そんな! それじゃあ僕がキーを奪って勝手に乗ったことにすれば……」

「構わないよ。この状況さえどうにかできればいいだけの事だからね。これがキーだよ」


 きっぱりという坂口にセントは呆気にとられるもすぐに『霧雨』のキーを受け取り、すぐさま搭乗する。


「セント・コールリッジ、『霧雨』で出ます!」


 セントは『霧雨』を発進させ、すぐに戦場へと向かう。


「出力ならフィムには全然適わない。でも、機体のスペック自体はこっちが圧倒的に上だ!」

「元々は僕の先生が作った機体を僕がちょっと改造しただけだよ。そして多分ウィルシオン』もその先生が作った。天才だよ、霧山先生は」


 セントの賛辞に坂口は苦い顔で答える。だがその台詞には尊敬の念が込められていた。それをセントは意外に思いつつも、自分の目的に集中する。目的地にはすぐにたどり着いた。セントは百合花にも彼海にも気づかれないように『霧雨』のマシンガンをマシンガンを構え、ハルファスを狙って撃つ。ハルファスには傷一つつかないが、彼海の意識がセントの方に向く。セントは叫ぶ。


「百合花ちゃん、今だ!」


 突然のセントの声に百合花は驚きつつも、この機会を逃さない。


「いっけえええええええええええええ!」


 百合花は力の限り叫び、『熾天使の剣セラフィム・ブレード』を振る。剣はハルファスの右肩に直撃し、右腕と右翼が落ちる。


「うわあああああああああああああ!」


 彼海は絶叫する。恐怖に苛まれ、ただ滅茶苦茶に左腕のナイフを振る。しかし、左腕も百合花によって破壊される。ハルファスは崩れるように倒れた。


 その様子を浩輝は見ていた。


(『霧雨』に乗っているのはセントか。今から不意打ちして……、いや、高橋曰くアイツはかなりの凄腕パイロット。甘く見てはいけない。ならば、狙うは一つ)


 浩輝はルシファーのレイピアを構える。これは以前、セントのフィムが使っていたものと同型である。


(アイツは裁きの刺突ジャッジメント・スラストとか言ってたか? とにかく突っ込む)


 ルシファーはウリエルを目掛けてかなりの速度で急降下する。


「危ない!」


 ルシファーに気付いたセントがウリエルを庇う。『霧雨』の胴に大きな穴が開くがセントは無事であった。


(お前がそうするのは分かっていた)


 浩輝は急な動きによってバランスを崩していた『霧雨』の脚を一本ずつ破壊する。そして胴体をルシファーの脚で踏みつける。


「くぅっ!」

「セント君!?」


 思わずうめき声をあげたセントを百合花が心配する。それを聞きながら浩輝は言う。


「御機嫌よう。この戦闘を終わらせに参りました」

「クロセル様……?」


 思わぬ展開に彼海は呟く。


「いいえ、今はルシファーですよ、ハルファス。辛かったでしょう、ですが、これで終わりです。福音軍の皆様、聞いての通りです。私はあなた達と戦うつもりは有りません。剣を引いていただきたい」


『霧雨』を踏みつけたまま浩輝は告げる。セントは必死にもがくが、『霧雨』の貧弱な出力ではままならない。


(シーファ!? でも乗っているのは浩輝なのか?)


 セントは内心で驚く。百合花は叫ぶ。


「ふざけないで! 元々そっちが仕掛けてきたんでしょう? セント君を離して!」


 彼海は以前高橋から教えられた事を思い出す。セントは高橋と同じ惑星出身の宇宙人。現在は浩輝と同じ学校に通っており、福音軍に協力している。


(セント君は私の名前を褒めてくれた。でも、敵)


 彼海はハルファスを立ち上がらせようとする。しかし、両腕や右翼を失った期待を絶たせるのは難しく、倒れてしまう。それを見て浩輝は言う。


「ハルファス、戦闘は終わりです。無理はしないで構いません。新型機のパイロット様。あなたは私の仲間に何をするつもりですか?」

「それは……、捕まえて、話を聞いて……」


 突然の質問に百合花は考えながら呟く。


「ですが、私の仲間はあなた達の仲間を大勢殺しました。あなた達の元に身柄を引き渡したら、どうなるでしょうか? 殺されるか、拷問されるか。とにかく、恐ろしい事になるでしょう。例え、あなた自身にそのつもりはなくても」


 浩輝の言葉に、彼海は背筋が凍る。そして、自分がしたことについて改めて思い出す。


「そんな……私は必死だった! 敵が怖くて! ただ必死だった! そんなつもりは無かった……」


 浩輝の言葉と彼海の呟きを受けて、百合花は身勝手だと思いながらも動揺する。


「私は……」

「どうします? あなたに人を裁く覚悟は有りますか? まあ、私の仲間になにかするつもりがあるのなら、私の足元で虫ケラの様にもがいている彼には死んで貰いますが」


 百合花は歯噛みする。今セントを助けに行こうとすれば、セントは殺されてしまう。百合花はあきらめて、『熾天使の剣セラフィム・ブレード』を放棄する。それを見た浩輝は言う。


「ご決断感謝します。ですが、その力はあなたには相応しくない」

「……!」


 その言葉に、セントは何かに気付いたように息を飲む。


「ハルファス、私が運びます。帰りましょう」


 ルシファーはハルファスの破損した腕と翼を左腕で持ち、本体を右腕で抱きかかえ、離陸する。想像以上の重さに浩輝はバランスをとるのに苦労するが、何とか飛行する。揺れるコクピットから浩輝は声をかける。


「ハルファス、気分はどうですか?」

「……大丈夫。おえっ」


 全然大丈夫じゃないだろ、という言葉を呑み込んで浩輝は機体を一時的に着地させる。


「ルーシー、ルシファーのコクピットに乗って下さい。こっちの方がまだ揺れは少ない」


 浩輝は声をかけるが、彼海は返事をしない。


「ルーシー!」


 浩輝が少し強めの口調で言うと、彼海はコクピットのハッチを開ける。コクピット内は彼海の吐瀉物で汚れていた。そして、彼海は俯いていた。


「ルーシー」

「……私、沢山殺した」

「分かっている。自分を倒す為に現れた敵の姿を見てパニックになったんですよね」

「……私に、生きる資格はない」


 彼海の言葉に浩輝はしばらく沈黙した後、優しく声をかける。


「あなたは罪を犯した。世界はあなたを許さないでしょう」

「……」

「だが、僕はあなたの神です。信者を救うのが神の役目です」

「……」

「ファントムとして戦う必要は有りません。逃げたいものがあれば逃げれば良い。でも、何があっても僕はあなたの味方です。あなたの罪は僕も背負います」


 彼海は渇れたと思っていた涙が流れた事に戸惑う。そして言う。


「……命令」

「えっ?」

「……命令。忘れてないよね?」


 浩輝は思い出す。彼海と話す時は敬語を使用するのは禁止だと言うことを。


「あ、ああ」

「……私は逃げない。浩輝君に導かれたこの修羅の道から。私は戦う。浩輝君の隣で。友達として」

「……!」

「……分かってた。浩輝君が友達を求めていた事を。浩輝君が私を勧誘したのを後悔していた事を」

「バレてたのか。参ったな、こっちが慰められるなんて」

「……私は浩輝君の信者で、友達。友達を慰めるのは友達の役目」


 浩輝は苦笑する。彼海は微笑む。彼海はヘルメットからケーブルを外し、吐瀉物にまみれたパイロットスーツのまま、ルシファーのコクピットの浩輝の前に座る。浩輝は両腕で彼海を挟むように操縦棒を掴む。


「行くぞ」

「……うん」


 ルシファーは再び離陸し、やがてゴエティアに帰還する。


「おかえりなさい、黒月君、藤宮さん」


 ルシファーのコクピットから出た二人を出迎えたのは高橋。


「なんとか無事でしたよ。ところで、倉島大和とバティンは回収しますか?」

「別にいいわ。とは言っても大和はもうどこかに言ってるんじゃないかしら?」

「何か知ってるんですか?」

「さーねー。それと、戦闘の様子の動画は霧山博士が編集してネットの動画投稿サイトにアップロードしたわ。既に話題になってるわ」

「これでウィルシオンパイロットとしての倉島大和は終わりですか」

「だね。でも、全盛期の彼なら、君では勝てなかったんじゃないかしら?」

「そうなんですか?」

「ええ。ファントムにいた頃の大和はかなりのIVを持っていた。でも、ファントムをやめて、人里離れた所で暮らし始めてから、彼は人々から忘れられて、IVの量も減ってしまった」

「彼はどこにいたんです? セントと一緒に行動してたって事は聞いてますが」

「いずれ本人に聞いてみると良いわ。後、バティンは後で福音軍に回収させるわ」

「そうですか。それと、あの新型機ですが、パイロットは……」

「私もさっき知ったばかりなんだけど、あれはセラフィオン零型・ウリエルというらしいわ。パイロットは黒月君の予想通り、森崎修治の娘さんの森崎百合花」

「百合花様ああああああああああああ!?」


 予想外の名前を聞いて彼海は叫ぶ。その反応に、高橋の顔がひきつる。


「ど、どうしたの?」

「ああ、やはり私と百合花様は運命の赤い糸で結ばれていた……。百合花様は私の全力を受け入れて下さった……。あの方は本当に素晴らしい」

「そ、そうねー」


 反応に困った高橋を見て浩輝はスッキリしたような表情になりつつ、彼海に聞く。


「だがルーシー、良いのか? もしかしたらお前、森崎百合花を殺してかもしれない。もしくは、殺されたか」

「私達はお互いに正体は知らなかった。でも、あの時、私達はある意味繋がっていた……。お互いをお互いの体で感じていた……! 恐らく、私も百合花様も殺すことは無かった」

「そ、そうか」


 パイロットスーツのズボン部分を濡らし、興奮しながら言う彼海は官能的だった。そんな彼海から浩輝は視線を反らしながら答える。そんな彼を見て高橋はニヤニヤと笑う。


「まあ良いわ。二人とも汚れてるみたいだしシャワーでも浴びてきたら? 二人一緒に」

「ぶっ」

「……いえ、私のこの身体は百合花様の物ですわ。いくら浩輝君でもその様な事は……」


 浩輝は思わず吹き出し、高橋はニヤニヤとした笑いを続けるものの、顔を紅潮させながらの彼海の言葉に高橋の顔は引きつる。


「じょ、冗談よ。男子用と女子用は別々に有るから……。場所は分かるわよね?」

「はい」

「……勿論です」


 浩輝も彼海も以前、ゴエティアの案内はされている上に地図も受け取っている。二人は別々にシャワーを浴び、それぞれに与えられている個室で着替え、その後高橋の運転によってそれぞれの家に帰宅する事になった。まずは彼海の自宅のアパートに向かい、次に浩輝のアパートに向かった。



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