戦女
「おーい、百合花ちゃーん?」
百合花は自分を呼ぶ声に意識を取り戻す。
「うーん……?」
「良かった。目を覚ましたのね」
百合花は上半身だけ起き上がる。そこには安堵した様な坂口と笹原の顔があった。
「良かった、もしも君が目覚めなかったら森崎中佐に怒られるところだったよ……」
「心配するべきなのはそこでは有りません! そもそも、怒られるだけで済むハズが無いでしょう」
「そうなの?」
二人の漫才を聞きながら、百合花は自分の状況について思い出す。
「そう言えば、私は……」
「百合花さんはウリエルを起動させた瞬間に気を失ったの。かれこれ三時間位は寝てたわ」
「そ、そんなに!? ガルーダは?」
百合花の問いに笹原は言いにくそうに答える。
「来たわよ。そして出撃した『レオン』は全滅させられた。……パイロットも含めて」
「そんな……」
百合花は思わず両手で口を押さえる。
「私のせいで……私が呑気に寝てたせいで……」
「それは違うわ。あなたが気絶したのはこの機体が欠陥品だったからよ」
「でも……、私、行かなくちゃ」
「ダメよ。また倒れるわ」
ウリエルに向かって行こうとする百合花を笹原が止める。
「今度は、大丈夫です。さっきは私の覚悟が足りなかった。でも、今度は、私は耐えて見せる! あんなのに耐えられない様ではファントムなんか倒せない」
「……」
必死の表情で言う百合花に笹原は圧倒される。
「分かったわ。そこまで言うのなら必ず勝ってね。でも、危ないと思ったら無理はしないで」
「それは、分かりません。私は私のやりたいようにやるだけです」
百合花は気を引き締めて、再びウリエルに乗り込む。ヘルメットを被り、コクピットに座る。
「セラフィオン零型・ウリエル、起動!」
起動した瞬間、百合花を頭痛が襲う。
「頭が痛い……。でも、負けるものかあああああああ!」
百合花は気絶しそうになる自分に活を入れ、叫ぶ。
「私は戦う、正義のために!」
やがて百合花の頭痛は止まった。
「分かる……。この子の動かし方が。私はこの子を、思う通りに動かせる」
「ウィルシオンには元々、操作方法だけをパイロットの脳内にインプットするシステムがあったんだよ。僕はそれにアレンジを加えて、より感覚的に操縦出来るようなプログラムを組み込んだ」
百合花の呟きに、坂口は自慢げに言う。
「坂口さん、笹原さん、ありがとうございます。では、行ってきます」
「気を付けてー」
「必ず帰ってきてね、百合花さん」
百合花はウリエルを発進させる。その姿を見送りながら笹原は溜め息をつく。
「はぁ。まったく、もっともパイロットに相応しいとは言え、あんな女の子にロボットに乗せて戦わせるだなんて、最低ね。」
「でも、百合花ちゃんが戦闘データを取ってきてくれて良い機体を量産出来るようになれば、百合花ちゃんは戦わなくても良くなるよね」
「量産ね……。セラフィオンやウィルシオンに使われている物質化装置には生きた禁忌獣の器官が必要なのよね」
「だからこそ、元々あった技術を使って現時点のセラフィオン並の機体を量産化出来るようにしないと。ところでコールリッジ少尉、隠れてないで出てきてよ」
坂口の声に答えるように、セントは坂口達がいる部屋に入る。
「彼女は、行った様ですね」
「ええ。コールリッジ少尉はどうしてここに?」
心配そうな表情をしながら言うセントに笹原が言う。
「僕は、見届けたかったんです。彼女の決意を」
「止めようとは思わなかったの?」
「百合花さんは僕が何を言ったって止まらないでしょうから」
「ふーん。でも、もしこれが森崎中佐にバレたら……」
「ただではすみませんね」
笹原とセントは苦笑する。セントは内心で考える。
(敵の機体に乗ってるのはルーシーさんだ。あの人があんな事をしてしまうなんて……。彼女がした罪は重い。でも百合花ちゃんは、浩輝とは違う意味で敵を殺さない。いや、殺せない。とても不利な状況だ……)
セントには、ただ心配するしか出来なかった。
百合花はやがて、敵の姿を発見する。その足元には、無惨な姿となった『レオン』の残骸が山積みになっていた。百合花は叫ぶ。
「どうしてこんな酷いことをしたの!?」
ウリエルから発された声は機械音声のような声だったが、その声には必死さがこもっていた。その声を聞いて『ハルファスの彼海は言う。
「あなたは私を、気持ちよくしてくれる?」
「えっ?」
彼海は何の前触れもなく、散弾銃『狂気の嵐』を撃つ。『レオン』をいとも容易く葬ったその弾丸はウリエルにはほとんど傷が付かない。彼海は笑みを浮かべる。
「良いッ! あなた、良いッ!」
彼海は更に散弾銃を撃つ。
「うっ」
百合花はウリエルに回避させる。ウリエルは彼女の考えた通りの動きで弾丸を回避する。そして、左腰にあった剣を取る。その刀身は赤い。
「熾天使の剣!」
百合花は叫び、剣を構えて突進する。彼海はそれを軽々と回避する。
「速い!」
「接近戦、面白い!」
彼海は散弾銃を投げ捨て、ハルファスの両腰から二本のナイフ『信者の懐剣』を両手で一本ずつ持ち、ウリエルに斬りかかる。百合花は『熾天使の剣』でそれを受け止める。彼海はパイロットスーツが濡れるのを感じながら恍惚とした表情で叫ぶ。
「良いッ! あなたは私を気持ちよくしてくれる!」
「ふざけないで!」
百合花は剣を振るうが、彼海はそれを避ける。彼海の
攻撃は百合花が剣で受ける。そんなやり取りが繰り返される。
☆
浩輝は移動しながら、クロセルのモニターで彼海のハルファスと百合花のウリエルの戦いを見ていた。
(ルーシーが楽しそうで何よりだ。しかも、その相手は恐らく彼女の思い人だ。そういう運命なのか?)
浩輝がそんなことを考えていると、突然機体が揺れる。
「被弾した!?」
クロセルの右脇腹辺りに攻撃を受けたことをモニターで確認した浩輝は、その相手を予想する。
(倉島大和か? 確か狙撃の達人だったはずだ)
幸いクロセルを動かす上で障害になるような攻撃ではない。浩輝はクロセルの頭上に光の輪を出現させる。
「幻想の氷鎧」
浩輝は頭上の輪の中から粒子状の物質を出してクロセルの機体を包み、鎧を作る。半透明のそれは、まるで氷の鎧の様だった。浩輝は更に両手剣『幻想の氷刃』を作り出し、クロセルの両手で持つ。
(銃弾は2時の方向からだ。こちらの場所は特定されている。コソコソせずに一気に近付く)
鎧に包まれたクロセルは鈍重になり、出せるスピードもやや小さくなったが、浩輝は背に腹は変えられないと考えながら進む。何度か敵の攻撃を受けるが、氷の鎧は銃弾を弾く。すると、巨大なライフルを持った黒い巨大な悪魔の姿を見付けた。これは、以前浩輝が霧山に見せられた『ウィルシオン一号機・バティン』だった。
「よう、ファントムのゲファレナー」
敵から発せられた声は、機械音声とは言え浩輝に軽薄な印象を与えた。
(話など必要無い。すぐに無力化させる)
浩輝は『幻想の氷刃』でバティンに斬りかかる。しかし、鈍重なクロセルの動きは簡単に避けられる。
(ここまで来たら逆に邪魔なだけだ)
浩輝は『幻想の氷鎧』を解除し再度斬りかかる。しかしそれも回避される。倉島は呆れたように言う。
「オイオイ、無愛想なヤツだな」
浩輝は一旦距離を取る。そして、どうせ簡単には倒せないと考え、敵に応じる。
「倉島大和さんですね。元ファントムだと聞いています」
「やっぱ知ってたか。それで、何で『読心』が出来ないのよ?」
「霧山博士に頼んで『ワルキューレシステム』のオンオフを切り替えられるようにして貰いました」
浩輝が霧山に『ワルキューレシステム』の切り替えを依頼した。これにより、オフ時には禁忌獣や他の『ワルキューレシステム』搭載機のパイロットと直接脳内で会話が出来なくなる。つまり、自分の考えが相手に筒抜けになることはない。この機能はファントムが保有している他のウィルシオンにも採用された。ちなみに浩輝が依頼したもう一つの機能は未完成である。
「まったくあのジジイ、いらん機能付けやがって。男ってのはな、本音を晒して戦うモンなんだよ」
「残念ながら私は女ですが」
「嘘だな。テメエはクソ野郎だ」
とりあえず言った浩輝の言葉を倉島は即座に否定する。
「その根拠は?」
「勘だ」
「そうですか」
浩輝は言いながら斬りかかる。倉島は回避し、バティンの腰から拳銃を取り、撃つ。それはクロセルに命中する。
「だーかーらー、愛想よくしろっての。もうちょっと話そうぜ」
「分かりました。では、あなたの目的は?」
敵の実力は自分より上である事を感じた浩輝は、ひとまず戦闘を中止する。無論、不意討ちには注意するが。
「あー? 俺は正義の味方だ。悪者が来るって聞いたからここに来た。それだけだ。で、テメエは?」
「私は、いえ、私達の目的は世界中から悪意を集める事です。あなたもよくご存知でしょう?」
「よーく知ってるぜ。それで、何でテメエはそんなのに加担する?」
「目的の為です。詳しく言うつもりは有りませんが」
「へえ、そうか。その目的って奴はそんなに大層なモンとは思えねえな。少なくとも、人の命よりは」
「そうでしょうね。私もわかって貰うつもりはありませんが。ところで、私の仲間、世間では『ガルーダ』と呼ばれている者の所には行かないのですか?」
「俺に女と戦う趣味はねーよ。それに、テメエが来る事くらい予想してた」
「フェミニストですか。気に入らないですね」
浩輝は倉島との会話で初めて感情を表に出した。
「そうか?」
「男性だとか女性だとか、そう言った基準で人を評価するのは嫌いですね。力が有る者と無い者。強いて言うならば、人はこの二つに分けるべきだと考えています。少なくとも、戦場では」
「ほう?」
「少なくとも彼女は己の力に誇りを持っています。あなたの考えは、その誇りを踏みにじる行為です」
これは浩輝の本心である。幼い頃から姉に面倒を見てもらっていた彼にとって「女は守られるべき弱者」という考えなど無かった。もちろん、姉が完全な存在とは思っていないが、女性という理由だけで同情するというフェミニストの考えを浩輝は憎んでいた。その一方で自らの性別を理由に言い訳をする女性も憎んでいる。その言葉を聞いて倉島は言う。
「テメエの考えは分かった。でもな、理屈では分かっても本能ではどうにもならねえ事もあんだろ! 俺は、女とは戦わねえし、戦場になんか行かせねえ」
「ですが、彼女も大きな力を持っています」
「そんなん知るか。あー、テメエとは話になんねえわ。考え方が俺とは全然ちげえ」
「人の価値観なんてそんなものですよ。私達には戦う以外の選択肢は無いようです」
「残念だぜ。少しは期待してたん……おっと」
倉島が言い終わる前に浩輝は氷の剣を振る。倉島は2丁の拳銃でそれを受け止める。倉島は拳銃を撃ち、弾丸はクロセルを掠める。
(倉島は狙撃よりも接近戦が得意だと聞いた。だが、俺には接近戦しか無い)
浩輝は距離を取る。そして、『幻想の氷刃』を少し大きくし、刃はノコギリのようなギザギザとした形状に変形させる。
(敵を殺すのではなく絶望させる。これが俺の戦いだ。この正義漢フェミニストを絶望させる方法は恐らく……)
浩輝は今後の方針について考える。バティンの弾丸はクロセルの装甲をジリジリと削って行く。浩輝は避けるように努力するがなかなか上手く行かない。
(クロセルは攻撃に特化した機体だ。回避も防御も考えるだけ無駄だ)
クロセルはノコギリ状にした愛剣を構えてバティンに全力で突っ込む。弾丸による被害は更に増え、腕や脚などに幾つも穴が開く。だが、浩輝は止まらない。倉島は回避しようとするが……。
(クソッ、俺もそろそろ限界か……)
バティンは倉島の思った通りに動かず、回避は中途半端なものになった。しかし浩輝は気にしない。ただ、全力で目の前の敵を斬る。
「くたばりなさい。この幻想の氷鋸によって」
氷の刃はバティンの腰を横に斬り、上半身と下半身を放す。コクピットは胸の辺りに有るため、倉島は無事だった。しかしクロセルも無事ではない。倉島の猛攻により機体全体がボロボロだった。勝者となった浩輝は宣言する。
「あなたはボロボロになりながらも『ファントム』の『ゲファレナー』を撤退させた。ファントムの衛星で撮影しているらしいこの映像を公開すれば、あなたは英雄となり、ウィルシオンのパイロットとしてのあなたは死ぬでしょう」
倉島は不敵に答える。通信機能は生きていた。
「まあ、悪に一泡吹かせられたんなら、それはそれで満足だ。負けたのは悔しいけどな」
浩輝はまったく絶望した様子のない倉島に少し苛立つが、すぐに冷静になる。そして、彼海と百合花の戦っている映像を観る。実力は互角のように浩輝は感じた。加勢に行く事を考えたが、この戦いに水を差すのは躊躇われた。浩輝はゴエティアに通信を送ると、高橋が応答した。
「観ていたかと思いますが倉島大和を撃破しました」
「ギリギリだったわね、それで?」
「撤退するべきでしょうか? クロセルはボロボロで、敵の剣を一撃でも食らえば危ないです」
「クロセルの能力を使えば穴くらい防げることは知っているわよね?」
「あくまで応急措置ですがね。それでは加勢に行けと?」
「いいえ、あなたは帰還して良いわ。倉島君によって撤退したはずの君が現れたら、彼は英雄になれないものね」
「了解しました。もしルーシーが負けたら?」
「私が『ルシファー』で回収しに行くわ」
「分かりました」
浩輝はクロセルを発進させようとする。すると倉島が言った。
「お前がファントムにいるのは勝手だが、高橋翠だかリードだかには気を付けろ」
浩輝は苦笑しながら答える。
「分かっていますよ」
倉島を残して浩輝は帰還する。