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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
2章 二人の少女
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策略

 福音軍基地日本支部。ここの研究所では坂口才磨がモニターを険しい表情で睨んでいた。すると、そこに来客が現れる。


「待たせたな、坂口一尉」

「福音軍に入ってからは大尉だよ、森崎少佐」

「いや、今の俺は中佐だ」

「そう言えばそうだったね」


 年齢も階級も下であるにも関わらずタメ口で話す痩せぎすの眼鏡をかけた男に、森崎修治は怒ることもなく、質問する。


「ところで大尉、俺を呼んだのは何故だ? 新型機は完成したのか?」


 修治の問いに、坂口はデスクに置いてあった板チョコレートをかじりながら答える。


「うん、完成したと言えばしたし、してないと言えばしてないよ。あ、中佐も食べる?」

「遠慮しておく。それで、何が言いたい?」

「うーん。前に中佐達が持ってきた『ウィルシオン二号機・オロバス』という名前らしい機体があったよね。コールリッジ少尉は、嫌われ者にしか使えないって言ってた奴」

「ああ」


『惑星・ヴァルハラ』から地球に来た宇宙人セントはセント・コールリッジ少尉として福音軍に所属している。セントは「この『ウィルシオン』という機体には自分達の惑星の技術が使われている」という事を福音軍日本支部の人間に話した。


「実際に福音軍の人達を乗せてみたけど、『オロバス』は動かなかった。でも、僕には動かせた。実験として乗せた死刑囚にも動かせた。あの人達は消しちゃったけど」


 坂口は笑顔で言う。彼は一部の人間以外には極秘に死刑囚を連れてきて、オロバスに乗せた。その際に死刑囚には爆弾付きの首輪を付け、起動を確認した瞬間にスイッチを押して、首輪を爆発させた。修治は嫌そうな顔をする。


(死刑囚とは言え、躊躇無く殺せるなんてまともじゃねえな。絶対に殺さない代わりに相手に絶望を与えるっつうアイツと、どっちがマシなのやら)


 修治は一週間前に戦ったファントムの『ゲファレナー』と呼ばれる存在を思い出す。修治の部下の一人はゲファレナーによって刻み込まれたトラウマと現在も戦っている。


(無意味な疑問だな。どっちも外道だ)


 修治が目の前のマッドサイエンティストを内心で軽蔑していると、坂口は口を開く。


「機密情報だし、あれを使って暴れられてら困っちゃうし、仕方ないよね。それは良いんだけど、福音軍の兵器として使うにはそれじゃダメだよね。ここで出てくるのが、コールリッジ少尉が乗ってた機体だね。彼はフィムって言ってたかな。フィムはウィルシオンとは逆に人気者にしか乗れない、逆に言えば中佐達には動かせる。でも、フィムは壊れちゃってる。でも、ラッキーな事にAIVとやらをエネルギーに変換する部分は無事だった。そこで、この変換装置をオロバスに積み込んだ」


 坂口はコンピュータを操作する。すると、修治から見て右方向にあった白い壁が左右に二つに割れる。そこには巨大な白い天使がいた。


「これが、僕が取り合えず造った試作機、『セラフィオン零型』ってところかな」

「なるほど、これには俺が乗れと」

「違うよ」


 納得したように言う修治の言葉を坂口は否定する。


「そうなのか。じゃあ何故俺を呼んだ?」


 修治は怪訝に思う。


「先日の戦闘を見た限り、恐らくウィルシオン』はパイロットの技量が低くてもエネルギーの量さえ多ければ、上手く扱うことが出来る。だったら、誰もに愛されるような人がパイロットになれば良いよね」

「何を言っている?」


 修治は坂口の言いたいことを察しつつも問う。


「中佐の娘の百合花ちゃん。自衛隊の良い子だよね。明るくて健気で、僕みたいなのにも優しくて、学校でも人気者なんじゃないかな? 僕はあの子を……」


 坂口の言葉は修治に殴られることで遮られる。頬をさする坂口に修治は怒鳴る


「ふざけるな! 娘に乗せる位なら俺が乗る」

「いたた……。でも森崎中佐。最近ネットで無能とか言われて叩かれてるよ。中佐も動かすことは出来るだろうけど、本格的に戦うのは難しいんじゃないかな?」

「だからと言って娘にそんな事させられるか!」


 修治は乱暴に扉を開け、研究室を出る。坂口は呟く。


「仕方ないな。後でこっそり連れて来よう。正義感が強い子みたいだしなんとかなるよね。それにしても、ファントムが来るまでに『零型』をどこまで「僕の考えた最強のロボット」に近づけられるか……ここからが本番だ」


 坂口は作業を再開し、板チョコレートをかじる。


「霧山先生、僕は勝つよ」


 そう呟いた彼の眼には闘志が燃えていた。



 ☆



 翌日、黒月浩輝は午後の授業中に睡魔と闘っていた。


(……寝不足か。昨日は結構早く寝たつもりだったんだがな)


 浩輝がぼんやりとしていると、授業担当の教師が自分を指名している事に気付く。


「黒月、聞いてんのか?」


 現在は数学の授業が行われている。担当教師はファントムから派遣されている橋本誠治だ。


(アイツ、俺が疲れてる事わかった上で指名してるだろ

 。ここで「わかりません」とか言ったらアイツの思うツボだ。どうしたものか)


 浩輝が迷っていると、隣の席に座っていたセントがこっそりと教科書のページと問題を示して、浩輝に見せる。その問題は既に予習してあった為、浩輝は難なく正解を答える。橋本は舌打ちしそうになるのを堪える。浩輝がノートの隅に「すまない」と書くと、セントは自分のノートに「いいよ」と書いて見せる。


(さて、監視としての青木孝は今日消す。性癖以外はまともなただの善人を嵌めるのは心が痛むが、俺の障害になるのなら仕方無い。これも全部高橋のせいだ)


 浩輝はぼんやりと考えながら、上司への愚痴を内心で言う。


(大体、一人だけ元自衛隊員を入れるんだよ。一人だけ自衛隊が信用できる人間を入れることで、元自衛隊員から疑われない様にしたとは言うが、あの女ならその辺は無理矢理にでも何とか出来たはずだ。どう考えても俺への嫌がらせだ)


 やがて数学の授業は終わり、セントは浩輝に話し掛ける。


「浩輝、危なかったね」

「助かった。ありがとな、セント」

「構わないよ。ところで浩輝、何か悩んでいるのかい?」


 セントの問い掛けに、浩輝は一瞬戸惑ってから答える。


「そうだな。後悔している事は有る。だが、迷ってはいない。心配は無用だ」

「そう……。僕は喜べば良いのか悲しめば良いのか」

「笑えば良いんじゃないか?」

「ははは、そうかな」


 浩輝の提案にセントは軽く笑う。



 ☆



 本日の授業もすべて終了する。日元奏太はいつも通りすぐに学校を出て、家路につく。すると、何者かから声をかけられる。


「やあやあ、日元奏太君。ちょっと待ってくれるかな?」


 声の主は橋本。昨日奏太を尾行していた男だ。奏太はすぐに逃げようとする。


「無駄だっつーの」


 橋本は走って奏太の前に立つ。運動不足の彼でも、太った中学生よりは速く走れる。橋本は胸から黒光りした物体を取り出す。


「拳銃!?」

「ばーん」


 橋本は引き金をひく。すると、黒光りした物体からは透明な液体が出る。


「水鉄砲!?」

「ハハハハハ! こんなところでピストルなんか撃つかよ!」


 橋本は連射する。目の前の男が何を考えているのか分からない奏太は、以前味方だと教えられた青木孝の元へ行くべく、学校内へと走る。それを後ろで見ながら橋本は吐き捨てる。


「ったく、何で俺がこんなことを。あのガキ、ブッ殺す」



 ☆



 奏太が青木を捜すために校舎内を走っていると、またしても後ろから声をかけられた。


「あら、日元君」


 声の主は前田朱里。彼女も先日奏太を尾行していた。奏太は逆方向に進もうとする


「待って」


 前田は日元の肩に手を置く。


「離してくださ……」

「話を聞いて日元君。いや、奏太君」


 上目遣いで見ながら自分を名前で呼ぶ前田に、奏太はドキリとする。


「な、何ですか?」

「あのね奏太君。私、あなたに謝りたいことが有るの」


 奏太は黙る。


「私はある人の命令であなたを監視してた。でもやっぱり、あなたみたいな良い子をずっと監視してるのは辛かった……。あなた、今から青木先生の所に相談しに行くのよね……?」

「は、はい」

「お願い! 青木先生には私の事は話さないで! 私はここで、ただの先生になりたいのよ」


 必死な前田に、奏太は戸惑う。


「わ、分かりました。でも、青木先生はどこにいるのか分からなくて……」

「あなたの教室にいるはずよ。途中まで一緒に行きましょ」


 前田は歩き、奏太はそれについていく。やがて、目的地の近くに来る。


「私の事は黙ってて……。お願いよ?」

「も、もちろんです!」

「約束よ。ちょっと目を閉じて口を開けて?」


 奏太は言われた通りにする。すると彼の口の中に何かが入る。口の中に、甘い香りが広がった気がした。


(も、もしかしてベロ?)


 奏太は目を開ける。前田の顔は彼の目の前には無かった。


「今回はキャンディよ。でも、約束を守ってくれたらもしかしたら……」

「し、失礼します」


 あまりの胸の高鳴りに堪えられなくなった奏太は急いで青木のところへと行く。その姿を見て前田は呟く。


「まったく、何で私がこんなことを……」


 前田は浩輝に、女の武器を使ってキャンディを食べさせろ、という命令をされた。自分にはそんな魅力は無いから無理だと断ったが、大丈夫だと言われたので仕方無く言う通りにしたら上手くいった。


「私って実は魅力的な女なのかしら。ふふっ」


 ニヤニヤと笑いながらその場を離れようとすると、黒月浩輝がそこにいた。


「楽しそうですね」

「!?」


 前田は赤面する。そして、自分の内心を悟られない様に無表情で尋ねる。


「それで、本当にあんなので上手く行くの?」

「うーん、多分大丈夫じゃないですか?」

「多分ってアンタねぇ……。私にこんなことをさせといて失敗なんかしたら許さないわよ」


 適当に答える浩輝に前田は呆れる。


「まあ、何とかなりますよ。ところで、アレの効果はどうでした?」


 その言葉に前田は再び赤面する。そのリアクションを見て浩輝は、上手くいったと確信する。


「なるほど、もしかして日元奏太にドキドキしてました?」

「私は悪くない! 全部あのバカが悪いの!」

「そうですか」


 ムキになって答える前田に、浩輝は余裕の表情で答えた。



 ☆



「あの、すみません」


 奏太はそう言って教室に入る。教室は青木一人だった。


「うん、何だい?」

「実は、先生に相談したいことが有りまして……」

「うん」

「僕の事を橋本先生と、いや橋本先生が監視してたんてすよ」


(あの人は何をやっているんだ!)


 青木は内心で、失敗した同僚を叱咤する。


「ああ……。ところで、監視される理由に心当たりは有るかな?」


 青木は、せめて自分だけはと己の使命を果たそうとする。


「いや、僕には……」

「そうか……」


 青木は残念そうに呟く。すると、突然奏太が倒れる。


「えっ!? 日元君、どうしたんだい?」


 青木は日元に近付く。そして、ただ眠っているだけだと気付く。そこで青木は奏太の制服が湿っている事に気付く。


(何だ? 良い臭いがする

 )


 そこで青木は理性を取り戻す。


(ダメだ。今はそんな場合じゃない。それより、何でいきなり眠った? 睡眠薬でも飲まされたのか?)


 青木は倒れている奏太の顔を見る。決して整った顔つきではないが、少年特有のあどけなさがそこにあった。


(ああ、可愛いよ日元君。少しだけなら……、そうだ、どうせ誰も見ていない)


「ハァ……ハァ……」


 青木の理性は負けた。彼は奏太の衣服を脱がす。学ラン、ワイシャツ、ズボン。そして下着。全裸の奏太を見て青木の興奮は最高潮になる。彼は自分のスーツとワイシャツを脱ぎ、ズボンに手をかける。


 その時、教室の扉が開く。


「何をしているんです?」


 青木の背筋が凍る。彼が恐る恐る振り向くと、そこには黒月浩輝がいた。


「青木先生。あなたは日元に何をしているんですか?」

「ちが……これは」

「何をしてるって聞いてるんだよこの変態!」

「ひっ」


 浩輝は急いで奏太に服を着せながら怒鳴る。


「何を騒いでいるんです? って、キャー!」


 浩輝の声を聞いた(という体で)前田が教室に入る。青木は青ざめる。


「前田先生! 日元が……日元が……」

「黒月君、落ち着いて。青木先生、これはどういう状況ですか?」


 浩輝の演技を白々しいと思いながら前田は言う。


「前田さん、日元君は睡眠薬を飲まされたみたいで……」

「それで、あなたは何をしていたのです?」

「違うんです! 良い臭いがしたから……」


 思わず「先生」ではなく「さん」を付けて必死に弁明しようとする青木を憐れに思いながら、前田は軽蔑の視線を送る。


「うう……。違う! 僕ははめられたんだ! そうだ黒月浩輝! お前は怪しかった! お前が何かしたんだろう!」

「仮に僕が何かをしたとして……」


 浩輝は冷たい視線を向ける。


「日元に何かをしようとしたのはあなた自身でしょう?」

「オイオイ、何だこの状況は?」


 教室には橋本も入っていた。


「橋本さん、これは……」

「なーんてな。実は教室での出来事は全部録ってた」


 口調の軽さとは裏腹に橋本も冷たい目線を青木に向ける。彼が指差す先を青木が見てみると、そこには隠しカメラらしきものがあった。


「嘘だ! 橋本、お前は僕の味方じゃないのか!? 前田、お前もそうだ! 何で僕を責める! 僕は言っただろ、黒月浩輝が怪しいって!! 悪いのはソイツだ! 僕じゃない!」


 その瞬間、青木の携帯電話が鳴る。番号は彼にとって見覚えのないものだった。青木は戸惑う。


「どうぞ、出てください」


 浩輝に言われて、青木は電話に出る。


「も、もしもし」

『もしもし、青木孝軍曹。私は『ファントム』の者です』


 電話の声は機械で合成したようなものだった。青木は息を飲む。


「!?」

『あなた、福音軍として日元電機、そして我々について調べていたようですね』

「……そ、そんな」

『我々としても調べられるのは気持ちの良いことでは有りません。なので、やめて頂きたいのです』

「ふ、ふざけるな! 僕は正義だ! お前達の言うことなんか聞いてたまるか!」

『ほう、その正義とは罪の無い男の子を襲うことですか?』

「何!?」

『あなたの様子は我々の方でも楽しませて頂きましたよ。事情を知らない一般人の男子生徒のせいで最後まで見られなかったのが残念です』


 青木は思わぬ相手に自分の性癖を晒した事で血の気が引く。そして、何も悪くない生徒にとんでもないことを言ってしまったと後悔する。ふと浩輝の方を見ると、依然として冷たい視線を向けていた。一方で橋本と前田はニヤニヤと笑っていた。青木は気付く。自分は二人に嵌められた事に。


『青木軍曹、我々への調査は終了してください。しかし、学校にはしばらくの間いてください』

「ど、どういう事だ?」

『あなたに何かが起きたという事がそちらの組織に伝わってはいけない。なのであなたはしばらくの間、常空中学校で教師を続け、組織の方には「何もなかった」とだけお伝えください』

「うるさい! 悪者風情が偉そうに!」

『では私からも言わせていただきます。うるさい、犯罪者風情が偉そうに』

「うう……」

『あなたが我々の言う事を、聞かないのなら、あなたの秘密は世界中に配信します。ちなみに、その動画は既にあなたのパソコンにもメールで送っています。後で確認してみてください』

「黙れ! お前達が何をしようと僕はお前達の罪を暴く!」

『やれやれ、優秀だと聞いていましたが物分かりの悪い方ですね。動画が配信されれば世界中の人が見るんですよ。あなた自身は自分が恥をかこうと自分の意志を貫けるでしょう。しかし、あなたには妻と二歳の息子さんがいましたね。息子さんが小学校に行ったとき、確実にいじめの対象になるでしょう。お前は変態の子供だ、お前も父親とそういうことをしてたんだろ、とでもいった所でしょうか』

「うう、うううう…………」

『それが嫌なら簡単です。私の言う事を聞いてください』

「……分かった。言う通りにする」

『期待しています』


 電話は切れた。青木はしばらく呆然としていたが堪えきれなくなって叫んで教室を出ていった。浩輝は青木の携帯電話を拾い、電話を掛ける。


「お疲れ様、藤宮さん」

『……命令』

「……お疲れ様、ルーシー。嫌な役目だったな」

『……大したことはしてない』


 電話の相手は藤宮彼海だった。先程青木と電話で話していたのも彼女である。本来は別の人物の役割だったのだが、急遽彼女が担当することになり、その旨は今朝、高橋から浩輝に伝えられた。


「それでも、青木は根は善人だ。そういう人を陥れるような事をさせて……」

『……私にこれをさせたのは高橋様。それに、青木は実際に日元奏太を襲おうとした』

「それは俺がけしかけた事だ。橋本さんに香水で日元を濡れさせたのも、前田さんに睡眠薬入りのキャンディを食べさせたのも俺だ」

『……浩輝君も言ってた。あくまでも彼を襲おうとしたのは青木自身』

「だが、そうなるように誘導したのは……」

『……浩輝君がまったく悪くないとは言わないけど、青木がクズだったことに変わりはない。私は、そのクズにとどめを刺しただけ』

「そうだな。ありがとう、ルーシー」

『……神を慰めるのは信者の役目』

「神、ねえ……」

『……私にとってあなたは神。私はあなたに選ばれて、あなたに導かれた』

「お、おう」

『……今の私は『ファントム』ではなく『黒月浩輝』の信者。ファントムにも敬意は払っているけど、もしもあなたがファントムを離れることがあればあなたについていく』

「俺と森崎百合花だったらどっちを選ぶ?」

『……私は恋愛よりも信仰を優先する』

「そうか」


「おいおい、呑気にイチャイチャしてんじゃねーよ」


 浩輝の横から、しびれを切らした橋本が声をかける。


「すまない、ルーシー。また後で」

『……うん』


 浩輝は携帯電話を切る。


「何ですかいきなり」

「何ですかじゃねーよ。呑気にイチャイチャしてんなっつってんの」

「そんなんじゃありませんよ。敬虔な信者に労いの言葉をかけるのは神としての務めです」

「いってーな。さすが中二」

「……冗談ですよ。とは言え、ルーシーは本気かもしれませんが」

「俺はまだ直接会ってねーけどさ、そいつヤバくねーか? 世界を壊すとか言ってんだろ?」

「何を考えてるかわかる分可愛いものですよ。高橋さんよりはマシです」

「それもそうだな」


 二人は沈黙する。そこで前田が口を開く。


「それで、どうするの? コレ」


 前田は、現在は浩輝によってきちんと制服を着ている日元奏太を指さす。彼は今も眠っている。


「前田さんが車で家に送ってください。僕には彼を送る方法はありませんし、橋本さんは彼に嫌われています」

「それもそうなんだけどね……」


 浩輝の提案に、前田は不安げな顔をする。


「何ですか?」

「その、私が目が覚めたこの子と車の中で二人っきりになったとして、私、大丈夫かしらって」

「?」

「私、襲われないかしら。彼のさっきの私を見る目、なかなか怖かったし」

「それもそれで面白そうですね」

「面白くない! 私の初めてがこんな不細工な中学生だなんてあんまりよ!」


 前田朱里26歳処女は顔を赤くして怒る。


「その言葉の方があんまりですよ」

「でも私……」

「じゃあ、水でもかけて無理やり起こして自分で帰らせますか? こんなことに巻き込まれたコイツにそんなことをさせることはできますか?」

「それは……」


 前田は今日奏太にしたことを思い出して口ごもる。彼女にも罪悪感はある。


「しゃーねー。俺も行くぜ」


 そこで発言したのは橋本。


「でも橋本さんは……」

「どうせコイツの記憶は睡眠剤の影響でゴチャゴチャしてんだろ。誤魔化せばなんとかなるだろ」

「そんなものですか?」

「それじゃさっさと車に運ぶぞ。お前も手伝え」

「分かりました」


 浩輝と橋本は二人がかりで奏太の太った体を持ち上げ、前田が奏太の荷物を自動車まで運ぶ。奏太を乗せた自動車を見送った浩輝は家路につく。


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