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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
2章 二人の少女
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暗躍

 ここは一週間前、禁忌獣が出現した場所。そして、ファントムの黒いロボットが、禁忌獣、自衛隊、そして謎の白いロボットと戦った場所。この場所は『ファントム信者』からは『聖地』と言われ、多くの『信者』が『聖地巡礼』に来る。また、黒いロボット及びそのパイロットは世間からは『ゲファレナー』と呼ばれ、多くの者からは恐れられているが、信者からは崇められている。ここに、一人の『ファントム信者』の少女がいた。彼女はこの惨状を見て、歪んだ笑みを浮かべながら呟く。


「世界中が、こんな風になれば良いのに……」



 ☆



 とある場所で少女が呟いてから数時間後。常空市立常空中学校、2年2組の教室は、転校生が来るという噂で賑わっていた。


「ねーねー、転校生、男かな? 女かな?」

「イケメンだといいなー」

「遠くの国の王子様だったりしてー」

「キャーそれいいー」

「何だよ、美少女かも知れねーぞ」

「清楚系お姉様希望!」


 そんなクラスメート達の言葉を鬱陶しく感じながら、黒月浩輝はぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。しばらくすると、担任教師が転校生を連れて教室に入る。担任教師に連れられた転校生の姿に教室中がざわめく。教師は一喝して生徒達を黙らせてから言う。


「皆さん、今日からこの教室で皆さんと一緒に勉強をする転校生が来ました。さあ、挨拶を」

「皆さん、はじめまして。僕はイギリスから来たセント・コールリッジです。今は森崎さんの家にホームステイしています。よろしくお願いします」


 転校生――セントが挨拶を終えると、教室中からは歓声が上がる。ちなみに「コールリッジ」は偽名である。


「ヤバい、イケメンすぎー」

「日本語ペラペラだな。すげえ」

「てか百合花! アンタ知ってたなら早く言えし!」

「あはははー、ゴメンね」

「よろしくな! セント」


 歓迎されているのを感じたセントはホッとする。その様子を見て、浩輝は思う。


(なるほど。セントのAIVを増やすために、出来るだけ多くの人と関わらせると言うのも目的か)


 AIVとは、その人が好意等の正の感情を受けることで発生する粒子状の物質である。これをエネルギーとして使うことで、セントはフィムというロボットを動かすことが出来る。もっとも、フィムは現在、浩輝によって大破しているのだが。


(霧山は、あのオロバスとフィムの残骸を組み合わせて新たな機体を造るだろう、と言っていたが)


『オロバス』を福音軍の技術者、坂口才磨の元に贈る作戦は特に問題も無く成功した。しかし坂口はどの様な研究をしているのかを詳しく公開していないので、福音軍を裏で操っているファントムの者ですら知らない。


(それにしても、邪魔をしてくる敵のパワーアップに協力するなんて、厄介だな。確かに本気ではない敵を力でねじ伏せると言うのは俺の趣味じゃないが、強くし過ぎるのも問題だ。霧山は「敵が強いほど、こっちも強いロボットを造れる」とか言ってたが、実際に戦うこっちの身にもなってみろ)


 浩輝が内心で愚痴を言っていると、セントは浩輝の隣の席に来た。教室の窓際で最後部の席に座っていた彼の隣の席は空いていた。


「よろしくね」

「……ああ」


 セントの挨拶に、浩輝はぼそぼそと返す。お互いに正体は知っているが、あくまで初対面として振る舞う。


 やがて、一時間目の授業が始まった。



 ☆



 午前中の授業が終わり、昼休み。クラス中から質問攻めに合うセントを尻目に、浩輝は教室を出る。


「日元奏太」


 浩輝は下級生の男子生徒、日元奏太に声をかける。奏太はビクリと体を震わせ、振り向く。


「な、何ですか? いきなり」

「お前に伝えておきたい事が有る。ファントム関連だ」


 それを聞いた途端に、奏太は目に警戒の色を見せる。


「僕はあんなロボットになんか乗らないですよ」

「安心しろ。しばらくはお前を乗せるつもりは無いらしい。俺が言いたいのは、お前を監視している者がいるという事だ」


 奏太はギョッとする。


「どういう事ですか?」

「お前の家の会社は、現在とある組織に警戒されている。それによって、社長の息子であるお前にも監視が付いた」

「そんな……」

「理不尽だと思うのは分かる。だが、これは俺にはどうにもできない。俺もこれを伝えるためにお前に接触したが、これ以上は接触したくない。俺にまで監視がつかれては敵わないからな。だが、お前には味方が一人だけいる」

「そ、それは」

「今回ここに赴任してきた青木孝だ。彼はファントムの人間では無い。だからウィルシオンや俺についての情報は知らないが、信用出来る人間だ。何か有れば彼を頼れ。だが、ファントムについての情報、そして俺がこれを伝えたということは話すな」

「分かりました。ありがとうございます」


 もしも浩輝がこれを言われたのなら、確実に疑うだろう。だが奏太は、一切疑わずに浩輝に礼を言い、歩いてその場を離れる。すると、その場にいた浩輝に近付く人間がいた。


「えっと、君は日元君の先輩かな?」


 青木孝だった。30才手前の優男風の若い男である彼は浩輝は日元との話は他の者に聞こえない様にしていた。その様子を見ていた彼は、奏太が去っていったのを見て浩輝に接触した。


「ええ、そんな所です」

「へえ、日元君はクラスメートから避けられてるみたいだからいつも一人なのかと思ったけど、君みたいな人がいて安心したよ」

「まあ、僕もあまり友達がいる方では有りませんからね」

「なるほどね。それで、君は日元君とどんな話をしてたのかな? 周りに聞こえない様に話してたみたいだけど」


 青木は聞く。彼は顔は優しげだったが、その目は鋭かった。それを感じながら浩輝は答える。


「はい、まあ、あまり他の人には聞かれたくない話なんですけれど……」


 浩輝は声のトーンを落とす。


「ちょっとネットで、とある噂を見付けまして」

「とある噂?」


 青木は怪訝に思いながら聞く。


「はい、実は「日元電機には宇宙人が技術提供をしている。だから、あの会社のコンピュータはあんなにハイスペックなんだ」と言う噂です。僕も荒唐無稽だとは思うんですが、一週間前のあの白いロボットに乗っていたのも宇宙人と言う噂も有りますし、もしかしたらと思って聞いてみたんです」


 その言葉に青木は少し驚愕する。あまりインターネットを利用しない彼は、そんな噂があるなど想像もしていなかった。


「日元は、そんなことは有り得ないと言っていたんですけど……ってどうかしましたか?」


 固まった青木を心配するように浩輝は言う。


「いや、何でもないよ。でも……、えっと、君の名前は?」


 浩輝は一瞬名前を言うことを躊躇うが、周りに生徒がいる状況で偽名を名乗る意味は無いと判断し、本名を名乗る。


「黒月です。黒月浩輝」

「そうか、黒月君。噂なんてものは余り信じてはいけないよ。特にインターネットの噂なんて信憑性が無いものがほとんどだって言うしね。僕はインターネットについてそんなに詳しい方では無いんだけどね」

「そうですね、以後気を付けます。それと、一つ聞いて欲しいことが有るのですが……」

「うん、何だい?」

「日元、最近父親と上手く行ってないみたいなんですよ。もし青木先生がよかったら、是非話を聞いてあげて欲しいんです。僕も出来る限りのことはしますけれど、子供である僕には限界が有ります。先生みたいな大人に、味方になってあげて欲しいんです」


 彼を知る者がこの台詞を聞いたら、白々しいと思うだろう。だが、そうでは無い青木は、真剣な顔で言う浩輝の言葉に頷く。


「分かったよ。僕で良ければ力になろう。君も、遠慮せずに相談してくれて良いんだよ」


 浩輝は笑って答える。


「はい、その時は頼らせて頂きます。では、よろしくお願いします」

「ああ、またね」


 浩輝は自分の教室、青木は職員室を目指して歩く。青木との会話を終えて浩輝は考える。


(青木孝は日元奏太バカとは違う。確実に俺の事を警戒するだろう。だが同時に、日元への関心も高まった。さて、どう出るか?)



 ☆



 青木孝は浩輝と別れた後、他の教師に彼の事について聞いた。教師らによると、彼は勉強は出来て、授業態度も良いため、教師からの評価は高かった。ただ、いつも一人でいるため、教師達は心配していた。奏太と仲が良いらしいと言うことを聞いた途端に、皆安心したような表情をした。一方で、奏太は勉強は不良生徒を除けば学年最下位、運動も出来ない、友達もいないと、浩輝以上に心配されていた。その後、学校のパソコンで日元電機についての噂を検索してみたが、実際にその噂は存在し、それなりに話題になっていた。もっとも、ほとんどの者は本気にしていなかったが。


(黒月浩輝と日元奏太は、教師に知られてなかっただけで前から仲が良かったのか、それとも最近なのか……。まあ、調べれば分かるか。もし黒月君の話が正しければ、日元電機がどうであれ、日元奏太本人は何も知らないと言う事になるが……)


 宇宙人の技術提供、父親との関係など、気になるキーワードがいくつかあった。青木は他の潜入者とも情報交換し、日元奏太とも直接接触することを決めた。


(黒月浩輝君か、彼もなかなか僕好みの……)


 そこまで考えてから、青木は自己嫌悪する。


(違う。僕は潜入してるとは言え、教師なんだ。生徒をそういう目で見るなんて、最低か僕は)


 彼は自分の性癖が特殊らしい事は理解している。それ故に、彼はそれを表に出したことは無い。彼は基本的には真面目な人間であり、英語の教員免許も持っている。その後紆余曲折あって自衛隊に入り、福音軍と言う組織に入ることになった。


(僕は自衛隊だろうと福音軍だろうと、自分の使命は必ず果たす。だが、僕は教師だ。もし生徒が困っているのなら力になる)


 真面目な男はそう決意し、次の授業が行われる教室に向かう。



 ☆



 突然、浩輝は寒気に襲われた。


「どうかしたか?」

「いえ、大丈夫です」


 浩輝に声をかけたのは橋本誠治はしもとせいじ。福音軍の潜入捜査員として教師をしているが、本来は『ファントム』に所属する技術者である。橋本は言葉ほどには浩輝の事は心配していない。


「そう。それで、どうなの? ターゲットと接触してみて」


 その様に問うのは前田明里まえだあかりという女性だ。彼女もファントムの一員である。


「問題有りませんよ。予定通りです。それで、あなた達の方はどうですか?」


 浩輝は答えると同時に聞く。橋本と前田は不機嫌そうに答える。


「問題ない。準備はしておいた」

「私もよ」

「ありがとうございます。では、次に頼みたい事が有ります」


 浩輝の言葉に、二人は更に不機嫌になる。


「何だ?」

「簡単ですよ。あなた達にはしばらく、日元奏太を監視して欲しいんです。彼自身が気付くように」


 前田は眉をひそめる。


「どう言う事? それじゃあ監視の意味が無いじゃない?」

「日元奏太には「お前を監視している者がいる。何か有れば青木孝を頼れ」と伝えています。つまり、日元と青木を接触させるために必要なのです。注意して欲しいのは、日元がバカだと言う事です。下手に隠れたら気付かれない恐れが有ります」

「……分かったよ」


 橋本は納得はしてないものの、取り合えず返事をした。前田もそれに続く。


「勘違いして欲しくは無いのですが、僕にこんな事をやらせているのも、あなた達をここに送り込んだのも高橋さんです。僕を恨まれても困ります」


 浩輝は本当に困ったように言う。


「そんなことは分かっている。だが、俺は霧山先生がいたから『ファントム』に入っているんだ。あの女もお前も俺は嫌いだ」

「まあ「あの女に従う」というのも霧山先生の命令だから、断る訳にもいかないのよね。よって「あなたに従う」というあの女の命令も断れない」


 二人の愚痴を聞いて、浩輝は頭をかくのを堪えながら言う。


「高橋さんには、お二人への報酬は多めにするように頼んでおきます」


 橋本は軽く舌打ちをする。すると、5分後に授業が始まることを示すチャイムが鳴る。


「では僕は教室に戻ります。二人とも、よろしくお願いします」


 浩輝は頭を軽く下げ、教室を目指す。橋本と前田は次の時間は授業が無いため、職員室に向かう。浩輝は教室に入り、自分の席に着きながら内心で呟く。


(まったく、人と話すのは疲れる。何でコミュ障の俺がこんな事を……)

 

 彼は学校ではほとんど誰とも話さず、まったく声を出さない日もあった。そんな彼の隣の席に座っていた、現在はクラスメートから開放されたセントが言う。


「今日、学校が終わった後時間は有るかい? 話したい事があるんだ」


 面倒だと思いながらも、浩輝は了解した。

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