理由
修治達が到着すると、修治の部下である若い男が待っていた。
「すみません、三佐。こんな時間に」
「構わない。それで、用件は?」
「はい、こちらをご覧ください」
部下の男は修治に一枚の紙を渡す。
「福音軍? なんだか胡散臭い名前だな」
「そうですね……。ファントム及び禁忌獣への対策をするために国連が設立した組織です」
修治の率直な感想に、部下は苦笑しつつも説明する。
「それにしても、随分と急な話だな」
「元々、禁忌獣対策の組織として前から設立の話はあったそうです。ですが、昨日の事件を踏まえて、ファントムも放っては置けない存在として、急遽このような名目が上がったそうです。というより、むしろファントム対策の方がメインのような気がしますね。これを読んだ限りでは」
「それで、俺はこの福音軍とやらに入る事になるのか」
「はい。森崎三佐と私の他に、技術部の坂口才磨一尉を含めた10名が配属されるそうです」
「坂口一尉……『霧雨』の開発者か」
坂口才磨は5年前、25歳の時に『レオン』の問題点であった燃費と操作性を向上させた。その才能は自衛隊内でも高く評価されているが、一方で性格は子供らしいところが有り、問題視する者も多い。そんな情報を思い出しながら、修治は質問する。
「それで、セントを連れて来させた理由は、福音軍に協力させろと? 自衛隊ではなく」
「そういう事だそうです。そして、我々には命令が出ています」
「命令?」
修治は訝しむ。
「はい。実は大手電機メーカー『日元電機』がかなりの額のお金を何処かに提供しているとの情報が有りまして、この提供先というのがファントムであるという可能性が有るそうなのです。なので、日元電機の関係者について調査しろ、との命令が」
「それで?」
修治が続きを促すと、部下はやや言いにくげに話す。
「……そして、その、セントには常空中学校に通う日元奏助社長の息子、日元奏太を監視させろとの命令でして……」
修治とセントは驚く。
「セントに監視を? そもそもコイツ自身が観察対象じゃないのか?」
「他にも教員として、我々の中から派遣するそうです。その者は日元奏太のクラスの副担任になるとの事なのですが……セントは留学生という名目で、百合花さんと同じクラスに入れろと」
「何故だ? 監視をさせるのでは無いのか? そもそも、ここにセントがいるのに他に見張りがいるとか言っていいのか?」
「さあ……私も上が何を考えているのか」
そんな話を聞きながら、セントは喜びつつも戸惑っていた。
(僕も百合花さんと一緒に学校に行けるんだ……! でも、どうして? 色々とおかしい点が有りすぎる)
☆
「それで、その福音軍とやらを裏で操っているのがファントムだと」
「ええ」
ファントムの基地ゴエティア。霧山隆介と高橋翠に呼び出された黒月浩輝は、二人から話を聞いていた。
「で、その坂口という人はどんな人なんです? 霧山さんの開発した『レオン』の欠点を指摘して改善するなんて、かなり凄い気がしますが」
「遠回しとは言え僕の事を褒めてくれて嬉しいよ。まあ、それは良いとして、彼は僕の元教え子さ」
「教え子?」
「ああ、僕は実は大学でロボット工学を教えていてね。彼は今まで僕が受け持った学生の中でも一番優秀だったよ。ちなみに、ここにいるスタッフも皆僕の教え子だったんだよ」
「へえ、尊敬されているんですね。それで、坂口氏の事は誘わなかったんですか?」
「僕は誰の事も誘ってないさ。皆、自分から僕のところで研究開発したいと言って来てくれたんだ。でも、もし誘ったとしても彼は来なかっただろうね」
「坂口氏からは尊敬されてないんですね」
「そうだねぇ、尊敬と言うよりはライバル視だね。そんな僕のライバルに、ちょっとしたプレゼントを贈ろうと思うんだ」
浩輝は怪訝に思う。
「プレゼント?」
「僕と彼との間には、IVについて知ってるか、知らないかという差がある。一応、フィムだったかな? 『ヴァルハラ』の機体も彼の所に有るには有るのだが、彼が一から開発して、完成させた頃にはこちらも進歩しているだろう。それでは不平等と言うことで、あらかじめ造っておいた『ウィルシオン二号機・オロバス』を彼の所に贈る。これは『ウィルシオン一号機・バティン』と全くの同型機だ」
「それで、僕にその『オロバス』に乗って持っていけと?」
「いや、君の事は公にするつもりは無いよ。協力はして貰うけどね。後日、トレーラーに『オロバス』を載せる。トレーラーはウチのスタッフが運転する。あらかじめ『ファントムが新型機を何処かに運ぼうとしている』と言う情報を福音軍に流す。福音軍は案の定、強奪してくる。というか、させる。福音軍が近くに来たと思ったら、あらかじめトレーラーにセットしておいた爆弾を起動、クロセルに乗った君は運転手を回収し、すぐにその場を立ち去る。福音軍は簡単に新型機をゲット! という作戦さ」
「本当に大丈夫ですか? そんな単純な作戦で」
浩輝は訝しげな目を向ける。
「その辺は福音軍の陰の実力者・ミハエル=クリストファー=ボールドウィンがなんとかするわ」
「あなたはいくつ偽名を使っているんですか? ミハエルさん」
胸を張って言う高橋に、浩輝は呆れる。
「あら、ここでの私は高橋翠よ」
「まあ、なんとかなるのならそれで良いでしょう。では、セントを僕の学校、しかも僕のクラスに入れたのは何故です? しかも彼の見張りまで付けて。僕の事は公にはしないんでしょう?」
浩輝の疑問に、得意げな顔で高橋が答える。
「そうね、日元奏太君を乗り気にさせるために必要なのよ」
「そんな必要が有るんですか。乗せたいのなら無理矢理にでも乗せれば良い」
「あら、君はあの子を乗せたくないんじゃ無くて?」
「僕は、できる限り禁忌獣を自分の手で処分したいと思っているだけですよ。それ以外の敵、つまり福音軍なんかと戦うのなら止めはしません」
極めて無表情に、浩輝は言い放つ。
「でしょうね。でも日元君には、君と違ってウィルシオンに乗る理由が無い。ならば、『あの子しか戦う事ができない』という状況を作れば良い」
「何をしたいのか検討もつきませんが、それなら何故、あの時僕を連れてきたんです?」
「それは僕が、君を乗せたかったからだよ。彼よりもね。君の禁忌獣に対する怒り、これがどんな結果を生み出すのか、それが見たかった。だから、あの時は君だけをウィルシオンに乗せた」
浩輝の問いに答えたのは霧山だった。
「なるほど。ですが、それは良いとして、日元奏太を乗せる理由とは何ですか?」
「それは、我々のスポンサーである日元電機の社長、日元奏助の意向よ」
「意向?」
「まあ、それについては追々説明するわ。それに、現時点で日元君について黒月君にやって貰いたい事は無いわよ。別にすぐに乗せる必要も無いしね。君にやって貰いたいのは、監視役の無力化よ」
「殺せ、と?」
浩輝は聞く。
「いいえ、そんな怪しまれるような事はさせないわ。今回教員役として来る青木孝、階級は軍曹には監視役自体は続けさせる。でも、監視役としての機能は停止させるの。簡単に言えば、弱味を握って虚偽の報告をさせ続けるの。それに、ウチのスタッフからも二人、学校に送るわ。もちろん、福音軍としてね」
高橋の言葉に浩輝は戸惑う。
「そんな事言われても。僕は学校で目立つつもりは有りませんし、そもそも弱味を握れとか言われてもどうすれば……」
「青木孝は、男の子が好きなの」
高橋は楽しそうに言う。
「は?」
「青木は男の子が好きなのよ。いわゆるショタコンって奴ね。周りには隠してるみたいだけど、私の手にかかればバレバレよ」
無表情を貫いていた浩輝の顔が強張る。
「な、何をさせるつもりですか僕に!」
「簡単よ。青木が男の子に発情してる様子を撮影か録音でもして、それを突き付ければ良い」
「その、男の子というのは……?」
浩輝は恐る恐る尋ねる。
「それについては誰でも良いわ。例えば、日元奏太君とか」
「分かりました。それでは、いくつか用意して貰いたいものが有ります」
浩輝はホッと息を吐き、高橋に要求する。要求を聞いた高橋はニヤリと笑う。
「ええ、用意するわ」
そこでふと、浩輝は一つの疑問を思い出す。
「そう言えば、セントを僕のクラスに入れるのは何故なんです? 霧山さんは、坂口氏が凄いロボットを造ることを期待しているんでしょう? セントは彼に協力させるべきだと思いますが」
「いやいや、坂口君は出来る限り一人で、他人の意見を聞かずに研究した方が上手くいくタイプだからねぇ。でも彼は、そこにヒントが有れば、つい甘えてしまうんだ。だから、無理矢理にでも離したんだよ。それと、正確には「君のクラス」ではなく「森崎百合花のクラス」だよ。彼はホームステイで森崎さんの家に来ている。だから、彼女に世話をして貰う為に彼女と同じクラスに行く。自然な事だろう?」
「そう、ですね」
浩輝は釈然としないものの、それはどうでも良いことだと判断し、深く考えない事にした。彼は内心で思う。
(まったく、面倒な事になるな)