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夢幻菌機ウィルシオン  作者: 八房 冥
2章 二人の少女
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遭遇

 少年は眼を覚ました。彼がいた部屋は白い壁に囲まれた質素なものだった。彼がふと見上げると、優しげに微笑む中学生くらいの少女の姿があった。


「おはよう。眼を覚ましたのね」


 少女は安堵したように言う。少年はその笑顔に、少し顔を赤らめる。


「おはよう、ございます。ええっと……ここは?」


 少年は起き上がり、戸惑いながらも、目の前の少女に質問する。彼女はにこやかに答える。


「ここは自衛隊の施設よ。あなた、丸一日寝てたのよ」

「一日……」


 少年は呟く。少女は問いかける。


「あなたの名前は? 私は森崎百合花」

「僕は……セントです。よろしくお願いします、百合花さん」

「よろしくね、セント君。ところで、あなたは……」


 少女――百合花が更に質問を続けようとすると、彼らがいる部屋の扉が開く。すると、一人の中年男性が部屋に入る。


「目覚めた様だな。体の具合はどうだ?」

「……特に問題は有りません」


 少年――セントの答えを聞いた中年男性は安心した表情を見せる。


「それは良かった。一時間後、俺はお前に色々と尋問をする。例えば、君が何者なのかや、あのロボットは何なのかだ」

「僕は今すぐでも構いませんけど……」

「目覚めたばかりではろくに頭も働かないだろう。ゆっくり休んでから、改めて君を迎えに来る。百合花、もう少し様子を見ててくれるか?」

「ええ、分かったわ。お父さん」


 娘の返事を聞くと、中年男性――森崎修治は部屋を退出する。


「ねえセント君、何か食べたいものある?」

「僕は……大丈夫です」


 セントは百合花の提案を遠慮がちに断る。しかしそこで、彼の腹部からグーッという音が鳴る。彼は顔を赤らめる。


「ふふっ、遠慮しなくて良いのよ? 私、パンか何か持ってくるね」


 そう言って百合花は、餡パンとペットボトルの紅茶を買ってきた。


「はい、どうぞ。セント君」

「あのっ、ありがとうございます」

「良いのよ。それと、私には敬語使わなくて良いのよ?」

「でも、その……」

「なあに?」

「えっと……、百合花さんは……あの、か、可愛いから、緊張しちゃって……」

「え……」


 赤面しながら言うセントの言葉に、百合花も同じように赤面する。部屋を沈黙が包む。すると突然、部屋の扉が開く。


「言い忘れていたが、この部屋は監視している上に、会話は全て聞こえている。人の娘を口説いてる暇があるのなら、すぐに尋問を始めるぞ」

「す、すいません。これだけ食べたらすぐに質問を受けます」


 部屋に入ってきた修治は、やや不機嫌そうに言う。セントは慌てて謝った。


「勝手にしろ。俺は後で迎えに来る」


 修治は部屋を出る。


「ええと、百合花さん、ありがとう。い、いただきます

 」

「ど、どうぞ。召し上がれ」


 未だに、彼らの間には気まずい空気があった。セントは餡パンにかじりつく。


「美味しいよ! この星に来てからこんなに美味しいのを食べたのは初めてだ!」

「この星……?」


 満面の笑みで言うセントの言葉に、百合花は怪訝に思う。


「ええと、それは……」

「まあ、色々有るわよね。とにかく喜んでくれて嬉しいわ。まだまだ食べたかったら、遠慮せずに言ってね」

「ありがとう。でもこれは結構大きいからこれだけで十分だよ」

「これで満足してくれるなら、私も嬉しいわ」


 百合花の笑顔を見て、セントはふと質問する。


「ところで百合花さん、君は学校に行かないの?」

「ええ、本当なら中学校に行くはずだったんだけど、昨日あんな事があったから休みになったの」


 セントの問いに、百合花は表情を曇らせる。


「その……ごめんね」

「えっ?」


 突然のセントの謝罪に百合花は戸惑う。


「本当は僕はもっと早くあそこに行けたんだ……。僕がもっと早く気づいていれば……、もっと……もっと…………」


 セントは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、俯く。泣きそうになるが、どうにか堪える。そんな彼を百合花は抱き締める。


「えっ……」

「自分を責めないで。私には詳しいことはわからないけれど、セント君が私達の街に助けに来てくれたんでしょう? あなたが来てくれたおかげで、助かった人が沢山いたと思うの」

「でも……」

「あなたがもし本当に辛いのなら、無理しないで泣いて良いのよ。私があなたを支えてあげる」

「百合花さん……、うう……」


 百合花の胸の中でセントは嗚咽する。彼女は彼の背中を優しく撫でる。しばらくすると、部屋の扉が乱暴に開かれる。


「尋問の時間だ。付いてこい」


 完全に不機嫌そうな修治がセントを迎えに来た。



 ☆



 セントが案内されたのは、先ほど彼らがいた部屋の半分程の広さの小さな部屋だった。そこには小さなテーブルを挟んで椅子が二つ有るだけで、殺風景な印象をセントは受けた。修治は部屋の鍵を閉め、入り口から見て奥の方に有る椅子に座る。


「座れ」

「失礼します」


 修治がセントを椅子に座る様に勧めると、セントは言う通りにする。それを見た修治は尋問を始める。


「まず初めに、お前は何者だ?」

「僕は『惑星・ヴァルハラ』という星から来ました。セントと言います」


 その様な可能性も少しだけ頭にあった修治は、若干驚きながらも、冷静な態度を崩さない。


「では、お前はいつ頃、何故、誰と地球に来た? お前には仲間はいるのか?」


『仲間』と聞いて、セントは地球に来てから仲間になった青年、倉島大和の顔を思い浮かべるが、彼の事は言わない方が良いと考える。


「僕の姿からは信じられないかもしれませんが、僕は10年前にこの地球に来ました。ここにはリードという人物と一緒に来ましたが、大気圏突入の際にはぐれてしまいました。僕たちは上司から、全宇宙で、あなた達が禁忌獣と呼ぶ存在に苦しめられている人達を助けろ、という命令を受けて、ここに来ました」


 修治は疑わしげな顔をしつつも、話の内容をメモする。


「そうか。では、お前が乗っていた白いロボットについて教えろ」

「『フィム』という名前です。『惑星・ヴァルハラ』でも最も普及している機体の一つで、この星の言葉で言うと、『anti imaginary virus』、略して『AIV』とでも言うような物質をエネルギーとして動きます」

「詳しいことについては、技術部の人間に後で質問させる。では次に、『ファントム』について知っていることを全て話せ」

「僕も詳しいことは分かりません。ですが、恐らくファントムには僕の同郷の者が関わっています」

「同郷というと、お前がさっき言っていたリードとやらの事か?」

「はい。あの時僕が戦った黒いロボットには僕達の星の技術が使われています。彼女がこの星の技術者に技術を提供して、造られたのがあの機体だと思われます」

「その機体にリードは乗っていないのか?」


 セントは自分が戦った少年、黒月浩輝を思い出す。彼のことは顔も知らないが、彼については話さない方が良いと判断した。


「はい。相手は操縦技術がそれほど高く有りませんでした。リードの実力はかなりのものです。もっとも、演技でわざと下手に戦った、という可能性も有りますが」


 その言葉に修治は納得する。彼も敵の技能が低いとは思っていた。そして勘だが、あれは演技ではないと思っている。話し方が妙に台詞がかってるのは気になっていたが。


「そうか。では俺からは最後の質問だ。お前は俺達の味方か?」

「はい」


 セントは即答した。


「これで俺の尋問は終わりだ。悪いが、次は別の者の尋問を受けてもらう」

「わかりました」



 ☆



 修治の尋問が終わった後、セントは4人の人間から尋問を受けた。隠し事は有りそうとは言え、嘘をついている様子は無いと判断された彼は今後しばらく、修治の家で預かる事になった。


「セント君って言うのね。私は森崎花梨。これからは私の事を本当の母親のように思ってくれて良いのよ」

「はい! よろしくお願いします」


 森崎家に連れて来られたセントは、修治の妻にして百合花の母親、森崎花梨と挨拶を交わしていた。


「今日の夕飯はシチューよ。沢山作ったからおかわりはドンドンしてね」

「はい、ありがとうございます。……美味しそうだ、いただきます!」


 食卓にはセントの右に百合花が座り、彼の正面に修治が、その左に花梨がいる。


「これは……美味しいです!」

「嬉しいわ。でも、沢山あるんだからゆっくり食べて良いのよ」

「あはは、そうですね。でも、美味しくてつい」


 食卓では楽しげな会話が繰り広げられる。セントと百合花の仲の良さに修治が時折顔をしかめるものの、すぐに笑顔に戻る。そんな中で花梨が言う。


「ところでセント君は学校に行くの?」


 その言葉に修治とセントは驚く。


「何を言ってる。セントには自衛隊に協力して貰う事になっている」

「でもセント君、百合花が学校の話をしてるとき、羨ましそうな顔をしてたじゃない。自衛隊パワーを使えばどうにかなるんじゃない?」

「いや、僕は……」


 セントは戸惑う。確かに彼は学校に行きたいという気持ちは有るが、自分の立場はわきまえている。


「セント君、本当に行きたくないの?」


 百合花も聞く。彼女もセントの気持ちには気付いていた。セントは少し考えてから答える。


「はい、僕は確かに学校には行ってみたいと思っています」

「お前!」

「ですが、僕はこの星の人達を、こんな僕の事を一応とは言え信じてくれた修治さん、花梨さん、そして百合花さんを守りたいんです。だからこそ僕は、自衛隊に協力しなくてはいけないんです」


 やや不安そうな表情でセントの言葉を聞いていた百合花は、やがて納得したような顔になる。


「そうね。でも、もし自衛隊に協力しなくても大丈夫になったら、一緒に学校に行こうね!」


 セントは笑顔で答える。


「うん、そうだね」


 その時、修治の携帯電話が鳴った。


「俺だ。……何!? …………そうか、直ぐに向かう」


 修治は電話を切る。花梨は聞く。


「呼び出し?」

「ああ。セントを連れて来るように言われた。行くぞ」

「はい」


 修治とセントは直ぐに自衛隊基地に向かう。



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