背景
浩輝は出撃時に自ら開けた穴から、格納庫にゆっくりと入る。クロセルを停止させ、ヘルメットを外し、コクピットから浩輝が出ると、高橋がそれを迎えた。
「お疲れ様、黒月君」
高橋の言葉に、浩輝は無言で会釈をする。彼は相当疲れていた。それを察しつつ高橋は言う。
「本当はすぐにでも帰りたいでしょうけど、色々話をしたいのよ。悪いわね」
「…………僕も知りたいことは色々有りますけど、後じゃ駄目ですか?」
「だーめ。情報はナマモノよ。今日のうちに報告しないと、君も完全には覚えてられないでしょ? ついてきて」
高橋に連れられ、浩輝は部屋に入る。そこは沢山のモニターが有る部屋で、中では霧山が待っていた。
(アイツはいないのか?)
疑問に思った浩輝の様子を見て、霧山は言う。
「ああ、日元奏太君は帰ったよ。外が安全になった以上、彼はここにいる必要が無い。何より、今から君とする話は、彼には聞かせたくないからね」
「彼も関係者じゃ有りませんでしたか?」
「そうだねぇ、彼は君と違って、生まれたときからウィルシオンに乗る運命だった。ただ、君と違って、彼個人に禁忌獣と戦う理由は無い。そんな彼に、今回君が味わった感覚を与えたとして、乗り気になってくれると思うかい?」
(運命……?)
浩輝は霧山の言葉に疑問を持ちつつも、それには触れず、やや皮肉げに答える。
「確かに、アレの動かし方が頭の中に入ってくるというのは気持ち悪いですね。実際にはそれ以外の物も入ってきた様ですが。何故か禁忌獣や、あの白いロボットのパイロットが何を考えているのか分かりましたし」
「そうね、それは私の星の技術よ」
答えたのは高橋。そんな彼女に浩輝は胡散臭いものを見るような目を向ける。
(バカか? この女)
「バカじゃないわ」
失礼な事を考えていた浩輝、笑顔で高橋が言う。しかし、目は笑っていない。浩輝は少し驚きながら尋ねる。
「まさか、あなたも僕の脳内が読めるんですか?」
「いいえ、今の生身の私にはそんな能力は無いわ。ただ、君みたいな、普段周りを見下してる人がどんな事を思うのかくらい分かるわ」
「……すいませんでした」
相変わらず、目だけは笑っていない高橋に、浩輝はボソボソと謝る。そのやり取りを見た霧山は咳払いをする。
「まあいいわ。話を戻すけど、ウィルシオンに使われている技術の一部は私達の星、『惑星・ヴァルハラ』のものなの」
高橋が「私達」と言ったのを聞いて、浩輝は霧山の顔を見る。
「霧山博士は地球人よ。ここで言う「私達」は私と、あなたがさっき戦ったセントの事。私――リードとセントは元々、『ヴァルハラ』で、この星で禁忌獣と呼ばれている存在と戦っていた。その後『ヴァルハラ』は、全宇宙で禁忌獣によって苦しめられてる人達を救う事を決めたの。そして、私達は地球に派遣された」
「……」
浩輝は高橋の言うことを信じられないが、彼女の話を黙って聞く。 すると、霧山はそばにあったコンピュータを操作して浩輝に画面を見せる。そこには、セントのフィムを黒くしたような機体があった。ただ、所々水色の部分があるクロセルと違い、全体が漆黒に包まれていた。
「これは高橋博士が10年前、ここに来たときに乗っていた機体『シーファ』。これがウィルシオンのプロトタイプとなった。ここでは便宜上『ウィルシオン零号機・ルシファー』と読んでいる」
そこで浩輝は疑問を持つ。
「何故あなたは霧山さんに接触したんですか? 普通に考えたら、他の星の人に技術を提供するなんておかしい」
「そうね、もしかしたら私達の技術によって、私は新たな敵を作るかも知れない。でもね、こんな辺境の星で、ただ戦うだけの人生なんてつまらないじゃない? だから私は、地球で兵器の開発をしていて、かつ大きな組織に属していない研究者を探した。そこで見付けたのが霧山博士よ。私はIVの研究者という名目で、ここにいるの」
「高橋博士が初めてここを訪れてきた時は驚いたよ。そして、IVという物の存在を知ったときは更に驚いた。これをエネルギーとして使うことで、機体の出力を格段に上げることが出来るようになった。何せ、IVは全ての生物が受ける負の感情が物質化したものだからね。エネルギー切れの心配はほぼ無い」
「しかし、そんなものをどのように発見したんでしょうか?」
浩輝は質問する。高橋は答える。
「私達の祖先は長い間禁忌獣に苦しめられ続けていた。しかし、どうやってかは知られてないけど禁忌獣を捕獲したらしいの。その際に、禁忌獣は他の生物からの負の感情を物質化してエネルギーに変えて生きていたということが分かった。つまり、あのエネルギーもIVだったのよ」
「では、ウィルシオンには……」
「そう、ウィルシオンには禁忌獣の脳とIV器官と名付けられた器官が組み込まれている。私達の祖先はウィルシオンの原型とでも言うべき機体『シーファ』で禁忌獣と戦い、生き残る事に成功した。そして、時代が進むことによって『シーファ』は少しずつ改良されて行き、禁忌獣は私達にとって恐怖の対象では無くなった。そこで、新たな発見があったの」
そこまで言い終えた高橋はデスクに置いてあったグラスの水を飲む。
「発見……」
「ええ、その発見をしたのは一人の貧しい少女――と言っても、私からみたらかなりのおばあちゃんなんだけどね。彼女はシーファとの戦闘によって死にかけた禁忌獣に近づいた。周りの人達は彼女を止めようとしたものの、彼女はそれを押し退けて禁忌獣の側に寄り、体を撫でた。そこで、禁忌獣は口から黒ではなく、白いエネルギーの塊を彼女に撃った。しかし、彼女は身体中の疲れや痛みが無くなったと言われている。やがてそれは、生物の正の感情に反応して作られる『IV』を打ち消す効果を持つ物質で有ることが分かった。私達の祖先は『anti imaginary virus』略して『AIV』と名付けた。とは言っても、これはあなた達の言葉に合わせて言っているだけで、『ヴァルハラ』の私の国では違う言い方をしているんだけどね」
それはそうだろう、と浩輝は考える。高橋は話を続ける。
「禁忌獣は『IV』と『AIV』というお互いに打ち消し合う物質を体内で作っている。それによって、禁忌獣と分かり合えると考えた『対話派』と呼ばれる人達が出てきた。一方で、自分達の祖先を苦しめた禁忌獣を絶対に許さないと言う考えの『殲滅派』と呼ばれる人達もいた。『殲滅派』はその後『AIV』をエネルギーとして使う『フィム』と呼ばれる機体が開発された。これはセントが乗っていた機体ね。『フィム』が開発された事によって、嫌われもの以外の人達もロボットに乗って戦うことが出来、『ヴァルハラ』の戦力は増大した。一方で、『対話派』も負けていなかった。彼らは禁忌獣同士は特殊な電波のような物でコミュニケーションを取っている事を発見した。彼らはその電波の周波数を測定し、『ワルキューレシステム』というシステムを採用した『対話器』とでも言うべき機械を造った。これによって、禁忌獣が何を考えているのかを分かることができ、実際に対話に成功した」
そこで浩輝は『クロセル』に乗ったときの事を思い出す。
「でも、それは『対話派』の技術ですよね。僕は『殲滅派』のロボットの進化形である『クロセル』で禁忌獣の声を聞いたのですが」
「当然の疑問ね。まあ、何となく予想はついてるでしょうけど、『殲滅派』は『対話派』の『ワルキューレシステム』の技術を盗み、自分達の機体に取り入れた。これによって禁忌獣がどこにいるのかをパイロットが感覚的に分かるようになり、『殲滅派』はより効率的に禁忌獣を倒すことが出来た。中には禁忌獣の言葉を知った事で『対話派』に寝返った人達もいたんだけど、禁忌獣も『ヴァルハラ』の人達を憎んでいるのがほとんどだった。その後、『殲滅派』は『ヴァルハラ』以外の知的生命体が存在する惑星にも禁忌獣が現れると考え、全宇宙の禁忌獣を滅ぼすと考えていた『殲滅派』は様々な惑星に戦力を送り込んだ。その結果、私とセントはここに来た訳」
「しかし、あなたはともかくセントが『殲滅派』って違和感が有りますね」
「私はともかくって……、まあいいわ。単にセントの先祖は『殲滅派』の人間だったから家族共々『殲滅派』に所属していた。彼は元々腕の良いパイロットだったんだけど、やがて禁忌獣との対話を考えるようになった。それが上層部の逆鱗に触れ、地球に送られる事になった。そして私は彼の監視役としてここに送り込まれた」
「つまり、あなたはその上層部とやらに信頼されている様ですね。そんな人が他の星に技術提供なんて、それこそ違和感が有る」
「私は昔はお金の為に必死で禁忌獣と戦った結果、それなりの地位にいたわ。でも、こんな所で禁忌獣を倒したって何も貰えない。それじゃあ私はここで好き勝手に過ごそうって決めたの。その結果、霧山博士や黒月君みたいな面白い人材に出会えたってわけ」
面白いと評価された事は無視して、浩輝は考える。
(昔はって、コイツ何歳だよ。実はかなりの年寄りじゃないのか?)
そんな彼を高橋は笑顔で見る。やはり目は笑っていない。
「何を考えてるのかしら? 黒月君」
「いや、リ、リードさんはお美しいなと……」
「お世辞でも嬉しいわ。それと、ここでは私は高橋翠17歳よ」
「でも僕の姉さんよりはどう見てもとしう……」
「17歳よ」
「……分かりました」
現在19歳の姉、遥の顔を思い出しながら浩輝は頷く。
「取り合えず、今日あなたに話したかった事はこれで全部よ。何か質問は有るかしら?」
(気になった事は沢山あるが、質問は止めておこう。正直、早く帰って寝たい。そもそも、コイツが言っている事が本当かどうかも怪しい)
「いえ、特に有りません。では今日は帰ります」
「ちょっと待った」
帰宅しようと思っていた浩輝を止めたのは霧山だった。浩輝は疲れたように答える。
「はぁ、何でしょうか?」
「いや、高橋博士の歴史の授業の後は僕の美術の授業だよ。僕の愛しい芸術品の数々を見てくれたまえ」
霧山はコンピュータを操作し、浩輝に画面を見せる。そこには、全身は黒いが所々オレンジ色の部分がある。面影は『ルシファー』に似ているが、どこか生物的な印象がある『ルシファー』に比べ、機械らしいと浩輝は感じた。
「これは高橋博士の『零号機・ルシファー』を地球の技術で僕なりに再現した機体『ウィルシオン一号機・バティン』。当時のパイロットの要望でガンナー仕様になっている。ライフルと二丁拳銃を装備している」
「当時の?」
「ああ、彼は5年前に我々ファントムに所属していた。ファントムの結成については後日話すが、それはともかく『バティン』のパイロットは禁忌獣と戦っていた。しかし彼は禁忌獣と対話するという道を選び、我々の元から去っていった」
「止めなかったんですか?」
浩輝は高橋の方を見ながら言う。彼女は答える。
「それは無駄だったわ。彼にはセントがついていた。そしてセントは私より強い。2対1では勝てる見込みは無かったから、私は彼を見送ったの」
「僕としてもその方が面白いと思ったしね。強敵がいればいるほど、ロボットを造る上で課題が増える。ちなみに、バティンのパイロットは倉島大和君。今年で25歳だったかな」
画面には、長い茶髪の青年の顔写真が映っていた。浩輝は軽薄そうな印象を受けた。
「君は今後、彼と戦うだろう。彼は遠距離からの狙撃も
得意だが、近距離での戦闘こそが彼の真骨頂だ。下手すればクロセルの装甲を貫くかも知れない」
「『理不尽な防壁』とは一体何だったんですか……」
「まあ、バティンも僕が造った機体だし多少はね? だが、そのバティンの攻撃さえ余裕で受けられそうな機体も有る。『三号機・ザガン』だ」
霧山はまたもコンピュータを操作する。画面には分厚い鎧を身にまとった機体が映っていた。これは全身が黒く、一部分は黄色だ。
「『ザガン』には何よりも防御に力を入れた。その代わり、スピードが極端に出せない上に、ウィルシオンで唯一飛ぶことが出来ない。武装は遠距離用のキャノンと、近距離用のハンマーだ」
浩輝はその巨大な姿を見て、ここにはいない奏太の太めの体型を思い出す。
(そう言えば、アイツは生まれた時からウィルシオンに乗る運命だったらしいが、あの女が地球に来たのは10年前とか言ってたな。アイツは中一のはずだから矛盾している。適当に話してたのか、それとも……)
浩輝の頭に、とある可能性が頭をよぎる。
(いや、アイツがどんな存在だろうと俺には関係ない。俺の邪魔をするのなら潰すし、利用出来るなら利用する)
浩輝がそんなことを考えていると、コンピュータの画面は切り替わっていた。それはどこか鳥を思わせる大きな翼を持っていた。
「そして、『ザガン』とは全く逆の性質を持つのが『四号機・ハルファス』。これはスピードを極限まで高めた機体さ。その真価は空中にて発揮される。ただ、最高速度で機体をコントロールするのは至難の技だし、他のウィルシオンに比べれば装甲は薄いから、扱いが難しい。一度、乗ってみて欲しい。武装はショットガンとナイフだ」
「分かりました。別にクロセル以外には乗りたくないという訳でも有りませんし」
「助かるよ。それともう一つ、頼みたい事が有るんだけど」
「何でしょうか」
「ウィルシオンのパイロット候補を何人か探して欲しいんだ。別に急ぐ必要は無いけどね。現在は君と日元奏太君がいるが、現在ウチにあるウィルシオンは三機だ。なに、君は名前だけ教えてくれれば良い。交渉は高橋博士がやってくれる」
「僕は交渉された覚えなんて無いのですが」
「まあ、君の場合は乗る理由があるからね。でも、ほとんどの人は禁忌獣と戦う理由は無い。倉島大和君の場合は、禁忌獣によって人々が苦しむのが許せないという正義感で乗ってくれたんだけどね。でも、この街の周辺の住民は直に禁忌獣の恐ろしさを知ってしまってるからね」
「別にこの街周辺の住民にこだわる必要は無いのでは? あなた達なら世界中から適当に拉致してくるという事も出来るでしょう。あなた達は世界中でテロをしているファントムなのだから」
「あちゃー、言い忘れてた」
言ったのは高橋。浩輝は眉をひそめる。
「何ですか?」
「実はファントムは世界でテロなんかしていないの。ファントムのメンバーは司令官の霧山博士と副司令の私と、その他技術スタッフが50名のみよ」
「どう言うことです?」
予想外の事実に浩輝は内心で驚愕する。
「ファントムが世界中で犯罪をしているというのは私達が意図的に流したデマなの。ファントム』が世界から敵として認識される為にね。何故だか分かる?」
「……ファントムの構成員のIVを増やすためですか?」
「その通り。ファントムが世間から悪だと認識されている。その実体は巨大人型兵器『ウィルシオン』を研究・開発しているだけの組織。故に『幻』なのよ。事件が起きる度にネット上で『これはファントムの仕業だ』みたいな書き込みをして、ファントムという組織の存在を世間に浸透させた。その結果、私達では無い人間が『犯人はファントムだ』とか言うようになったり、『俺はファントムだ』とか言っちゃう模倣犯が出てきたりしたの。実際には犯罪らしい犯罪はしていなかったんだけどね」
「国に黙って兵器なんか造ってる時点で犯罪だと思いますが……。でも、仮にそれが良かったとしても、今回は言い逃れ出来ませんよね。こちらの戦力は確か四機のウィルシオンのみにも関わらず、世界を敵に回すだなんて」
そこまで言って浩輝は思い出す。
(そう言えば、さっき紹介されたのは零、一、三、四号機でクロセルは五号機。二号機は無いのか?)
浩輝の言葉に霧山は笑って言う。
「大丈夫さ。現在、世界中の軍隊で使われている兵器が束になってかかってきてもウィルシオンを傷つける事は出来ない」
「……そうですか」
「まあ、ファントムには世界中から人材を確保するような余裕は無い。我々も本拠地であるここを出来れば離れたくない。支部を持てるほどの余裕も無い。だから、ここの周辺の住民をパイロットとして迎えたいんだ。やってくれるね?」
「まあ、分かりました。でも、どうすれば」
「これを渡しておくわ」
高橋は青いスマートフォンのような物を取り出す。
「これは『IVチェッカー』よ。これを対象に向けて、横のボタンを押すと、その人の名前や生年月日、『IV』保有量などを画面に表示してくれる。例えば、これをあなたに使うと……」
彼女は浩輝に『IVチェッカー』を向けて、横についているボタンを押す。約5秒後、その画面には『15234』という数字と『黒月浩輝』という文字、その他生年月日等の個人情報が表示された。浩輝は少し気味悪がる。
「この様に、あなたの『IV値』が分かる。このデータは私達の元にすぐに自動的に送られる。君の数値は前に測った時に比べて約1.5倍になってるわね。これは世界が『ファントムのメンバー』、そして『あの黒いロボットのパイロット』に対して恐怖や敵意を感じたからね。ただ、『何だかんだで禁忌獣を倒してくれた』という意見とか、いわゆる『ファントム信者』の存在があることで、少し抑えめになっているけれど」
「前に測った時というのは、さっきコンビニにいた時の事ですか」
「ええ。私はちょくちょく、あのコンビニに来る客のIV値を測っていた。そして、あなたはズバ抜けたIV値を示していた。そして、あなたの事を調べた結果、禁忌獣と戦う理由も有る事が分かった。だから、あなたと、元々パイロットになる予定だった日元君を連れてきたの」
「なるほど。とにかくやっておきますよ。お役に立てるかは分かりませんが」
「まあ、そんなに必死にやることでも無いしね。頼んだわ。私はこれ以上言うことは無いけれど、霧山博士はどうです?」
「僕も無いよ。じゃあ黒月君、帰って構わないよ。高橋博士、頼むよ」
「勿論です。私が車で送るわ」
「ありがとうございます。ですが、最後に僕も言いたいことが有ります」
「何かな?」「何かしら?」
浩輝の言葉に二人は怪訝そうに眉をひそめる。
「僕はあなた達を全面的に信用している訳では有りません。例えば、高橋さん。あなたの星は全宇宙の禁忌獣に苦しめられている人達を助けるためにあなた達を派遣したみたいですが、そもそも何故禁忌獣があなたの星の外にいることを知っていたのか。禁忌獣はあなたの星から逃げるために宇宙に出たんじゃないかと思うわけですよ」
高橋は驚く。だが、すぐに笑顔に戻り、問う。
「つまり、禁忌獣が地球に来たのは私達のせいだと? もしそうだとして、あなたは禁忌獣を許し、私を殺すの?」
浩輝はシニカルな笑みを浮かべる。
「たとえ必死にあなた達から逃げた結果、からがら地球にたどり着いたのだととしても、僕の両親を殺したのには変わり有りません。だからと言って、あなた達を憎まない訳じゃない。だが、あなたには利用価値が有る。あなたが何を考えているか分かりませんが、僕はあなたを、いやファントムを利用します」
「へー。つまり、用済みになったら私を消すのかしら?」
高橋は面白がる様に聞く。横では霧山も楽しそうな顔をしている。
「もしかしたら、そう言う事も有るかも知れません。簡単では無さそうですが」
「まあ、とにかく。君は禁忌獣に復讐をする。そして僕は、君の戦闘データを参考に、最強のロボットを造るための研究をする。そして高橋博士は、そんな僕達の様子を見て楽しむって所だね。目的はどうであれ、僕達は同志だ。仲良くしようじゃないか」
霧山は右手を浩輝に差し出す。浩輝はその手を取り、握手をする。
「分かりました。よろしくお願いします。ところで、一つ、頼みたい事が有るのですが」
「何かな?」
「『クロセル』に二つほど、付けて欲しい機能が有るのです」
浩輝は希望を口にする。霧山はニヤリと笑う。
「良いよ。任しておいてくれ。それじゃ、高橋博士」
「ええ。行きましょう。黒月君」
「よろしくお願いします。では霧山さん、さようなら」
☆
浩輝が自宅のアパートに着いた時には、午後8時を過ぎていた。
「それじゃ、お疲れ様」
「ありがとうございました」
浩輝は礼を言い、車体から出る。高橋が声をかける。
「君が今後どんな存在になるのか、楽しみにしているわ」
「別に対した事をするつもりは有りませんよ。僕はただ、僕がやりたいことをやるだけです」
「そっか。じゃあ、さよなら。また今度ね」
高橋はそう言って、車を発進させる。浩輝は軽く頭を下げ、自宅に入る。すると、姉の遥から、仕事の都合で遅くなるという主旨の留守番電話が入っていた。彼女はジャーナリストの仕事をしている。彼女の仕事が増えた原因の一部は自分に有る浩輝は申し訳なく思う。その後、遥が作りおきしていた夕食を食べて、すぐに眠りについた。
☆
高橋は車を走らせながら考える。
(黒月浩輝君。彼は戦う理由も資格も有り、かといって正義の為に戦うキャラでもない。何故かセントのことは見逃したみたいだけれど、目的の為なら手段は選ばない。ウィルシオンのパイロットとして、これ以上相応しい存在は無い。もしかしたら、厄介な存在になるかも知れないけれど、それもそれで面白そうね)
信号機が赤色を示す。彼女は車を停める。
(そして日元奏太君。彼はウィルシオンに乗るために生まれた存在。ポテンシャルは黒月君より上だけど、戦う理由は無いし、戦うことが好きではなさそう。そう言う性格になっちゃったのは仕方無いんだけど、あの子を乗せないと怒る人がいるのよね。どうしたものかしら……)
信号が青になる。彼女は車を走らせる。
(まあ良いわ。どうにかなるでしょう)
彼女の車は闇に消えて行く。