出現
南太平洋に浮かぶ小さな島、チオデ島。ここには発展途上国と呼ばれている、とある国があった。
「appleは日本語で『リンゴ』と言うのよ。言ってみて」
現在、一人の東洋人の女性が現地の子供達に日本語を教えていた。子供達はそれを熱心に聞きながら元気良く『リンゴ!』と言う。当然発音は良いとは言えないが、それを聞いた女性、黒月沙也佳は嬉しそうに頷く。
「じゃあ、今日はここまで!」
沙也佳がそう言うと、子供達は英語で「先生、ありがとう!」等と口々に礼を言う。するとそこに、大きなカゴを持った東洋人の男性が現れる。
「さあ、おやつの時間だぞ」
彼の名は黒月亨。黒月沙也佳の夫であり、エンジニアとして現地の人間に仕事を教えるのが仕事だ。彼はカゴから沢山のパンを取り出す。子供達は喜んでそれに群がる。それを見ながら、亨は沙也佳に話し掛ける。
「明後日には日本に帰るんだよな。なんか長いような短いような一ヶ月だったな」
「そうね。遥も浩輝も元気かしら?」
彼らは、現在11歳の娘と6歳の息子を祖国に残し、このチオデ島にいる。
「まあ、親父とお袋に預けてるんだから元気だろ」
「お義父さんやお義母さんには迷惑かけっぱなしよね」
「構わないさ。二人とも子供好きだからな」
彼らがそんな他愛もない会話をしていると、遠くからドーンという大きな音が鳴った。
「何!?」
沙也佳は驚きの声を上げる。そして子供達はざわめく。すると、彼らのところに大勢の人々が走ってきた。ほとんどは現地の人間と思われる者だが、中には西洋人や東洋人もいる。彼らのうちの一人の男性が叫ぶ。
「に、逃げろ!」
「何があった!?」
亨は彼らのただならない形相を見て尋ねる。
「バ、バケモノが……、バケモノが降ってきたんだ!」
「それってどういう――」
「なんでも良い。とにかく逃げろ! 子供達も早く!」
走ってきた男性がそう言うと子供達は一斉に走り出す。するとその中の一人の少女が転倒する。それを見た亨は彼女を背負って沙也佳と共に走る。
「で、取り敢えず港まで行くんだな?」
「ああ」
亨は行き先を確認する。そしてしばらく走る。しかし亨は突然、自分の下に大きな影が現れたのを認める。そして、彼の隣に走っていた男は呟く。
「くそ、もう逃げられねえ……」
亨の目の前には、全長30メートルほどの巨大な生物がいた。鋭いキバや爪、そして硬そうな黒い皮膚を持つそれはトカゲに似た姿をしていた。その数は10体以上。トカゲの後ろには壊滅した馴染みの景色があった。亨はそれを見て、この世の地獄だと思った。トカゲ達は口から、エネルギーの塊らしき物を吐き出し、それを受けた数名の人間が吹き飛ぶ。それを見ながら亨は思う。
(クソ……、俺にはどうにも出来ないのか?)
やがてそれらは、亨の方にも黒いエネルギーの塊を放つ。己の最期を悟った彼は心の中で、あまり遊んであげられなかったと後悔しながら託言の言葉を呟く。
(遥、浩輝。ゴメンな…………)