俺と9年目の彼女。
『私と9年目の彼氏。』の彼氏視点。ボーイズラブ要素あり。
テレビゲームをしていたら、友人が唐突に口を開いた。
「なあ、祐樹。お前姉貴のこと好きだろ」
指が動かせない間に、俺のキャラは死んでいた。
中学の入学式で一目惚れした先輩の弟が同じクラスだったのは僥倖だった。不自然なくらい馴れ馴れしく接し、すぐに家に遊びにいく仲になった。
彼女、百合は少し我が儘なのにサバサバしてる。そんな矛盾しているところも魅力的だ。真っ黒な髪がたまにぴょんとハネてるのも可愛いし、稀に口が悪くなるのも素を見せてくれてるんだと嬉しくなる。
俺はとことん初な中学生で、百合が眼鏡を掛けはじめたときは、手を繋いだこともないのに「キスしにくいのかな」と妄想が頭を擡げた。百合が入った後の湯舟に浸かっているとイケナイ想像ばかりしてしまい頭を冷やすために冷水を被ったりもした。
どこまでも健全で馬鹿な中学生だった俺は、言い方は悪いが「利用した」弟に、これっぽっちも罪悪感なんて持たなかった。
「告白しねーの?待ってたって絶対姉貴から告白とかねーよ」
「……知ってる」
第三者から見たらいかに顕著なことか。コンティニューと表示されるテレビ画面を睨みつける。
「だからさ、もう諦めてさ……」
「諦めねーよ。……クソッ、次違うキャラで対戦な」
動揺を誘うだなんて、汚い手を使いやがって。
「お姉さん全然恋愛興味なさそーだし!可愛い弟分が言えば流されてくれるよ。あとは、えっとー、光源氏計画ってやつ!」
「……姉貴年上じゃん」
「いーんだよ!俺が恋愛面を育てるんだから!!」
さっきまでのパワータイプはダメだ。全体的にステータス低めだが扱いやすいキャラを選択する。連続技を出しやすい黒髪の女キャラは百合に少し似ていて、最近の俺のお気に入りだった。
「ほらさっさと選べよ。また同じキャラか?」
友人が好んで使うスピード特化の男キャラは、扱いが難しい所謂「通好み」なタイプだ。俺は絶対選ばないし扱わない。
「次負けた方がジュース奢りな」
「……あのさぁ、俺と寝てみない?」
「………………は?」
二体目のキャラも死んでいた。
友人は百合とはあまり似ておらず、素朴な百合と違って華やかな印象だ(素朴さは百合の魅力の一つだし、俺にとっては世界一可愛いのだけれども)。友人はにやりと笑って俺を押し倒した。柔らかい友人の髪がさらさらと揺れる。
「なっ?!」
「騒ぐなよ、姉貴が隣にいるんだから」
「馬鹿、触んな!」
見上げた友人の瞳には狂気が宿っていた。言葉や態度こそいつも通りだが、眼差しだけは違う。
「お前も興味くらいあるだろ?」
応じなければ、殺される。刃物こそないが歪んだ口許に殺意を感じた。
初体験こそ散々で、快感なんて得られなかった。何故か友人は痛みで死にそうになっていたにも関わらず、関係を止めようとはしなかった。
そのうち肉体的な快楽は得られるようになったが、心には常に友人の殺意が寄り添う。その害意がいつか百合に向くんじゃないかと恐れて、俺は友人の家に入り浸るようになった。
「なぁ、いい加減姉貴に言えば?付き合えるんじゃね?」
進学先の高校が分かれ、やっと友人から離れられると思っていた矢先だった。酷薄な笑みを浮かべる友人はやはり理解できない。もうずっと前から、理解する気なんてないのだけれど。
百合に告白し、付き合い、9年が経った。俺は今でも友人の関係を続け、悪意が百合に向かないかと恐れていた。俺の親が百合の両親に俺の生活費を渡すくらい、自分の家より百合の家にいる時間のほうが長くなった。百合の両親にとって、俺はすっかり婿扱いだった。二人とも親切でいい人だし、百合の家は居心地がいい。……友人さえいなければ。
友人は所謂「引きこもり」の「ニート」で、暇さえあれば一日中パソコンに向かっている。仕事をしている様子もないのに金回りは妙にいい。俺は百合の両親を既に「義理の親」だと思っていたし、働き出してからは俺自身きちんと生活費を渡していたものだから、毎日遊んでばかりの友人が憎くて堪らない。
友人が俺のスマートフォンで撮った写メは「消してもいい」とは言われてるけれど、機嫌を損ねるのが怖くて消せないし、気持ち悪いメールも相手のテンションに合わせて返している。写メはパソコンに送られていた。削除するにしてもパソコンは友人が独占している。借りようとしたら、なんと新しいのをもう一台購入した。働いていないくせに。
不安定な毎日が9年続き、俺はどんどん追い詰められていた。罪悪感と嫌悪感に苛まれるうちに、自暴自棄になっていたのだろう。
そうだ、百合と逃げよう。結婚して、友人の手が及ばないところまで逃げてしまおう。
唐突に思い立ち、指輪を買い求めた。プロポーズするなら、三日後の百合の誕生日だ。二人で友人から逃げるのだ。
人間の衝動とは恐ろしいもので、指輪を買った翌日、俺は友人に宣言した。
「俺、百合と結婚するから」
「……ふぅん。楽しみにしてる。これで聞かせろよ」
友人は小さな機械のようなものを寄越す。盗聴器だろう。堂々と渡すものじゃない。
友人は狂気に輝く目を細めて、俺に向かって微笑むのだ。
……寒気がする。
「じゃあね、精々野垂れ死ね」
バタンと百合は助手席のドアを閉める。
そうか、そういうことか。友人は俺を道連れに、堕ちる所まで堕ちるのだろう。家族より、俺との歪んだ関係を選び取ったのだ。
付き合ってやる気なぞ、さらさらない。
「……畜生!ほら満足か?!死んじまえクソ野郎!」
盗聴器に向かって叫ぶ。
「俺はお前から絶対逃げてやるからな、……っ!!」
あらん限りの罵詈雑言をぶつけかけて、気付いた。
俺は、友人の名前を知らない。
弟視点も追加します。