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クローズドテスト  作者: hiko8813
4章
62/62

60話 思い違い?


 レシピの詳細と神父さんの復帰が広く知れ渡ったことで、白色漢方の取引価格は瞬く間に下がっていった。教会に駆け込むプレイヤーの数も落ち着いて、神父さんは元のように元気な姿を見せてくれるようになった。

 

「神父様が元気になって何よりだ。アタシからも礼を言わせてもらうよ」


 酒場の女主人にもその話は伝わっていたらしい。報告のために会いに行ってみると、いつものようにグラスを磨いていた彼女は「全て分かっている」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。


「それにしても、神父さんって強かったんですね」

「ああ見えて、若いころには悪竜と戦っていた人だからねぇ。そこらの小僧に負けるほど弱くないさ」


 ただ、昨日まではかなり衰弱していたので、ひとりの所を襲われたらどうなったか分からない。だから、俺たちの行動は全くの無駄という訳でもなかったと思う。

 

 今後は麻痺に怯える必要もなくなったし、ひとまずは、めでたしめでたしだ。


「まあ、とにかく飲んでおくれよ。アタシからのお礼はまた改めてさせてもらうから、他に力になってくれた人にも声をかけておくれ」


 彼女はそう言いながら、高そうな酒瓶を手に取る。

 

 まだ日も落ちていないけれど、ほんの少しだけなら大丈夫かな。そう思いグラスに手を伸ばす。なみなみと注がれた液体に口をつけようとして――どこかで聞いたことのある声に話しかけられた。




「隣の席、座ってもいいかな」

 

 見るからに爽やかな好青年。鮮やかなプラチナブロンドと純白の衣装が驚くほど似合っていて、地味な俺とは正反対に全てがキラキラしている。そんな、まるで天使を絵に描いたような人物は、線が細い体を流れるように動かして俺の隣に腰を下ろした。


「突然すまない。僕はゲオルグという者だ」


 透明感があって落ち着いている、聞き心地の良い声での自己紹介。俺も名乗り返すと、彼は爽やかに笑いながら右手を差し出してきた。

 

「露店エリアでちょっとした騒ぎがあったと聞いてね。そのことについて調べているうちに、君にぜひ話を聞かせてもらいたいと思って」


 様々なトラブルの現場に駆けつけて解決していた。そうたるとが話していたように、彼はこの騒動についても関与するつもりだったらしい。今回は登場するタイミングが少し遅かったようだけれど。


「話といっても……あの騒動のことはもう広く知れ渡っていますよ」

「それは知っている。しかし僕が知りたいのは、あの男が持っていたという妙な杖についてなんだ」


 柔らかだった声のトーンが少しだけ低くなる。

 

 表情を見ただけで、俺があの杖について知っていると確信したらしい。彼は声を小さくしながら姿勢を改めた。


「僕の見立てでは、あの杖は特殊な能力を秘めていたはず。それが何なのかを含め、できるだけ詳しく教えてくれないだろうか」


 どうしてそんなことが分かるのだろう。不思議に思って聞いてみる。

 

「実は、僕もいくつかのトラブルに巻き込まれたことがある。それらを解決していく中で、明らかにゲームのルールから逸脱しているアイテムに遭遇してね。それらには共通して、不気味な頭蓋骨が飾り付けられていたんだ」


 それで、モヒカンが持っていた杖にも同じような装飾があったと聞いて、もしやと思ったらしい。


 ……ここまで知られているのなら黙っている必要もないか。無闇に騒ぎを大きくするような人ではないみたいだし、素直に話してみよう。


 杖の名前はコープスワンドだということ。

 ジェネラルゾンビというモンスターを召喚する能力があること。

 杖を所持している人物は、召喚したゾンビを操ることが可能らしい、ということ。

 今は、持ち主と一緒に懲罰エリアに落ちているということ。

 

 順を追って、聞かれたことだけを簡潔に説明する。その間ゲオルグは真剣な表情を崩すことなく耳を傾けていた。

 

 話が終わると、彼はホッとしたように小さく息を吐く。


「ありがとう、よく分かったよ。懲罰エリアに落ちたのなら、コープスワンドについては当分心配する必要は無さそうだ」


 彼の硬かった表情が少しだけゆるむ。あの杖によって更なるトラブルが発生するのではないか、と心配していた……のだろうか。

 

 その笑顔が作り物のように見えたのだけど、ただの思い過ごしかもしれない。

 

「あの、俺からも訊いていいですか」

「もちろん、どうぞ」

「コープスワンドと似たようなアイテムと遭遇した、というのは本当なんですか」

「ああ。アイテムの種類や形状、能力などは千差万別。しかし『プレイヤーへの攻撃が可能になる』という意味では共通しているんだ」


 表向きにはプレイヤーへの攻撃が禁じられているにもかかわらず、そのルールを否定するようなアイテムがいくつも存在している。まるでプレイヤーに悪事を働いてほしいとでも言わんばかりに。

 

 そう付け加えた彼は、困惑と嫌悪感が混ざったような表情で眉をひそめてみせた。


「なぜこのようなアイテムが存在しているのか。はっきりとした理由は僕にも分からないが、今回の騒動で終わりになるとは思えない。余計なお世話かもしれないが、君も気をつけたほうが良い」

 

 ゲオルグが席を立つ。そして、また無理に作ったような笑みを浮かべて俺に背を向けた。



 * * *



「兄さん、どうかしたんスか? さっきから微妙に曇った顔してるッスけど」

「そんなことないですよ」

「……ホントッスか?」


 酒場を後にしてからすぐのこと。

 

 昨日と全く同じ席に座った女の子が、探るような視線を向けてきた。

 

「本当ですよ。何となく、予想に近い展開になりそうだと思っただけで」

「すみません。全く意味が分からないんスけど」

「いま悩んでいても仕方のない事ですから、たるとさんも気にしないで下さい。それよりも、このケーキ美味しいですね」

「え? あ、にゃはは。気に入ってもらえて嬉しいッス」

 

 色々と協力してくれたお礼をしよう。そう思って改めて声をかけたのだけど、たるとが希望したのはお金やアイテムではなく「お茶会のやり直しがしたいッス」だった。だから昨日と同じお店にやってきたのだ。

 

 ちなみにフランメは、また金魚鉢を装備して自宅に引きこもっている。彼女いわく「人はそう簡単には変われないの」らしい。なんだか含蓄のありそうな言葉だけど、要するに眠り足りないのだと思う。


 ついでにキヨにもメールしてみたのだけど、不思議なことに返事がない。どうしたんだろう。


「ところで、明日にはもう【命の森】エリアに行っちゃうんスか?」

「はい。そのつもりです」

「うう、やっと追いついたと思ったのに。もう先に行っちゃうんスね」


 たるとが2杯目の紅茶に口をつける。


「ネイムドの攻略について聞きたいことがあれば、何でも答えますよ。もちろんお礼なんて要らないですから」

「にゃはは、また頼りにさせてもらうッス。できれば手取り足取り教えてもらえたら嬉しいなー、なんて――ふにゃっ!?」

「どうしたんですか?」

「兄さん、早く隠れて下さいッス!」

「え? またですか?」

「いいから! ほら早く!」


 昨日と同じようにカウンターの中に連れ込まれてしまう。耳に当たるひそひそ声がくすぐったい。今度は一体何が襲来したのかと入り口を見てみると、そこには、俺の良く知っている顔が2つ並んでいた。




「このお店なら落ち着けるかな。ユキちゃん、良い?」

「別に構わないが……どうせなら宿に戻ったほうが良くないか。クエストから帰ってきたばかりで疲れているだろう」

「だって、ここの紅茶が好きなんだもん。ほら座ろ」

 

 彼女たちは仲良くテーブル席に座る。2人ともリラックスした表情で、さっそくメニューブックに手を伸ばしてパラパラとめくり始めた。


「……あの、たるとさん。どうして隠れたんですか? あの2人は俺の仲間ですよ」

「それは知ってるッス。夏秋冬(ハルナ)ちゃんとはフレだし、雪羽さんとも面識があるッス」


 あれ、そうなのか。知らなかった。


「だったら、どうして隠れたんですか」

「こんなネコミミ美少女と密会している事がバレたら、兄さんを中心に血の雨が降るじゃないスか。こうしてやり過ごすのがベストだと思うッス」

「いや、密会って」


 むしろ、こんな風に隠れたら良くないと思う。何だか本当にやましいことをしているみたいじゃないか。


「……どうしよう。なんだか出辛くなってきた」

「大丈夫ッスよ。お茶を飲んだら帰ると思うッス」


 どんな根拠があるのか知らないけれど、たるとはお気楽なセリフを耳打ちしてくる。

 

 まあ、いまさら彼女に文句を言っても仕方ない。しばらく静かにしていよう。今のうちに次エリアの攻略方針でも考えるか。

 

「さてと。オーダーも終わったし、会議を再開しよっか」

「会議? もう全て終わっただろう。少々苦労したが、ログハウス用の護光石だって補充できた。あとは次のエリアに向かうだけじゃないのか?」

「攻略についての話は終わったけど、まだ大切なことが残ってるの」

「大切なこと?」

「うん。アキトくんのことだよ」


 ……困った。考えたいのに気が散ってしまう。盗み聞きなんてダメだと思っていても耳を塞げない。

 

 そんな俺に、夏秋冬たちは全く気付いていない。リラックスした空気はすっかり消えてしまい、会議は真剣な声色で続いていく。


「少し前からアキトくんが身に着けているペンダント。誰がプレゼントした物なのか、ユキちゃん知ってる?」

「……夏秋冬じゃないのか?」

「うん。ちなみにダージュくんでもないの」


 妙な沈黙が落ちる。


「だ、だったら自分で購入したか、サブクエストで獲得したんだろう。まったく、そんなことを気にしてどうするんだ」

「ユキちゃん顔が笑ってないよ」


 ぐ、と雪羽が言葉に詰まる気配がこちらにまで伝わってくる。彼女がどんな顔をしているのか見てみたいような、見たくないような。


「これは由々しき問題だよ。真相を確かめる必要があると思うの」

「お、大げさだぞ。そもそも、誰からプレセントを受け取ろうとアキトの自由だろう。私たちにとやかく言う資格は無いのだし」

「それはそうだよ。でも、気にならない? 女の子として」

「……それは、まあ、その。気になるけれど」


 なぜか緊迫した空気が流れる中、ちょいちょい、と指で突かれて隣を見る。そこにいたネコミミ娘は尻尾をピンと立てながら「誰からのプレセントなんスか?」と。

 

「アリスという竜人の子です」


 わざわざ報告する必要も無いかと黙っていたけれど。雪羽たちがペンダントに気付いていたなんて、今まで思いもしなかった。


「ひょっとして、竜追い祭イベに登場した幼女?」

「はい。なぜか懐かれちゃって、時々遊びに来るんですよ」

「兄さん、まさかロリ――」

「――違います」

「えー、何か怪しいッス。本当ッスか?」

「嘘なんて言わないですよ。これはアリスと寝室で遊んだ日に貰ったんです」


 説明に納得してくれたらしく、たるとの口が止まる。呼吸まで止まったように見えるけれど多分気のせいだ。


「……でね、わたし見ちゃったの。昨日のお昼を少し過ぎたころ、偶然に。護光石のクエストに向かう直前だったから今まで黙っていたけど」

「み、見たって、何を?」

「アキトくんが、キヨくんと仲良くお昼を食べていたところ」


 まるで衝撃映像を目撃したようなテンションで語る夏秋冬。そんな彼女に対し、雪羽はホッとしたような声で「なんだ、そんなことか」と応じる。


「友人と食事くらい普通だろう。別に良いじゃないか」

「ひとつのハンバーガーを仲良く食べさせあっていても?」

「そ、それくらい、私たちだってするだろう」

「キスしそうなくらいに顔を寄せ合っていても?」


 ガタン、と激しい音と共にイスが転がった。


「そ、そんな事までしていたのか!?」

「うん。キヨくんが興奮している様子で何かを言って、そのあと突然顔を寄せて。アキトくんも全然動かないし、あれはやっちゃってるかも」


 緊迫した空気がさらにレベルを上げる。もうこれ以上放置できないと立ち上がろうとしたら、再起動したネコミミ娘に阻止されてしまった。


「放して下さい。今すぐ誤解をとかないと」

「し、寝室で幼女と遊んだってマジッスか!? そこまで兄さんのストライクゾーンは低めなんスか!? メジャーリーガーもびっくりレベルッスよ!?」


 なぜか取り乱している彼女を振りほどこうと悪戦苦闘している間にも、夏秋冬と雪羽の会話はどんどん変な方向に進んでいく。


「水精霊の魂を探していた時も変な空気だったし、怪しいとは思っていたんだよ」

「そ、それで、あの変態とアキトが……と、特別な関係だと? あのペンダントは彼がプレゼントしたと言うのか?」

「それは分からないよ。だからダージュくんにお願いして調べてもらってるの。『ありえないと思いますが、証拠を押さえた時は容赦しません。可及的速やかに排除します』ってメールがさっき返ってきたから、もうすぐ分かるんじゃないかな」


 ……あれ? キヨにメールをしても返事がないのって、まさか。


 ダージュなら本当に実行しそうな気がするから笑えない。女の子の格好になってキヨを誘い込んで、とんでもなく凶暴なモンスターを差し向けて絶望の淵に突き落とすとか。


 そもそも勘違いなんだから証拠も何も無いと思うけれど、念のためダージュにメールしておこう。無駄な罪を犯させないためにも。




「これでよし、と」


 送信完了を確認して一息つく。


 あとは2人に本当のことを説明すれば収まるだろうけど……どうしよう。

 

 事情はどうあれ、盗み聞きしている事に変わりはない。冷静になって考えてみたら「話は聞かせてもらった!」とか言いながら登場するなんて出来るわけがない。

 

 ここは一旦裏口から出て、何食わぬ顔でお店に戻ってきて彼女たちと合流。その後、それとなくペンダントのことを話題にしてみようか。かなり苦しい気がするけれど、変な誤解をされ続けるよりは良いし――

 

「――ねーねー、まっ黒すけ。こんな所で何をしてるの?」


 そんなことを考えていたら、小さな竜人がこのタイミングで姿を現した。

 

 なんて好都合。相変わらず神出鬼没な子だけれど、今回ばかりは助かった。俺の両耳をひっぱって遊んでいる事を注意するのは後回しだ。ここは彼女に力を貸してもらおう。


「ねえアリス。お願いがあるんだけど」

「んー? 夏秋冬たちにアリスのお守りについてお話すれば良いの? そうしたらまた遊んでくれる? ケーキも食べさせてくれる?」

「いいよ。だから頼むよ」

「わかった! まかせて!」


 頼もしく頷いてくれたアリスは、100%の笑顔を残してカウンターから飛び出した。

 

 突然のことに夏秋冬が小さな悲鳴を上げる。さすがに驚いたようだけれど、アリスと再会できた喜びの方が大きかったらしい。すぐに嬉しそうな歓声に変わって小さな体に抱きついた。


「アリスちゃん! こんな所でどうしたの?」

「えっとね、まっ黒すけにお守りをあげたのはアリスなんだよ」

「え? ……あ、そ、そうなの? お守りって、ペンダントのことだよね?」

「うん! あそこで隠れているまっ黒すけが教えてあげてって言ったの。自分で言えば良いのに」

「……え?」


 そんなわけで、俺の企みは1分も経たないうちに失敗に終わった。



 * * *



「なーんだ、そういうことだったんだ」

「やっぱり夏秋冬の勘違いだったじゃないか」

「うー、ごめん。だって最近キヨくんと凄く仲が良いんだもん」


 あはは、と誤魔化すように笑う夏秋冬。彼女は、まるで大きなぬいぐるみを抱くようにアリスをひざの上に乗せて、その柔らかそうなほっぺを指で触っている。ケーキに夢中なアリスは全く気付いていないようだけど。


「ねーねー、まっ黒すけ。もっと食べて良い?」

「良いよ。好きなだけ食べて」

「わーい! ありがとう!」


 やっぱり人任せは駄目だよな、と反省しながら紅茶をすする。説明したらすぐに理解してもらえたし、最初からこうすれば良かったんだ。


「私は最初からアキトのことを信じていたぞ。本当だぞ」

「にゃはは。そんなこと言っても、綺麗な顔が引きつっていたのはバレバレ――ごめんなさい雪羽さん。私が悪かったッス。兄さんをカウンターに連れ込まなければ良かったと反省しているッス」


 たるとが額をテーブルに乗せる。感心するくらい素早い手のひら返しだ。


「いやー。それにしても、こうして間近で見ると可愛い幼女ッスね。兄さんが光源氏計画を発動したくなるのも理解できるッス」

「まっ黒すけ。ひかる……なんとかって、なに?」


 たるとさん。小さな子に変な知識を与えようとしないで下さい。

 

「分からなくても良いよ。ところでアリス、今日はどうしたの? 遊びに来ただけ?」

「ううん、違う」


 アリスは頬にクリームをつけたまま首を振る。そして、全く予想していなかった言葉を口にした。


「あのね、まっ黒すけにお願いがあるの」

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