55話 白色漢方を求めて
少し遅い昼食を終えて、俺たちは再び東大通りに戻った。キヨが「寄りたい場所がある」と言うので、今はその場所に向かって歩いている最中だ。
「ざっくり考えると、神父さんを助ける方法は2つあると思います」
渓流に生息しているハチを全滅させて被害者が生まれないようにするか、麻痺の治療に効果があるアイテム【白色漢方】を大量に流通させるか。そのどちらかを実現できれば教会に駆け込むプレイヤーは激減するはずだ。
「いきなり悪いけど、ハチを全滅させるのは難しいと思うぜ。巣をいくつか壊したことがあるんだが、1時間も経たない内に平気な顔で復活しやがった。たぶん無限に湧く」
ということは、白色漢方の流通を目指した方が良さそうだ。
「だが、今オレたちが知っている漢方の入手ルートはモンスタードロップのみ。しかも、その確率がバカみたいに低いから、需要に対して供給が全く追いついていない」
「確認ですけど、麻痺を治療するようなスキルは無いんですか? もしくは麻痺を防ぐ装備アイテムとか」
「あっても良さそうなんだけどな。少なくともオレは聞いたことが無い」
やや呆れ気味にキヨが肩をすくめる。
「それなら、アイテムを合成して漢方を作ることは?」
町の北東ブロックにある合成所には【魔法の壷】というアイテムが売られている。これはアイテムを2つ、もしくは3つ入れると別のアイテム1つに変化するという不思議な壷だ。
ログハウスのような貴重品を作ることはできず、大半は安価な消費アイテムを生み出すだけに終わってしまう。それでも売れないような不要品をリサイクルできるので使う人は少なくない。
「レシピを間違えると100%ゴミになる悪魔の壷な。可能性がゼロとは言わないが……あまり希望は無さそうなんだよな」
既に多くのプレイヤーが白色漢方を作れないかと試行錯誤しているものの、今のところ成果は上がっていない。この状況にストレスを感じているプレイヤーは多いようで、既に多数の意見が運営に送られているという。しかし彼らは変わらず沈黙を続けている。
「運営に期待しても時間の無駄っぽいし、ここは漢方の入手方法を知っていそうなヤツに話を聞くのが一番手っ取り早いと思うんだ」
「確かにその通りですけれど……そんな人に心当たりあるんですか?」
「ああ。オレ、そいつのこと嫌いなんだけどな」
この際だから仕方ない、と。
「これから行く場所にそいつが居るはずだ。口だけで説明するより分かりやすいだろうから、まずは行ってみようぜ」
そうして彼が向かったのは、中央広場にある露店エリアだった。
* * *
1週間ぶりに足を運んだ露店には相変わらず様々なアイテムが出品されていた。渓流エリアに進むプレイヤーが多くなったからか、今までよりもランクの高い素材が多く並んでいる。露店だけで武器改造に必要な素材が全て集まりそうなほどだ。お金さえあれば、だけれど。
「草原で手に入るアイテムはかなり安くなっていますね」
「上位互換アイテムが出品されてるからな。誰もが欲しがるような物は高くなるし、要らない物はどこまでも安くなる」
それはゲームだろうが現実だろうが変わらない。だから白色漢方の取引価格も当然のように高騰していた。
「10,000ジュエル……こんな値段で売れているんですね」
「ああ。だが、注目するのはそこじゃない。出品しているプレイヤーの名前を見てくれ」
指された値札を確認して、キヨが言いたいことをすぐに理解する。【超合金レイノルズ】というプレイヤーが1人で10個も出品していたのだ。
「おまけに、売れたらすぐに再出品するという良サービスっぷりなんだよな」
「つまり、この人は白色漢方の入手方法を知っている?」
「その可能性は高い。だからコイツに『どこで手に入れてるのかにゃん?』って訊けば良いと思うんだ」
なるほど、そういうことか。
「……おい、もう少し『にゃん』に反応してくれ。殺す気か」
「でも、訊いたところでそう簡単に教えてくれるとは思えないんですけど」
「無視すんな! ……ったく。まあ、教えてくれるかどうかは交渉次第だろ。値切りバトルと似たようなモノだしな」
「いや、全然違うような――」
「――オイ、買わないんだったらサッサと退けよ」
噂をすれば影が差す。そんな言葉を思い出させるようなタイミングで、後ろから乱暴な声が飛んでくる。
嫌々ながら振り向いてみると、世紀末が似合いそうな顔が圧し掛かるようにして迫ってきた。
「聞いてんのか? おい初心者。テメェみたいに端金も無さそうな雑魚にチョロチョロされたら迷惑なんだよ。さっさと帰れ」
「モヒカンさん、相変わらず悪そうな顔してますね」
「あァ!? テメェ、ずいぶんなご挨拶じゃねぇか」
「そーだぞアキト。まるでモヒカンヘアが全員悪人みたいな言い方は良くない。悪いモヒカンはコイツだけだ」
「誰が悪いモヒカンだッ!?」
その叫びを皮切りに罵詈雑言が飛んでくる。あまりに聞くに堪えない内容だったので、仕方なくブラックリストに放り込むことにした。
野太い声が一切聞こえなくなる。真っ赤な顔で口をパクパクさせて何か叫んでいるらしいけれど、まるでサイレント映画を見ているみたいだ。
「あ、終わりました?」
「ゼェ、ゼェ……テ、テメェら、まさか聞いてなかったのか!?」
「なあモヒカン、白色漢方をどこで手に入れてるのかにゃん?」
「ふざけんな!」
厳つい顔が再び沸騰する。首筋に浮かぶ血管をさらに太くしながら、今度はキヨに噛みついてきた。
「テメェ、とっ、とっ、きょっきゃ」
「下手だな、何の動物のマネだよ」
「だまれ変態野郎が! テメェの名前は言いにくいんだよ! 買わないのならとっとと失せろ!」
「まあまあ、そこを曲げて教えてくれよ」
「バーカ、このネタはトップシークレットなんだ。誰が教えるか」
「なるほど。そこまで言うってコトは、本当に知ってるんだな?」
ぐっ、とモヒカンの顔が引きつる。図星を指されたことを認めるように鼻息を荒くしていたが、すぐに己の有利を思い出したらしい。意地悪そうな笑みがまた表に出てきた。
「ああ、そうだ。オレたちが独占してんだよ! 羨ましいかクソ共が」
「『オレたち』ってことは、他にも知っている人がいるんですね」
「ケッ、いちいち鬱陶しい野郎だな。言っておくが、この程度の情報は誰だって知っていることだ。似たようなヤツらが情報を引き出そうと群がって来るからな」
言われてみれば、それもそうか。白色漢方の不足は今日に始まった事ではないし、他に気付いた人がいても不思議じゃない。それでも秘密を維持できているということは……かなり慎重にコトを運んでいるのか、それとも何か理由があるのか。
「いくら嗅ぎまわっても無駄だ。部外者には絶対教えないって鉄の掟があるからな。仲間を特定したところで何にもならねぇよ」
「それじゃ、仲間になれば教えてくれるのか?」
……キヨさん。いきなり何を言い出すんですか。
予想外の展開に、言おうとした言葉が引っ込んでしまう。モヒカンの罵声もピタリと止んで周囲のざわめきが耳に入ってくるようになる。
自分が注目を集めていることにやっと気付いたのだろうか。逆立った毛を手早く整え直したモヒカンは、ギャラリーを威嚇するように咳払いした。
「……テメェ、本気か?」
「ああ。これでもオレは二つ爪だ。まだ一つ爪のお前より10倍は役に立つぞ」
がなり声から一転し、周りに聞こえない程度の小声で会話が進む。キヨが己の爪を見せると、モヒカンは「ヘェ」と関心を示して目をぎょろりと動かした。
「だが、にわかには信じられねぇな」
「そうだろうな。オイシイ話に釣られて仲間になろうって相手を疑うのは当然だ」
「……ケッ、いちいちカンに触るヤロウだ」
毒づいたモヒカンが口を閉じる。そのまま10秒ほど沈黙していたが、何か良いアイデアを思いついたらしい。まるで「悪い事を考えた」と宣言するような笑みを浮かべた。
「いいぜ、特許許可局。お前だけは仲間にしてやっても良い。いくら金を稼いでもクリアしない限り無意味だからな。せいぜいこき使ってやる」
「お、本当か?」
「ただし、ネタを教えるには条件がある」
さらに声を小さくしたモヒカンが口を寄せてくる。一瞬だけ不快そうな顔になったキヨだが、すぐにその感情を消して笑顔を見せた。
「条件って何だよ」
「教会にいる神父を始末しろ」
……なんだって?
物騒な言葉に息が止まる。隣に立つキヨの気配が鋭く尖ったことをハッキリと感じる。それでも、目の前にいる大男はまるで気にしていないようだった。
「始末って、どういう意味だよ」
「言葉通りに決まってるだろうが。このゲームはPKもできない軟弱設定だが、NPCを殴ることは可能だからな。ジジイなら一刺もすれば死ぬだろうよ」
まるで買い物を頼むような口調で続きを喋る。
「あの迷惑ジジイが消えれば漢方はさらに暴騰するからな。便利なアイテムを手に入れたし、そろそろ殺そうと思っていた所だ。なあに、ペナは受けても追放にはならねぇよ。今は運営もダンマリだから、お咎めなしって可能性も十分あるぜ?」
「ちょっと待ってください。そんなバカな事できる訳が――」
「――ハァ? バカなことを言ってるのはどっちだよ。オイシイ情報をタダで貰おうとする乞食が偉そうに吠えるんじゃねえ!」
そうじゃない。いくら可能だからってそれは無いだろう。
言い返してやろうと息を吸う。しかし、そんな俺を制するようにキヨが前に出た。
「オーケイ。そうだよな。そりゃそうだ。ごもっともだ」
「ガハハ、そうだろう?」
「ああ。お前の言いたい事はよーく分かった。だから場所を変えようか。詳しく話を聞かせてくれよ」
キヨがモヒカンの肩に腕を回す。そして俺にだけ見えるよう目配せをして、大男を引きずりながら歩いて行った。
さて、どうしようか。
* * *
キヨと別れた俺は、その足でアリーセの武器屋に立ち寄った。
大剣と雄々しい竜が描かれたドアをくぐると、ボサボサの赤髪を自由に伸ばした工匠が無言のまま右手を上げる。もう慣れたけれど、彼女から「いらっしゃいませ」という言葉が聞ける日は永遠に来ないのかもしれない。
「久しぶりだな。渓流から戻ってきていたのか」
「昨日戻ってきたんです。それで、アリーセさんの顔が見たくなったので立ち寄らせてもらいました」
「それは光栄だ。もう少しロマンチックに言われたなら頬を染めてやるんだがな」
アタシを口説きに来た訳じゃないだろう? なんて冷静なセリフと共に職人の顔へと戻っていく。こちらの要求を伝え、アリーセから要求された素材を手渡すと、彼女は真剣な眼差しでアイテムの状態を確かめた。
「いいだろう。1時間ほど必要だから、それまで好きにしていてくれ」
「アリーセさん、その前にちょっと良いですか?」
「ん、なんだ? 何か追加の依頼でも――っ!?」
そばかすが少し目立つ頬に手で触れてみる。思った以上に滑らかな肌は、自分で想像したとおりに暖かかった。彼女が生きていることを強く感じる自然な温度だ。
「お、おい。何をしてるんだ」
「いきなりで悪いんですけど、少しだけ抓ってみて良いですか?」
「……構わないが、受けた痛みは10倍にして返すぞ」
許可が得られたので柔らかな頬を軽く抓ってみる。顔を固くしたアリーセは、俺の手をぎゅっと抓り返してきた。
「痛かったですか?」
「抓られたら痛いに決まってるだろ。いまさら何を言ってるんだアンタ」
不機嫌になってしまった彼女が奥の部屋へと消えていく。その姿を見送った俺もここを出ようとした所で、ちょいちょい、と横から指で突かれた。
「あのー、約1週間ぶりの再会を果たしたネコミミ美少女には挨拶なしッスか? アリーセ嬢にはあんなコトをしておいて」
「……こんにちは。たるとさん」
「リアクション薄ッ!?」
なぜか武器屋でお茶を飲んでいた女の子がネコミミを震わせる。相変わらず常時ハイテンションな人だ。
「たかだか1000人にも満たない町での再会に感動も何もない、なんて砂漠みたいな感想しか浮かばない男だったんスか兄さんは? この胸に渦巻いているモヤモヤをどこに向けたらいいのか教えやがれッス」
そんな事を言われても困ります。
「もう少し笑顔を見せるとか、ぶっきらぼうな顔でも『会いたかったよ』ってシュガーシロップみたいなセリフを言うとか。それくらいの甲斐性は見せて欲しいッス」
「いや、そんなことする意味がありませんし」
「……兄さんって淡白な男ッスよね。いつか刺されてしまえッス」
物騒な発言をした彼女は大きな溜息をつく。そして尖り気味の視線をぶつけてきた。
「それで、何か用事でも? たるとさん」
「前にタルトをおごるって約束したじゃないッスか。ちょうど調達したところだから、今からどうかなって」
「ごめんなさい」
「即答ッスか!?」
ああもう、相変わらず騒がしい人だ。
「ちょっと問題を抱えていて。どうするかを今から考えたいんですよ」
「むむ、そういうコトなら尚更放置なんてできないッス。そんな暗い顔で孤独に考えていても良いことなんて無いッスよ? 気分転換した方が良いと思うんス」
「え、あの、ちょっと、たるとさん?」
何を言っても止まらない彼女が手を伸ばしてくる。強引に腕をつかまれて、問答無用で外に連れ出されてしまった。




