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クローズドテスト  作者: hiko8813
4章
55/62

53話 キーパーソン?

 酒場を出てから北へ行き、西大通りに出てから東に向かう。灯りに照らされた夜の町をゆっくりと歩いて、中央広場の北西に位置する建物にたどり着く。

 

 久しぶりに訪れた教会は、予想に反してシンと静まり返っていた。

 

 町の教会は西方教会の聖堂に近いつくりをしている。ステンドグラスが見下ろしているこの空間で目に付くものと言えば、質素な装飾が施された祭壇と長椅子くらいだ。その長椅子にしても、実際に使われるような説教イベントなんて無いからか、左右の壁に沿うようにひっそりと配置されているだけ。恐らく、20人もいれば満席になってしまうだろう。

 

 がらんとした印象を受ける光景は以前とほぼ変わっていない。なのに、その時とは比較にならないほど寂しげな空気が漂っている。それは、今が夜だからという訳じゃなくて、ここの主が溜息をつきながら(ほうき)を動かしているからだ。


「はぁ……一体どれだけの毛が抜けたのでしょう。気のせいか日増しに数が多くなっているような……おお、神よ。私の髪はどうなってしまうのでしょう。あ、今のちょっと面白いですね」


 どうやら抜け毛を始末している最中らしい。背中を丸めて涙ぐんでいる姿を見ていると何だかこちらまで泣けてくる。下らない駄洒落で自分を慰めているあたりが特に。


「むう……生え際が……頭頂部が……これは……」


 しかし、絶対に彼を笑ってはいけない。手鏡を覗き込んでショックを受けている姿をバカにしたらきっと天罰が下される。

 

 絶対に頭をジロジロ見ないようにしよう。そう心に決めて、祭壇の前にいる神父さんに声をかけようとしたら――変な人に阻止されてしまった。

 

「今日はもうお終い。治療なら明日にして」


 ゆったりと全身を覆う漆黒のワンピース。胸元には銀の十字架が光っていて、その姿は神聖なる修道女(シスター)そのもの……なのに、頭を覆っているのは黒のヴェールではなく不気味に光る金魚鉢。


「あの。ひょっとして、フランメさん?」

「……どうしてバレたの。顔は完全に隠れているはずなのに」


 本気で言っているのなら、いちど鏡を見てみるべきだと思う。


「こんな場所で何をしているんですか」

「……社会復帰の練習中」


 冗談なのか本気なのか。むふぅ、と大きく息を吐いたシスターは、改めて俺の訪問を歓迎しない意思を表した。


「治療は本来18:00まで。それでも強引に押し掛けてきた人がようやく帰った所なの。神父さんの意向で扉は閉めていないけれど、これ以上はもう無理」

「いや、治療を希望している訳じゃないんです。神父さんに話を聞きたくて」

「インタビューなら私が代わりに。神父さんは疲れているから」


 淡々とした声ながら、頑として譲る気配を見せてくれない。怒らせると色々大変そうだ。ここは素直に話を聞かせてもらおう。


 まずはフランメ自身について。


 彼女は、神父さんが忙しくなり始めた数日前からこの教会で活動しているらしい。と言っても祈りを捧げたり賛美歌を歌うわけではなく、治療の手伝いをしているのだとか。


「治療の合間に【ヒールウインド】で癒したり、肩を揉んであげると喜んでくれる。お金がなくて困っていた時に助けてもらったから、そのお礼のつもり」


 抑揚のない声の中に優しさが滲んでいる。ひたすらダラダラするだけの人だと思っていたけれど、彼女のことを誤解していたみたいだ。


「でも、治療に来る人が日に日に増えていて神父さんはかなり疲れが溜まっている。髪だってどんどん抜けてるし、少し心配になってきた」

「……やっぱり、大変そうですか?」

「このままだと引退は確実」


 それは困る。ただでさえ白色漢方が不足しているのに、神父さんが本当に引退してしまったら更に酷い状態になりかねない。


「俺も助けたいと思っているんです。でも、その為にどう行動するべきか迷っていて。フランメさん、よかったら占ってくれませんか?」

「わかった、やってみる。今回はタダでいい」


 そう言うと、水晶片手に俺の胸ぐらへ手を伸ばしてきた。


「……またアレをやるんですか?」

「そう」


 フランメは淡々とした動きで占いを進めていく。口に指を突っ込む必要性が全く分からないけれど、占いの精度を保つために必要な行為らしい。最後にぺたりと紙を貼り、彼女は満足そうに息を吐いた。


「ええと、このあと最初に声をかけてくる人物が鍵、ですか。なるほど――ん?」


 まるで見ていたようなタイミングでメールが到着する。

 

 

《27th 19:45

 差出人 :特許許可局

 タイトル:ヒマか? ヒマだろ?

 

 明日またヤらないか?》

 

 

「あの、このメールはノーカウントで良いですか?」

「だめ」


 という訳で、明日は朝からキヨと一緒に行動することが決定してしまった。



 * * *



 日付は変わり、ゲーム開始から数えて28日目の朝。キヨに誘われた俺は、前回と同じく人気の無い場所に連行されていた。


 本当ならすぐにでも神父さんのことを話題にしたいけれど、フランメ曰くそれはダメらしい。利己的な行動は相手の行動を変化させてしまい、結果、望んでいる展開から外れてしまうのだとか。

 

 要するに、キヨに自らの意思で「神父さんを助けよう」と決意してもらう必要があるということだ。だから話を振るタイミングは慎重に考えなければならない。彼の機嫌を良くする為にも、今は手合わせに集中するしかなさそうだ。


「へー、昨日の時点でお前も二つ爪(ダブル)になったんだな」

「はい。スタミナ切れを待って攻撃する、を繰り返せば良かっただけですから」

「言うのは簡単だけどさ、アイツがバテるまで逃げ続けるのは骨だったろ? 障害物をなぎ倒して追いかけてくるし」

「そうですけど、相手の動きは全部予測できましたからね」


 準備運動をしているキヨが思い切り背を逸らす。ああして身体を動かしておくと調子が良くなるらしい。


「全部? 確かに攻撃手段は噛み付き、体当たり、尻尾を振り回す、ドラゴンブレスの4種しかないけどさ。時々フェイントを混ぜてくるし、動き自体は単調って訳でも無かったぞ?」

「それぞれ小さなクセがあるんですよ。それに気をつけていれば、次にどの攻撃が来るのか判るんです」


 クセに気付けたのは憑依した経験があったからこそなんだけど、余計な説明が長くなりそうなので別に言わなくても良いだろう。キヨにはもう必要ない情報だし。


「へぇ。ずいぶん余裕を感じるコメントだな」

「頼りになる仲間がいますからね」

「そーだよなー。雪羽たんと一緒なんてマジで羨ましい……あ、そうだ。お前ログハウス使ってるんだろ? 当然夜這いしたよな? どうだった?」

「どのあたりが当然なのか知りませんけど、そんなコトしてませんから」


 今回の会場は渓流エリア北端にある滝壷のほとり。尖った石が多く転がっているこの場所は、まだ昇りきっていない太陽の光で満たされていた。

 

 落水の音はかなり大きく、すぐ近くにいるキヨの声すら聞き取り辛いほどだ。時折しぶきが飛んできてひんやりとする。借り物の身体に生えている尻尾が動いて少し変な感じがした。

 

 いま俺が憑依しているのは【シザーハンズ】という名前の鬼。両手それぞれに古びたナイフを握っているコイツは、渓流北部の小さな洞窟付近にのみ出没するモンスター。遭遇した相手を無差別に襲うという迷惑なヤツだ。


 容姿は草原のグリーンゴブリンに似ているが、それよりも背が高く、パワーよりスピード能力が高いという特徴をもつ。初めて遭遇した時は、その素早い身のこなしにかなり苦労させられた。


「はぁ……オレも雪羽たんみたいに麗しい仲間が欲しい。どこにフラグが落ちてるんだろーな」

「でも、キヨさんの方が先に渓流をクリアしたんですよね? 十分頼りになる仲間を揃えていると思いますけど」

「なに言ってんだお前。いくら頼りになってもヤツらは男なんだぞ。オレが求めているのはおっぱいであって、ピクピク動く大胸筋じゃねーんだよ」


 何が悲しくて浅黒いムキムキボディを毎日拝まなきゃならないんだ、と嘆くキヨ。彼が行動を共にしているプレイヤーはマッチョな肉弾戦闘系らしい。


「そんなに嫌なら別れたら良いじゃないですか」

「お前けっこうドライなヤツだな。見た目は悪くても良いヤツらなんだよ。趣味が合うしさ」

「だったら愚痴を言わないでくださいよ」

「……すまん」


 意外に素直な人だ。


「ところで、そろそろ手合わせを始めますか?」

「お? 今日はやる気あるじゃねーか」

「強い人と戦うのは色々と勉強になりますからね」

「おいおい、急におだてるなよ。照れるだろ」

「良いじゃないですか。本当のことを言っただけです」

「な、なんだお前。新手の精神攻撃か!? 野郎に褒められたってデレてやらないんだからな!」


 キヨが乱暴に立ち上がったことを合図に手合わせが始まる。不用意に伸びてきた槍を回避してナイフを向けると、キヨは舌打ちしながら体を左に流した。

 

 あと数センチにまで迫っていた刃が空を切る。


「危ねーな。いきなり心臓狙うとか殺す気かよ」

「そのつもりで来いって言ったのはキヨさんですよ。手加減したらぶっとばす、でしたっけ?」

「ま、そーだけどさ」


 くるりと回った槍が俺を両断するような勢いで落ちてくる。右腕の刃を叩きつけて軌道を変化させたが、彼はお構いなしに次々と攻撃を放ってきた。

 

 槍のようにリーチの長い武器は接近戦に弱い。そして俺の得物はリーチの短いナイフ2本。取るべき行動は自然と決まってくるが、そんなことは相手も十分承知している。何度も接近を試みるものの、ナイフが届かない間合いをうまく維持されてしまう。


虚空跳躍(エアウォーク)】というスキルを持つキヨは、普通なら考えられないような動きを平然としてくる。だから非常に戦い辛いのだ。

 

 たとえば、こんな風に。


 上段からの振り下ろしをナイフで弾き、続いて放たれた突きを避けつつ一歩踏み込む。迎撃の横薙ぎをしゃがんでやり過ごし、無防備にさらされた腹を狙って飛びかかる。まだ攻撃動作から解放されていないキヨには絶対に避けられない――と思いきや、軽く虚空を蹴るだけで彼の身体は簡単に逃げていってしまう。

 

 そうなると状況は一転する。勝負をかけた俺の攻撃は空を切り、体勢を整えた相手の反撃を受けてしまうのだ。一見隙だらけに見えても全く油断できない。それで警戒しているうちにどんどん押し込まれてしまう。


 このままでは何も出来ない。だから、少し攻め手を変えてみることにした。


 牽制の意図が透けて見える横薙ぎをダメージ覚悟で受け止める。槍を掴み、手の中を滑らせながら一気に間合いを詰めていく。

 

 これならどうだ。武器を手放すわけには行かないだろうし、強引に振り解くには時間が無さすぎる。急所を守ることで精一杯のはず――

 

「あっぶね」


 ――だと思ったのに、長い足が伸びてきて勢いを止められてしまう。おまけに掴んでいた槍を自由にしてしまい、次の瞬間には空へ高く打ち上げられてしまった。


 失敗した、と後悔しても遅い。決定的なチャンスを逃すはずもなく、視界の端にいるキヨが頭上に槍を構える。その全身が赤い光に包まれ、背筋が寒くなるような気配を放ち始めた。


 圧倒的なスピードで突撃し標的を突き破る【シルフィード】というスキル。攻撃力が高いのはもちろんだけれど、何よりも厄介なのが突撃直後に巻き起こる暴風だ。槍を回避できたとしても荒れ狂う風によって成す術なく吹き飛ばされてしまう。そして、自由を失ってもがいている間に再度の突撃が襲ってくるのだ。

 

 対策はひとつ。スキル発動前に障害物の陰に隠れてしまうこと。前回このスキルを使われた時は、キヨの死角に吹き飛ばされたおかげで幸運にも逃げられた。しかし、


「この状況なら、いくらお前でも逃げられないだろ」

「そうですね。逃げるのは無理っぽいです」


 キヨの手に力が篭るのがわかる。赤目が笑い、全身を包む光がさらに強くなる。

 

「フヒヒ、全然諦めてねーな。それでこそお前だ」


 光を従えた身体が大きく沈む。直後、空気が荒々しく震えた。

 

 弾丸のような速さでキヨが迫ってくる。狙っているのは俺の心臓か、それとも腹か。頭かもしれないし、意表を突いて四肢のどれかを狙ってくるのかもしれない。

 

 いずれにせよ、中途半端に防御してもガードごと突き破られてしまうし、奇跡的に回避できても暴風からは逃れられない。だから、目を閉じて強く集中した。

 

 時間の流れが緩やかになる。視認が難しいほどの速度で迫ってくる槍を認識できるようになる。一瞬ごとに接近してくる刃に狙いを定め、二又に分かれている切っ先をナイフで受け止めて――何とか急所を外すことに成功した。脇腹を少々削られたが、これくらいでは死ないので良しとしよう。


 追撃を警戒しつつ地面に着地する。上空で静止したキヨは、心の底から楽しそうに俺を睨んでいた。


「アレを防いだ上にカウンターまで決めてくるか。やっぱりお前面白いよ」


 確かにダメージを与えたはずなのに、そんな風に感想を言える程度には余裕があるらしい。思ったよりも浅かったか。


「どんな攻撃でも確実に反応してくるし、同じスキルを2度使えばカウンターまで狙ってくる……お前に対して無策でスキルをぶっ放すのは自殺行為レベルだな」


 キヨがゆっくりと高度を下げて着地する。尖った石ころが高い音を立てる。


 勝ちを確信して放った一撃で仕留められなかった。それが面白くて仕方がない。弾む声で語る彼に急かされて再び構えをとる。


「オフェンスはまだ全然ダメですけどね」

「素直に喜べよ。褒めてるんだから」


 キヨにつられたのか、それとも自分が思っている以上にこの時間を楽しんでいるのか。よく分らないけれど、俺の口もいつの間にか笑っていた。



 * * *



「ハァ、ハァ……ちくしょー、今日は、これくらいに、してやる」

「もう、お終いで、良いですか?」

「言っておくけど、これで最後じゃ、ないからな! また呼ぶから、次もちゃんと、付き合えよ!」

「分かってます。でも、今日はもう勘弁して下さい」


 あれから1時間ほど手合わせをした後。互いに疲れ果てていた俺たちは、ほぼ同時に地面に寝転がった。


 すっかり登りきっていた太陽が眩しい。手をかざしながら荒い息を整える。


「お前、スタミナも、相当あるよな。マラソンの成果か?」

「そうですね。あと【深呼吸】って名前の、スタミナを急速回復できるスキルを持っていますから」

「だから、ガード疲れしないのか。普通なら、攻撃を受け続ける内にスタミナが切れて無防備になるのに、お前はずっと平気な顔してるもんな」


 キヨが言うほど余裕があったわけじゃない。トリッキーな攻撃に警戒するあまり、息を入れるタイミングすら掴めない場面も多かった。【メイクアリボン】で動きを封じようにも簡単に避けられてしまうし、やっとの思いで足を捕まえても即座に切り刻まれてしまうし。

 

「また代わりのロープを用意しないと」

「お前って縛るの好きだよなー……つーか、はじめて見た時にも思ったけど、うまく使えば洒落にならないくらいの強スキルだよな」


 つまり、今回は使い方が下手だったと。


「大してスピードもないし、自由に動ける相手にロープ飛ばしても対応されるに決まってるだろ。ササメたんの時みたく相手の不意を突くか、回避不能な状況に追い込む必要があるってコトだ。もちろん捕まえた相手に反撃されるような縛り方じゃ意味ないぜ」


 それくらいは俺だって理解している。ただ、キヨはそんな隙を見せてくれないから苦し紛れにロープを投げるしかなくて、やっぱり簡単に防がれてしまったのだ。

 

「どうしたら良いと思います?」

「あまりヒントを言うと負けちまうだろ。これ以上はノーコメントだ」


 よっ、と声を出してキヨが起き上がる。乱れた赤髪をぱぱっと整えた彼は「さて、そろそろ町に帰るか」と俺の手を掴んで強引に引き起こした。




 ……ところで、神父のしの字も出ていないけれど、これで大丈夫なんだろうか。

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