50話 小さな来客
「このくらいの広さで良いですか?」
「うん、十分だよ。ちょっとだけ待っててね」
群青色の空を背に、少し離れた場所に立った夏秋冬が右腕を高く掲げる。その小さな手に乗っている玉は【ログハウス・カプセル】というアイテムだ。
使い方は非常に簡単で、一定以上の広さがある土地に向けて玉を投げるだけ。一体どうなるんだろうと不思議に思っていたけれど、川原に木の家がニョキニョキと生えてゆくシュールな光景を見せられて思わず笑ってしまった。
「この建物が、またあのアイテムに戻るんですか?」
「うん。いちどログハウスにしちゃうと最低でも1晩経過するまでは戻せないけどね。さすがはゲームだよ」
それを言ったら身もフタもない。でも仮に技術的な説明をされたとしても絶対に理解できないので黙っておくことにする。
生まれたばかりのログハウスは、木の温もりが伝わってきそうな雰囲気を醸し出していた。丸太を積み重ねた壁はガッシリとしていて、多少の衝撃ではビクともしない。4人で利用するには少々狭いように思えたけれど、実際に中に入ってみると、想像した以上に広い空間が待っていた。
「おおー、ちゃんと一通りの家具は揃ってるんだ。仄かに木のいい香りがするし、シンプルだけどホッとする雰囲気の内装だね」
「これなら心地よく休めそうだな」
「シャワーとキッチンも実際に使えるようですね。少々狭いですが」
室内は温かみのある灯りに照らされていて、初めてなのにどこか懐かしく感じるような空気が漂っていた。
中央には入り口と繋がっているリビングがあり、そこを囲むように4つの個室とキッチンなどの設備が配置されている。宿の部屋と比べると狭いものの、個人的には十分な広さだ。現実の自分が住む部屋よりはずっと広いし。
「雪羽さん、何をしてるんですか?」
「ログハウスの中に入ったら、最初にこの【護光石】というアイテムを暖炉にくべる必要があるんだ」
そう教えてくれた彼女は小さな暖炉にポイと石を投げ入れる。すると、控え目に揺れていた火が油を注がれたように大きくなり、大量のマナが染み渡るようにして広がっていった。
「この石が皆をモンスターから護ってくれるらしい。1晩に1個必要だからアキトも覚えておいてくれ」
というコトらしい。
ログハウスは町のように体力やマナを急速回復してくれる訳では無いけれど、モンスターが歩き回る場所にセーフエリアを作れるだけでも価値があると思う。利用には相応のコストが必要だが、それ位は仕方ないのかもしれない。
「あ、そうだ。みんな部屋割りはどうする?」
「内装はどれも似たようなものだし、自由に選んでくれていいぞ。私は最後に余った部屋で構わない」
「ボクも特に希望はありません。どの部屋でも良いですよ」
「俺も任せます」
「それじゃ決まらないってば」
まったく、と苦笑いした夏秋冬は、どこからか4本の短い紐を取り出した。
「しばらくゆっくり休んでいてね」
「わかりました」
クジ引きで決まった部屋のドアをゆっくりと開ける。リビングと同色の灯りに照らされた空間の床面積は6畳ほどだろうか。さすがに少し狭いけれど、休むだけならこれでも十分だろう。
見慣れたサイズのベッド、丸太から削りだしたようなデザインの机とクッション付きの小さなイス。備え付けのクローゼットは意外にも高性能で、服を入れておくと自動的にクリーニングしてくれるらしい。基本的に衣服は全く汚れないのだけれど、洗いたての服に袖を通すことが好きな俺にとっては嬉しい機能だ。
「一応部屋の中からカギもかけられるんだな。俺には必要なさそうだけど……ん?」
ベッドのすぐ近くに小さなボタンを発見。説明が無いようなので試しにポチッと押してみると、かすかに小さな音が鳴ったような気がした。
「あれ?」
何が起こるんだろうとワクワクしていたのに、右を見ても左を見てもどうなったのかが分からない。おかしいなと思いながら何気なく頭上を仰ぎ見て――思わず驚きの声を出してしまった。
天井が透けて、そこに鮮やかな夜空が広がっていたのだ。四角い空には宝石のように輝く星が幾千も輝いていて、まるで天の川のような光の帯を描き出していた。
「凄いな……」
時おり光の線が生まれては消えていく。この幻想的な光景を思う存分見ていたい。そんな衝動に駆られてベッドに寝転がった俺は、時間も忘れて夜空を眺め続けた。
* * *
ベッドに横たわりながらどれくらい経っただろうか。刻々と表情を変える夜空はとても綺麗で、どれだけ見ていても飽きそうにない。
「あ、でも、そろそろ夕食の時間かな」
キッチンには調理補助機能があるので、食事の準備に大した手間はかからないけれど、だからといって夏秋冬たちに全て任せるのは気が引ける。配膳くらい手伝えるだろうし、もうリビングに戻ろうか――そう思い、ベッドから身を起こそうとしたら、
「せーの!」
「ふばっ!?」
小さな女の子が腹の上に降ってきて、変な声を出してしまった。
「……どこから入ってきたの?」
「えっと、あそこから」
くりくりした緑の目が壁を見る。そこには部屋唯一の窓があり、いつの間にか半開きになっていた。どうやらあの小さな隙間にムリヤリ体を捻じ込んだらしい。
「遊びにきたの! おじゃまします!」
「一応言っておくけど、窓は出入り口じゃないからね」
「はーい」
理解しているのかいないのか、緑のシッポが機嫌の良さを示すように揺れている。数日ぶりに再会した小さな竜人は、ヒクヒクと鼻を動かしながらゆっくり顔を寄せてきた。
「ねーねー、まっ黒すけ、なんだか甘い匂いがする」
「甘い? ああ、トレントチェリーかな。欲しいの?」
「うん!」
ポケットから木の実を取り出した途端に幼い顔がパッと輝く。赤く色づいたそれを手渡してあげると、アリスは硬い種ごと一気に食べてしまった。
「おいしい! これ大好き!」
そんなに好きなのなら、と更に2つ3つとあげてみると、アリスはその度に嬉しそうに平らげていく。最初のうちは小さな手で受け取っていたけれど、段々と面倒になってきたのか、俺の手から直接食べはじめた。
ガリッ。
「いッ!?」
ときどき忘れそうになるが、小さくてもこの子は竜なのだ。硬い種を簡単に砕いてしまう牙で噛まれたら、それはもう叫んでしまうほど痛いのだ。
「だから指ごと食べるのはダメだって!」
「もっとちょうだい」
「もう無いよ! そんなに好きなら、また今度あげるから」
わかった、と素直に頷いたアリスがぴょんぴょん跳ねる。軽いから別に苦しくないけれど、人の腹の上で遊ぶのはダメだと教えた方が良いかもしれない。
「ところで、勝手に出歩いて大丈夫? 銭型さんに怒られないかな」
「ゼニガタはどこかに行っちゃった」
「どこかに行った? どういうこと?」
「んーと」
アリスは少し首を傾げて難しそうな顔をする。そのまま黙って何やら考え込んでいた彼女は、やがてポンと両手を合わせて答えを口にした。
「くび?」
……ひょっとして、もろもろの不始末の責任を問われてリストラされてしまったのだろうか。
「それで、マオーが『自由にしていいよ』って言ってくれたから遊びに来たの」
マオーって誰だろう。アリスに質問してみたけれど、彼女の返答はあやふやな点が多くてよく解らない。結局理解できたのは、彼女が町で俺を探し回っていた事と、当然ながら誰も俺の居場所なんて知らないから彼女が困っていた事だけだった。
「それで、よくこの場所が分かったね」
「すごい? まっ黒すけの匂いを辿ったんだよ」
その発言に、思わず自分の服に鼻を近づけて確認する。
「……べつに汗臭くは無いと思うけど」
毎日ちゃんと着替えているしシャワーも浴びている。いや、それ以前にゲームなのだから全く汚れないし、変な臭いもしないハズなのに。
「まっ黒すけは美味しそうな匂いだから判るもん」
「おいしそう?」
「うん」
この子、まさか俺のことを食べ物だと認識しているんじゃないだろうな。
「なんかまっ黒すけがヘンな顔してる。おなか痛いの?」
「大丈夫。きっと気のせいだと思うから」
「ふーん。あ、そうだ! まっ黒すけにコレをあげようと思っていたの」
移り気な女の子はワンピースのポケットに手を伸ばすと、キラキラと光を反射する八角形の宝飾品を取り出した。
中心に緑色の宝石がはめ込まれており、その周りの鉄板には竜の姿に加えて何やら文字が刻まれている……が、全く読めない。アルファベットのような文字に混じって、明らかにそうではない文字もあるのだ。
「これはドラゴン語だよ」
「そうなんだ。何が書いてあるの?」
「あのね、それはニンゲンに教えちゃダメなんだって」
どうやらそういう決まりになっているらしい。そう言われると余計に気になるけれど、無理に聞き出す訳にも行かないので素直に引き下がることにする。
「本当に貰っていいの?」
「まっ黒すけのこと好きだもん。だからあげる!」
大切にしてね、と渡されたアイテムは【アリスのお守り】というストレートな名前だった。元々は高名な術師が作り上げたという貴重な一品らしい。それにアリスが自分の名前を刻むことで、彼女と強いつながりが生じているのだとか。
見るからに無機質な物体なのに、手にしていると不思議な暖かみを感じる。装備用のアクセサリではないけれど、折角のプレゼントなので、ペンダントのように首から提げておこうと思う。
「ありがとう、大切にするよ」
「うん! ねーねーまっ黒すけ」
アリスにせがまれて小さな頭をそっと撫でてみる。彼女が気持ち良さそうに目を細めると、やがて大きな尻尾も楽しげに揺れはじめた。
どうやら尻尾は感情とリンクしているらしい。もう十分だろうと思って手を離すと、それを阻止するように動いて俺に続けさせようとする。お願いされるまま手を動かしていると、くぅ、と可愛らしい音が鳴った。
「そろそろ夕食の時間なんだけど、よかったら食べる?」
「食べる! ……あ、でも、そろそろ帰らないとマオーに怒られるかも」
残念そうに表情を曇らせたアリスは、身を起こしてベッドから降りる。そして「また遊びに来るね」と言い残して窓に手をかけると、コウモリのような翼を広げて夜空の彼方へ飛び去ってしまった。
「……そこは出入り口じゃないって言ったのに」
まあいい。また遊びに来た時にでも改めて教えてあげよう。




