表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クローズドテスト  作者: hiko8813
4章
51/62

49話 青の渓流1

 ゲーム開始から20日目の夜を迎えた。

 

 7日間にわたる渓流エリアのメンテナンスは予定通り今日で終わるらしい。その最後の仕上げとして何やら作業があるらしく、全プレイヤーに向けて通知メールが送付されていた。


「本日22時より24時までの間、アップデート作業を行います。各自部屋の中で待機していただきますようお願い申し上げます。だって」

「日付変更と同時に渓流エリアが開放されるらしいですね」


 ここは夏秋冬(ハルナ)が借りている宿の部屋。ピンクのテーブルを挟んで夏秋冬とダージュが会話している。2人ともリラックスした姿になっていて、ハチミツ入りのホットミルクを飲みながら小さなビスケットに手を伸ばしていた。本当なら寝る前に食べるのはあまり体に良くないけれど、ゲームだから気にしなくても良いらしい。


「アップデートが終わったらすぐに渓流に行く、なんて人もいるみたいだよ。やっぱり誰よりも早く先に進みたいって思うのかな」

「そのようですね。ボクは賞金の獲得にクリアの速さは関係ないと考えていますが、確たる根拠を提示できる訳ではないですし。早い者勝ちと考える人が多いのは当然かもしれませんね」


 賞金を別にしても、知らない場所を歩くというのは刺激的なイベントだし、嫌な思い出さえなければ俺も素直に楽しみにしていたと思う。今更そんなことを口に出して空気を悪くしたくないので黙っているけれど。


「アキトくんのおかげでログハウスも手に入ったし、わたしたちも明日の朝から行ってみる?」

「ボクは勿論かまいませんが」


 2対の目がソファーに座る俺へと向く。


「お兄様もそれで宜しいですか」

「あ、でもアキトくんって、確かししょーと約束があるんだよね」

「そうなんですけど……」


 今までレッスンした内容についてテストをする。そう師匠に言われていたのだけど、具体的な日時がハッキリしていないので少々困っていた。14日目からだいたい1週間後、つまり、今日か明日あたりに会いに行けば良いと思うのだけど……今日訪ねてみても、師匠はやっぱり不在だったのだ。


「明日の朝にもう一度行ってみます。酒場の主人が伝言を頼まれてくれたので、もし会えなくても大丈夫ですけどね」

「りょーかい。あ、そうだ。キヨくんとの決闘はどうなったの?」

「そんな大げさなイベントじゃないですけど、一応は終わりました」


 手合わせしたのは昨日の夜。俺が憑依したモンスターは一番慣れているグリーンゴブリン。相手の体力を7割削ったほうが勝ちというシンプルなルールで戦ったのだけど、引き分けという結果に終わっていた。


「引き分けって、どういうこと?」

「互いに決定打が無いまま30分くらい経過したところで、キヨさんが『今日はもういい』って中断しちゃったんですよ」


 このまま戦っても面白くない、なんて不満そうに言うのだ。結局昨日はそれで解散になり、また改めて手合わせするという話になってしまった。1回で終わると思ったのに。


「お兄様が手加減していたことを、あの人は見抜いていたのだと思いますよ」


 立ち会ってくれたダージュがそんなことを言う。


 手加減したつもりは無かったけれど、もしも倒してしまったらどうしよう、なんて考えに引きずられて動きが鈍っていたのかもしれない。


「ボクが見た限り、あの人はかなり強い部類に入るプレイヤーです。今のお兄様が遠慮なく力を振るったとしても、うっかり殺してしまう可能性は低いと思いますよ」


 相手の力が見えるダージュがそう言うのなら、きっとその通りなのだろう。嫌な思い出がチラつくけれど、今度はもっと集中して臨もうと思う。


《――アップデート作業の開始まで5分を切りました。お手数ではございますが、みなさまお部屋にお戻り下さい。繰り返します――》


 いよいよメンテナンスが始まるらしく、システムメッセージが一斉に流れてきた。何だか急に眠くなってきたし、そろそろ退散したほうが良さそうだ。

 

「もうこんな時間になっちゃった。そろそろユキちゃんを呼ばないと」

「そうですね。俺も自分の部屋に戻ります」

「ボクも失礼します。お兄様、夏秋冬さん、お休みなさい」


 夏秋冬が足早に中庭へと向かう。それを見送った俺とダージュも、それぞれの部屋へと戻ることにした。



* * *



 アップデートは予定通りに終わり、迎えた21日目。

 

 結局今日も師匠に会えなかった俺は、みんなと一緒に【青の渓流】エリアへと足を運んでいた。今日からしばらくは、渓流エリアの地図完成を目標に行動する予定だ。

 

「木々の間を吹き抜ける爽やかな風、心地よい川のせせらぎ、小鳥の可愛いさえずり、そして何だかホッとするような木漏れ日……いやー、やっぱりエリアが変わると新鮮でいいよねー。草原はさすがに飽きちゃったし」

「新鮮もなにも、このエリアは前にも来たことがあるだろう」

「もう、ユキちゃん空気読んでよ。あの時はヘンな人がいたから全然楽しめなかったんだもん。アキトくんとダージュくんも居なかったし」


 並んで歩く2人は相変わらず仲良く会話を楽しんでいる。ダージュはそんな彼女達から少し離れた位置に立ち、周囲を見渡すようにしながら静かに殿を務めていた。


「前に2人で来たときは色々と苦労したよね。あっという間に回復アイテムを使い切っちゃって、そのたびに町に戻っていたし」

「そうだな。それまでアキトに頼りきりだった夏秋冬がすぐモンスターに殺されそうになるからな」

「うん。前ばかり見て後衛を見殺しにする相棒を持つと大変だよ」


 やや湿り気味の地面を踏むたびに小さな音がする。それぞれの歩くタイミングに合わせて生まれる音がメロディーのように聞こえるのは、きっと夏秋冬の仕業だ。彼女はジャンプしたり、時にはダンスのようにステップを刻んだりして楽しそうに演奏していた。


 軽やかなリズムを聞きながら、ゆっくりと周囲を見渡す。


 この渓流エリアは南北を貫くように川が流れており、上流である北側に行くほど標高が高く、地形の起伏も激しくなるという特徴がある。特に北の端あたりは【英霊の領地】エリアにそびえる大きな山の一部となっているので非常に歩きづらそうだ。

 

 反対に、いま俺たちがいる南端は比較的なだらかな地形で歩きやすい。と言っても広葉樹が生い茂っているために見通しは悪く、草原ほど楽に歩ける訳ではないけれど。

 

「そーいえば、昨日のアップデートって何をしたのかな」

「私に訊かれても答えられないぞ。不具合の修正がされているのなら嬉しいが」


 雪羽と夏秋冬がそろって首をひねる。彼女たちから見ても、アップデートによる変化が何なのかは分からないようだ。


 あの日ドラゴンブレスで燃やしてしまった木々などはすっかり元に戻っているようなので、そういう意味では変化があると言えるけれど……まあ、このエリアをよく知っている訳でもないし、あまり気にしても仕方ないだろう。


 そんなコトよりも、いまは目の前の問題を片付けよう。


「ところで夏秋冬さん。そろそろ良いですか?」

「いつでもおっけーだよ!」


 合図と共に夏秋冬の詠唱スキル【フレイムフラワー】が発動する。小さな身体を中心に幾筋もの炎が乱れ飛び、羽音を立てながら(おとり)を追い回していた巨大コガネムシを次々と包み込んだ。

 

 ギギギ、と悲鳴のような音がする。光を反射していた外殻が焦げるように変色し、15匹のモンスターが次々と墜落していく。しかし、直撃を免れた3匹が白煙の中から飛び出してきた。


 その内の2匹は雪羽が叩き落したが、残る1匹がまっすぐ夏秋冬へと向かってしまう。スキルを発動したばかりの彼女は無防備なまま動けない。


 夏秋冬が息を呑む。そして覚悟するように大きな目をギュッとつぶって――その次の瞬間には、ダージュの矢が鈍く光る胴体に深々と突き刺さっていた。


 弱点を撃たれたコガネムシは墜落し、やがて土の中に溶けるようにして消えていく。しばらくして入手経験値とジュエルがアナウンスされると、少し顔を引きつらせていた夏秋冬はホッとしたように表情をゆるめた。


「渓流のモンスターは強いけど、みんな一緒なら何とかなりそうだね」


 いえーい! と笑顔でハイタッチしてまわる。そのままモンスターが落とした素材を確認しはじめた彼女は、雪羽が再び戦闘態勢に戻ったことに全く気付いていないようだ。


「夏秋冬、こんな場所で油断するな。後ろを見てみろ」

「え? ユキちゃん何を言って……わぁ!?」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、今度は巨大なカマキリ【グラトニーマンティス】が茂みから飛び出してきた。その体高は目算で1.5メートルあまり。虹色の羽を広げたモンスターは、夏秋冬めがけて猛然と突っ込んできた。


「いいと言うまで動くなよ」

「え? え? 逃げちゃダメなの?」

「下手に動いたら助けられないぞ」


 流れるような蹴りが黒い鎌と火花を散らす。衝撃に怯んだカマキリの頭を狙ってマンゴーシュを突き立てると、悲鳴と共に大きな身体がグラリと揺れた。

 

 俺が離れたと同時に雪羽は姿勢を低くする。鋭く息を吸った彼女の足元を囲むように光の円が生まれ、やがて突き刺さるような気配を放ち始めた。

 

「ユキちゃん、そろそろ逃げても良い? 良いよね? その構え、このまま逃げないと絶対に巻き込まれるよね?」

「ああ、忘れていた。もう逃げて良いぞ」

「遅いよ!」


 予備動作を終えた雪羽が身体を大きくひねる。しなやかな右足は三日月のような光の線を描き、そのまま土色の胴体をえぐるように突き刺さる。眩いほどのダメージエフェクトが発生して、腹に響くような衝撃が周りの木々を激しく震わせた。


 いま雪羽が放った【ノーブルクレセント】は昨日覚えたばかりという新スキルだ。予備動作は長いものの、その破壊力は今までのスキルと比べ物にならないほど高い。それは夏秋冬の顔の青さからも容易に想像できた。

 

 吹き飛んだカマキリが沈み、今度こそ安全を確認してようやく空気が緩む。転がるようにして逃げていた夏秋冬はぺたりと地面にへたり込んでしまった。


「そんなにモンスターが怖かったのか?」

「……怖かったのはユキちゃんだよ」

「大げさだな。仮に巻き込まれたとしてもダメージは受けないんだぞ」

「そんなの気休めにもならないよ。吹き飛ばされるかと思ったんだよ?」

「ああ、夏秋冬は小さいからな」

「そーいうコトを言ってるんじゃなくて!」


 雪羽が少し呆れたように息を吐く。あの様子なら夏秋冬も大丈夫そうだ。


「やっぱり草原のモンスターとは強さが段違いですね」

「ええ。動きが素早いですし、掠っただけでダメージを受けてしまいますし。その分レベルアップも早いと言いたい所ですが……やはり20レベルから変わりませんか?」

「そうなんですよね」


 雪羽はレベル18、夏秋冬もレベル18、そしてダージュはレベル19。何度か夜の草原で戦っていた俺もそろそろレベルアップして良さそうなのに、未だに20のままだ。今まで全く気付かなかったのだけれど、どうやら20レベルで頭打ちになってしまっているらしい。


一つ爪(シングル)の限界は20レベルなのでしょうか。これ以上レベルアップする為には、ネイムドを倒して二つ爪(ダブル)になる必要があるのかもしれませんね」


 推測の域を出ないけれど、きっとダージュの言う通り、レベルアップに制限が設けられているのだろう。

 

「まあ、ここで悩んでいても仕方ないですよね。探検を続けましょう」

「そうですね。今のペースならば、遅くとも1週間以内に地図は完成すると思います」


 軽い休憩を終えて再び歩き出す。


 渓流エリアの南側から始めた踏査は、その後も順調に進んでいた。

 

 ここに出現するモンスターは草原のそれと比べてあらゆる面で上を行く。攻撃力も耐久力も高いので油断はできないけれど、先日のイベントで獲得したアイテムが優秀だったので大して苦しい思いはしていなかった。

 

 たとえば雪羽が手に入れたのは【雷精の篭手】という武器。雷の名を冠するスキルの与ダメージが10%上昇する上に、ダメージを与えた相手を一定確率で【麻痺】状態に陥れるという優れモノだ。

 

 夏秋冬は単体回復スキル【ヒールウインド】をすでに覚えていて、誰かが少しでもダメージを受けるとすぐさま回復してくれるようになっていた。マナの無駄使いのように思えるけれど、使い込むことで上位の回復スキルを覚えられないかと期待しているらしい。


 ダージュは保有マナの上限が30ポイント上昇するアクセサリ【黒魔の首飾り】を選択していた。彼の矢はマナを消費して生成しているので、少しでも上限を増やしたかったらしい。この首飾りを装備するとマナの回復スピードも若干ながら上昇するため、無理して連射しない限り枯渇の心配は無さそうだと教えてくれた。


 ちなみに俺の装備は今までと変わっていない。それでも、リインフォースが使えるようになったので全然問題なかった。長時間連続して強化し続けることは無理だけれど、敵と交差する瞬間に強化するだけでも与・被ダメージが違うのだ。


 互いの連携も段々と良くなってきている。時々モンスターからダメージを受けることもあるけれど、大したピンチもなく、あっという間に18:00を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ