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クローズドテスト  作者: hiko8813
1章
5/62

4話 才能

 地図で確認したこの町はほぼ正方形のカタチをしている。周囲は強固な外壁で覆われており、四方にある門から出入りすることになっている。門からは外壁の上に登ることができ、そこから町の外を見渡すことが可能だ。高さ5メートルほどある外壁の上部は胸壁になっているが、実際に使うイベントはあるのだろうか。

 

 白レンガで覆われている外壁の幅は3メートルほど。これだけ分厚い壁ならモンスターに壊される心配は無さそうだが、空を飛ぶモンスターがいたら簡単に侵入されてしまうだろう。

 

 まあ、これはゲームだから余計な心配だろうけど。


「……みんな頑張ってるなぁ」


 プレイヤーが南門から外へと飛び出ていく姿を横目に、バックパックを背負った俺はひたすら歩いていた。あまりに重くて走るのはとても無理なのだ。まだこのゲームに慣れていないから体が思うように動かない、という言い訳じみた理由もあるけれど。


 トボトボと歩く俺を物珍しそうに眺める人々に、今何をやっているのかを丁寧に説明したくなる。しかし、近寄っただけで変な目で見られているので難しそうだ。


 中には明らかに冷笑を浮かべている人がいて心がきゅっとする。この気持ちはモチロン恋なんかじゃない。


「くそ、やっぱ重い」


 別のことに意識を向けても重いものは重い。背中が重すぎて思うように前に進めない。このままのペースだと少し遅れてしまいそうだが、まあいいか。俺は俺なりのペースで行こう。

 

 賞金に興味が無いとは言わない。むしろバイト三昧の俺としては喉から手が出るほど欲しいところだ。でも初心者の俺が一人で攻略できるほど甘い難易度じゃないだろう。慌てたところでどうしようもない――


「――おっと」


 ガツンと硬い音がして我に返る。


 考え事をしながら歩いていたせいで、何か大きなモノにぶつかってしまったみたいだ。

 

「あん? お前ドコ見てんだよ」

「あ、すみませ」

「ボサっと歩いてるんじゃねえよクソが」


 視線を戻すと、厳つい顔面の二人組みが睨んできていた。俺の頭と激突したのはこの人達だったらしい。何だかよろしくない雰囲気だ。

 

「すみません、ボーっとしてました。痛かったですか?」


 すぐに頭を下げて謝ったが、俺の何かが気に入らなかったんだろう。右頬に傷がある男とピンクモヒカンヘアーの男は、上から覆いかぶさるようにして俺を睨んできた。


「ぁあ? こんな所でボサっとしてるんじゃねえよ! 迷惑だろうが!!」


 ああ、変なモヒカンに絡んでしまった。今日は厄日かもしれない。


 愛想笑いを浮かべながら、どうやってこの場を切り抜けようかと考える。


 ところが、モヒカンは何故か急に意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「ああ、どこかで見たマヌケ面かと思ったら、お前あの恥ずかしい初心者か。経験者に擦り寄って賞金を貰おうと尻尾を振ってただろ」


 ……そういうことか。


 あの時、この人達も近くに居たようだ。俺が経験者に教えてもらおうと声をかけていた姿は、周りからはそういう目で見られていたらしい。


「あー、オレも見たわ。みんな迷惑そうな顔してたもんなァ。それでお前何やってんの? そんなダセぇリュック背負っちゃって。バカじゃねえの?」


 哄笑に混じって唾が飛んでくる。こんな所までリアルにするのは逆効果だと思う。後で意見として運営に報告しておこう。


 南門の周囲は人が多い。俺が声をかけていた姿を見たことがあるのか、心が痛くなるような視線があちこちから降り注いでくる。

 

「おいおい、どこ行くんだ、出口はこっちだぜ? ああそうか、臆病者にこのゲームは無理だもんなァ?」


 幸い、プレイヤー同士の攻撃的な接触は禁止されている。ぶつかった事をもう一度謝って、クエストの続きを再開することにした。



 * * *



 散歩を始めて59分後。俺は再び師匠の下に戻っていた。

 

「お、ギリギリセーフか。遅れるかと思ったが頑張ったな」


 師匠は相変わらず部屋の奥であぐらをかいていた。ずいぶん退屈そうだったので、俺の他に遊びに来ているプレイヤーはまだいないのかもしれない。

 

「これでクエストクリアですか?」

「んな訳あるか、これは準備運動だ。マラソンは毎日やるからな」

「わかりました」


 俺が返事をすると、師匠は何故か驚いたような顔をしていた。


「てっきり文句が飛んでくると思ったんだがな」

「やる気ありますから」

「そうか? まあモチベーションが高いってのは結構なことだ」


 言いながら、師匠は立ち上がる。ゆっくりと回した腰からポキポキと音が鳴る。


 やがて準備運動が終わったのか、師匠は妙なポーズをとりながら俺に声をかけた。

 

「それじゃ今日のメニューを始めるぞ。ワシの動きをよく見ておけ」

「はい」


 両足を揃え、両腕を交差させて肩に置いている。その目は真剣だ。まさかいきなりスキルでも教えてくれるのだろうか……と思っていたら、全然違っていた。

 

「BGM、スタート!」

「は?」


 掛け声と共に唐突に踊りだす師匠。さすがゲームと言うべきか、コールに合わせてBGMが本当に流れ出した。

 

 何だかやたらアップテンポでメタリックなミュージックだ。


「ふーんふーふふふーん、ふーふーふーふーふふーん」


 4拍子のリズムに合わせて全身をクネクネさせている。涼しい顔で腕や脚を振り上げてステップを刻む師匠のダンスは……その、かなり独創的だ。


「ふーんふふ、ふーふーふー、ふーんふふ、ふーふ」


 時折3拍子のリズムを交えながら動きは段々と激しくなっていく。空中で全身を思い切り反らしたり頭を振り乱しながら暴れまわる。盛り上がってきたのか、師匠の息は次第に荒くなってゆく。


 呆気にとられている間にも不思議な踊りは続き、フィギュアスケートみたいにくるくると回転する動きが多くなる。そして「ハァッ!!」と気合と共にダンッと足を踏み鳴らし、ビタリと静止したところで終了した、らしい。


「ふう、よし」


 見得を切るようなポーズで静止していた師匠が、満足げに息を吐く。5分あまりにも及ぶ熱演だった。




「今度はお前さんの番だ。()ってみな」

「え? 宇宙人と交信していたんじゃないんですか?」


 俺には全く解読できなかったが。


「何を言ってるんだバカタレ。さっさと()らんか」

「……本当に?」

「マジマジ。ほれ早く。ギャラリーがいないとやる気にならんか? 用意してやるぞ?」

「要らないです」


 どうやら本気らしい。


 恥を雪ぐために恥を受け入れなければならないとは、このゲームなかなか意地悪だ。


「……わかりました」

 

 いいだろう。俺はモヒカン達にバカにされたまま黙っていられる程大人じゃない。一人前になって汚名返上する為にも、ここはやりきって見せようじゃないか。

 

 ある偉人は言った。頭のネジを外せば怖いものなんて何も無い、と。

 

 その教えを実践するときが来たようだ。

 

 両足を揃え、両腕を交差させて肩に置く。そして生気が吸われそうな踊りを思い浮かべた俺は、頭のネジを思い切り左に捻った。

 

 

 * * *

 

 

 目が回るのを我慢しながらくるくると回転する。ダンッと足を踏み鳴らす。そして最後に気合を入れて見得を切る。


 BGMがピタリと止み、部屋にシンとした静寂が戻った。


 完璧だ。バカになれば何でもできる。その極意をつかんだ気がした。

 

「どうですか師匠!」

「あれだな、お前が踊ると随分マヌケに見えるな」

「知ってますよ!」


 何故もう少し早く気づいてくれなかったんだ。


 膝から崩れ落ちそうになったが、何とか踏みとどまる。振り付けのコピー自体は完璧だった筈だ。デキに関して文句は言わせない。


「これで合格ですよね?」

「まあ待て、そんなに慌てるな」


 師匠は詰め寄る俺をひらりと避けると、3歩ほど離れて部屋のど真ん中に立った。

 


「お前、かなり記憶力がいいな? 1回見ただけで再現してみせるとは、やるじゃねえか」

「頭に焼きついた通りの動きをしただけです。独創的な動きが多かったので覚えやすかったという理由もありますが」


 背中を向けたまま、師匠が「そうか」と頷く。


 その直後、俺は誰かに背中をポンポンと叩かれた。

 

「あれ?」


 背後には誰もいない。視線を元に戻すと、師匠はからかうような笑みを浮かべていた。

 

「今、何かを感じたか(・・・・・・・)?」

「背中をポンポンって、2回叩かれた気がした、ような」

「なるほど、それじゃ次だ。目をつぶってみろ」


 師匠はろくに説明もしないまま笑う。そして右の掌を俺に向けて「いくぞ」と宣言する。


「何をやるんですか?」

「すぐわかる」


 言われるままに目を閉じてから5秒後、俺は背筋が凍るような悪寒を感じた。


「ッ!?」


 何かを考えるよりも前に全力で背後を振り返る。俺の背後に凶悪な誰かが現れた……そんな気がしたから。


 しかし、振り返っても何も見えなかった。呆然としていた俺に、師匠は楽しそうに問いかける。


「いま、後ろに何人いた?」

「……3人、ですか?」

「残念ながらハズレだ。だが、感じられただけで十分及第点だ」


 皺くちゃの顔がニヤリと笑う。


「今のはお前さんの能力を確認していたんだ。ダンスは主に記憶力と身体能力を、そして今ので気配に対する反応力をな」

「……そんな能力があるんですか?」

「あまり知られていないがな。無論パワーなど基礎的な能力は重要だが、それ以外の能力も重要なんだぜ?」


 師匠によると、俺は特に気配察知力と記憶力が高い水準にあるらしい。


「気配を探る、ですか? そんなことが本当に可能なんですか?」

「可能も何も、お前は今実際にやってみせただろう。いきなりできるヤツなんて滅多にいないがな。気配察知は【天魔】系のお前にとって特に都合が良い能力だと思うぜ」


 ……そうか、これはゲームなんだ。


 目を閉じた時、何も見えないはずの空間に真っ黒な染みのような異物が存在するのを感じたのだ。あれが気配を感じるということらしい。


 現実と同じく、俺に第六感なんて存在しないと思い込んでいたけれど、超感覚を体験できるなんて凄いゲームだ。


「もうひとつ質問して良いですか」

「おう、いいぞ」

「記憶力って、戦いに必要なんですか」

「無論だが、この場合は記憶力と言うより、動きを真似る能力と言った方がしっくり来るかもな。今は実感できないかもしれんが、おいおい解かる時が来る」


 ――カラン、カラン、カラン……

 

 不意に、澄んだ音色が聞こえた。部屋の中にいながらハッキリ聞こえているのでかなり大きな音だ。


「お、もうこんな時間か。まあ、理解できなくてもいい。次のメニューには関係無いしな」


 これは中央広場にある鐘の音らしい。午前6時と正午、そして午後6時に鳴る鐘は時間帯の切り替わりを示している。これ以降は夜の時間帯だ。

 

「基本的に夜は修行しない。さあ、今日はもう終わりだ。続きはまた次回だ」

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