47話 占い師
町に戻って昼食を終えた俺は、引き続き夏秋冬と一緒に歩いていた。
「南の宿屋からずっと西に歩いた所に、フランメさんっていう女の人が住んでいるの。占いが得意な人で、試しに何度か占ってもらったコトがあるんだけど、今のところ全部当たってるんだよね」
話を聞いていると何だか凄そうだ。
「そんな人がいたんですね」
「うん。本当は昨日占ってもらおうとしたんだけど、忙しいからって断られちゃったの。あの人なら魂を手に入れる為のヒントを教えてくれると思うんだ」
ということで、今は占い師が住むという民家目指して移動している最中だ。隣の小さな歩幅に合わせてゆっくりと町を歩いていく。
「夏秋冬さんって、本当に色んな情報を知っていますよね」
「こういうゲームはとにかく情報が命だからね。アキトくんと一緒になってからは友達を増やすことに力を入れていたの。重要な攻略情報とかは教えてくれないけれど、色々と噂話を聞くだけでもけっこう違うんだよ」
俺と一緒にレベル上げしていた日々の裏で、彼女はそんな事もしていたらしい。
「でも、プレイヤーだけじゃなくて色んなNPCと仲良くなることも大切みたい。ビックリするくらい重要な情報を教えてくれる場合もあるし」
レベルを上げれば早くクリアできるとは限らない。むしろ有益なイベントを多くこなす方が重要だよと彼女は言う。師匠やアリーセの顔を思い出して確かに、と納得する。
「もちろんレベリングも大切だけどね。ネイムドを倒すにしても攻略法を知っているかどうかで難易度が全然違うみたいだから、情報収集を疎かにはできないよ」
東大通りを歩き終えて、中央広場に差し掛かる。
この場所はいつも人が多くて賑やかだ。露店の呼び込みを聞き流しながら歩いていると、不意にメールの着信音が耳に入ってきた。
「――あ。ねえねえ、昨日のイベントの補償が決まったみたいだよ」
言うや否や、夏秋冬はもうメールを読み始めている。こういう反応の早さも大切なんだろうな、と思いながら俺もメールボックスを開く。丁寧に書かれていた文章を要約すると、補償の内容は以下のとおりだ。
1.竜追い祭イベントの参加者全員に【緑マナポーション】を3つ配布する。
2.イベントで各々が獲得したポイントに7200ポイントを付加する……つまり、16:00の時点で生存していたプレイヤーを全員クリア扱いとする。
「この内容だと、激レアだったはずのイベント賞品がたくさん出回りそうだね。露店のアイテム相場がいろいろと変動するかも」
目玉賞品だった【銀魔女の水晶玉】は、装備したプレイヤーが単体回復スキル【ヒールウインド】を習得できるというアクセサリだ。使用するプレイヤーの系統によってコストや効果は上下するものの、回復量は三葉草と同程度らしい。
今までは回復スキルの存在すら怪しい状況だったのでアイテムが重用されていたけれど、今後はその地位が揺らぐのかもしれない。
「回復アイテムを溜め込んでいた人が怒りそうですね」
「アイテムの価値なんて運営の行動ひとつで変動しちゃうからね。でも、回復スキルが無いことに不満を感じていた人の方が圧倒的に多かったし、大きな混乱にはならないと思うよ。マナを結構消費するからアイテムが無用になった訳でもないし」
求めていた回復スキルがやっと使えるということで、夏秋冬はこの補償内容を歓迎しているみたいだ。賞品の受け取り手続きを済ませた彼女は満足そうに頷いた。
「アキトくんはお酒を選ぶの?」
「はい。補償ポイントが少し勿体無いですけど、師匠にプレゼントするって決めてましたから」
夏秋冬に倣って俺も手続きを終える。程なくメールが到着し、それを確認したと同時に目当てのアイテムが転送されてきた。
「ししょーと一緒に飲むの?」
「や、それは少し怖いのでプレゼントするだけです」
「あー、けっこう酒乱な人なんだっけ。わたしもユキちゃんもお酒なんてまるで縁がないから、そういう話はよく解らないけど……一度くらいは飲んでみようかな。この世界なら現実の法律も関係ないし」
2人並んで歩くうちに南の宿屋に到着して、ここからは南西ブロックの狭い路地に入っていく。あとは西へ道なりに進めば目的の場所に着くはずだ。
「昨日のイベントが終わってから、ユキちゃんをスカウトしたいってメールがたくさん来て大変だったんだよね」
補償についての話が終わったと思ったら、珍しくウンザリした様子で夏秋冬が溜息をついた。
「そうだったんですか」
「うん。わたし友達多いから、ユキちゃんを紹介して欲しいって人とか、その友達からのお願いメールが――ああ、また来ちゃった」
彼女は眉を八の字にしてゲームウインドウと睨めっこする。
「もちろん全部断ってるんだけど……数が多くて、もうゴメンナサイ文章が思いつかないよ。でもテンプレメールなんて返したら嫌われちゃうかもだし」
ゲームの世界でも友達付き合いに苦労する時はあるらしい。相手も人間なのだから当然と言えば当然なのだけれど。
* * *
「アキトくん、ここだよ」
目的の場所に到着したのは13:00を少し過ぎたころ。夏秋冬が指し示した建物は、一見すると普通の民家にしか見えない……が、何やら妙な看板が掲げられていた。
【働きたくない】
「何なんですか? この看板」
「本人の心の叫びを言語化したんだって」
「……変なNPCですね」
「うに? 違うよ、フランメさんはプレイヤーだよ」
「そうなんですか?」
民家に住んでいるからNPCだとばかり思っていたけれど、それは俺の思い込みだったようだ。
「このゲームって、占いスキルまであるんですね」
「ううん、占いはスキルじゃなくて、フランメさん自身の特技なの。あの人1日目でお金を全部使っちゃって、それ以来この家に住み着いたんだって」
「働きたくないから?」
「うん。現実世界を忘れて死ぬほどゴロゴロしたいからこのゲームで遊んでいるのに、どうしてゲームの中でも働かせようとするのかって、怒りの単独ストライキ中らしいよ。暇を見つけては嘆願メールも送ってるみたい」
運営も大変だなと思う。
「ま、どんな人かは会ってみれば分かるよ」
夏秋冬が慣れた様子で扉を開ける。「メールで伝えてあるから」と手招きされるまま中へと入ってみると、仄かに甘い空気が鼻をくすぐった。
クリーム色の壁に囲まれた部屋は、外見と比べてけっこう広い。使い古した感が漂うデザインながら、机やソファーなどの家具は一通り揃っており、それぞれ清潔そうな色を保っている。綺麗好きな人なのかな、と思ったけれど、よく考えたらこのゲームの家具は汚れたりしないんだった。
「この部屋、窓がないんですね」
「陽の光が嫌いだから、そういう部屋を選んだんだって。えーと、フランメさんは奥の部屋かな。もう起きてると思うんだけど」
「こんな時間に寝てる場合もあるんですか?」
「うん。昼夜逆転は当たり前の、とにかく引きこもるのが大好きな人だからね。前世はシャコ貝らしいよ」
小さな手が奥の扉をコンコンコンとノックする。しばしの沈黙を経て鈍色のドアノブがゆっくりと回り、仄かに感じていた香りがやや強くなる。
奥の部屋からゆらりと登場した人物は、作り物の女子高生みたいな格好をしていた。
「おはよ、フランメさん。今日はフランキンセンスのアロマだね」
「……んむ……ねむい」
白が眩しいブラウスと紫のスカーフ、そして淡紺のプリーツスカートとガーター付きのニーソックス。どこか妖しげな衣装を身にまとう人物は、甘くスパイシーな香りを全身から振りまいていた。
「……む」
まだ完全には覚醒していないのか、ソファーに腰を下ろした今も上半身がフラフラしている。ひょっとしたらまだ半分寝ているのかもしれない……が、そんな事はどうでもいい。俺の視線は金魚鉢みたいなフルフェイスへルメットに釘付けになっていた。
ヘルメットは全面が鏡のようで、中にある顔は全く確認できない。視界は一体どうなっているのだろう。マジックミラーにでもなっているのだろうか。
「フランメさん、またそれ被ってるんだね」
「……何だか落ち着くの。いつでもどこでも引きこもっている気分になれるから」
よくわからない理由をつぶやく声は小さく、とても聞き取りづらい。低血圧なんてステータスは無いはずだけど、正にそんな感じに低いテンションだ。今の時間を尋ねるフランメに答えを教えると、彼女は絶望を目の当たりにしたような声を上げた。
「……じ、13:08……そんな早い時間に叩き起こすなんて酷い。虐待。だからお休み」
言うや否や白い喉をさらすように全身を弛緩させる。金魚鉢から伸びるロングの紫髪がふわっとソファーに広がる。首から下だけを見れば色香漂う女の人だけれど、なんか色々と台無しだった。
「早いって、昨日は何時ごろに寝たの?」
「……31時くらい」
つまり今朝の7時らしい。
宿屋から借りたアニメ全50話を一気に鑑賞していたらそんな時間になっていた。そう証言するフランメ女史は囁くような声を俺に向ける。とりあえず自己紹介をしてみると、彼女は「んむ」とよく分からない声を出しながら片手をヒラヒラさせた。
「今日はゲーム開始から何日目?」
「16日目だよ」
「まだ1/10も終わっていない……あと20日くらい寝ていれば良かった」
大きな溜息をついたのか、金魚鉢から不満そうな音が漏れる。
ちなみに、このゲームでは睡眠補助機能が用意されており、寝ようと思えば本当に20日間連続で寝ることも可能だ。反対にずっと起き続けることは不可能で、24時間以上連続で活動しているとステータスに異常が発生してしまう。戦うどころではなくなってしまうため、そうなる前に連続6時間以上の睡眠をとる必要があるのだ。
目の前の金魚鉢さんがフラフラしているのは寝不足が関係しているのかもしれない。たぶん違うと思うけれど。
「フランメさん、ちゃんとご飯食べてる?」
「外に出たくないから何も食べてない。ヒマなら買ってきて」
「いいよ。でも、その代わりにちょっと占って欲しいんだけど」
「……そういえば、そんなメールをさっき読んだ気がする」
だるそうに首筋付近をトントンと叩く。スカートの乱れを気にしないで足を大胆に動かした彼女は、ソファーに体を埋めながらまた大きく息を吐いた。
「……それで、ふたりの相性でも占えば良い? のろけ話をする為に起こしたのなら本気で呪うけど」
「ち、ちがうよ。水精霊の魂っていうアイテムについて教えて欲しいの」
夏秋冬がゆっくりと理由を説明する。そのあいだ、やさぐれた金魚鉢は無言で耳を傾けていた。時おり上半身がカクンと動くので寝ているのかもしれない。
「……めんどい。疲れる。お腹すいた」
「お願いだから占ってよ。もちろんお礼は払うから」
「そんな人として当然なことを言われても私のハートは動かないの」
意外にシビアな物言いに夏秋冬が一歩後退する。
「う……だったら何が欲しいの?」
「エルなんとかっていうお菓子屋の、ゴールデンなんとかってタルトが欲しい」
「わかったよ、それもプレゼントするから。ね?」
どうやら交渉が成立したらしい。占い師は大儀そうにソファーから身を起こすと、虚空から取り出した水晶玉を手にのせた。紫がかった玉は直径20センチ程度だろうか。部屋の灯りを鈍く反射するそれは妖しげな気配を放っていた。
占いといえばやっぱり水晶なのかな。そんなボンヤリとした感想を浮かべていると、細い指が俺を呼ぶように動く。
「……なにしてるの。早く来て」
「え、本当に俺ですか?」
「占って欲しいのはわたしだよ。アキトくんはただの付き添いで――」
「――占うのは私。楽しそうな方を選ぶ権利があるのも私。よく考えて、夏秋冬なら私とこの子どっちを選ぶか」
「アキトくん1択だけど」
「そういうこと」
「そっか」
あれ、そこで納得して良いんですか?
「でも、アキトくんに変なコトしないでよ」
「変なコトとは、具体的にどういう行為なのか教えて欲しい」
なぜか夏秋冬の頬が赤くなっていく。占い師は「ふ」と勝ち誇ったように息を吐いて、あらためて俺を呼びつけた。
「隣に座れば良いんですか?」
「そう。運命を読むためには本人の体にタッチする必要があるから。つべこべ言わずにさっさと来て欲しい」
むふぅ、と不満げな吐息が金魚鉢から漏れる。
一体何が始まるのだろう。よく解らないまま対面のソファーに歩み寄る。そして占い師の隣にゆっくりと腰を下ろして――いきなり胸ぐらを掴まれた。
「あ、あの。何をして――」
「――気が散るから黙って」
グイと引き寄せられて金魚鉢と激突しそうになる。呆気にとられたまま固まっていると、やがて占い師はポツリと呟いた。
「面白い顔」
なんだか傷ついた。
「ちょっとフランメさん! アキトくんに乱暴しないでよ!」
「これも占いに必要なこと」
「わたしの時はそんなコトしなかったじゃない! ほら、アキトくん嫌がってるから離してあげて」
「静かにして。本当に嫌がっているならブラックリストがすぐに働くから」
占い師の手が俺の胸元を離れ、ゆっくりと肩をなでまわしてくる。染みひとつない綺麗なそれが少しずつ移動し、首や頬を経由して――口の中にまで入ってきた。
「あお、あいおひへふんへふは?」
「何をしているか? 貴方の舌を指で触っているだけ」
「こらぁッ!? そんなの占いに絶対必要ないでしょ!?」
「夏秋冬、これくらいで大げさ」
「ふつーの反応だよ! 一般的な反応だよ! 非常識なのはフランメさんだよ! アキトくんに変なコトしないでって言ったでしょ!?」
「頭に響くから寝取られ女みたいに騒がないで」
「にゃ、にゃにおう!?」
興奮した子猫みたいに目を吊り上げる。そんな夏秋冬を尻目に、フランメは引き抜いた指をハンカチで丁寧に拭う。そして手にした水晶を数秒だけ睨んだかと思うと、小さな紙を俺の額にぺたりと貼りつけた。
「それ、占いの結果」
「露店へ行け……え、これだけですか?」
「一応言っておくけれど、入手に成功するかどうかは貴方しだい。仮に失敗してもクーリングオフは受け付けないから早くご飯買ってきて。お腹すいた」
そう呟いたフランメは電気が切れたように活動を停止する。そして、すぐに夢の世界へと旅立ってしまった。




