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クローズドテスト  作者: hiko8813
3章
46/62

45話 祭のあと

「……という訳で、キヨさんと協力して剣を引き抜くことは出来たんですけど」

「それでマナを使い切ってしまい、結局アリスに捕まったのか」


 経緯(いきさつ)を理解した雪羽が小さくため息をつく。


 現在時刻は20:30。ここは洋菓子屋【エルドラド】にある小さなイートインスペースの一角。幻想的な灯に照らされているテーブル席には、俺たちの他に誰もいなかった。こんな時間に洋菓子を食べる人はあまりいないらしい。

 

 確かに一緒に行こうと誘ったけれど、まさか今日のうちに約束を果たす事になるとは思わなかった。


「せっかく竜胆ササメを倒せたのに。勿体無いぞ」

「すみません」

「別に、キミが謝る必要はないが……どうして私に声をかけてくれなかったんだ」


 イブニングドレスに皺ができてもお構いなしに雪羽が身を乗り出してくる。


 勝てる確率が低そうだったとか、うかつに連絡を送ったら雪羽の邪魔をしそうで怖かったとか、あの変態(キヨ)に会わせたくなかったとか。理由は色々とあるけれど、どれを選んでも納得して貰えそうになかったので、単純に「すみません」としか言えなかった。


「むぅ……ところで、引き抜いた剣はどうしたんだ?」

「それが、煙みたいに消えちゃいました」


 少し前の自分と同じく、その顔がキツネに抓まれたようになる。


「俺も新しい武器が貰えるんじゃないかと期待していたんですけどね。どうも違ったみたいです」

「……そうなのか」


 あまり納得していない様子で頷く。そんな彼女は、あっけなく捕まった俺とは違い最後まで逃げ切っていた。


 イベント【竜追い祭】に勝利したプレイヤーは結局たったの2名。その1人となった雪羽は、結果発表の場で盛大な賛辞を(主に男性プレイヤーから)贈られていた。しかし、そのあいだ彼女は少しも嬉しそうな顔をしていなかった。むしろ不機嫌そうだった。


 結果発表の場は少々荒れていて、一部のプレイヤーはクリア者に対する疑いの目を向けていた。何も知らない外野から「不正をしたのではないか」という声が飛んだ場面もあった。だから不機嫌だったのかなと思っていたのだけれど、そういう事ではないらしい。


「私が逃げ切れたのは、アキトが竜胆ササメを倒してくれたからに他ならない」


 だから素直に喜べない、らしい。


「キミだって皆から賛辞を贈られるべきだ」

「でも、俺はクリアしていないですから」


 大勢の前に出ることが苦手な自分としては、むしろ助かったという気持ちの方が強い。個人的には彼女がクリアしてくれたので十分満足しているのだけれど……どうやらそんな事を言える雰囲気じゃなさそうだ。


 少しずつ空気が重くなってくる。この嫌なムードを変えたくて、別の話題を投げてみることにした。


「竜胆ササメがあの場に出てこなかったのは意外でしたね」

「別に、そんな事はどうでもいい」


 失敗。次の話題を探す。


「運営は『イベント進行に不手際があった』って平謝りしていましたけど、後日に配布される補償って何だと思います?」

「……さあ」


 これもダメらしい。次だ。


「雪羽さんと並んでクリアした人……ゲオルグさんでしたっけ。あの人とは、どんな話をしていたんですか?」

「覚えていない。あれは相手が一方的に喋っていただけだ」


 またしても話題選びに失敗したらしい。彼女は首を強く振り、これ以上の会話を拒絶した。


 重い沈黙に耐えられなくなって熱いコーヒーで口を湿らせる。雪羽はナイフとフォークを器用に操り、弦月のように欠けたタルトをさらに小さくしていく。


 ちなみに、ここにいない夏秋冬(ハルナ)とダージュは【強制移点(イクセキューション)】が発動した直後に正体がバレてしまい、あえなく捕まってしまっていた。


 という訳で、最終結果は以下のとおり。


 1位 雪羽

 2位 アキト

 3位 ダージュ

 4位 夏秋冬


 罰ゲームは夏秋冬に決定した……かと思いきや、何故かその権利が俺に委譲されていた。

 

 どういう事なのか自分でもよく理解していないので、もう一度確認してみよう。

 

 勝者(ユキハ)の命令により、最下位の夏秋冬にあった【罰ゲームを受ける権利】が俺に移されたのだ。なんだそれ。

 

 改めて確認してみてもやっぱり納得できない。そんな暴挙が許されるのなら最下位を決める意味は一体どこにあるのか。


 ……まあ、罰ゲームといってもタルトを奢るだけだから別に良いけどさ。


「アキト、おかわり」

「……はい」


 この【ゴールデンロイヤルタルト】という名のスイーツのお値段が1個1000ジュエルで、彼女が優雅に平らげたタルトの数がもう少しで10に届きそうだとしても。


「雪羽さんって、甘いものは大して好きじゃないんですよね?」

「ああ」


 とても信じられない。


 彼女は涼しい顔のままタルトを口に運ぶ。そのスピードは決して速くないのだけれど、既に普段の食事の3倍以上は食べている。なのに食べ始めてから少しもペースが落ちていないので、そろそろ怖くなってきた。俺の軍資金的に。


「ちゃんと自分で食べた分は自分で払う。心配は無用だ」

「え? これを奢るのが罰ゲームじゃ?」

「キミにそんな事をさせられるか。あれは夏秋冬が勝手に始めたことだ。訊かれたら口裏を合わせてくれれば良い」


 雪羽の口元が少しだけ緩む。

 

 ずいぶん久しく感じる彼女の笑顔を見て、俺はようやく胸のつかえが下りたような気がした。


 目の前にある白磁のカップを傾ける。やや弱くなった香りを感じながら、温くて苦い液体を流し込む。


「安心しました」


 素直に自分の心の内を口にすると、淡々と動いていた手がピタリと止まり、綺麗な目がこちらを向いた。


「お金の心配が無くなったからか?」

「いや、そうじゃなくて。雪羽さん、俺が無理やり酒場に連れて行った頃からずっと機嫌が悪そうだったから……怒らせてしまったのかと心配していたんです」


 そう言うと、彼女はバツが悪そうに目を伏せてしまった。


「……あれは、別に、アキトに対して怒っていた訳じゃない」


 やや暗い店内でも判るくらいに雪羽の頬に赤みがさす。少しだけ逡巡する素振りをみせた彼女は、やがて覚悟を決めたように口を開いた。


「2度ならず3度までもキミに迷惑をかけてしまう自分が情けなくて。だから、あんな態度を取ってしまったんだ。その、すまない」

「それだけ、ですか?」

「え? い、いや、その……キミのすぐ近くで着替えることが少し恥ずかしかったという理由も、あると言えば、あるけれど」


 白い頬がさらに赤くなる。俺が思わず零してしまった笑みのせいで、彼女は拗ねたように頬を膨らませてしまった。


「……うぅ、そんなに笑わなくても良いじゃないか」

「違うんです。雪羽さんを笑った訳じゃなくて、俺も似たような事を考えていたなと思い出して」

「似たようなこと?」

「はい。草原にいたネイムドを倒した後、俺は雪羽さんからの誘いを断りましたよね。あれは、自分が無力だったことが悔しかったからという理由もあったんです」


 雪羽や夏秋冬と比べて、巨大ゴブリンに殆どダメージを与えられなかった事がショックだった。あの時は偶然にも自分のスキルが役に立ったけれど、少し状況が違っていたら俺は何の役にも立てなかっただろう。


 止めを刺したのは確かに俺だったけれど、それは彼女たちが譲ってくれたからだ。このまま女の子に頼りきりでこの世界を歩いていく。そんな己の姿をふと想像したら、どうしようもなく自分が情けなくなったのだ。


「もちろん、あの時に言った理由も嘘じゃないですけどね。少しでも早く強くなってやろうと、ズルい方法を考えていました。それが問題になることも知らずに……結局、罰を受けてしまったんですけど」


 色々と思い返すと頬が熱くなる。ひょっとしたら目の前の女の子と同じくらい赤くなっているかもしれない。

 

「だったら、そうだと言ってくれれば良かったのに。あの時だってキミはとても頼もしかった。足手纏いだなんて思った事は一度もないぞ」


 俺から目を逸らすことなく、雪羽はそう言ってくれる。


 こんなにも自分を評価してくれる相手の期待を裏切ってしまったらどうしよう。そう考えた途端に怖くなった――そんな、あのとき頭の隅に浮かんだ自分勝手な理由は、やっぱり口にできなかった。まるで彼女が悪いと言っているみたいだし。


「俺も同じです。雪羽さんに迷惑をかけられたと思った事なんてありません。だから……」


 青い目が探るように動く。


「……だから?」

「俺と雪羽さんは少し似た所があるのかなって、そう思っただけです」

「何だそれは」

「そんな難しい顔をしないで下さい。雪羽さんは笑った方が可愛いですよ」


 勢いでそんなことを言ってみたら、彼女の体が完全に固まってしまった。

 

 そのまま3秒間の沈黙を経て、白い顔が急激に赤くなる。

 

 直後、椅子が激しく倒れる音が店内に響き渡った。


「い、いいいいいきなり何を言うんだ!?」

「何って、思ったことを素直に言っただけです」

「ば、バカバカしい! 下らない冗談を言わないでくれ! まったく!」


 視線をふわふわと動かしながら倒れていた椅子を元に戻す。驚くほど素早い動きで再び椅子に座った彼女は、思い出したようにナイフとフォークを手に取る。そして、タルトを次々と口へ押し込みはじめた。


「あの、そんなに慌てて食べなくてもタルトは逃げませんから」

「……うるさい。店内で騒がしくするんじゃない。黙っていてくれ」

「いや、どちらかと言えば騒いだのは雪羽さん――」

「――うるさい!」


 鋭い言葉と共にタルトが迫ってくる。生クリームと宝石のような果物で飾られたそれは、心臓が止まるくらいに甘かった。



 * * *



 会話が途切れ、店内に流れていたBGMが再び耳に入るようになる。

 

 バイオリンの心地よい旋律が流れる中、まだ頬を紅潮させている雪羽は無言でタルトを口に運んでいた。気のせいか、そのペースがさらに上昇しているように思える。いくらゲームだからって、あんなに食べて大丈夫なんだろうか。

 

「……あの、それ位にしておいたらどうですか?」


 問いに対して返事がない。似合わない発言をしたせいで怒らせてしまったらしい。


 反省しながら口を噤む。そのまま5分ほど石のように固まっていたが、消費されたタルトの数が20に届きそうになった所でもう一度声をかけてみた。

 

「このタルトは限定商品という訳じゃありまふぇんし。ほんなに気に入ったのなら、また別のふぃに食べにきまふぇんか」

「……何を言っているんだ。というか、キミは頭に子供を乗せて何をやっているんだ」


 ようやく反応してくれた雪羽が口をナプキンで拭う。彼女の視線が少し上を向く。それとほぼ同時に、大きなシッポがピクリと動いた。


「ねーねー、まっ黒すけはお菓子食べないの?」


 俺の頬をつまむ女の子から質問が飛んでくる。小さなツノ、大きなシッポ、まん丸な緑の目。その姿は何度確認してもアリスにしか見えない。イベントが終わればもう会わないだろうと思っていたのに、この小さな竜人は今も俺にイタズラをしていた。


「ねー、まっ黒すけってば」

「食べたいの? タルト」

「そ、そんなことは言ってないもん」


 頬に触れていた小さな指に力がこもる。ナイフのように鋭いツメが肌に食い込んで危うく絶叫しそうになる。

 

 無言の圧力とツメに負けた俺は、アリスの為に追加注文することになった。




「んー! おいしい!」


 拙いナイフさばきでタルトと格闘するアリスの口元を拭い、ざくざくと音がする度にテーブルに落ちる生地の欠片を始末する。ひたすらその作業に没頭していると「俺は一体何をしているんだろう」なんて疑問が浮かぶけれど、誰も答えを教えてくれない。あまり深く考えない方が良いのかも知れない。


「あ、そうだ。まっ黒すけ、体はもう大丈夫?」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 少し汚れたおしぼりを脇に置き、ついでに注文した緑茶を啜る。喉の奥がじわりと熱くなる。様子を伺いながら湯飲みを傾けていた俺は、大きな目をキラキラさせているチビッコに改めて話しかけてみた。


「ところで、何をしてるのかな?」

「たるとを食べてるの。すごく甘くておいしい! まっ黒すけありがとう!」


 どういたしまして。でも、そんな事は訊いていないんだ。


「竜追い祭はもう終わったし、帰らなくても良いのかな。よければ送ってあげようか」

「んー?」


 リスみたいな頬のままアリスが俺を見る。


「おくりおおかみ?」


 茶を吐きそうになった。


「なに言ってるんだよ!」

「アキト……キミはこんな小さな子に興奮するのか?」

「どう見たらそんな感想が出てくるんですか!?」


 少し震えていた声を全力で否定する。いつの間にか雪羽の前からタルトが消えており、テーブルの上にはティーカップだけが残っていた。彼女は滑らかな白磁の持ち手に指を絡めてクイ、と傾ける。そして音も立てずにソーサーへと戻して、もう一言。


「ロリコンというヤツか?」

「違います!」


 血を吐き出す勢いで否定しているのに雪羽の目は少しも動かない。今日は色々と怖い目に遭ってきたけれど今が最大のピンチかもしれない。このままだと本当にアレな人だと思われてしまう。


「ま、迷子じゃないなら、どうしてこんな所に居るのかな?」

「あのね――」

「――こら! 何をしている!」


 突然、知っている声がアリスの言葉を遮った。


「あ、ゼニガタ」


 ごく気安い雰囲気でアリスが男の名前を呼ぶ。結果発表の時とは違って白衣姿に戻っていたGMは、泣きそうな顔のままこちらに近づいてきた。


「勝手に出歩くなと命令しただろう。どうして無視するんだ!」

「えー、そんなの知らないよ」

「何を言ってるんだ! まったく……ササメといい、どうなっているんだ。クレームの海に沈められる気持ちも考えてくれよ」

「おいしそうだね」

「クリームじゃない! クレームだ!」


 裏返った情けない声が寂れた店内に響く。呆気に取られている俺の前で噛み合わない会話は暫く続いたが、発狂した白衣男と小さな女の子の対決は一向に終わりそうにない。なので、タイミングを見計らって声をかけてみた。


「……何をやってるんですか?」

「あ! ど、どうもアキトさん。その、お食事中に申し訳ありません」


 20代後半から30代半ばくらいの男性日本人。白衣以外に目立つ特徴がないこのGMは、気弱そうな顔に笑みを貼り付けて口をモゴモゴさせた。


「NPC共々ご迷惑をおかけしました。せめてものお詫びに、ここの支払いは私が負担させていただきます。どうかご容赦ください」

「いや、そこまでして貰わなくても」

「そう仰らずに、どうか」


 銭型はウィンドウを表示させて何やら操作する。そして再び頭を下げ、そそくさと背を向けようとした。


「あの、どうしてアリスがこんな場所に来たのですか?」

「え? そ、それは……」


 足を止めた銭型がアリスを睨む。それでもまるで反省の色を見せない彼女にガックリと肩を落としたGMは、愛想笑いを浮かべながらお決まりのセリフを返してきた。


「申し訳ございませんが、そのご質問にはお答えできません」

「そう言わずに教えてくれないか」

「……雪羽さん?」

「私も知りたい。アリスがどうしてここに来たのか教えてくれないか」


 俺に加勢してくれたのだろうか。雪羽が再び依頼の言葉を口にすると、銭型の顔が僅かに苦しそうな色に変わる。彼はそのまま10秒ほど固まっていたが、やがて背中を丸めて小さな声を出した。


「……その、竜人NPCの制御用AI(人工知能)に不具合があったようで」


 AIに不具合?


「『指示していない行動を勝手にする』と言えば理解していただけるでしょうか。ここにいるアリスも待機命令を無視して勝手に出歩いたようですし」


 アリスが俺にピースサインを向けてくる。銭型に窘められて小さな舌を彼に向ける。


「竜人NPCと言ったが、アリスだけではなく全員が?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……代表的なのはNPC【竜胆ササメ】です。今回の竜追い祭イベントは、特別に難易度をごく易しく設定していたのです。しかし、ササメはその指示を無視してプレイヤー全員を捕まえようと行動していました」


 銭型曰く、ササメはあくまで鬼を指揮する立場であり、自ら動いて積極的にプレイヤーを襲うような行動はしない筈だった。だから16:00過ぎに起こったプレイヤーの大量脱落も、彼にとっては想定外の出来事だったらしい。


 ちなみに【強制移点】は今回のイベントでは最初から使用を禁止していた。にもかかわらずササメが命令を無視したので、慌てて使用禁止を再度命じたのだとか。


「強制移点についてはアッサリと命令を聞いてくれたのですが……『全員捕まえる』という点については頑なに実行しようとしていました。『4時間以内に終わらせる』なんて皆さんの怒りを買うような発言もしていましたし……はぁ」


 銭型の頭が力なく揺れる。


「そういう事って、よくあるんですか? イベントを中止する必要がないレベルのトラブルだったんですか?」

「い、いえ……その……」


 俺が質問しているのに、白衣を着たGMは雪羽を気にするように視線を動かしている。その声は聞き取りに苦労するほど小さくなっていた。


「俺のような素人には、NPCが命令を無視するというのは重大な不具合のように思えるんですが」

「……はい。その通りです」

「PK騒ぎの件といい、このゲーム深刻な問題が多すぎませんか? こういう時って、一旦テストを中止して徹底的に問題を解決するのが普通じゃ――」

「――そんなこと、言われずとも理解していますよ! プレイヤー全員に賞金を払ってでも今すぐ中止すべきだと思っていますよ! それが出来ない(・・・・・・・)から……ッ」


 消え入りそうな声から一転、予想外に大きな声が返ってきて面食らう。


 銭型は顔を青くしながら「し、失礼しました」と頭を下げてアリスの手を強く引く。そして、足早に店から出て行った。


 お疲れ様でした。今回で3章終了とします。

 

 拙作をここまで読んでいただきありがとうございます。感想やお気に入り登録、評価をしてくださった方もありがとうございます。

 

 申し訳ありませんが、次回投稿は少し先になります。あまり遅くなるようなら活動報告にてお知らせします。

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