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クローズドテスト  作者: hiko8813
3章
44/62

43話 竜追い祭8

「……本当に成功するとは思わなかった」


 口を開くと、自分のものとは違う爽やかボイスが耳に入る。


 弱点を攻撃されて倒れた鬼は、全身が光に包まれ、地面に吸い込まれるようにして消えていく。その様子がモンスターと似ていたのでダメ元で【憑依】を試してみたのだけど……思いの外アッサリと成功してしまった。


 緑のショートヘアと緑の目。シカのような角と腕よりも太い尻尾、そして鱗で覆われた手足。鏡で確認した自分は当然ながら全然違う姿になっていて、どこから見ても【アキト】には見えない。


「よっと」


 身体の感覚を確かめながら軽く走ったり飛び跳ねたりしてみる。動かせない尻尾が少し邪魔に感じるけれど、これなら人間状態と同じ感覚で動けそうだ。


「憑依スキル禁止なんてルールは無かった……よな?」


 向こうも反則的な手を使ってきているんだし。

 

 言い訳じみた独り言を零しながらステータスを確認してみると、かなり尖った能力が表示された。


--------------------------

 竜崎 カムイ


 レベル:20


 体力:   50/50

 スタミナ: 370/370 (+70) 

 マナ:   100/100


 パワー:  0

 スピード: 170


 強靭度:  999 

 魔力:   0

 魔術耐性: 999


 【スキル】 

 投擲(スローイング)


 【装備】

 モスコプスの卵(0/3)


 【アクセサリ】

 なし

--------------------------


 強靭度と魔術耐性が相当高いものの、パワーと魔力は0。イベント仕様なのか攻撃力は一切無いようだ。


 スピード値は人間状態の俺とほぼ互角。スタミナは無尽蔵ではないが、俺と比べて1.5倍以上もある。どうりで振り切るのに苦労した訳だ。憑依前のレベルは不明なものの、スピード値を見る限り20レベル前後だろう。他の鬼も似たような足の速さだったので、彼らのステータスもこれに近い可能性が高い。


 そんな風にいつもの作業に没頭していると、いきなり背後から声をかけられた。


「ああ、カムイ隊長。こんな場所にいらっしゃったのですか」

「うわっ!?」


 鋭い爪から慌てて逃げる。もう少しで肩を触られるところだった。


「ど、どうしましたか? 何か失礼な事をしてしまったでしょうか」

「あ、いや。何でもないです。すみません」

「……隊長? 急に敬語になるなんて、どうされたのですか?」


 しまった。今の俺は【竜崎カムイ】なんだった。


 心の内を顔に出しそうになって慌てて取り繕う。幸い致命傷にはならなかったようで、不思議そうな顔をしていた竜人はそれ以上何も言ってこなかった。

 

 目の前に立つ鬼は4体。彼らは俺を【隊長】と呼んで指示を待つように整列している。どうやらカムイは少々位の高いキャラクターらしい。

 

 失敗したら適当に逃げよう。そう覚悟を決めて、隊長っぽい演技に挑戦してみた。

 

「すまない。人間を捕まえようとしたらシッポを強く打たれてしまってね。まだ少し頭が混乱しているみたいだ」

「そうだったのですか。いま残っている人間はさすがに手強いですね。私たちの弱点まで掴んでいるのなら、少々苦労するかもしれません」

「ああ。ところで……リーダーの様子はどうだい?」

「ササメさんですか? 表面上は穏やかですが、あまり機嫌が良くないようです。今は【剣】を守っていた者にも捜索をさせていますし」


 今度はうまく演技できていたらしく、女性型の竜人がハキハキと答えてくれる。せっかくだから色々と聞いてみよう。


「残っている人間の数はどれ位なのかな」

「現時点で4人です。ですから……17:00までに終わらせるのは少々難しいかと」


 悔しそうな顔を見て少しだけ溜飲が下がる。そんな心境を表に出さないように、キリッとした表情を強引に作った。


「ええと……何と言ったかな。16:20頃に一度実行した、人間を強制的に移動させる手段はもう使わないのかい?」

「【強制移点(イクセキューション)】ですか? ササメさんからもう使用しないと通達がありましたが……この事は隊長もご存知だった筈ですよね」

「あ、ああ。すまない、すっかり忘れていたよ」


 さすがに変だと思われたのか、竜人の顔色が少しずつ変わってくる。どうやらこれ以上お喋りしていても良いことは無さそうだ。さっさと本題に移ってしまおう。


「ところで、人間と交戦したおかげで【モスコプスの卵】を全て使ってしまってね。いま1つも持っていないんだ。すまないが、余分に持っていないかい?」

「……どうやらかなり重症のようですね。補充は各々が竜の泉にある【卵の木】で行うと教えて下さったのは隊長ですよ。本当に失念されたのですか?」


 どうやら竜の泉まで行く必要があるらしい。あまり気が進まないけれど仕方ない。とうとう心配そうな表情になってしまった彼女たちに少し強引に別れを告げて、俺は北東ブロックにある公園へと歩を進めた。



 * * *



 竜の泉は50メートル四方程度の小さな公園だ。敷地の周囲をなぞるように広葉樹が植えられていて、敷地内の大半に芝生が敷き詰められている。公園なのに遊具はおろかベンチの1つも設置されておらず、あるのは背の低い木と小さな泉のみ。そんなシンプルを通り越してやや殺風景なこの場所は、想像していたものと少し違う状況になっていた。


「誰もいない……のか?」


 平静を装って、念入りに周囲を確認する。


 都合の良いことに、鬼はおろかササメの姿すら見当たらない。少し前までは30体以上の鬼があの剣を守っていたらしいけれど、今は誰の姿もなく閑散としているのだ。

 

 恐る恐る、公園に足を踏み入れてみる。

 

 敷地の奥に位置する小さな泉は、現代の噴水のようにへりを大理石(?)で囲まれていた。水面はこんこんと沸く水によって少し波立っている。そして、その中心には、本当に一振りの剣が突き刺さっていた。


 炎のように歪に伸びた刀身は雪のように白く、十字架を想起させる柄の部分は白銀で彩られている。赤みを帯びはじめた陽光を反射する剣は芸術品のように美しい。しかし、遠くから見ているだけなのに何故か背筋が寒くなってしまう。剣に睨まれているような気がする、とでも表現すればいいだろうか。

 

 今すぐにでも剣に手を伸ばしてみたいけれど、どうにも気が進まない。

 

 剣に釘付けになっていた視線を強引に動かして、今度は背の低い木に注目する。


「……卵の木って、これだよな」


 公園に植えられていた5本の木には、まるでココナッツのように【モスコプスの卵】が生っていた。

 

 ソフトボールのような物体に手で触れてみる。すると、刃物を使うまでもなく、拍子抜けするくらいに簡単に収穫できてしまった。しかもアイテムボックスに収納した直後にもう新しい卵(実?)が生まれ、瞬く間に収穫できる大きさにまで育っていく。


 不思議な光景だけれど、今はとにかく卵を手に入れよう。


 鬼に見つからないよう願いながら、俺はせっせと両手を動かした。




「……よし」


 十分な量を確保し終えて一息つく。

 

 実際に触れてみて解ったのだけれど、この【モスコプスの卵】の表面はかなり硬い。試しに地面に落としてもヒビすら入らない。これでは相手に当てても中の液体が飛び散らないんじゃないかと不思議に思い、やや強めに投げてみる。すると、今度は地面に落ちた途端に簡単に割れてしまった。

 

 恐らく投擲(スローイング)スキルがカギになっているのだろう。そう予想を立ててスキルを使わずに卵を投げてみると、ゴツ、と硬い音と共に卵が地面に転がった。


 卵を拾い、改めて周囲の様子を確認する。

 

 やはり誰もいない。右を見ても左を見ても勢いよく背後を振り返っても、不気味な白剣が放つ気配の他には何も感じられない。

 

 ひょっとして、これは千載一遇のチャンスなのだろうか。キヨには悪いけれど、やっぱり今のうちにあの剣を引き抜いてしまおうか。いやいや、【空城の計】に見せかけて本当に罠がある可能性も――


「ねえ、そんなに大量の卵をどうするの?」


 ――背中に突き刺さった声に、危うく悲鳴を上げそうになった。

 

 何とか平静を装ったつもりだけれど、果たして成功したかどうかは自信がない。跳ねる心臓を宥めながら可能な限りゆっくりと振り向く。すると、そこには、いま一番会いたくなかった相手が腕を組んで立っていた。


 腰をやや左に寄せているせいで短いスカートが少し捲れ、すらりと伸びた脚が大胆に露になっている。前で組んだ腕に大きな胸が押し上げられている。許可局(キヨ)なら泣いて喜びそうな光景だけれど、正面から受けるプレッシャーは相当に強烈だった。不埒な思考なんてする気も起きない程に。


「どうして黙っているのかしら。私はその卵の使い道を聞いているの」


 柔らかな声質とは違う鋭い質問。さすがに30個は欲張りすぎだったかもしれない。

 

 密かに深く空気を吸う。

 

 大丈夫、正体がバレている訳じゃない。失敗しなければ逃げられる。

 

 そう自分を説得しながら、慎重に口を開いた。


「先ほど派手に交戦し、全て使い切ってしまいまして。それで少し多めに取っておこうと思ったのです」

「そう。なるほどね」


 ……あれ、もう終わり?


 こんな取ってつけたような理由で納得してくれたのだろうか。小さく息を吐いたササメの目から力が抜けて、彼女の視線が若干上を向いた。

 

「思ったより時間を消費しているわよね。予定ではそろそろ終わる頃なのに」


 言外に「お前らしっかりしろ」と責められているのだろうけれど、ここは気付かないフリをして話を続けよう。


「どうして【強制移点(イクセキューション)】を使わないのですか?」

「知らないわよ。そういう指示が下されたから従っているだけだもの。最初は使えって言われていたのに……指示をコロコロと変えられると本当に困るわ」

「指示? 貴女よりも上位の存在がいるのですか?」

「……そういえば貴方は知らないわよね。神のような存在と言えば理解できるかしら」


 神のような存在? GMのことだろうか。指示が変わったって、どういう事だろう。


 さらに詳しく話を聞いてみたかったけれど、これ以上はとても質問できそうになかった。だんだん彼女の顔が強張ってきているのがハッキリと見て取れたから。


「……とにかく、さっさとケリをつけましょう。それなりに成長した人間が相手ならともかく、まだ一つ爪(シングル)がせいぜいの相手に手を焼いてなんていられないわ。たとえ能力を制限されているとしてもね」


 責めるような目を向けられても返事に困る。ササメも答えを期待していなかったのか、少し大げさな溜息を吐いただけで何も言わなかった。


「それでは、失礼します」


 これ以上このプレッシャーに晒されるのは楽しくない。許可局(キヨ)と合流する為にも早くこの場を離れよう。

 

 そう思い背を向けた直後、ササメからの質問に足を止められてしまった。


「……ねえカムイ。貴方にお願いした仕事って、どんな方法で進めたの?」


 お願いした仕事?


 ようやく落ち着いてきた心臓が小さく跳ねる。

 

 思い出そうとするフリはしてみるが、生憎カムイの記憶は一切引き継いていない。だから逆立ちしても絶対に思い出せない。つまり、この問いかけには答えられない。

 

 遅れて出てきた冷や汗が背中を濡らす。ゆっくりと、できるだけ時間を稼ぐようにして振り向くと、ササメは浅く顎を引いて首を傾げていた。その様が獲物を品定めする肉食獣のように見えたのは……気のせいだと思いたい。


 焦る自分を諌めながら考えを巡らせる。カムイとしてこの場にいる以上「解らない」と答える訳にはいかない。かといって、的外れな答えを口にしてしまえば明らかに警戒されてしまうだろう。

 

 せっかくこの姿を手に入れたのだ。できることなら彼女に不信感を抱かせずにこの場を離れたい。そうすれば、キヨと連携してササメを出し抜くことも不可能じゃない。


 可能な限り怪しまれることなく、ササメが欲している答えのヒントを引き出すにはどうしたらいいか。


 会話に不自然な沈黙が生まれる前に出した答えは、一種の賭けになってしまった。


「仕事とは、どれ(・・)の事でしょうか?」


 カムイに課せられた仕事が1つならこの質問は不自然になってしまう。でも隊長ならきっと色々と指示を受けている筈だ。そんなに分の悪い賭けではない……と思う。


 乾いた口で返した質問の答えを待つ。恐らく3秒にも満たない沈黙がひどく長く感じられた。

 

「ほら、この北東ブロックに人間を追い込む作戦のことよ。私は『人間を北東ブロックに集めて』としか言わなかったから、実際にどうやったのか知りたくなったの。今後の参考にするから教えてくれない?」

「ああ、その事ですか」


 噎せ返りそうな程の緊張が一気に緩む。賭けに勝った満足感に白い歯をこぼしそうになる。そんな変化を気取られないように気持ちを引き締めて、俺は額に手を当てた。


 14:00ごろ、木材の陰で盗み聞きした会話を思い出す。確か南東ブロックから一斉に捜索して、南西、北西と徐々に捜査範囲を移していき、最終的にこの北東ブロックにプレイヤーを追い詰めたのだ。


 メインストリートにはあえて偏った布陣を敷き、潜伏していたブロックから北東ブロックに誘導していた事や、各ブロックを捜査するタイムスケジュールなど。あの場で聞いたことを出来るだけ詳細に報告する。


 焦って早口にならないように。疑問点が出ないように簡潔に。


 そろそろキヨからメールが来るだろうから、この場を早く離れたい。しかしササメに疑われないよう慎重に行動しなければならない。身振り手振りが少し大げさになっている事はどうかスルーされますように。


「……なるほどね」


 針山の上にいるような時間がようやく終わりを迎え、ササメが小さく息を吐いた。


 2メートルほど離れていた彼女との距離が4分の1にまで縮まる。整った目元に小さな黒子(ほくろ)があることに気付く。


 竜人のリーダーは極めて優雅に微笑むと、親愛の情をたっぷりと込めたような所作で俺に手を伸ばしてきた。



「ウソツキ」



 逃げようとした時にはもう遅かった。


 右の足首に光の糸が幾重にも絡まっている。どれだけ力を入れても全く動かせない。まだ動く左足に力を入れても両手を使って右足を強引に動かそうとしても、細い糸は1本たりとも切れてくれなかった。


「カムイにそんな命令はしていないわ。彼の仕事は一斉捜索後のブロックを再捜索すること。貴方が言った作戦には関わっていないのよ」


 やられた。

 

 鎌をかけてくるなんて、思ったよりもずっと頭のいいNPCだ。


「さっきから普段のカムイと微妙に言葉使いが違うしね……貴方、いったい何者なの?」


 動けない俺の肩に掌が伸びる。やさしく触れられた部分がじわっと熱を帯びて、カムイの身体が黒い光に包まれる。

 

 憑依はあっけなく解除され、俺は人間の姿に戻されてしまった。

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