42話 竜追い祭7
竜胆ササメは北東ブロックにある【竜の泉】という小さな公園にいる。その場で全軍を指揮しており、開始時から殆ど移動していないらしい。
「確か、彼女は剣のようなアイテムを守っているんですよね」
「それを知ってるなら話は早い。要は、それを手に入れちまおうって話だ」
あの剣はイベントの開始と同時に姿を現している。しかも鬼のリーダーが自ら守っているとなれば、何か意味があると考えるのは当然だろう。
「公園と言っても、ただ小さな泉があるだけの広場なんだけどな。その泉の中心あたりに怪しげな剣が突き刺さっているんだ」
「それを引き抜けば良い……とはいえ、その為には厳重な警備を突破する必要があるんですよね」
「いや。確かに少し前までは大量の鬼が周囲をウロついていたんだが、少し前にもう一度遊びに行ってみたらササメたん独りだったんだ。これはもう狙えって言ってるのと同じだろ」
なるほど、確かにそれはチャンスかもしれない。しかし、竜胆ササメが健在である限り状況は大して変わらないだろう。
「彼女はどうするんですか? かなり反則的なスキルを持っていますよね」
「あのフザケた強制転移な。確かにいつ発動してきても不思議じゃないけどさ、回避不能な攻撃に脅えていても何もできないだろ。少なくとも連発は出来ないみたいだから今の内に行動した方が良いと思わないか?」
「その考えには賛成です。でも、転移を考慮しないとしても、彼女はプレイヤー10人を相手に圧勝するほど強いんです。どうやって出し抜くつもりなんですか?」
「それは……お前に考えさせてやる」
何という上から目線。
「そんな顔するなよ。怖いだろ」
「まずはキヨさんのアイデアを教えてくれませんか」
極めてにこやかにお願いすると、許可局は素直に口を開いてくれた。
「公園の外から地面を掘って、剣の真下まで進むんだよ。モグラみたいに」
「……それって、何メートルくらい掘る必要があるんですか?」
「あまり近くから掘り始めても気づかれるだろうから……100メートルくらいじゃないか? これならササメたんに見つからずに剣を奪える。完璧だろ」
見事なまでのドヤ顔をしているが、本気で言っているのなら彼の評価を下げざるを得ない。
「そんな事できるんですか? できたとしても、トンネル完成までに何時間消費すると思ってるんですか。いくらなんでも地道すぎますよ」
「じ、地道な努力をバカにすんな。【ローマは一日にしてならず】って言うだろ」
努力を否定する気は微塵もないけれど、トンネルが完成する前にタイムリミットが来ると思う。
「そもそも、穴を掘って近づいても泉の水で溺れるじゃないですか」
「ぐ……だったらお前のアイデアを言ってみろよ。否定だけならガキでもできる。対案を出しやがれってんだ」
不貞腐れ気味に言ったキヨは子供みたいに床に座り込んでしまった。そんな姿を見ていると、何だか悪い事をしたような気分になるから困る。
「そんなにイジケないで下さいよ……鬼が使っている道具を利用したらどうですか?」
「道具? ああ、ソフトボールっぽいアレとか、虫網とか?」
片眉を上げたキヨに頷く。
虫網は未検証だけれど、ボールの中身を浴びた鬼は確かに動きが鈍くなっていた。あの白い液体が竜胆ササメにも効くのなら俺たちにも勝機がある。というか、効かなければ勝てる気がしない。こちらはタッチされただけでゲームオーバーなのだ。
今までの経験を交えて更に意見を述べる。
すると、神妙な面持ちで耳を傾けていたキヨがワナワナと震えだした。
「……キヨさん?」
「は、白濁した液体に塗れて涙目になるササメたんだと……いい。写真に撮ってペロペロしたり神棚に祀って拝みたい……って、このゲームにカメラ機能なんて無いじゃねえか! ふざけんな!」
俺に言われても困るんですけど。
「こんな卑猥な手段を思いつくなんて、お前実は変態だろ」
「卑猥にしたのはお前だ!」
いかん、さっきからどうも心を乱されている。ちゃんと整えないと相手のペースに飲まれてしまう。だから何だというコトは無いけれど、ちょっと悔しい。
「とにかくその案で決定。大決定」
「待って下さいよ。ボールを投げたとしても、そう簡単に当たってくれるとは思えないんですけど」
「そんな問題は妄想力と下心で何とかできる!」
「どっちも全然関係ないだろ!」
「何を言うか! この世を動かしてきたのは何時だって人の欲望なんだぞ!」
少しだけ納得してしまった自分に腹が立つ。
それからもう少しだけ粘ったものの、暴走する変態を止められず本当に俺の案が採用されてしまった。他に選択肢が無いとはいえ何だか心がモヤモヤする。欲望だけで作戦を決めてしまって良いのだろうか。
「そんな顔するなよアキト。あの液体が有効なら本当に勝算があると思うんだ」
真面目な顔がこんなに白々しく見える人も珍しい。
「……わかりました。それじゃまずは、あのボールを手に入れましょう。何個くらい必要だと思いますか?」
「多いに越したことは無いが、とりあえず10個。いや、20個くらいは必要かな」
「20個? そんなに必要なんですか?」
「オレだって1つや2つで当てられるなんて思っちゃいないさ」
そんなセリフと共に、キヨは腹案があるような顔でニヤリと笑った。
作戦会議らしきものが終わり、音が消えた酒場にのんびりとした空気が流れる。ひとつ伸びをしながらボールをどう奪うかについて考えを巡らせて、ふと今の時間が気になってゲームウインドウを開いた。
現在時刻は16:50。
15分も経過したのに雪羽はまだ姿を見せない。ダージュの時もそう(?)だったけれど、女の子の着替えはとにかく時間が必要らしい。それとも、あの白い液体が予想以上に頑固で着替えられないのだろうか。
「どうしたんだ?」
「いえ、雪羽さん遅いなと思って」
「そういえば雪羽たん何してるんだ? お茶でも入れてるのか?」
「そんな事していませ……」
言い終わる直前。不意に部屋の奥から物音がして、出かけた言葉が引っ込んだ。
「……おい、何の音だ?」
「まるでドアを激しく開いたような――」
――直感に従って床を蹴り、カウンターの奥へと向かう。
奥の部屋には大きな酒樽がいくつもあり、古めかしい木棚には様々な乾燥食品が置かれていた。隅には熟成中のチーズが整然と並んでいて独特な匂いが漂っている。先ほど確認した時はかなり薄暗い部屋だったのに、なぜか開いている裏口のせいで随分と明るくなっていた。
「雪羽さん? どうしましたか?」
呼びかけながら外へ出る。しかし彼女の姿は見当たらない。
その代わりに発見したのは、東を向いて走る3体の鬼の背中だった。屋根の上を走る彼らは、誰かを追うように声を上げながら高速で遠ざかっていった。
* * *
《15th 16:50
差出人 :雪羽
タイトル:無題
裏口から鬼が来た。私が囮になる。アキトは逃げてくれ》
届いていたメールには、そんな簡潔な文が記されていた。俺を追いかけてきたキヨにもメールを見せると、彼は大げさなアクションと共に悲しそうな声を出した。
「おいおいどうしたんだ? 雪羽たん1人で行っちまったのか?」
「そうみたいです。着替えは無事に終わったようなので、雪羽さんなら大丈夫だと思いますけどね。スキルを使えば俺よりも足が速いですから」
「き、着替えだと!? すぐ隣の部屋であの美少女が生着替えをしていたと言うのか!? どうして教えてくれなかった!」
そういう反応をするだろうと思ったからに決まっている。
「そんな最重要イベントを見逃すなんて……ッ、あるまじき失態だ!」
「声が大きいですよ。鬼に見つかったらどうする……って、やっぱり見つかっちゃったじゃないですか!」
キヨに文句を言っても遅かった。こんな場所で騒いで目立たない訳がない。近くの民家の屋根上にいた鬼が当然のように俺たちを発見し、綺麗なオーバースローと共に剛速球を投げ下ろしてきた。
ボールが弾けて白い液体が周囲に散らばる。
重力が上乗せされているからか、飛来する速度は相当に速い。加えてこの位置関係では反撃も難しい。それに、こうしている間にも周りからどんどん鬼が集まってくるだろう。
「キヨさん、逃げますよ!」
「おいおい、何を言ってるんだよ」
それはこっちのセリフだ、と言おうとする前に許可局が背を向ける。黒革のグローブを外した彼が何かを呟くと、その手に全長2メートル余りの槍が現れた。
「せっかく向こうからボールを運んできてくれたんだ。受け取ってやらないと失礼だろ」
俺の意見を一蹴し、好戦的なセリフと共に得物を振り上げる。
その槍頭は前進するヘビのような形状の刃になっていて、先端は小さく先が分かれていた。鍔のあたりには大きな宝石のようなものが飾られ、石突部分には銀色の小さな刃が光っている。柄の部分は【皇帝】系のシンボルカラーである赤で統一されていて全体的にとにかく派手だ。それでも、キヨ自身が変わり者だからか妙に似合っていた。
キヨは槍を回転させてボールを弾くと空に向かって跳ぶ。垂直飛びで3メートル以上も上昇し、そのまま虚空を2度蹴ってさらに上を目指す。
「屋根の上なら安全だと思ったか? 【虚空跳躍】使いなら、こんな高低差は無いも同然なんだぜ」
空中で身を捻りさらに虚空を蹴る。瞬く間に鬼の背後に移動してみせた彼は、大きなシッポに強烈な一撃を叩き込んだ。
襲撃者の影がグラリと揺れる。屋根を転がり地上に落ちてくる。ネコのように身体を捻って着地したものの、更なる追撃を受けてしまえばどうしようもない。鬼はあえなく目を回して地に臥せった。
「おっし、ボール……【モスコプスの卵】って名前なのか。早速1つゲットだな」
音もなく着地したキヨが戦利品を自慢げに見せてくる。
間近で見た彼の手には、見覚えのある爪がひとつ刻まれていた。
「それじゃ一旦ここで別れるか。とりあえず最低10個ずつ卵を確保な。少なかった方が罰ゲームだ。危険な役割をプレゼントしてやる」
「集めたら竜の泉に集合ですか?」
「おう。遅くても30分後には集合しようか。具体的な作戦は後でメールするからな」
キヨはそう言い残して高く跳躍する。更に空を蹴って赤い屋根に乗った彼は、そのまま軽快に走り去っていった。
「……よし」
こっちも負けていられない。都合よく1人になれたし、さっそく試してみよう。
周囲の安全確認を終えた俺は、倒れている鬼の背中に手を伸ばした。




