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クローズドテスト  作者: hiko8813
3章
42/62

41話 竜追い祭6

「……あれ、ベルさん居ないのか」


 走りに走って逃げ込んだ酒場は、廃墟のように静まり返っていた。

 

 客はおろか、いつもカウンターでグラスを磨いている主人の姿すら見えない。少々不気味だけれど今は好都合だ。鬼が潜んでいないことを念入りに確認した俺は、うつむき気味に座っていた雪羽に声をかけた。

 

「ここなら大丈夫です。奥の部屋には誰もいませんから、今の内に着替えて下さい」


 雪羽は素直に頷いてゆらりと立ち上がる。無言のまま、カウンターの奥から続く倉庫へと歩いていった。


 彼女の動きを封じている液体は粘性が高く、水で洗ったくらいでは落とせそうにない。なので、思い切って服を着替えてしまおうという結論になったのだ。着替えは予め用意してあれば簡単な操作で素早く(全身で1分程度)実行できる。とはいえ、僅かな時間でも肌が露になってしまうから外で着替えろなんて言えない。言ったら通報されてしまう。


 という訳で、身を隠せる場所を求めてこの酒場に辿り着いたのだけれど……果たして本当に回復できるだろうか。今は期待通りの結果になるよう願うしかない。


 酒場の中を少し歩いて適当な椅子に座る。

 

 現在時刻を確認すると、ゲームウインドウには16:35と表示されていた。タイムアップまで85分。せめてもう少しは粘りたい――


「……まいったな」


 ――気配を探る網に異変を感じて、思考が中断させられた。


 息を潜めて入り口に近寄る。さらに意識を集中すると、壁の向こう側にある気配が少しだけ強く感じられた。


「ひとり、かな」


 何者かが居ることは間違いない。しかしその正体を見分けることはまだ難しい。鬼なのか、プレイヤーなのか。恐らく両者の数は既に逆転しているので単純に考えれば鬼である可能性が高い。

 

 雪羽はまだ動けないだろう。最悪の場合は俺が囮になるしかない。

 

 そんな覚悟を勝手に決めて腰を落とす。何者かが扉のすぐ前で立ち止まったことを感じて緊張がさらに高まる。

 

 相手が入って来るまで待って行動するか、それとも俺から仕掛けるか。

 

 どちらを選択するべきか迷っていると、不意に、囁き声が耳に入ってきた。

 

「おーい、アキト。ドアを開けてくれよ」


 ……誰だっけ。

 

 どこかで聞いた声なのに思い出せない。

 

 そのまま暫く黙っていると、今度は少し呆れたような声が飛んできた。

 

「おいおい、こんなイケメンボイスを忘れたってのか? 若年性健忘症にしても早すぎるだろ」

「防衛庁さんですか?」

「許可局だよ! 特許許可局! 小さい【よ】しか合ってねえじゃねーか!」

「死にましたよね?」

「死んでねえよ! ピンピンしてるよ! むしろササメたんの肢体を妄想してビンビンしてるよ!」


 間違いない。とりあえず黙らせるために一発殴っておこう。殴れないけど。

 

 脱力しながら扉を開けると、ハデな赤髪をオールバックにした自称イケメンが「よぉ」と軽い感じで右手を上げていた。

 

 

 * * *

 

 

「うーん。ま、この椅子で良いか」


 酒場に入ってきた特許許可局は店内を確認するようにウロウロと歩いて、やがて大儀そうに腰を下ろした。どうやらアームチェアが気に入ったらしい。彼は天井の染みを数えるような体勢で「あ~~」と気の抜けた声を漏らし、そのまま眠ったように動かなくなった。

 

 何をやってるんだこの人。いや、そもそも、


「どうして生きてるんですか?」


 夜空に浮かぶ星になったと思っていたのに。


「勝手に殺すなよ。確かにあのぺたんこロリに吹き飛ばされたけどさ、手でタッチされない限り大丈夫なんだろ? 北西エリアに運ばれただけでダメージなんて受けなかったぜ。ああ、わりと近くに別の鬼が待っていたけどな」


 なるほど。どうやら、あのバズーカもどきに撃たれると別の場所に出荷されるらしい。


「よく無事でしたね」

「ササメたんの胸に飛び込むまでは終われないからな。必死に逃げて今まで生き残っていたんだが……いやー、それにしてもさっきのフザケた強制転移には参った。男だって無理矢理にヤられるのは嫌だっての」


 さすがに危なかった、と大袈裟に息を吐く。


「お前も飛ばされたんだろ?」

「はい。やっぱり他の人も同じ目に遭わされていたんですね」

「お前はどこだった? オレは北門の近くだったけど」

「中央広場の南寄りでした。かなり危なかったですね。鬼が15体もいましたし」

「うげ。こっちは5体だったけど、それでもマシだったのか」


 許可局が呆れたように笑った。

 

「また運営のメールボックスがクレームで埋まりそうだよな」

「……そうなんですか?」

「あの【転移】の被害者は20人だったか? 何人が捕まったか知らないけれど、その中に声の大きいヤツがいたら間違いなく荒れると思う」


 長身が動いて、古めかしいアームチェアが僅かに軋む。


「足の速いプレイヤーならまだしも、魔術師みたいに遅いヤツがあんな目に遭わされたら詰むだろう。いくら難しくしたいからって運営がハメ(・・)を使うなよ、クリア報酬を補償しろ……そんなクレームが出るんじゃないか?」


 確かに、足が遅いプレイヤーは見つかった時点でかなり苦しくなる。今回のように大勢の鬼の前に引きずり出されてしまえばその時点でほぼアウトだろう。


「あの運営は何を考えてるんだろーな。このイベントはPK騒ぎのお詫びみたいな位置づけだと思ってたのに、ガチでプレイヤーを殺しにきてるとか」


 許可局に教えてもらうまでは「意地の悪いイベントだな」程度にしか思っていなかったけれど、彼によると、運営はかなりの悪手を打ってしまったらしい。


「オンラインゲームはどうしたって人気商売な側面があるから、運営はとにかく(プレイヤー)の満足度を気にするのが普通なんだ。だってのに、このゲームの運営は、まるでオレ達を逆撫でするようなイベントを組んだんだぜ? ありえねーよ。タダでさえPK騒ぎで評判を落としてるってのに、火に油を注ぐようなコトしたら正式サービス直後から過疎っちまう。そんなの少し考えれば予測できるだろうに」


 カクン、と許可局の顎が天井を向く。彼の身体がさらに脱力して、また「あ~~」と気の抜けた声が出た。


「運営的には、このイベントは大失敗だな。やらない方が良かったレベルだよ」

「そうなんですか」

「そーだよ。全員を100%満足させることは難しいにしても、可能な限りの多数を楽しませようと努力するのがフツーのイベントだと思うけどな。なんか間違ってるか?」

「いえ、間違っているというか……今回のイベントを開催することで運営側が何か得をする、ということは無いのですか?」

「……あん?」


 許可局の目が細くなる。ひょっとして変なことを言ってしまっただろうか。


「どういう意味だよ」

「俺はあまりゲームの運営に詳しくないから単純に解らないだけなんです。運営側がイベントを企画する時って、何か目的があるんじゃないですか?」

「そうだな。新規プレイヤーを獲得する、既存のプレイヤーを楽しませて長く遊んでもらう、たんまり課金してもらう……色々目的はあるだろうけど、結局は運営の利益になるような結果を期待してイベントを開催していると思うぜ。ま、今はテスト中なんだから多少は事情が違うと思うけどさ」


 それがどうした? と彼が聞いてくる。

 

「今回のイベントにも、運営に何か目的があるんじゃないかと思っただけです。考えられませんか?」

「ねーよ。どこの世界に客にケンカ売って繁盛する商売(ネトゲ)があるんだよ」


 話にならない、と言いたげに許可局の目が更に細くなる。もう少しで寝てしまいそうな勢いだ。


「いいか? 今回のテストに参加したプレイヤーの評価が悪ければ『このゲームはダメだ』って評判が世界中に広まっちまう。それはこのゲームだけに限らず、開発・運営を担当する会社自身の評判を落とすことにも繋がるんだぜ?」


 仮に何かメリットがあったとしても、デメリットの方が大きすぎる。許可局はそう言い切ってみせた。


「だったら、運営は何故こんなイベントを実施したんでしょうか」

「オレが知るかよ。どうせ『このゲームのリアルさを売りにすれば多少の不満があっても問題ない』とでも考えて、テキトーに仕事してるんじゃないか?」


 すぐ終わるネトゲの運営ってのはそんなモンだよ、と脱力した声が返ってくる。


 しかし、本当にそうなのだろうか。運営側は今回のクローズドβテストの為に多額の投資をしているのだ。

 

 テスト会場までの交通費や事前に受けた健康診断の費用だって当然ながら運営側が負担しているし、万一の身体的トラブルに対応する為に医者まで用意していた。積極的なプレイを促す為に法外な賞金を用意しているし、このゲームの開発費自体だってそれなりに大きいだろう。各々の具体的な数字は知らないけれど、むざむざと捨てて良いような金額ではない筈だ。


 だから、俺には、運営側がテストを軽視しているとは思えない。怠慢で己の評判を落とすような事をするだろうか。


 俺が疑問をぶつけると、許可局は床を蹴ってアームチェアの両前脚を浮かせた。絶妙なバランスを保ちながらそのまま静止して、覚えの悪い子供に呆れるように息を吐いた。


「千歩譲って運営がマジメに仕事をしているとして、運営(アイツら)が【自らの評判を落としてまで得たいもの】ってのは何なんだ? そんなのオレにゃ考え付かねーぞ。それともアレか? 評判を落とすことが目的だとでも言うつもりか?」

「そ、それは、俺も解らないですけど」

「何だよそれ……おわぁ!?」


 アームチェアのバランスが崩壊して、痛そうな音が酒場に響き渡った。


「大丈夫ですか?」

「冷静な声出してないで助けてくれよ!」


 パイルドライバー後みたいなポーズのまま叫ぶイケメンを右手で引き上げる。痛かっただろうに、彼は懲りもせずに再びアームチェアに腰を下ろした。


「たぶん、ここの運営はアホなんだよ。テキトーなイベントを組んでアイテムばら撒いてPK騒ぎでの不満を解消させようと思ったのに『難易度調整を失敗しちゃいましたテヘペロ☆』ってオチだろうよ。そういう結論で良いだろ? お前だって運営に文句を並べていたじゃねーか。なに肩入れしてるんだよ」

「いや、肩入れしているつもりは無いですけど……」


 ただ、少し気になったのだ。PK騒ぎの対応がお粗末だった事とは訳が違う。今回のイベントは運営側が自ら企画した上で開催しているのだから。


 許可局が問題視している強制転移だけに限らず、竜胆ササメの言動には挑発的な内容が幾つも含まれていた。彼女と対面したプレイヤーがどんな反応を見せるのか。運営側はそんなことも予測できなかったのだろうか。

 

 仮に、運営側の目的が【プレイヤーの不満を解消したい】という事だったのなら、ササメのようなNPCを出さずに、もっと易しいイベントにしてしまえば良いと思うのだけれど……何故こんなイベントにしたんだろう。

 

 ダージュや夏秋冬(ハルナ)が教えてくれた『誰もが越えられる壁を越えることに意味などない』という設計思想に従った結果なのだろうか。いや、だからといって、プレイヤーからの支持を失ったら本末転倒だ。

 

「何をそんなに考えてるんだよ。もうこの話は終わろうぜ。運営がアホだろうとササメたんが可愛いければ全部許せるし」

「……わかりました。色々と教えてくれて、ありがとうございます」


 どうにも腑に落ちない。しかし、これ以上考えても答えなんて出そうにない。俺が運営の心配をした所でどうなる訳でもないし、次の話題に移ろう。




「あの、きょきゃ……」

「お! いま噛んだよな? な? フハハ、とうとうお前も噛んだな」

「噛んでないですよ、キヨさん」

「誰がキヨやねん!? お前、人の名前をどういう略し方してんだよ!」

「さっきから何を探しているんですか? キヨさん」

「……お前、けっこう良い性格してるな」


 だって言いやすいし。

 

 呼び方を変える気がないと理解したキヨは「ま、いいけどさ」と視線を動かしながら俺に質問を返してきた。


「なあアキト。お前、雪羽たんを連れていなかったか?」

「雪羽さんですか?」

「おう。運営の暗い未来なんかより、そっちの方が何億倍も気になるんだが」


 どうして彼女の名前を知っているんだろう。不思議に思って(たず)ねてみると「美少女の名前は一通りチェックしてあるに決まってるだろ」と、まるで俺が変なヤツだと言わんばかりに返された。


「魅惑的な脚とキュッと締まったウエスト、可愛く丸みを帯びたお尻。そして程よく柔らかそうなおっぱいに加えて、どこか高貴さを感じさせる顔立ち。あの容姿と男を寄せ付けないクールなツンツン具合が絶妙にマッチしていて、彼女はドMな男を中心に大人気なんだ。けっこうな人数が突撃しては撃沈されてるってコト知らないのか? いったい誰が彼女と仲良くなるのかと、密かに注目していたんだが――」


 許可局(キヨ)が俺を正面から見つめてくる。そんな真顔になられると真面目な話をしている場面だと勘違いしそうだ。


「――ひょっとして、お前、雪羽たんと友達なの?」

「はい」

「だよな、違うよな。きっとオレの見間違いだよな」


 どうやら耳が聞こえないらしい。いちいち訂正するのも面倒なのでスルーしようとしたら、まるで伝説のコント王みたいに2度見された。


「リアリー!? どうやって騙したんだ!?」

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ!」

「まさかドMだってカミングアウトしたのか!? 踏んでくれって言ったのか!?」

「誰がそんなことするか!」


 まるでケンカしているように互いに(にら)み合う。いや、勿論そんなノリに付き合っているだけなんだけど。声だってちゃんと小さく抑えている。


「く、まさかこんなモブっぽい男に先行を許すとは……ハッ! そう言えば昨日、中央広場にある露天イタリアンレストラン【デア・ディーア】で地味な男と楽しそうに会話していたという未確認情報があったが……フレがショックのあまりに悶絶していたが、あれは高度な釣りじゃなかったのか」

「ずいぶんと説明的なセリフですね」


 よくそんなに口が回るなと感心してしまう。こっちは名前を言うだけで舌を噛みそうになるのに。


「そうか。お前はもう初心者ではなく、彼女の召使いという新たな一歩を踏み出したんだな」

「……はい。もうそれで良いです」


 説明が面倒だから。


「なんだよー。そんな顔されると傷つくだろ」


 いいなー、と本当に羨ましそうに俺の胸を小突いたキヨは「それはそうと」と緩んだ顔を引き締めてみせた。


「雪羽たんは奥の部屋か?」

「はい。そろそろ戻ると思います」

「そうか……なあ、こんな所で再会したのも何かの縁だ。ひとつ協力してササメたんの鼻を明かさないか」

「鼻を明かす?」

「おうよ。このまま逃げ回るだけなんて面白くないだろ? あの美竜人をちょいと驚かせてやろうぜ」


 言いながら、まるでイタズラを計画する子供みたいにキヨが笑う。

 

 何だか面白そうなので、詳しく話を聞いてみることにした。

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