3話 傭兵爺さん
探索開始から2時間が経過した。
結論から言うと、残念ながら目を引くようなものはまだ発見していない。
というのも、面白そうな建物には入場に条件が設けられているらしいのだ。
所持アイテムや所持ジュエル、自分のステータスなど条件は様々だが、俺はまだ何もやっていないレベル1。当然ながら所持金も初期からある100ジュエルから変わっていないし特別なアイテムも持っていない。なので全て門前払いを食らってしまった。
しかし、町の外に飛び出してモンスターと戦うのは気が引ける。まだ戦闘システムも理解していない俺が準備もなしに外に飛び出したところで、ボッコボコにされるのがオチだろう。
五感がリアル表現されているゲームでいきなり死ぬような事態はなるべく避けたい。バカンスのつもりで遊んでいるのに、痛い目に遭って消えないトラウマでも植えつけられたら何をやっているのか解らない。
「……だったら、どうすればいいんだ? いま何ができるんだ?」
自問したところで答えてくれる人はいない。
俺は今更ながら、自分の置かれた立場が結構ヤバイことに気づいた。このままだと寝て起きるだけのニート生活で168日を過ごすことになりかねない。
現在地は町の西端付近で、探索はそろそろ終わりに近づいている。何も無かったらいよいよ手詰まりだ。
祈るような気持ちで、俺は木製のドアノブを引いた。
ギィと油が足りない音の直後、カランとベルが涼やかに鳴る。ドアの向こう側は、ガランと広い空間だった。
ほとんど物が置いていないシンプルな部屋だ。壁には剣や槍などの武器が飾られている。床は全面板張りで、部屋の奥だけは少し高くなっている。そこには白い髪とアゴヒゲを蓄えた元気そうな爺さんが胡坐をかいて座っていた。
着ている迷彩服がこの部屋や世界観に全く溶け込んでいないのは、ツッコんだら負けだろうか。
「よう、よく来たな」
白髪爺さんの胸元には青字で【マーセナリー:ハインドル】と書いてある。
傭兵? そんなキャラもいるんだ。
そんなことを思いながら、とりあえず話しかけてみた。
「こんにちは。ここは何をする所なんですか?」
「……へえ、お前さん知らずにここへ来たのかい?」
質問を質問で返してくるなんて随分人間臭いNPCだ。何となく、田舎にいる爺さんを思い出した。俺の爺さんは青い目じゃないけれど。
目の前の爺さんは「よっ」と立ち上がると、俺の前まで歩いてきてニヤリと笑みを浮かべた。
「ここは戦闘に関する知識を伝授しているんだ。ヒヨッコも相手にしているから、お前さんには丁度良いと思うぜ」
ああ、初心者の館ってヤツかな。こういうのはRPGにはありがちだよな。
納得して話を聞いてみると、これはどうやらサブクエストに該当するらしい。
クエストとは探索や探求という意味で、ゲーム内では発生する様々な出来事を指す。出来事には様々な種類があるが、総じて課題があり、それを解決することでクエストをクリアしたことになる。クエストをクリアするとアイテムなどの報酬をもらえる場合が多い。
クエストにはメインクエストとサブクエストがあり、一般的にはメインクエストの方が難易度が高くなっている。サブクエストは基本的に難易度が低く、ゲーム開始直後でもクリアできる場合が多い。
……というのが俺の認識なんだけど合っているだろうか。ディスプレイ上で楽しむオフラインRPGの知識なのだけど。
念のため確認してみると、爺さんは芸能人みたいな白い歯を見せた。
「よく知ってるじゃないか。ちなみにクエストは参加する為にジュエルが必要になるヤツもあるぜ。このクエストはロハだけどな」
ロハって。素直に無料って言ってよNPCさん。わかり辛いだろ。
「どうだ? クエスト【初心者講習】やってみるか?」
戦闘に関する事というのが少々怖いけれど、この町はほぼ探索し終えたから他に選択肢はなさそうだ。
「それじゃ折角だからやってみます。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。ワシのことは師匠と呼んでくれ」
差し出された手を握り返す。ゴツゴツしているその手は、まるで本物の人間のように暖かかった。
* * *
「それじゃまずは、お前さんの能力を見せてもらえるか」
「能力を見せる、ですか? どうすれば良いか解らないんですが」
ステータス画面でも見せれば良いのだろうか。
「暫くの間、頭を動かさずにいてくれれば良い」
師匠はそう言うと手を伸ばしてくる。頭を軽く触られたかと思うとその部分が淡く発光し、いつの間にかタロットカードくらいの大きさのカードが現れていた。
本来は自ら公開しない限り他人のステータスを知ることは不可能らしいが、「ワシは特別だから」らしい。よく解らないが、そういうものなんだろう。
ちなみに、現在の俺のステータスはこんな感じだ。
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プレイヤーネーム:アキト
父:ヘルヴィネ
母:ライトニング
系統:【天魔】
レベル: 1
体力: 70/70
スタミナ: 8/8
マナ: 8/8
パワー: 6
スピード: 9
強靭度: 7
魔力: 8
魔術耐性: 8
【スキル】 なし
【装備】 なし
【アクセサリ】なし
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「ほう、お前さんやはり【天魔】系か。初心者なのに大胆だな」
「……それ他の人にも似たようなことを言われたんですけど、どういうことですか?」
「簡単なことだ。この系統は癖が強いスキルが多いから、的確に状況判断して戦わないと力を発揮できないんだ。得意武器が短剣ってのも結構リスキーだしな」
このゲームの戦闘はアクション性が非常に強く、格闘ゲームとしても通用するほどにスピード感溢れるものらしい。敵も味方も常に動くので状況は変化し続ける。その中で的確な行動をとり続けることは、それだけでかなり難易度が高いのだという。
「ま、フラっと外に出る前にワシの所に来たのは正解だ。複数のモンスターに囲まれたら、初心者はまず間違いなく殺られちまうだろうからな」
慰めるみたいに言われても嬉しくない。
そんなに難しいゲームだとは知らなかった。
「今から扱いやすい系統に変更できないんですか?」
「無理だな。おっ母の腹に戻れるなら別かもしれんが、お前さんそんな特技があるのか?」
「無いですよそんなの」
がっはっは、と豪快に笑う爺さんが恨めしい。いよいよゲーム内ニート生活が現実味を帯びてきた。
「そんな顔をするな。ワシがお前さんを立派な戦闘の鬼に仕立て上げてやる。修行を終えた暁にはこの世界が今の1000倍は楽しくなるさ」
……うん、そうだよな。悩んでいても仕方ないよな。この爺さんは良い人だ……もとい、良いNPCだ。頑張ってみよう。
* * *
「修行って、具体的には何をするんですか?」
「そうだな、そんじゃまずはこの町を一周してこい。これを背負って」
と、師匠が俺に見せたのは何の変哲も無いバックパックだった。迷彩カラーだが、この町の中でそんなものを背負ったら間違いなく目立つだろう。他のプレイヤーに笑われる未来が待ってる予感しかしない。
「マラソンですか? それを背負って?」
「ああ」
頑張ると決めてから10秒。早くもやる気が半分になった気がする。
「制限時間は1時間だ。用意はいいか?」
師匠は爽やかな笑顔のまま取り出した砂時計を見せてくる。どうやら拒否権は無いらしい。俺は仕方なく手渡されたバックパックを受け取った。
「……って重ッ!? 何ですかコレ!?」
「ただのバックパックだよ。重さが100kgほどあるけどな」
「ひゃっきろぐらむ!?」
思わず床に落としたバックパックがドスンと重苦しい音を立てる。
迷彩色のそれが、呪われたアイテムのように禍々しく見えてきた。
「お前さんだとその程度でもキツイだろ。良い運動になるぜ」
「この町って結構広いですよね」
「ああ、ざっと4kmくらいかな。直進は無理だから距離はもう少しあるだろうが」
「歩くのもやっとな荷物を背負って4km以上を1時間以内? 無理じゃないですか?」
「グダグダ言わずにさっさと行け。やってみりゃわかる」
師匠は軽々とバックパックを持ち上げると、俺に向かって放り投げてきた。