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クローズドテスト  作者: hiko8813
2章
28/62

27話 遭遇

「ここは……」


 目を開けて、飛び込んできた光景に絶句する。ガトリーガーデンに戻るだろうと思っていたのに、眼下に広がっていたのは見渡す限りの海だったのだ。


 振り向けば、こちらに覆いかぶさるようにそびえる絶壁。そして階段のように絶壁から突き出ている岩。周囲を見渡してみたが、どうやらこの岩を利用して上まで登っていくしかなさそうだ。


「そうだ、メールしないと」


 最優先事項を思い出してゲームウインドウを開く。連絡ができなかったことを謝るメールを雪羽と夏秋冬(ハルナ)に送信した。


「……ダメか」


 しかし返事は来ない。ボイスチャットも繋がらない。せめて怒りのメールでも送ってくれれば安心できるのに、5分待っても何の反応もなかった。雪羽はともかく、今まで夏秋冬に送ったメールは全て3分以内に反応があったのに。

 

「座して待っていても仕方ありません。この絶壁を登ってみましょう。地図によると、ここから【青の渓流】エリアの東端に行けるようです。1時間もあれば到着するでしょう」

「解りました。行ってみましょう……って、そういえば」


 重要な事を忘れていた。


 ダージュはまだ草原のネイムドを倒していないので、その手に【竜の爪】が出現していない。ということは、渓流に入る条件を満たしていないことになる。

 

 それを確認してみると、いつの間にか男の子(・・・)の姿に戻っていたダージュが手の甲を俺に向けてみせた。

 

「ミノタウロスの撃破でも良いみたいですね。この通りボクも一つ爪(シングル)になりましたから問題ないですよ」


 それを聞いて俺も自分の手を確認したが、残念ながら1つ爪(シングル)のまま。


 まあいい、問題無いのなら先を急ごう。


 幸い、ここにモンスターの類は出現しないようだ。足場を確認しながら、慎重に、できるだけ急いで登りはじめた。



 * * *



 上へ上へと目指しながら30分が経過した。未だに彼女たちからの連絡は無い。

 

 安全な(だと思う)町の中で遊んでいてくれれば良いのだが、雪羽はこのゲームをクリアする事に並ならぬ執着があるらしい。


 制止を振り切って渓流エリアの探索を続行した雪羽と、彼女を捨て置けない夏秋冬が再び襲われてしまう。そして、今度は逃げられなかった――そんな嫌な展開が頭をよぎる。


 まぶたを強く閉じる。嫌な予感を消し去りたくて頭を横に振る。


 落ち着け。これはただのゲームなんだ。確かに戦闘不能のペナルティは痛いけれど、彼女たち自身に危険が迫っている訳じゃない。


 そんな自分の考えに同意が欲しくてダージュに水を向ける。しかし、彼は苦い顔をしたまま首を縦に振らなかった。

 

「確かに、これはゲームなのだから肉体的な被害はありません。しかし、だからこそ何をしても良いと考えるような人もいるのです」


 ゲーム内でいくら殺人を犯そうとも罪には問われない。禁止されている行為を実行したとしても、せいぜいアカウント剥奪処分を受ける程度だ。そんな状況を利用して、ゲーム内で暴れるプレイヤーも世の中には存在する。それは以前にも聞いたことだけれど。


「でも、たとえ戦闘不能に追い込まれたとしても、すぐに復活できるじゃないですか」

「昨今、リアルさを追求した多くのゲームでPKが禁止されているのは、それだけ問題が大きいからなんです。本当に死ぬわけではなくても、人に襲われるという経験は、それだけで精神に大きなダメージを受けてしまいますから」


 ダージュが一旦口を閉ざす。どこか迷うような視線を俺に向けてくる。

 

「それに、相手を殺すだけが犯罪行為ではないですよ。人は罵声を浴びせられれば恐怖を感じますし、屈辱的な行為を強要されれば忘れられない不快な思い出になるでしょう」


 強張った声は、まるで恐怖に怯える少女のように僅かに震えていた。


「ゲームのアバターは、みな可愛く美しいですからね。劣情を催しても仕方ないのかもしれませんが」


 そこまで言われて、ようやくダージュが言おうとしたことを理解する。


「ごめんなさい、お兄様。不安を煽るようなことを言ってしまって」


 背後のダージュが呟く。それ以上話を聞くことは(はばか)られて、会話はそれっきりになった。絶壁を登りきるまで、俺たちは一言も言葉を交わさなかった。



 * * *



 【青の渓流】は、その名の通り中心に川が流れているエリアだ。木々が生い茂る大地を貫く川は蛇のように曲がりくねっていて、岩を洗う水が騒がしい音を立てている。この川は、北部にある【英霊の領地】にそびえる山の源流から流れてきているらしい。


 目の前を流れる川の幅は5メートルほど。苔の生えた岩がゴロゴロと転がっており、その間を流れる水の勢いは強い。へりから流れに手を入れてみると、痛いほどにヒンヤリとしていた。俺の気配に驚いたのか、イワナのような魚が飛び跳ねながら逃げていく姿が見えた。


 このエリアは草原に比べて遥かに起伏が大きい。源流に近いほどに険しくなっているようだ。いま俺が到着した地点は中流付近なので、周囲の起伏はさほど激しくないけれど。


 現在時刻は17:00。傾いた太陽に照らされて、周囲に青々と生い茂る木々は茜色に染まりつつある。陽が高ければキラキラと光を反射するであろう川面も今は暗い色に染まっていた。




 まずはこの付近で2人を探してみよう。もしも夏秋冬たちが町で休んでいたとしても、その時は笑い話にでもすればいい。

 

「できれば、夜になる前に合流したいですね」


 そうなれば良いとは思うけれど、なかなか難しいかもしれない。


 草原に比べたら狭いとはいえ、人を探すには少々広すぎる。木々が生い茂っているので見通しが悪いということも捜索を難しくしている。

 

 夜の時間が近いことも頭が痛い。草原ならどんな相手でも対応できるだろうが、夜の渓流に出現するモンスターがどれだけ強いのか全く予想できない。せめてあの地獄と同レベルなら何とかなるが――

 

 ――思考がダージュの手に遮られる。口を覆われて、即座に茂みの中に隠れることを要求される。驚きながらも指示に従うと、彼は唇の前に指を立てみせた。


 一体どうしたんだ。

 

 理由を聞こうとする前に、水流の音に紛れて2人の男の声が耳に入ってきた。




「――ッチ。こっちにも獲物はいねえか。つまんねえな。たった100万ぽっちじゃ何も買えねえよォ」

「お前がハデに遊んだ(・・・)せいだろ? 町でも結構な噂になってたじゃん。もうノコノコと近寄ってくるようなヤツなんていないんじゃねえの?」

「キヒヒ。有名人は辛いねえ。つーか、遊びじゃねえよ。これはキョーイクだ。あの木偶の坊を殺したくらいでいい気になってるザコの鼻っ柱を折ってやってるんだよ。オレ様の前で調子のってると痛い目に遭うってよォ」

「授業料とか言いながら金とアイテムを巻き上げるのが教育かよ。チリアット様は鬼畜だねぇ。教育委員会の連中が聞いたら泣く……ワケねえか。そもそも行ってねーし」


 耳障りな笑い声が通り過ぎていく。チリアットと呼ばれた大きな獣耳が特徴的な【獣人】系の男と、右頬に傷を持ち長槍を手にした【皇帝】系の男。茂みの隙間から確認したその顔は、心底楽しそうに歪んでいた。


「それにしても美味いバイト(・・・・・・)だよな。好き勝手に遊んでいれば金が貰えるんだからよォ」

「禁止行為の制限が解除されるアクセサリだっけ? そんなチートアイテムお前に渡しちゃったらどうなるか予想できなかったのかねぇ」

「キヒヒ。オレ様がこんなに強いなんて知らなかったからに決まってんだろ。せいぜい楽しんで最後にたんまり金も貰ってよォ……キヒヒヒヒッ」

「あー、羨ましい。オレもそのチートアイテム欲しかったよ。それさえあればPKし放題で、相手は禁止行為の制限に引っかかるから反撃できないんだろ? 天国じゃん」

「バーカ、オレ様の強さなら相手が反撃できようがカンケー無ェよォ」

「ヘイヘイ。それで、きのう唯一失敗したターゲットはどうしたんだ? ずいぶんご執心だったじゃん」

「キヒ、うるせえな。昨日の失敗はアレだ。ちょっと油断した隙に逃げられたんだよォ」


 ギャッハッハ、というふざけた笑い声があまりに喧しくて腹が立ってくる。色々と理解できない内容があるが、このチリアットという男がプレイヤーを襲っている人物だということは間違いないらしい。

 

 雪羽たちよりも先にコイツを見つけたのは幸運と言うべきか。隣に視線を送ると、ダージュは微動だにせず、凍えそうなほど冷めた目で連中を観察していた。

 

「なんだよチリアット、結局終わってねえの?」

「慌てんなよォ。逃げるウサギを追いかけ回すなんて、間抜けな猟師のすることじゃねえか」

「なんだそりゃ。よくわかんねーな。ユキハだっけ? お前好みの気の強そうな女だから最優先で殺しに行くと思ったのに」

「ヒヒ。好きなオカズは最後まで取っておく性分なんだよォ。まあ見てろ。コイツがいれば絶対に向こうからオレの胸に飛び込んでくるんだからよォ」


 茂みの陰に隠れていた獣の腕が何かを持ち上げる。白っぽい布の塊のような何かが見えて、その端から覗いている小さな手足が見えて――

 

「なにコイツ。寝てんの?」

「下手に触るんじゃねえぞ。起きたらメンドクセーからよォ」

「へぇ。カワイイ顔してんじゃん。用が済んだら俺にくれよ。お前が手足を縛っておけばログアウトもできねーし、ペットにしたら面白そーじゃん。コイツなんて名前?」

「なんつったっけ。幼女にはキョーミ()ぇからな」

「ギャハハハハ! ひでー!! 襲う前に名前くらい見てやれよ。なになに、なつあきふゆ……ってなんだこれ」


 ――全身の毛が逆立つような、体内の血液が全て消え失せたかのような錯覚に陥る。

 

 ふざけるな。夏秋冬に何をしやがった。

 

 冷えた体が一転して熱くなる。考える前に身体が動きそうになって――細い腕が俺の視界を塞いだ。


「あのチリアットという男が、本当にプレイヤーに攻撃できるのなら、少々厄介です」


 連中を射殺さんばかりに睨んだまま、ダージュが口を開く。


「こちらからは攻撃できず、相手からは攻撃されてしまう。この状況で夏秋冬さんを奪い返すことは難しいですし、仮にできたとしても無事に離脱することは難しいでしょう。チリアット(あの男)のレベルは25なのに、ステータスはミノタウロスに比肩するほど高いですから」


 ならば、どうすれば良いのか。


 意見を交換する。そして、各々の役割を決めた。


「ボクは今から準備に移ります。お兄様に嫌な役を押し付けてしまうのは心苦しいですが……」

「大丈夫です。何とかしてみせますよ」


 最後の確認を終えて、ダージュが静かに身を起こす。茂みに紛れて行動を開始した彼を見送ってから、準備の為にゲームウインドウを開いた。


 一通の新着メールに気付いたのは、その時だった。

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