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クローズドテスト  作者: hiko8813
2章
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21話 紫の空の下で3

「上への道は行き止まりだったんですよね?」

「はい。お兄様」


 ならば下へと進むしかない。という訳で進行方向を決定したのだが、その行く先は試練の連続だった。

 

 ここに来て最初に戦った【ワーウルフ】や、ロングソードを巧みに操る【スカルナイト】、怪しい光を撒き散らして幻惑する【ウイル・オ・ウイスプ】など。遭遇頻度こそ低いものの、モンスターはどれも強力で、まるで毎回がボス戦みたいだ。

 

 それでも何とか死なずにいられたのは、ダージュの功績によるところが大きい。


「お兄様、そいつは右の腕が弱点です」


 人の形をした青炎モンスター【ブルーフラグメンツ】の熱に耐えながら武器を振るう。


 このモンスターは体の大部分が幻になっていて、ハズレ部位を攻撃しても無効化されてしまう。攻撃が当たるのは弱点部位のみ。しかもそれが個体ごとに異なるので、毎回確認する必要があるのだ。


 弱点を庇いながら炎を放ってくる厄介な相手だが、ダージュの眼はモンスターの秘密を容易に看破してしまう。指示に従って5度目の攻撃を叩き込むと、直後に悲鳴のような声が周囲に響き渡った。


 ――ガ……グ……。


 青炎の勢いが弱くなる。体力の7割以上を削ったのだろう。


 相手とのレベル差は10以上もあるが、弱点を突くと強靭度を無視したダメージを与えられる。【刺突】を交えることで相手の動きを封じつつ、確実にダメージを蓄積させていく。


「そろそろ【自爆】に注意してください」

 

 ダージュの警告から5秒後、勢いが衰えていた炎が一気に膨れ上がる。即座に離れて両目を庇うと同時に凄まじい熱量が発生した。




 耳の奥が痛くなるような衝撃が過ぎ去り、己の身体に静かに空気を取り入れる。敵が完全に消滅したことを確認して、少しだけ全身の力を抜いた。

 

 ここに出現するモンスターのレベルは最低で20。その力は非常に強く、まともに攻撃を受けてしまえば体力の大半を削られてしまう。俺のレベルは13まで上昇したものの、苦戦を強いられることに変わりはない。ひとつのミスが死を招くというこの状況は精神的にもキツかった。


 憑依スキルを試してみたかったが、自分のレベルをそのまま適用してしまう為、人間状態と比べて特段強くなるわけでもない。むしろ慣れない体を動かす分弱くなってしまうので憑依は当分お預けになりそうだ。ダージュを見捨てる訳にもいかないし。


「……よし」


 周囲の確認が終わり「もう安全です」と合図を送る。物陰に隠れていたダージュが勢いよく駆け寄ってきた。


「お兄様、お疲れ様です!」


 モンスターを撃破したからといって、ここで油断してはならない。油断するとヤツが「回復魔法です」とか言いながら双葉草を食べさせようとしてくるのだ。口移しで。


「どうして逃げるのですか」


 その理由を本気で理解していないからタチが悪い。


「体力は常に最大まで回復しておくべきですよ?」

「だからって口移しは勘弁してくださいよ」


 気遣ってくれることは嬉しいが、俺にだって譲れないものはある。だからキッパリ断ったのだが、ダージュは心の底から残念そうに「ボクって魅力ないですか?」と瞳を潤ませてしまった。


「同姓とそんな事をするのは変だと言っているだけです」


 女の子だったら良いってワケじゃないけどさ。


「ボクは男の子じゃないですよ。男の()なんです」

「はい?」


 困惑する俺をよそに、ダージュはごく真面目に主張する。


「ご存じないですか? 男の娘」

「……言葉くらいは知っていますけど」


 確か【女性のようにしか見えない男性】を指す言葉だった筈だ。確かに彼は中性的な顔立ちをしているので、女装すればそう見えないことも無いかもしれないけれど……いま目の前にいる人物はどう見ても男なのだ。

 

「何か誤解されているようですが、ボクは男子キャラを操る女の子、略して男の娘なんです。だからお兄様とボクの間には何の問題も無いんです。さあどうぞ」


 何をですか。


「このゲームって、性別詐称できないですよね?」


 冷静に指摘してもダージュはまるで動揺しない。このツッコミは予想の範囲内だったらしい。

 

「女性が、コミュニケーション上のトラブルを回避したいという目的で、男性のキャラを選ぶことは珍しいケースではありません。このゲームも基本的には自動設定ですが、申請が通れば性別の変更が可能なのです。女性限定ですし、少々手続きが面倒ですがね」


 だから安心してください、と言われて「はい、そうですか」と答えられるほど俺の頭は柔らかい構造をしていない。目の前の人物はやっぱり男なのだ。


 そんな俺の心を読んだのか、ダージュは意を決したように妖しく瞳を輝かせた。


「わかりました。ならば少々お待ちください。お兄様にだけはお見せしましょう」


 そう宣言してスタスタと近くの建物に向かっていく。「覗かないでくださいね」と余計な心配を言い残して、そのまま姿を消してしまった。



 * * *



「何をするつもりなんだよ……」


 いつモンスターが襲ってくるか解らないのに離れて大丈夫なんだろうか。『ここで死んだらどうなるか予想できないから慎重に行動するべき』って言ったのはあの人なのに。


 まあいいか。少しは休憩も必要だ。


 周囲を確認して階段に腰を下ろす。空を見上げると、月は相変わらず同じ位置に浮かんでいた。


「……先は長そうだなぁ」


 2時間近くも休まずに進んだのに終点はさっぱり見えない。この場所はまだ明るいが、下へと進むにつれて空からの光が届かなくなるだろう。


 本当にこのまま進んで大丈夫だろうか。彼の言葉を鵜呑みにしていいのだろうか。


 そう思う気持ちもあるが、わざわざこんな場所に来て俺に嘘をつく理由が見つからない。この先に行くこと自体が間違いなら、同行するダージュ本人だって困るだろうし。


 横目に時計を確認する。


 待つこと5分あまり。ダージュが戻ってくる気配はない。


 様子を見に行くべきだろうか。でも『覗かないでください』なんて昔話に登場する鶴みたいな事を言っていたし、その約束を破ったら怒ってしまうかもしれない。


 せめて何分待てばいいかを聞いておけばよかったと後悔しながら、さらに5分経過。ダージュはまだ姿を見せなかった。


 何かトラブルでもあったのだろうか。まさかモンスターに襲われてしまったのだろうか。


 段々心配になってくる。何か連絡する手段は――


「――あ、メールすればいいのか」

「残念ですが、このエリアではメールの送受信ができないみたいですよ。お兄様」


 あれ、そうなんだ。それは困った。だったらどうしようか……って。


「すみません、お待たせしました」

「…………え?」

 

 ため息と共に振り返った俺は、アゴが外れたみたいに口を開けてしまった。


 赤と黒のチェック柄プリーツスカートと、胸元に小さなリボンのついたシンプルなブラウス。真っ白な髪に蝶のような黒リボンをふたつ乗せた美少女が目の前で微笑んでいたのだ。

 

 ローヒールパンプスの先でトントンと地面を叩き、軽やかにくるりと一回転する。翻ったスカートに目を奪われていた俺に気付いたのか、彼女(?)は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「どうですか? 普段着なので今一つですが、男には見えないでしょう?」


 薄く色づいた唇からの声で我に返る。危うく本人に「ダージュさんはどこへ消えたんですか」と聞くところだった。

 

 何これすごい。

 

 失礼ながら、まじまじと見つめてしまう。そんな俺の視線をどう勘違いしたのか、ダージュは頬を染めて己の肩を抱いた。


「この膨らんだ胸の正体が気になりますか?」

「いやいや! 脱がなくていいですから!」


 いそいそとブラウスのボタンを外そうとするダージュを慌てて止める。勢いで触れた肩は女性のように華奢で、もう頭が混乱してしまいそうだ。


「気に入っていただけました? お兄様」


 喋り方まで変えているらしく、声まで女の子になっている。それも無理して裏声を使っているのではなく、ごく自然な声なのだ。もしも正体を知らなければ間違いなく女の子だと判断してしまうだろう。恐ろしいことに。


「この姿を見せるのはお兄様だけですから。ね?」

「え、あの、ありがとう?」


 何を言ってるのか自分でもよく解らない。


 上目づかいに俺を見るこの人物は、女装した男キャラを操る女の子なのか、女装した男キャラを操る女の子のフリをした男性なのか。


「そんなに悩まないでください。ボクは男の娘なんですから」


 ダージュはくすくすと笑うと、改めて葉っぱを口にくわえる。そしてそのまま近づいてきて――


「って、ダメですよ!?」

「ふふ、冗談ですよ。でも、ちゃんと回復はしてくださいね?」


 言いながら、ダージュは新しい双葉草を手にする。そして、ごく自然に俺の口中へと差し入れてきた。


「それでは行きましょうか、お兄様。そろそろ夜になってしまいます」


 口の中が苦くて身体が温かい。


 彼なのか、彼女なのか。ボーっとする頭でどれだけ考えても結論なんて出なかった。

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