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クローズドテスト  作者: hiko8813
1章
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1話 ソウルブラッド・オンライン

《以上で初期設定を終了します。お疲れ様でした》


 アナウンスが終わるのとほぼ同時に、俺はゲームの世界で目を開けた。


 ゲームスタートと同時に目に入ったのは円柱型の塔だった。赤茶けたレンガで造られていて、直径は2メートル、高さは20メートルくらいだろうか。その頂上には驚くほど巨大な砂時計が鎮座している。中にある黒い砂は全て下に落ちていて動いていない。


 砂時計から目を離して周囲を見てみると、全身が白い丸テーブルと四脚の白椅子のセットがずらっと並んでいた。店は見当たらないが、まるで巨大なフードコートみたいだ。


 この場でゲームのチュートリアルが行われる予定だという。オンラインゲームにおいてプレイヤー全員が集合してチュートリアルを行うなんて初耳だが、テストプレイにおける注意事項でもあるのだろうか。


 どんな話になるのかは知らないが、気負う必要は無いだろう。先に入っていたプレイヤー達がお喋り(チャット)に興じている雰囲気はごくごく柔らかい。テストといってもプレイヤーは気楽なものだ。




 クローズドβテストとは、開発中のゲームを限られたプレイヤーに提供して行うテストだ。プレイヤーはゲームを遊びながら問題点を発見して運営側に報告する。運営側はプレイヤーの報告を受けて改善する。このサイクルを繰り返すことでゲームをより良い物にすることを目的に行われる。


 テストはゲーム開発における重要な作業のひとつだが、ユーザーは単純にゲームを楽しめば良い。ゲーム内を自由に動き回って、偶然問題点を発見した場合はそれを運営側に報告する。そんな簡単なお仕事だ。


 俺はMMORPGのプレイ経験が無いので、ゲーム攻略の最前線に立てるとは思っていない。友達を作りながら気楽に遊んで、偶然見つけたバグを報告すればいいと考えていた。


「失礼いたします【アキト】様。お飲み物はどうなさいますか」


 適当な席に座ると、濃紺のワンピースに白いエプロンを装着した女性が声をかけてきた。


「飲み物ですか?」

「はい。チュートリアル開始まで暫くお待ち頂くため、ご提供いたしております。お好きなものをご注文ください」


 メニューを受け取りながら、事前に読んでおいたマニュアルから記憶をたどる。


 彼女を注視すると、胸元辺りに青色で【ハウスメイド:マリー】と表示されたので、どうやらNPC(ノンプレイヤーキャラクター)らしい。彼女とよく似た女性は他にも何人かいて、ドリンクを各テーブルに配っていた。


 NPCとはプレイヤーが操作しないキャラクターのことで、彼らはコンピュターの制御に従って行動している。昔のNPCは決められた言葉以外会話できなかったが、今は人として接してもあまり違和感ないレベルにまで進化している。


「待ち時間はどのくらいですか?」

「予定では、あと30分ほどです」


 彼女がつつましく指し示した先を確認すると、テーブルの中心に立体映像が投影されていた。《着席してお待ちください》とアナウンスが流れているその下に開始予定時刻が表示されている。

 

 開始時刻に余裕を持たせてあるのは、恐らくアバターの作成に時間をかける人が多いからだろう。事前にアバターを自作できるツールが配られていたが、今日になって追加されたパーツを確認するだけでもそれなりに時間がかかる。こだわる人はトコトンこだわるらしく、丸一日かかることも珍しくないらしい。

 

 ちなみに俺はお任せで作成した。自分で作るとどうしてもバケモノになってしまうので賢明な選択だったと思う。

 

 磨きこまれたテーブルの表面には俺の上半身が映っている。

 

 不健康にも見える白い肌と、それを覆う黒が目立つ衣装。カッコイイかどうかは意見が分かれるところだが、もしも自分でデザインしていたらもっと酷くなっていただろう。


 このゲームでは珍しい黒髪と黒目なのでアバターが若干自分に似ている気がしたが、それは気にしないことにした。現実世界(リアル)での知り合いがいるとは思えないし。

 

「現在12:30です。チュートリアルは13:00開始を予定しています」

「わかりました。それじゃアイスコーヒーをお願いします」

「かしこまりました」


 ペコリと一礼して下がるメイドさんを見送る。

 

 特に理由は無いのだが、空を見上げてみた。


 抜けるような青空、という表現がよく似合う快晴だった。天気記号に迷い無く○を選択できるくらいに雲が無い。頭上に浮かんでいる太陽は現実と変わらないが、直視しても目が痛くならない。こういったところはゲームだなと感じる。


 しかし、様々な部分がとてつもなく精緻に作られていた。現在リリースされている他のMMORPGがどれほどリアルなのかは知らないが、俺が今まで体験したゲームと比べると段違いに良くできている。

 

 ふと思いついて、自分の両手を確認してみた。

 

 皺どころか指紋まであるし、衣服はまるで現実の物のように作りこまれている。


 触覚も、皮膚にビニールでも貼ってあるようなボンヤリとした感覚ではなく、現実のように衣擦れの感触まであるのだ。これはもう現実と区別が付けられないレベルだと思う。


「失礼いたします。アイスコーヒーをお持ちいたしました」


 ひたすら感心していると、早くもアイスコーヒーがやってきた。カランと涼やかな音と共にコップの中身が僅かに波を打つ。続けて生クリームとシロップを置いたメイドさんは「もう暫くお待ちください」と頭を下げて他のテーブルへと歩いていった。

 

「……アイスコーヒーだ」


 よく冷えたそれを一口飲んで、思わず呟いてしまった。


 飲食は別のゲームでも既に実現されていたが、現実と全く同じように感じられるのは驚きだ。喉を通る冷たさもコーヒーの苦味や風味も生クリームの甘さも、全部リアルだ。味覚も嗅覚も完全に再現されている。

 

「凄いな……」

 

 ここまでリアルだと感心してしまう。同様の驚きを感じているのか、周りでも自分の顔や衣服をぺたぺたと触る人がチラホラといた。




 周囲から漏れ聞こえてくるお喋りのテーマは、人工冬眠体験の感想が多いようだ。プレイヤーは事前に健康診断を受けさせられていたし、指定された会場|(俺は駅前の大きなビルだった)に設置されていたゲーム用の設備がまるで棺桶みたいだったので、それらの感想を口々に話し合っているのだろう。


 ……残念ながら俺はまだボッチなので聞き耳を立てているだけだが、おおむね以下のような会話があちこちで行われていた。

 

「冬眠って楽しそうだったけど、設備を見たら何だか怖かったよね」

「うんうん。でも眠たくなったなー、と思った時にはもう繋がってた」

「会場にはスタッフや医者が常駐しているらしいから、心配しなくても大丈夫だろう」

 

 すぐ近くのテーブルに陣取っている緑髪ケモノ耳の女戦士と、四頭身くらいしかない小柄な魔術師、そして大きくガッシリとした体つきの男戦士が楽しそうに会話している。

 

 声をかけてみたいが、タイミングを逃してしまったせいで会話に入りづらい。まるで体育の授業でペアやグループをうまく作れなかった時と似ている。現実だろうとバーチャル空間のアバターだろうと、こういったコミュニケーションはどうも苦手だ。


 他に寂しそうな人はいないかなと回りに目を向けてみる。しかし、いつの間にか皆すでに小さなグループを作ってしまっていた。

 

 早くも出遅れた予感がする。

 

 若干焦る気持ちを抑えて立ち上がり、少し遠くまで目を凝らす。挙動不審かもしれない様子でしばらく周りを見ていた俺は、不意に背中をトントンと叩かれた。




 綺麗な青い瞳だった。

 

 まるで宝石のように透き通ったそれが、頭一つ下の高さから俺を見上げていた。


 非現実的な容姿に驚いて、視線を向けたまま固まってしまう。そんな俺を見て何を思ったのか、目の前の人物はショートの髪を僅かに揺らして首を傾げた。


 ふんわりとウエーブしている金の髪が陽光を受けて輝いている。小さな口が何度か動いてキュッと結ばれる。人間に比べて長く尖った耳をピクピクと動かした彼女は、大きな目を少しだけ細くしてまた口を開いた。


「聞いているのか?」

「あ、ああ。ごめんなさい」

「謝罪を聞きたいとは言っていないぞ。この席は空いているのか?」

「空いていますよ。どうぞ」


 慌てて隣の椅子を引く。見知らぬ誰かは少し驚いたように俺を見て、


「そこまでしなくても。でも、ありがとう」


 綺麗な笑みのまま静かに腰を下ろした。


 明るいブルーが目立つ衣装はとても身軽そうだ。これは確か【妖精王】系の専用衣装だったと思う。どことなくチャイナドレスを思わせるデザインだと感じるのは、肌が見えるスリットのせいかもしれない。背中に生えている透き通った小さな羽といい、まるでゲームから飛び出してきたキャラクターみたいだ……って当たり前か。これはゲームなんだった。


「私は雪羽(ユキハ)という。よろしく」


 ボーイッシュな彼女の自己紹介を聞いてやっと現実に、いや、ゲームに戻る。俺は慌てて名乗り返した。

 

「系統を選ぶのに手間取っていたらこんな時間になってしまったんだ。危うく立ったままチュートリアルに参加させられる所だった」

「そんなに迷うものなんですか? 雪羽さんは【妖精王】系ですよね」


 このゲームは開始時に選んだ親によって能力の方向性が決定される仕組みになっている。父となるキャラクターは8人用意されており、それぞれ容姿・スキル・得意武器に違いがある。彼女が選んだ【妖精王】は近接格闘が得意な系統だ。


「ああ」と肯定する彼女は、俺の姿を見て少し考える素振りをした。


「アキト、キミは【天魔】系か? 随分マニアックなところを選んだのだな」

「……そうなんですか?」


 【天魔】は短剣と魔術を得意とする系統だ。


 一応各系統の特徴くらいは前もって覚えてきたが、実際どれが良いのかはよく解らず、結局お任せで選んでしまったのだが……マズかったのだろうか。

 

《お待たせいたしました。ただ今よりゲームチュートリアルを開始いたします。プレイヤーの皆様はお席の中央モニタをご注目ください》


 どういうことなのか質問したかったが、やや高い声のアナウンスが響いて会話が中断してしまう。時刻はいつの間にか13:00になっていた。

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