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クローズドテスト  作者: hiko8813
2章
19/62

18話 ガトリーガーデン

【ガトリーガーデン】は毎日のマラソンで何度も目にしていた建物だった。


 白い壁と赤い屋根が多いこの町において、黒色ばかりが目立つこの建物は異質な存在だ。以前から気になっていたのだが、扉の前に立っても入場条件すら表示されなかったので、ただの建物型オブジェだと思っていた。


 入場条件は【天魔系】であること()つ【レベル7以上】であること。ベルさんによると系統毎にこういった場所が用意されているらしい。


「……どうやって入るんだ?」


 ギリシャ神殿を思わせるような門構えの建物には、扉があってもドアノブが見当たらない。不思議に思って顔を近づけてみると、俺に反応するように扉が淡く光りだした。


《汝、我らの同胞ならばその手で扉に触れなさい》


 いつもの機械的なアナウンスではない、涼やかな女性の声が頭に響く。


 言われるままに右手を差し出すと、まるで泥に手を突っ込んだかのように埋まっていく。外見は全く違うが、宿屋の扉と同じような仕組みなのかもしれない。


 期待と若干の不安を抱きながら飛び込んだ先は、夜のように暗い空間だった。




「……暗闇に目が慣れるまでの時間まで再現してるのか。相変わらず細かいな」


 何度か(まばた)きをしている内に少しずつ目が慣れてきたが、それでも視界は2メートル程しかなく、その先は殆ど何も見えない。ぽつぽつと置かれている明かりは狭い範囲だけを照らしていて、まるで夜空に浮かぶ星のようだ。


 この非現実的な空間に幾つかの人影が確認できるが、その誰もが沈黙を守っている。あまりに静かすぎて耳が痛くなりそうだ。唯一大きな明かりに照らされている場所へと足を向けると、ハーブのような清涼な香りと共に一人の女性が静かに佇んでいた。


「ようこそ、アキト様。お待ちしておりました」


 日本人形のような濡れ羽色の髪と血のように赤い瞳。輝くような白い肌を持つ彼女は黒のドレスを摘んで優雅に一礼する。俺の胸ほどまでしかない小柄な身体ながら、その存在感はこの場の誰よりも大きいように感じた。


「このガトリーガーデンは我らの父ヘルヴィネが創り上げた楽園。異教徒どもは触れることも叶わない知と富の泉です」


 涼やかな声は、この場に入る時に聞こえたものと同一。


 顔を上げた彼女の胸元には【黒の巫女:イヴ】と表示されていた。


 話を聞いてみると、ここは天魔系のみが扱える武器や便利なアイテムを扱っているらしい。その対価はジュエルではなく魂――つまり、モンスターの撃退実績に応じて様々な褒美を得られるのだ。


「体力を完全に回復する【金葉草(ゴールドクローバー)】や、斬りつけた相手の動きを鈍らせる武器【影縫い】など、様々なものを用意しています。非常に有用ですので、積極的に行動(・・)されると良いでしょう」


 ハーブのような香りの元は、彼女が手にしている金葉草らしい。名の通り金色のそれは五つ葉で、いかにも高級そうなアイテムだった。


 彼女によると、ここは天魔系のみが参加可能なクエストも紹介してくれるらしい。難易度は高いが、得られるリターンもそれだけ大きいようだ。


「アキト様が使命(クエスト)を受けられる場合は、わたくしにお申し付けください」


 試しに受けてみようと思ったのだが……ここで紹介されるクエストは一旦開始すると途中で止められないらしい。


 どうしようか。強くなれるなら願ったり叶ったりだが、報酬が明らかではないので無駄足になってしまう可能性も否定できない。ただでさえ攻略トップ集団から遅れているのだ。これ以上進行が遅れると取り返しがつかないかもしれない。


 この迷っている時間こそが無駄なのだが、どうにも決心がつかなかった。クエストの詳細は秘密らしく、クリアにどれだけの時間が必要なのか予測すらできないのだ。


「今すぐ決断する必要はありません。まずはここを見学されるのも良いでしょう」

「……わかりました。そうさせてもらいます」


 彼女に礼を言ってガトリーガーデンの奥へと視線を向ける。周囲は暗いが、足元には蜜色の小さなロウソクがいくつも置かれて道のようになっていた。他にそれらしい誘導がなかったので、この光の道に従って歩けば良いのだろう。




 コツ、コツ、コツ、コツ。


 ピカピカに磨かれている石の床を歩く音だけが響く。


 途中で何人かと擦れ違ったが、やはり誰も何も喋らない。ロウソクの明かりに照らされているだけの姿は輪郭すらハッキリせず、プレイヤーなのかNPCなのかも判別できない。これでは集会所としての役割を果たせていない気がするのだが……交流を目的にしていないのだろうか。


 妙なクエストを依頼していた人に話を聞いてみたかったが、この分だと会うのは難しいかもしれない。



 揺らめく炎に照らされながら進むこと3分あまり。建物のサイズよりも明らかに長い距離を歩いた先には、大きく開けた空間が待っていた。


 一見して物がほとんど見当たらないシンプルな部屋だ。四方の壁と天井が青白く発光しているので非常に明るく、今までとの落差に思わず目を窄めてしまう。この場に足を踏み入れてまず目に入ったのは、天井から下へと伸びている巨大な石柱だった。


 血のような色に染まっている柱は鍾乳石のような形をしていた。先端からは透明な液体が零れ落ちており、その真下には雫を受け止める大きな壷が鎮座している。ピチャンと音を立てる壷は大部分が雪のように白く、底の部分だけが僅かに赤く染まっていた。


 壷の周囲の床には夥しい数の文字がビッシリと描かれている。雫が落ちたタイミングに合わせて赤く光る文字は全く読めないが、見ているだけで頭がクラクラした。非常に気味が悪い光景だ。


「これは、同胞が狩った獲物の魂です」

「っ!?」


 突然の声に心臓が跳ねる。


 反射的に視線を向けた俺に対し、声の主は「危険ですので目を逸らさないでください」と静かに警告した。


「い、イヴさん? どうしたんですか」

「ここは現世と異界を繋ぐ場所。油断していると飲み込まれますよ」


 我慢できずに横目に見ると、イヴは無表情のまま俺を窘める。そして「説明を続けてよろしいでしょうか」と淡々と口を開いた。


「同胞が獲物を狩るたびに魂が雫となって生じます。まだまだ少ないですが、この壷が満たされた時に我らは大きな力を得るでしょう。一日も早くその日が来ることを願っています」

「この壷には、俺が倒したモンスターの分も入っているのですか?」


 彼女は頭を小さく縦に動かす。


「特にアキト様が打ち破った【ジャイアントブラック】は非常に多くの雫を流しました。現在壷にある魂の内、およそ10%は貴方によるものです」


 ありがとうございます、と静かに頭を下げてくる。彼女によると、俺は天魔系の中で最も多くの魂を集めているらしい。


「【憑依】はその功績を称えて父が授けた力でしょう。アキト様が今後さらなる力を得ていくことを期待しています」


 イヴは周囲を確認するように視線を動かして俺の右手を掴む。驚く俺を制して手を包み込んだ彼女は、そのまま小さな口でキスをするように顔を動かした。


「……おまじないです。貴方の未来に黒き光が溢れんことを願っています」


 黒い光が溢れたら不幸になったりしないのだろうか。


 若干気になる言い回しだったが、それよりも微かに感じる彼女の香りと体温に心拍数が上がってしまう。NPCだと解っていても目の前にいる女の子は生きているようにしか感じられなくて、そんな人物に手を握られたら心を乱されるというか何と言うか。


「あ……」

「な、なんですか?」


 真っ赤な瞳に見つめられて思わず唾を飲み込んだ。まるで催眠にかかったみたいに体を動かせなくなる。


 沈黙を続けるしかない俺に向かってイヴがそっと囁いた。


「貴方の魂に翳りが見えます。何かの間違いかと思いましたが……残念ながらそうではなかったようですね」


 ……何を言っているのか理解できない。


 首を傾げるしかない俺の頬にそっと白い手が添えられる。


「アキト様。わたくしの目を正面からご覧ください」

「目、ですか? 一体何を――お!?」


 導かれるままに目が合った途端、俺の両足がどっぷりと床に埋まった。


「え? あれ? どうなって――」

「――アキト様。この場では静寂を愛されるようお願いいたします」


 怒られてしまったが、こっちはそれどころじゃない。


 眉ひとつ動かさない彼女の前で身体がどんどん沈んでいく。底なし沼になった床は既にくるぶしまでを飲み込んでいた。

 

 何とか脱出しようと頑張ってみたが、足元は硬化したコンクリートのようにビクともしない。勢いをつけてジャンプしても、足を両手で掴んで引っ張り上げても、犬みたいに床に手をついて踏ん張っても無駄だった。


「げ」


 どうしよう。手まで床に飲まれてしまった。


「その姿勢は、ちょっとかっこ悪いです。アキト様」


 それは自覚しているから、できれば口にしないでほしい。


「でも大丈夫です。わたくしは貴方のことを笑ったりしませんから」

「あの、それは嬉しいですけど、まず助けて欲しいです」

「イヤです」


 キッパリと、ものすごく可愛い笑顔で断られてしまう。


「自らこの場を訪れたことに免じて、アキト様にはチャンスを与えましょう」

「あの、イヴさん? 意味がわからない上にもう埋まっちゃうんですが」


 情けない格好のまま訴えても彼女は助けてくれない。それどころか、腕と脚が沈んだ俺の背中にちょこんと座ってしまう。


「行ってらっしゃいませ、アキト様」


 柔らかな感触を気にする暇も無く、そんな宣告と共に彼女が軽く飛ぶ。とぷん、と一気に沈められた俺は、完全に床の中へと埋められてしまった。

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