17話 散策
露店めぐりを終えた俺は、新たに入れるようになった施設についても確認することにした。
まず向かったのは、中央広場の北西に位置する【教会】。
ここは20人も入れば満員になってしまう程度のこじんまりとした施設だ。質素な装飾が施された祭壇と、説教を受ける人の為の長椅子が置かれているだけという非常にシンプルなつくりになっている。
オーソドックスな西方教会の聖堂に近い作りだが、プレイヤーがここで説教を受ける訳ではない。用事があるのは教会に住む神父さんの方だ。
聞くところによると、彼には毒や呪いなどの状態異常を治癒する能力があるらしい。タイミングが悪かったのか今日は不在のようだけれど。
草原で戦っている時には全く必要無かったのだが、次のエリア【青の渓流】からは状態異常を引き起こすモンスターが出現するのだろう。俺も今後お世話になるのかもしれない。
視線を上に向けると陽光を受けて輝いているカラフルなステンドグラスがあり、天使や魔術師などが俺を見下ろしていた。
これらはプレイヤーの父親となる8人の英傑らしい。それぞれシンボルカラーがあるのでどれが誰なのか何となく想像できる。ただ、俺の親【ヘルヴィネ】は全身がカラスのように真っ黒に描かれていて、どんな顔をしているのか全然わからなかった。
ちなみに、この施設に入る為の条件は【レベル10以上】であること。教会に立ち寄るプレイヤーは俺が見ただけでも何人もいたので、現時点でレベル10というのは決して速いペースではないのだろう。
* * *
教会を後にした俺は、次に南大通りの東側に位置する武器屋に向かった。入り口近くに剣を模した小さな看板が吊られているだけという、商売する気が感じられない建物だ。
この店は初日にも来たことがあったのだが、その時は初期装備しか売っていないという品揃えの悪さに呆れて何も買わずに退散した。
あれから8日経過したが……何か変化があるだろうか。
「おじゃまします」
「邪魔するなら帰りやがれ」
客のいない店内に一歩踏み込んだ途端、無愛想な少女が噛み付くように罵ってきた。
ボサボサの赤髪とそばかす、ツンと尖った鼻が印象的な少女。彼女こそが武器工房を仕切る職人であり、武器屋【ドラゴンスレイヤー】の店主【アリーセ】だ。
「おい、耳ついてんのかハゲ」
誰がハゲだよ。
俺はフサフサだと力の限り主張したいが、ここで怒鳴り返してはいけない。彼女の機嫌を酷く損ねると出入り禁止になってしまうらしいのだ。
「こんにちは。何か新しい武器はありますか?」
「はん、ヒヨッコに売るようなモンは置いてねえな」
まるで野良犬を追い払うようにして俺を拒絶する。相変わらず殺風景な店内には質素な陳列台が幾つか並んでおり、彼女が作ったであろう武器が無造作に並べられていた。
片手剣、魔術師の杖、両手剣、ナックル、メイス、槍、斧、短剣。
俺が扱えるのは短剣に属する武器なのだが、その品揃えは初日と比べて少しも変わっていない。ピカピカに磨かれている銅のナイフが寂しそうな光を湛えていた。
「アリーセさんって、他の武器は作らないんですか?」
「んだよその目は! 別に作れねえ訳じゃねえかんな! ボンクラに良い武器を売っても無駄なんだ。武器が可哀想なんだよ!」
「壊さないように大切に使いますから」
「フザケた事を言うな、武器は使ってこそ価値があるんだ。飾るだけの武器が欲しいなら他の店に行きな」
彼女は真っ白な歯を剥き出しにして俺を睨む。
突き刺さるほどに乱暴な彼女の言葉を要約すると、どうやら客に戦士としての資質の提示を求めているらしい。
どうすれば良いのだろう。
いくら言葉で説明しても聞き入れてくれないし、ゲームウインドウを開いて自分のレベルを見せても無視されてしまう。
「ひょっとして、アリーセさん相手に戦えって事ですか?」
「馬鹿かアンタ!? ア、アタシを脅そうったって無駄だからな!」
これもハズレらしい。他に何があるだろうか――
「――あ、そうか」
ひとつ大切なものを忘れていた。
「これで良いですか?」
「む……」
手の甲をアリーセに向ける。彼女の鋭い視線が竜の爪を捉えた途端、張り詰めるようだった空気が少しだけ和らいだ。
「おい。それ、もっとちゃんと見せてみろ」
カウンターに引き篭もっていたアリーセが俺の手を握る。
たっぷり30秒近く凝視していた彼女は、唇をやや尖らせながら手を解放した。
「どんな武器が欲しいんだ」
どうやら正解だったらしい。俺はそっと胸を撫で下ろした。
* * *
「アンタは天魔系だろう? 短剣は攻撃力に期待できないぞ」
「それは理解しています。これよりも強い武器があれば見せてください」
師匠から貰ったマンゴーシュの柄をアリーセに向ける。手袋を装着した彼女は慎重な手付きで俺から武器を受け取った。
「ふむ」
指で剣の腹をトントンと叩く。グっと顔を寄せ、僅かに震える刀身を睨みつけて「むう」と眉根を寄せる。柄のガードにもコンコンと拳を当てていたかと思うと、彼女は拍子抜けしたと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「なんだ、良い武器を持っているじゃないか。これなら買い換える必要なんて無いぞ」
「え、本当ですか?」
そんなことを言われるとは思わなかった。
パリイ練習用の武器らしいから、きっと攻撃力は低いだろうと思っていたのに。
「そこそこ使い込んだ形跡があるものの、刃の状態も耐久力も文句なしだ。丁寧にメンテされているんだろう」
彼女いわく、いま店にあるどの短剣よりもマンゴーシュの方が優れているらしい。師匠には改めてお礼を言っておいた方が良さそうだ。
「厳密に言えば、攻撃力がほぼ同じ程度の武器なら売ってやれるさ。でも、ガードがついたマンゴーシュのほうが何かと使い勝手がいい。あらゆる攻撃に耐えるよう黒鋼が使われているから、ちょっとやそっとじゃ壊れないしな。強度を追求するあまり切れ味はイマイチだが、今のアンタには十分すぎるだろう」
アリーゼは様々な角度からマンゴーシュを品定めする。職人然としたその言葉を俺はただ黙って聞いていたのだが、彼女は突然顔を赤らめて怒鳴り散らした。
「な、何だよその目は! 素材さえあればアタシだってもっと凄い武器を作れるんだからな! 勘違いするなよ!!」
「素材? 時々モンスターが落とすアイテムですか?」
「ああ。他にも渓流や森、砂漠の洞窟なんかでも採取できる。必要な素材さえ集まればマンゴーシュよりもっと凄い武器だってすぐに作ってやる!」
そう言うと、叩き付けるように一冊の本を手渡してくる。
「この本には短剣作製に必要な素材が記されている。いいな、素材が集まったら絶対にアタシの所へ持って来いよ!」
「はい」
「声が小さい!! このアリーセ・ブライトナーに作れない武器など無い! だから安心して素材を持ってこい!!」
「はい」
「うがー!! やる気あんのか!!」
どうしてそんなにハイテンションになってるんだ。
キレた彼女の意向により、俺は何故か発声練習の真似事をさせられるハメになった。
* * *
「疲れた……」
ちょっと喉がヒリヒリしている気がする。
まさか武器屋で腹式呼吸をマスターさせられる事になるとは思わなかった。
意外な事にあれもクエストのひとつだったらしく、俺は新たに【深呼吸】というスキルを習得していた。これにより消費したスタミナを急速に回復できるようになるらしい。
思わぬ形で有用なスキルを手に入れたことは素直に嬉しいが、あんなクエスト偶然以外にどうやって探し当てればいいんだろう。このゲームはちょっと油断していると大事なイベントを見逃しそうだ。
「ま、いいか。今回はラッキーだったと思っておこう」
他にも様々な場所にクエストが隠されているのだろう。少々予定時刻を過ぎているが、今日はこのまま探索を続けてみようと思う。あわよくば有益な発見があるかもしれない。
そうして次に向かったのは、西の大通りからやや南に進んだところにある【酒場】。
ギィと軋む木のドアを開けた先は昼間だというのにやたら薄暗い。酒とタバコの香りが漂う店内には、染みのついた丸テーブルとボロ椅子のセットが5つ置かれていた。
昼間だからなのか、飲んでいる客は3人しかいない。全てNPCのようだ。
ギシギシと鳴る床を歩いていくと奥はカウンターになっている。そこで様々な酒瓶と大人な雰囲気の女性が暇そうに頬杖をついていた。
ここに入場する条件は【クエストを1つ以上クリア】していること。施設名は酒場だが、ここはクエストの案内所にもなっているのだ。入り口近くに設置されている掲示板にはクエストが書かれた紙がいくつも張られていた。
ここを訪れるプレイヤーは掲示板に直行し、紙を手に取るとすぐさま出て行く。どういう仕組みなのか、プレイヤーが紙を剥がした3秒後には全く同じ紙が出現していた。
掲示板に近寄って内容を確認してみる。実に様々なクエストが用意されているようだ。
・【泥棒猫を捕まえて!】
・【畑荒らし討伐依頼】
・【青の渓流までの護衛依頼】
・【渓流に棲む長を捕獲してくれ!】
・【スモールディアーの角を収集してくれる人募集!】
・【お兄様1名募集!】
などなど。
……何だか変なクエストもあるみたいだ。
怖いもの見たさで【お兄様1名募集!】というクエストを手に取ってみる。しかし待ち合わせ場所と依頼主の名前しか書かれておらず、内容は一切不明だった。
「ん? 依頼主はプレイヤーなのか」
どうやらプレイヤーがプレイヤーに依頼することも可能らしい。
奥で暇そうにしている女の人に聞いてみると、100ジュエルと報酬さえ用意すれば誰でも依頼主になれると教えてくれた。
「それなりの報酬を用意しないと100ジュエルの無駄になるだけだけどねぇ。あと、ちゃんと詳細は書くんだよ。じゃないと誰からも相手にされないよ」
女の人(ベルという名前らしい)が瑠璃色のグラスを傾けながら薄く笑う。
「その【お兄様1名募集!】って依頼は誰も手に取らない典型的な失敗例だね。アタシの助言を無視すると同じ事になるから注意しなよ」
「この依頼を出したダージュさんって、どんな人なんですか」
「そこに書いてある以上の情報は教えられないよ」
ぴしゃりと言われてしまう。いい加減そうに見えて仕事はちゃんとする人のようだ。
「興味があるなら行ってみたらどうだい。そのクエストに受注費用は無いから損にはならないよ」
依頼主は【ガトリーガーデン】という場所で待つと書かれている。聞いたことの無い施設名だった。
「この施設は町の中にあるんですか?」
「ああ。南東の端っこだよ。【天魔】系の連中がたむろするジメッとしたトコロさ」
この町にそんな場所があるとは知らなかった。ひょっとしたら有益な情報を教えてもらえるかもしれない。天魔系の端くれとして一度行ってみよう。
「ああ、そうだ。このロープ売ってくれませんか」
「あん? 荷物を縛るのに使うそれかい? 荷造りでもするのかい?」
「まあ、そんなところです」
「ふーん。ならひとつ頼まれておくれよ」
彼女はそう言うと、店の端を指差した。
そこにはボロボロになった酒樽や壊れたイスの破片が無造作に置かれていた。直径1センチ程度のロープで適当に縛り上げられているが、あんな縛り方だと簡単にバラバラになってしまうだろう。
「あの木片の山をきちんと縛ってくれないかい? いくらやっても細かい破片がポロポロ落ちちまってねえ……うまく縛ってくれたら代金はナシにするよ」
「わかりました」
ロープを手にして【メイク ア リボン】を唱える。蛇のように動き出したロープが木片の山を瞬く間に縛り上げた。
「これでいいですか?」
ポカンと口を開けたまま固まっている彼女に礼を言って、次は町の南東まで足を伸ばすことにした。




